多田容子作品のページ No.1


1971年香川県高松市生、兵庫県尼崎市にて育つ。93年京都大学経済学部卒、保険会社に入社したものの同年12月退職。在学中から時代小説を書き始め、時代小説大賞に96年から3年連続最終候補となる。99年「双眼」にて作家デビュー。柳生新陰流・小転中伝、居合道三段。


1.双眼

2.柳影

3.やみとり屋

4.秘剣の黙示

5.甘水岩

6.月下妙剣

7.柳生双剣士

8.柳生平定記

9.新陰流サムライ仕事術

10.諸刃の燕

 ※すぎすぎ小僧(短篇 → 藤水名子監修「夢を見にけり」収録)


おばちゃんくノ一小笑組、忍女隊の罠、寝太郎与力映之進

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1.

●「双 眼」● ★☆

   
双眼画像
 
1999年05月
講談社刊

(1800円+税)

2002年05月
講談社文庫化

2008年07月
ランダムハウス講談社時代小説文庫化

2002/06/21

20代の女性が時代小説を書いた、というだけでも興味を惹かれます。
本書は、そんな多田さんのデビュー作。柳生十兵衛を描いた剣豪小説です。
ストーリィは、柳生十兵衛伝説とも言うべき、薩摩への隠密行。そこは当然、柳生新陰流示現流との闘いが繰り広げられます。
しかし、本作品の主眼は剣あるいは術をもっての闘いではなく、十兵衛が隠密行の傍ら、自らの剣を試練を経て高めようとするところにあります。あたかも、与えられた使命は隠密ながら、自らの目的はそれと異なり、剣の理をさらに極めることにある、というように。
柳生十兵衛は何故隻眼だったのか。見えない目をもって、十兵衛は別の世界を同時に見ていたのではないか、というのが多田さんの着想。そこが本作品の斬新な特徴です。
そんな十兵衛像の新鮮さとともに、エロティシズムがかすかに漂うところに、本作品の魅力があります。

※本作品では、父・柳生宗矩と十兵衛を好一対として描いていますが、私としては、剣における宗矩、ひいては十兵衛にこだわりがあります。剣の達人としては信用できない、ということ。
もっとも、それは津本陽「柳生兵庫助」、隆慶一郎「吉原御免状等他作品の影響というに過ぎないのですけど。

  

2.

●「柳 影(やなぎかげ)」● 

   
柳影画像
  
2000年03月
講談社刊

(1700円+税)

2003年06月
講談社文庫化

 
2002/11/03

主な登場人物は、陰間茶屋・茉屋にて“られん香の柳次”と異名をとる柳次、その茶屋主人である茉屋兵蔵、公儀隠し目付の役を担う旗本・長坂血槍九郎の3人。
柳次は陰間ながら、槍九郎から手裏剣術を伝授され、今は長坂流手裏剣術の継承者。そして茉屋兵蔵は、武田忍びの末裔にて、公儀隠し目付の配下にある。
そんな彼等が、江戸市中で次々と起こる神隠し事件の真相を追う時代ストーリィ。
本作品の特徴は、陰間という特異な習俗を背景に、春をひさぐ男たちの妖しさ、武家社会の中で抑圧された女たちの性への欲望を題材にしている点にあります。
ただ惜しむらくは、そうした情欲描写が理念的に過ぎ、妖しさが感覚的に伝わってこないこと。その点では、つい久世光彦「逃げ水半次無用帖と比較せざるを得ません。
結局は、茉屋一派と、それに成り代って権力を手に入れようとする忍びの一団との対決。しかし、クライマックスとなるのは、事件のすべてを操っていた武家女と柳次との、情交という領域での一騎打ち。
陰間の世界を描いた点で、異色の時代小説。
色里の裏における暗闘という点では、隆慶一郎「吉原御免状」「かくれざと苦界行を思い出しますが、スケールで及ばず。

  

3.

●「やみとり屋」● 

やみとり屋画像
  
2001年01月
講談社刊

(1700円+税)

2004年07月
講談社文庫化

2003/02/27

綱吉の“生類憐れみの令”の下、向島の外れの森の中に、密かに鳥を焼いて食わせるという“やみとり屋”があった。そしてそこに集うのは、いずれも一癖二癖ある男たち。
そんな男たちを描くストーリィ。

とはいうものの、最初から何となくストーリィが腑に落ちず、今ひとつ、というのが実感。
何のためのやみとり屋なのか、何のために集うのか。
“生類憐れみの令”との位置関係が、そもそも不明確だったことが原因と言えるでしょうか。
そんな政治の下での世相が充分描ききれなかった、という印象です。

   

4.

