中田永一作品のページ


1978年福岡県生。2005年恋愛小説アンソロジー「I LOVE YOU」(祥伝社)に参加した「百瀬、こっちを向いて。」が話題となり、08年同作単行本化により作家デビュー。12年「くちびるに歌を」にて第61回小学館児童出版文化賞を受賞。
なお、11年に乙一の別名義であることが本人により明らかにされた。


1.
百瀬、こっちを向いて。

2.吉祥寺の朝日奈くん

3.くちびるに歌を

4.僕は小説が書けない(共著:中村航)

5.私は存在が空気

6.ダンデライオン

  


 

1.

「百瀬、こっちを向いて。」 ★★☆


百瀬、こっちを向いて画像

2008年05月
祥伝社刊
(1400円+税)

2010年09月
祥伝社文庫化



2008/06/19



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恋愛小説集なのですが、ストレートな恋愛ではなく、といって野球に譬えれば定型的な変化球でもない、さしづめ“ナックル”とでも言いたいような高校生たちの演じるラブ・ストーリィ。

主人公たちは基本的に高校生ですから、ラブ・ストーリィといっても初心で瑞々しいものばかりなのですが、小説作品として何とも心憎いのは、書かれていない部分に魅力があること。
書かれていない部分、本当はどうなのだろうか? この後どんな風に展開していくのだろうか? それを考えると心弾んでくるような気がして楽しく、また嬉しくて仕方なくなるのです。
恋愛小説といえば、不朽の小説テーマのひとつですけれど、ふわっととらえどころがないようでいて、それでいて意味深なところもあるストーリィは、現代だからこそ生まれ得る恋愛小説ではないかと思います。
そんな現代ならではの恋愛小説の味わいを、堪能できるのが本恋愛小説集です。

まずは、表題作の「百瀬、こっちを向いて。」
二股かけて女の子と付き合っている宮崎先輩に頼まれ、本命の神林先輩に対するカモフラージュのため、もう一方の百瀬と付き合っているフリを引き受けることになった相原ノボルの物語。
付き合っているフリをしているうち、いつしか百瀬に惹かれていることに気づくが、そんな百瀬はそんな三角関係をどう考えていたのだろうか。

「なみうちぎわ」は水難事故で意識を失って5年、21歳になってようやく意識を取り戻した姫子の物語。
彼女が救おうとして事故にあった、当時家庭教師をしていた4歳下の小太郎は今や精神的には姫子の歳を追い越していた。
そんな姫子と小太郎の間にはどんな物語があるのだろうか。
「キャベツ畑に彼の声」は、26歳独身の本田先生と、彼のある秘密に気づいてしまった女子高校生=小林久里子の物語。

「百瀬、こっちを向いて。」も心憎いのですが、私として傑作!と思わず叫んでしまったのが、最後の「小梅が通る」
わざとブスメイクをして地味な高校生活を送っている柚木が、ふとしたことから素顔を同級生に見られてしまい、咄嗟に妹ですと名乗ってしまう。
そこから生じる、マリヴォー「愛と偶然との戯れの現代高校生版とでも言いたくなる、楽しくもあり、嬉しくもなるという“万人が幸せを感じられる”的な恋愛物語。

恋愛小説大好きという方なら、読み逃したら損!というべき、楽しさ余りある恋愛小説集。お薦めです!

百瀬、こっちを向いて。/なみうちぎわ/キャベツ畑に彼の声/小梅が通る

  ※映画化 → 「百瀬、こっちを向いて。

   

2.

「吉祥寺の朝日奈くん」 ★★★


吉祥寺の朝日奈くん画像

2009年12月
祥伝社刊
(1600円+税)

2012年12月
祥伝社文庫化



2010/01/23



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2匹目のドジョウはそう簡単に柳の下にいるものではない。
「百瀬、こっちを向いて。」が絶品だっただけに、第2短篇集となる本書についてはそう期待をしていた訳ではないのです。それなのに、あぁ・・・・上手い! 上手過ぎる! 最後はもう陶然となっていました。

