|
|
1.国道沿いのファミレス 2.夏のバスプール 3.海の見える街 4.南部芸能事務所 5.メリーランド−南部芸能事務所No.2− 6.運転、見合わせ中 7.ふたつの星とタイムマシン 8.夏のおわりのハル 9.春の嵐−南部芸能事務所No.3− 10.みんなの秘密 |
感情8号線、オーディション、罪のあとさき、タイムマシンでは行けない明日、家と庭、コンビ、消えない月、シネマコンプレックス、大人になったら、水槽の中 |
神さまを待っている、若葉荘の暮らし、ヨルノヒカリ、世界のすべて |
1. | |
●「国道沿いのファミレス」● ★★☆ 小説すばる新人賞 |
|
2013年05月
|
ファミリーレストラン会社に勤める佐藤善幸、仕事上のトラブルで実家のあるさびれた地方都市の店に左遷される。 父親の問題があって、高校卒業以来故郷に戻ってきたのは6年半ぶり。そんな善幸を大喜びで迎え入れてくれたのは、幼馴染のシンゴだった。 一方、職場となるファミレスの同僚は、年上のフリーターにやたらぶつかり合う先輩女性社員、各々悩みを抱える高校生バイトに大学生バイトと、中々一筋縄ではいきません。 青春ストーリィと位置づけていい本作品ですが、会社員としての試練、手ひどい恋愛経験、純粋な恋愛、新たな息吹と、青春ストーリィ・上級編と言って良いでしょう。 それだけでなく、父親への反発を含めた家族の物語、シンゴとの友情物語、ファミレスという職場物語と、読み処はまさにたっぷり。 展開も巧みで、最初から最後まで少しも飽きさせず、じっくり読ませてくれます。この読み応えは嬉しい。 また、登場人物一人一人の存在感もたっぷりで、悪役側も含め彼ら皆がとても愛おしく感じられます。 特筆したいのは、主人公である善幸の描き方。彼の人間としての善し悪しをあえて作者は言わず、読者の判断に任せているところに好感が持てます。そのことが本作品に膨らみをもたらしているといって過言ではないでしょう。 新人賞受賞作にしてこの完成度は素晴らしい。上級編〜卒業編というべき青春ストーリィとして、お薦め。 |
2. | |
●「夏のバスプール」● ★★☆ |
|
2015年05月
|
小説すばる新人賞受賞後の第1作。期待以上の出来栄えでした。 高校1年の中原涼太、2日続きでシャツにトマトの染みを付けて教室に現れ、同級生たちを一瞬ギョッとさせる。 何があったかというと、登校途中に近くの畑でトマトにかぶりついている女生徒に気づいたところ、その女生徒からトマトを投げつけられという次第。口を大きく開けて笑う、彼女のその笑顔に涼太は一目惚れしてしまう。 その女生徒は久野(愛美)ちゃん、震災後の仙台からの転校生だという。 涼太が一目で好きになった女生徒=久野に対する、ひと夏の恋心を描いたストーリィ。震災という事情からだけではなく、彼女には引っ越してきたある秘密があった。それが2人の間における進展を難しくします。 そして、本物語は涼太と久野ちゃんの2人だけでなく、涼太の友人たちが抱えている悩み、戸惑いも描いていて、いかにも高校生の夏物語に相応しい。 とかく最近は、高校生でも恋愛というと即セックスという事象に行き着きますが、本書はそれらと一線を画しています。セックス以前の、純粋に“好き”という気持ちがあちこちで弾け飛んでいる、という風であることがとても快い。ちょうどカラフルな水玉があちこちで弾けている、というイメージです。 表題の“バスプール”とはバスターミナルのことで、宮城地方辺りではこういう言い方をするらしい。あちこちの方面へとバスが出発する場所は、高校生という一群を象徴するに相応しいものかもしれません。 なお、本書においては、逃げる久野ちゃんを追いかける涼太という2人の姿が楽しい。爽快な学園青春ストーリィです。お薦め! |
3. | |
「海の見える街」 ★★☆ |
|
2015年09月
|