●「秘剣の黙示」● ★★☆
 文庫改題:「女剣士−一子相伝の影」)

   
秘剣の黙示画像
 
2001年11月
講談社刊

(1800円+税)

2006年12月
講談社文庫化

  
2002/10/19

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本書を読んでいると、他の時代小説と異なる、ひんやりと冷たいものを感じます。それは近寄り難いものでもあり、その一方で気持ち良さにも通じています。
多田作品からそうした感じを受けるのは、ひとつには多田さんの若さ故の清新さでしょうし、もうひとつには剣の真理への探究心故のことだろうと思います。
本書は、まさしくそんな多田さんの探究心が根底にある作品。

主人公おれんは、江戸市井の堤燈職人の娘でしたが、兄の死をきっかけに父親から名流“如月流”の隠れた宗家であることを告げられます。その時からおれんは、一子相伝の如月流7代目・如月練之介として生きることになります。
父娘共に、如月流を守るためお家騒動に巻き込まれ、更には幕府配下の巧妙な計略の中に巻き込まれることとなります。そんな試練を受けながら、如月流7代目として成長していく練之介を描くストーリィ。
しかし、本作品の本質は、如月流の真髄を練之介と共に極めようとする中にあると思います。お家騒動などは、その背景にある雑事というに過ぎないのでしょう。それ故、最後の結末もすっきりしていて気持ちが良い。
剣とは如何なるものか、どこに通じるものか、それを極めようという姿勢が本書の新鮮な魅力です。

  

5.

●「甘水岩(あまみいわ)」● ★☆

   
甘水岩画像
 
2003年11月
PHP研究所

(1600円+税)

2009年02月
PHP文庫化

2004/03/10

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「女性作家初の本格的忍者小説」というのが本書の帯文句。
主人公は、嗅ぎ忍と呼ばれる小勢力の忍者集団の頭・伊真。時代は、すでに戦国時代が終焉し、公的な存在以外の忍びは公儀狩りにより存在自体が許されなくなった頃のこと。
甘水岩と呼ばれる水源地の所有をめぐって隣藩同士が争う中、その一方に雇われた伊真は、単身で相手方の甲賀忍者群と対決することになります。

華々しい忍び合戦などまるでなく、ただ雇われたが故に利権争いの手先となって血みどろの争いを繰り広げる、忍び故の悲しい性がそこには感じられます。また、伊真の心象には常に荒涼としたものが窺える、それらの点が印象的です。
本作品において多田さんが新境地を開いたと感じる所以は、そこにあります。
そんな伊真の心底にある荒涼の秘密が最後に暴かれ、そして清められるという展開。冒頭および中盤の陰鬱さを一掃し、後味のすっきりした結末となっています。
また、本作品に登場する謎めいた巫女の存在が、ストーリィに深遠さを与えていると言って良いでしょう。
読んで楽しいという作品ではありませんが、多田容子ファンであれば読み逃すべきではない一冊と思います。

 

6.

●「月下妙剣」● ★★★

   
月下妙剣画像

 
2005年01月
講談社刊

(1800円+税)

 

2005/02/14

 

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久しぶりに絶品と言いたい時代小説。
柳生十兵衛三厳という人物を描くと同時に新陰流の剣理を説き、その一方で三代将軍・家光とその実弟、駿府大納言・忠長との相克のストーリィを描くという、3つの軸をもった作品です。
多田さんが柳生十兵衛を描くのは、デビュー作双眼以来のこと。

本書において多田さんは、十兵衛を直接描くのではなく、十兵衛に仕えた狭川牛之介という少年の目を通して描く方法をとっています。それにより、柳生十兵衛三厳とはどういう人物だったのか、新陰流とはどういう流儀だったのかという視点が明快になっていて、小気味良い。
柳生十兵衛と言えば、とかく裏柳生、隠密という暗いイメージが付きまといますが、本書における十兵衛は颯爽とした若々しさをもっている反面、捉え難い奥深さを併せもった人物として描かれています。
最初は淡々とした気持ちで読み始めたのですが、裏の役目でありながら敢然と自らの意思に基づいて行動し、父・宗矩の命にただ従っている訳ではない十兵像が清冽で、いつの間にか本作品に強く惹き込まれています。
ストーリィが展開していく中で、幾度も新陰流の剣理が説かれていきます。理屈に走らず、十兵衛の人物像を描くのと端正に一体化していると感じられるところに、本作品の素晴らしさがあります。
そして最後に、漸く本書は新陰流の剣理を説く小説であって、十兵衛はそれを体現する登場人物だったと腑に落ちる。そこに至って初めて、本書を絶品と感じる次第です。

十兵衛を取り巻く踏水鬼小霧ら登場人物をはじめとし、本作品全体が軽やかで爽快、読後感はすこぶる気分が好い。
本書は、多田さんの作品の中でも格段の冴えをみせる作品と言えるでしょう。本作品によって多田さんならではの剣豪小説を確立し得た、そう感じます。

 

7.