前作同様、本書も恋愛を中心とした短篇集。主人公たちは、高校生から20代の男女までと、様々。
何よりも感心するのは、各篇の趣向がヴァラエティに富んでいること。どの篇も中篇小説並の読み応えを持っているのですから、これは嬉しいこと。
そして肝心な点は、恋愛ストーリィ過程にちょっとしたミステリが加えられていること。恋愛そのものがミステリである、と言えるかもしれませんが、そうではなくて、恋愛感情が育っていく背景等々にミステリが潜んでいる、という意味。
これが、まるで予想もしないタイミングで、ふっとストーリィの中に差し込まれるのです。
そのタイミングの見事さ、何と絶妙なことでしょう。それまでの恋愛風景がそこで一変してしまうのですから。
そしてそれは、篇を追うごとに大きくなっていきます。
「交換日記はじめました!」ではあぁそうか、で済んでいたものが、「ラクガキをめぐる冒険」ではあぁそうだったのかと、してやられた感じ。
それが、「三角形はこわさないでおく」に進むと、上手いっ!となり、表題作である最後の「吉祥寺の朝日奈くん」に至っては、それまで余り面白くない恋愛ストーリィと思っていただけに、完全にギャフン!。

ミステリが貴重なスパイスなので、タネを紹介できないのがとても残念です(苦笑)。
悪戯っぽさのある恋愛小説が大好きな方、是非お薦め!
なお、冒頭「交換日記はじめました!」は、書簡体小説の面白さを新趣向で味わえる好篇です。

交換日記はじめました!/ラクガキをめぐる冒険/三角形はこわさないでおく/うるさいおなか/吉祥寺の朝日奈くん

      

3.

「くちびるに歌を」 ★★      小学館児童出版文化賞


くちびるに歌を画像

2011年11月
小学館刊
(1500円+税)



2012/01/09



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長崎の西方、五島列島にある中学校の合唱部を舞台にしたストーリィ。

顧問の松山先生が出産の為休みをとることとなり、その代わりにやってきたのが幼馴染だという柏木先生。その柏木先生が美人だったことから男子生徒が大騒ぎ。それまで女子部員だけだった合唱部に、何と幾人もの男子生徒が入部希望。
そのためNコン出場を目指す合唱の構成を女声三部合唱から混成三部合唱に変更したのですが、真面目に取り組む女子部員たちと、柏木先生目当ての男子部員たちとの間で対立が生じ、おかげで合唱部はバラバラ。一体どうなることやら。
一方、Nコンの課題曲である「手紙〜拝啓 十五の君へ〜」に合せ、15年後の自分に向けて手紙を書くように、という柏木先生からの宿題が部員たちに出される。

ストーリィは、女子部員の仲村ナズナと、地味で目立たない男子生徒で新たに男子部員となった桑原サトルが交互に語り手となって進められます。その間に時折、部員たちの15年後への手紙が挿入される、という構成。
中学生といっても、一人一人、様々な問題を抱えていることが、手紙等を通じて明らかにされていきます。
それでも合唱によって繋がり合うことができる、仲間たちと繋がり合うことによって自分一人では思いもかけなかったことが実現できる、それが本作品の伝えようとするものでしょう。

上記2人だけでなく、他の合唱部員たちの様々な姿も描いて、中学生の迷い苦しみながら進む一年間を綴った、気持ちの好い学園青春ストーリィ、私好みです。

 ※映画化 → 「くちびるに歌を

      

4.

「僕は小説が書けない」(共著:中村航) ★★


僕は小説が書けない画像

2014年10月
角川書店刊
(1500円+税)

2017年06月
角川文庫化



2014/11/27



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2人の作家による合作小説。それもこれまでにない試みだったようです。
小説執筆を助けてくれるプログラムを作れないものかと考えていた中村さんが中田さんに声を掛け、2人で研究中の“ものがたりソフト”を使って何度も打ち合わせしながらプロット等を作成、そして 5〜10頁毎交互に書き進めるという方法で完成したのが、本作品なのだそうです。

主人公は高校に入学したばかりの
高橋光太郎。この光太郎、ちょっとした不幸を招き寄せてしまう“不幸力”の持ち主なのですが、そのうえ血液型の違いから父親と実は血の繋がりがないことを知ってしまいます。
友達もおらず、自宅に居場所もないと感じていて不幸感いっぱいの光太郎に声を掛けてきたのは、2年生の
佐野七瀬。文芸部存続のため光太郎を入部させようと近づいてきた次第。
何だかんだを経て光太郎は文芸部に入部しますが、先輩部員やOBたちといえば、奇妙な人物ばかり。
中学生の時に書き始めたまま中断状態にあるファンタジー冒険小説、果たして光太郎はそれを書き上げることができるのやら。