海の見える市立図書館に務める20代、30代の男女4人を描いた連作ストーリィ。未だ3作目だというのに畑野さん、上手いなぁ。 各篇の主人公は、人に問い詰められると硬直してしまって口が利けなくなるという32歳の図書館員=本田、本と漫画オタクで友達のいない25歳の女性図書館員=日野、本田と同期で女子中学生性愛者の児童館職員=松田、1年契約の派遣職員で日野と同い年の鈴木春香と、いずれも不器用な人間ばかり。 ストーリィは、ギャル風ファッションでこの図書館に春香が初出勤してきたところから始まります。真面目で地味な図書館員ばかりのところに訳有りのギャル系女子が一人入ってきたことから、さざ波のように他の3人にも変化が生じていく、という市立図書館を舞台にしての1年間にわたる物語。 まず冒頭の篇は、真面目なのだろうけれどこれじゃあどうしようもないよなぁと感じる本田に、いくらなんでもと思われる春香の絡み合い。 とくにどうと言うこともないストーリィと思っていたら、篇を重ねる毎にいつのまにか各人の人物像が大きく膨らんでいたことに圧倒される思いです。4人が互いに絡み合うに連れ、各人の抱えていた問題が明らかになり、また自分のことだけにかまけていた風であったのが、相手のことを気に掛けるようになっていた、というのが各人の大きな変化でしょう。 平凡な人間であってもどこかに輝きを持っている、他人と関わり合うことによって自分もまた前進することができる、そんなメッセージを本作品から感じます。 4人の人物像が、いろいろな面にわたり細かく対照的に設定されているところに妙味有り。読み終えてから振り返ってみて、その妙味に気付きます。 また、紆余曲折あったにしろ最後はとても爽快なエンディング。“終わりよければすべてよし”でしょう。(^^) マメルリハ/ハナビ/金魚すくい/肉食うさぎ |
4. | |
「南部芸能事務所」 ★★ |
|
2016年03月
|
弱小芸能事務所に所属する若手芸人たちのいろいろと逡巡する姿を描いた連作短編集。 将来の目標を何も描けないでいた大学生の新城、友人の橋本に誘われて小さな劇場での芸人ライブを見に行った途端、芸人こそ自分が目指す道と唐突に決心。同級生でその芸能事務所にボランティアでスタッフ働きしていた溝口を口説き、南部芸能事務所の研修生として芸人への道を踏み出します。 その新城がずっと主人公かというとそうではなくて、南部芸能事務所に所属する芸人たちが順次主人公となる連作短篇集。 なお、一応プロの名を張りながらも、彼らが芸人稼業で食えているのかどうか、バイトが主稼ぎであるかどうかは、各人ごとに様々。 芸人世界となれば、先輩後輩の区別はあっても、目が出るかどうかは実力次第。経歴と実力度、他の芸人と自分との比較、胸の内に去来する様々な思いを描き出しているところに本書の妙味があります。他の芸人との問題だけでなく、それはコンビ・トリオという間柄の中でも言えること。 漫才、芸人というと、山本幸久「笑う招き猫」、神田茜「女子芸人」という作品のことが思い出されますが、本書は若い芸人たちの群像を描いているところに、傍観者的に突き放したと言って良い視点があり、上記2作にはない魅力があります。 なお、本ストーリィ、シリーズ化になるとのこと。畑野さんが新しい局面に進んだことを示す作品として、今後への期待大です。 コンビ/ラブドール/中間地点/グレープフルーツジュース/歯車/クリスマスツリー/サンパチ |
5. | |
「メリーランド」 ★★ |
|
2016年04月
|
題名からだけでは判りませんが、“南部芸能事務所”シリーズの第2弾。 前作同様、南部芸能事務所等に所属して人気お笑い芸人を目指す若者たちを描いた青春群像劇。 前作もそうでしたが、この続編にしてもストーリィの雰囲気がとても好いところが何と言っても魅力です。 青春群像といっても学校やスポーツといった、自己満足で終わってもそれなりに満足を得られる世界と違って芸人世界はやはりシビアと言わざるを得ません。芸人として売れるかどうか=先輩後輩関係なしの凌ぎ合い、なのですから。 そんな芸人世界の中にあって、中小事務所である南部芸能事務所の所属芸人たちは仲が好い、のだとか。 現実には厳しい競争原理が働いている世界ですけれどそれを差し置いて仲が好い、彼らのそんな絡み合いを見ていると、訳もなく楽しくなってきます。 そして、ストーリィ中で主役的な位置を占める新城−溝口の漫才コンビが切磋琢磨し合いながら一歩一歩前進しているらしい姿が何とも爽快です。 各篇の主人公は前作同様に様々です。 冒頭の「ギャラ」は新城、「ファンシー」は溝口に憧れる女子大生の鹿島梓、「トリオ」は3人組コント=ナカノシマの野島、「インターバル」は大手事務所に所属する新城たちと同年代の漫才コンビの佐倉と榎戸、「シフト」は中島がバイトする映画館の女子社員である古淵、「相方」は先輩漫才コンビ=スパイラルの川崎と長沼、最後の「二人の名前」は溝口。コンビ名をとりあえず「新城溝口」で済ませていた2人の新コンビ名称がついに決まるのか? 今後も安定した面白さがますます期待できるシリーズもの、今の内からお薦めです! ギャラ/ファンシー/トリオ/インターバル/シフト/相方/二人の名前 |