●「柳生双剣士」● ★★

   
柳生双剣士画像
 
2006年04月
講談社刊

(1700円+税)

 

2006/07/17

 

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またまた柳生十兵衛を主人公とした作品です。
肥前佐賀・鍋島藩に奇しくも柳生十兵衛三厳と風貌そっくりの若い剣士がいるという。藩主に愛されて名づけられた名前が、杜村十兵衛元厳
その鍋島藩において元厳に端を発する、柳生家にとって不都合な噂が広まっているという。父・宗矩の命を帯びて九州に向かった柳生十兵衛と杜村十兵衛の思わぬ巡り合いを描いた剣豪小説。

前半は赤鍔の眼帯をした十兵衛と黒鍔の眼帯をした十兵衛のせめぎ合いが描かれます。表題からしてこれが本書の主ストーリィと思うのが当然なのですが、さにあらず。
本作品の真価は、むしろその後の後半にあるのです。つまり、十兵衛三厳が、新陰流の剣理とは何か、自分は新陰流の剣理を果たして習得しているのかと、自問自答を繰り返していく展開。
これまでも多田さんは双眼」「月下妙剣と十兵衛が剣豪として成り立っていく過程を描いてきましたが、本書における十兵衛は成長過程初期の十兵衛像に原点帰りしてしまったという印象を受けます。
その所為か、新陰流の剣理を問う姿はこれまで以上に深く、難しく、多田作品を始めて手にした読者はその理屈っぽさに辟易してしまうのではないかと懸念されます。でも、これまで多田作品を読んできた立場からすると、十兵衛像は原点帰りした恰好になったとしても新陰流の剣理を説く姿勢はさらに深まりを遂げてきたものであって、必然的な流れと感じます。

それにしても、ここまで剣理を深く追求しようとする時代小説はなかったのではないでしょうか。
達人なのか未熟者なのか、それしか道はなかったのかもっと良い手立てがあったのか。そう逡巡を繰り返す十兵衛に釣られるように読み手まで迷いを重ねてしまうのですから。この答えはいずれきちんと出して欲しいと、つい言いたくなります。

 

8.

●「柳生平定記」● ★★

   
柳生平定記画像

 
2006年08月
集英社

(1900円+税)

2009年09月
集英社文庫化

   

2006/09/14

 

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双眼」「月下妙剣」「柳生双剣士に続く柳生十兵衛もの。
従来から多田さんの描く十兵衛ものには、柳生新陰流の奥儀を極めようとする姿勢が見受けられていましたが、本作品ではそれがさらに極まったという印象を受けます。
十兵衛に関して言えば、柳生新陰流の遣い手そして隠密として成熟する直前の試練の段階を描いた作品、という印象です。

本書ストーリィは、十兵衛が公儀隠密として全国行脚するという恒例のパターンですが、中心は切支丹。
まずは島原へ潜入し、ついで全国をめぐって浪人たちを自分の門下生として取り込むという展開。門弟○千人といわれた史実と、切支丹暴動に連動して全国の浪人たちが一斉蜂起するのを防止するための方策をうまく掛け合わせたもの。
単純にストーリィだけに捉われれば、いくら公儀隠密とはいえ切支丹を騙して蜂起せしめ、まとめて叩こうという策略はすんなりとは受け入れ難い。
一方、十兵衛が門下となった浪人たちに説く新陰流の剣理、また十兵衛自身が自問自答を繰り返す究極の剣理は、かなり難しくてとてもついていけないと感じるのが正直なところです。
島原への潜入、全国行脚、絶体絶命の危機、窮地からの解脱というストーリイの変遷はあるものの、一貫して描かれているのは忍び、あるいは武芸者としての求道でしょう。
ストーリィとして面白いかどうかは別として、本書でさらに求道の次元を高めている多田さんに拍手を贈りたい。

ですから、いきなり本書を読むのはちとシンドイでしょう。本書の前にまず「月下妙剣」「柳生双剣士」を読むことをお薦めします。
なお、本作品には途中から十兵衛の傍らに従う、元槍師範の娘で今は舞い女の身の上である美紅(みく)という女性が登場します。本書において特に重要な役割を果す訳ではありませんが、隠密、武芸者である他に男子であるという面に関わる存在であり、見逃したくない部分です。また、求道姿勢の強い本ストーリィの中にあって、紅一点の印象はかえって鮮やかです。

       

9.