本好きとしてまず、本書題名に釣られました。(笑)
小説とはそもそも何か?という高邁な思索は背後に置き、前面では、小説を書くためにはどういうステップが必要かという現実論を小説という形を借りて具体的にレクチャーすると同時に、諦め感いっぱいの光太郎を叱咤激励する高校青春ストーリィ。
結構、楽しかったです。
合作の所為か、面白さ・楽しさとも2割増しという感じ。

1.降ってきた僕/2.小説の書き方/3.書けない理由/4.その夏の永遠/5.答は風のなか

               

5.
「私は存在が空気 Nobody Notices Me ★★


私は存在が空気

2015年12月
祥伝社刊
(1500円+税)

2018年12月
祥伝社文庫化



2016/01/04



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ささやかな青春恋愛+ちょっぴり超能力、という趣向の6篇から成る短篇集。

“超能力”という題材はそれ自体でインパクトが強いため、どうしてもそれ中心のストーリィになりがちなのですが、本書は<恋愛>と<超能力>という2つの要素のバランスを巧妙に取り、超能力はあくまできっかけといった位置づけに留めているところが味わいの妙です。
恋愛要素を少々加えての人と人とが繋がるストーリィ、薬味としてちょっとした成長要素も含んでいる、というところが嬉しい。
吉祥寺の朝日奈くんのSF版、発展形と言って良いかもしれません。

「少年ジャンパー」:映画ジャンパーを彷彿させますが、少年の成長記となっている分、こちらの方がずっと良い。
「私は存在が空気」:主人公を否定的に捉えるのではなく、“超能力”として肯定的に位置づけたところが上手い!
「恋する交差点」:ショートストーリィ。こうしたことがあっても良いかも。
「スモールライト・アドベンチャー」:映画アントマンに似た少年版小冒険物語と言って良いかも。動機が笑えます。
「ファイアスターター湯川さん」宮部みゆき「鳩笛草を思い出させられるストーリィ。真相にもかかわらず、主役2人の間に穏かな温もりが感じられる処に捨て難い魅力あり。
「サイキック人生」:こうした出会い、結びつきがあっても良いじゃないかと、楽しい気分になってきます。

※6篇につき私の好みとしては、「少年ジャンパー」、「私は存在が空気」、「サイキック人生」という順番かな。

少年ジャンパー/私は存在が空気/恋する交差点/スモールライト・アドベンチャー/ファイアスターター湯川さん/サイキック人生

         

6.

「ダンデライオン Dandelion ★★


ダンデライオン

2018年10月
小学館

(1500円+税)

2021年10月
小学館文庫



2018/11/18



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11歳の小学生=下野(かばた)蓮司が意識を取り戻すと、そこは病院だった。
あぁそうだ、野球の試合で打球が当たり気を失ったのだ、と蓮司は気付く。しかし、目覚めた自分はいつの間にか大人になっていた、そして時は20年後。

目覚めると自分は高校生から中年女性になっていた・・・というストーリィは
北村薫「スキップ。同作が再生ストーリィであったのに対し本作は青春ミステリ、と言って良いでしょうか。

2019年に目覚めた蓮司は、彼を迎えに来た西園小春から時間が入れ替わった謎について説明を受けます。
一方の
1999年、11歳の身体に戻った蓮司は、ある少女を救うためさっそく行動を開始します。残された時間は半日程度。

1999年に一体何があったのか。興味はそのことに惹きつけられます。
2011年から見ればそれは過去のことかもしれませんが、1999年現在にある人物から見れば、それは全てが初めて出会う事実。
蓮司、小春の2人が手を組んで、過去の事件を解決しようというストーリィ。

2つの時にまたがるミステリ、それへの興味、その面白さは言うまでもありません。
しかし、それを超える魅力が、蓮司と小春のドラマにあります。その温もりが中田永一さんらしいところ。

私好みの一冊。中田永一作品、やっぱり素敵だなぁ。


プロローグ/一章/二章/三章/四章/エピローグ

  


  

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