「新陰流サムライ仕事術」 ★☆

   
新陰流サムライ仕事術画像

 
2009年07月
マガジンハウス刊

(1500円+税)

  

2013/04/02

  

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仕事の進め方や対人関係に応用できる柳生新陰流の極意を判り易く紹介した一冊
本書に興味を持った理由は二つあります。一つは、新陰流が現代ビジネス社会にどう活かすことができるのかという興味。もう一つは、新陰流そのものに対する興味。
本書は会話形式で進んでいきます。まず竹美という現代ワーキングガール。仕事についてはそれなりに有能なようですが、現状に今一つ満足していないという風。その相手は、柳生新陰流の遣い手で、江戸時代から現代やってきたらしい柳之介。さらに時折、沢庵和尚の生まれ変わりらしきタクちゃんが登場します。

読んでみると成る程、新陰流の教えは現代社会にも通じるものがあります。我が身をどう処するか、出処進退を教えているところはまさにそう。初級段階ではまことに同感、長年の会社員生活から学んだところもそうだったよなぁと思っていられたものの、後半の上級段階に進んで対人関係の技ともなると私レベルではやっぱりハードルが高いなぁと感じます。
結局は自然体、無理のない姿勢、無理をしようとすればバランスが崩れてしまう、というのが基本のようです。
その新陰流の教え、理に適っているし洗練もされているという印象です。もっとも優れた流儀は皆それなりに理に適っているのでしょうけど、戦国時代の終わりから広まったということもあるのか、力頼みではないという点に洗練さを感じた次第。

最終章は、柳生新陰流の代名詞というべき“無刀取り”について。そうかぁ、無刀取りとはそういう意味を持っていたのかと、ちょっと新鮮な感動でした。
ありきたりのビジネス書ではなく、新陰流からのアプローチという点で新鮮さのある一冊です。

からだの章/こころの章/対人の章/武略の章/無刀の章

              

10.

●「諸刃の燕」● ★★☆

   
諸刃の燕画像

 
2012年08月
集英社文庫刊

(750円+税)

 

2012/10/01

  

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柳生ものが多い多田さんにあっては久々の非柳生作品。
青年剣士の成長物語という点も珍しいのですが、単なる成長譚に非ずして、重臣たちの政抗争、私利私欲の奸計に巻き込まれる中で一歩一歩、人間としても剣豪としても成長していく姿を描く時代小説。

主人公の隼四郎、生まれ落ちてからずっと放浪の武芸者である祖父=日下雲楽に育てられてきましたが、16歳になって林羽家で書物学問奉行を務める実父=泊虚山の元に跡継ぎとして引き取られます。
それ以来隼四郎は、彼が言う処の“滅私奉公ごっこ”に専念しますが、大人たちの欺瞞に何時しか気付き、“ごっこ”を止めようと決意。領民のことを些かも考えない重臣たちに警告を発しようとしますが、結果は自分が重臣たちの奸計の中に封じ込まれてしまう、というのが前半。
剣の腕は天才肌、16歳の若者とは思えない程ストイック、そしてどこか達観しているところがありますが、そこはやはり野育ちということもあって世間知らず。隼四郎の純粋な思いはことごとく踏みにじられ・・・というストーリィ。

武家は領民を犠牲にして当然、自分たちの利を図って当然という凝り固まった考えの大人たちに対する、純真な若者たちという対立構図も窺えて、米村圭伍さんの青春時代ものとはまた違った趣きを味わせてくれます。
隼四郎が一歩一歩手探るようにして、いわゆる世間の狡知、人とは素直に動かぬものであることを経験して学び、一回りも二回りも大きくなっていく過程には、興味津々といった読み応えがあります。
隼四郎と似た出自の娘=
長谷川有李、隼四郎を敬慕する城代が家老の嫡男=福森千代乃助と、隼四郎と手を携えてという観ある登場人物たちも好感。

数ある時代小説の中でも珍しい、青春成長小説であると同時に剣豪小説であるという逸品。文庫書下ろしなんて、何と勿体ない。

    

多田容子作品のページ No.2

     


   

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