6. | |
「運転、見合わせ中 The train to suspend operations」 ★★☆ | |
2017年04月
amazon.co.jp |
新刊が出る毎に期待して読んでいる畑野智美さんの最新刊。 朝の通勤時間帯、飛来物? 線路への立ち入り? 原因はともあれ、一時間半も電車が止まってしまったという事態から生じる6つの物語。 鉄道路線を題材にした連作小説というと有川浩「阪急電車」がすぐ思い浮かびますが、同作が連作という持ち味をフルに発揮した掌編集の面白さだったのに対し、本書では各篇が独立した中編小説並みの内容を持っているという点で対照的。どの篇も嬉しいくらいに読み応えたっぷりです。 通勤時間帯の電車の遅れ、迷惑この上ないものですが、それによっていつもとは違った時間、景色が生じる、というのは小説では物語になるものでしょう。そうした趣向の作品は他にもあると思いますが、電車の遅れという現在はよくある事柄だけに、より身近に感じられます。 登場するのは、大学へ向かう大学生、バイト先へ向かうぐーたらフリーター、憧れのデザイン事務所の面接へ向かうデザイナー、外泊した恋人宅から会社へ向かうOL、飛び込もうと駅にやってきたヒキコモリ青年。そして最終篇では、3年目女性駅員が本書ストーリィの最後を締めます。 本書で予想外に魅せられたのは、各篇で主人公たちの語らい相手として登場する脇役たちの人物造形がすこぶる良いこと。 柴崎・タマちゃん、松本さん・川岸さん、妹の留美、中でも「デザイナー」に登場する不動さんは最高!です。 1冊で何倍のストーリィが楽しめる連作短篇集。お薦めです。 大学生は、駅の前/フリーターは、ホームにいた/デザイナーは、電車の中/OLは、電車の中/引きこもりは、線路の上/駅員は、線路の上 |
7. | |
「ふたつの星とタイムマシン」 ★☆ | |
2016年11月 2023年01月
|
表題に「タイムマシン」とあり、冒頭の篇では本当にタイムマシンが登場するので、勿論SFストーリィではあるのですが、SF作品という印象は余りありません。 偶然手に入れた不思議な道具、あるいは身に付いた超能力、それらを駆使することによって現在心の中に引っ掛かっている問題を解決できるかもしれないと、各篇の主人公たちは試してみるのですが・・・・。 果たして何か変わったのでしょうか。そもそも変える必要自体あったのでしょうか。結局は自分自身の気持ち次第、ということではなかろうかと思います。 比較的あっさりとした小話ストーリィ、ですからSF小説としてみると物足りないのですが、後味は良い篇ばかりです。 むしろ、SF要素の入り込んだ青春小説風の連作短編集と受け留めた方が良いようです。 ・「過去ミライ」:タイムマシンで過去に向かった主人公、恋人との過去を変えたい・・・。 ・「熱いイシ」:人の感情を色、温度で表すという不思議な石。彼の本心を知りたい・・・・。 ・「自由ジカン」:時間をちょっぴり操作できる中学生、アイドルになりたい・・・・。 ・「瞬間イドウ」:テレポート能力を得たOL、今後の展望は開けたのか。 ・「友達バッジ」:イジメから逃れたい、誰とでも友だちになりたい。而してそのバッジの効力は? ・「恋人ロボット」:人間の恋人よりアンドロイドの方がもしかして理想的? ・「惚れグスリ」:果たして実際に効くのやら。 過去ミライ/熱いイシ/自由ジカン/瞬間イドウ/友達バッジ/恋人ロボット/惚れグスリ |
8. | |
「夏のおわりのハル」 ★★ | |
|
ちょっと不思議なストーリィです。夢の中の出来事なのか、どこから夢でどこまでは現実なのか、等々。 それをきちんと見極めることができず、少々すっきりしない気分も残りますが、決して不愉快ではありません。むしろ居心地良さを感じる、といった具合です。 「夏のおわりのハル」の主人公は、中三の小玉ハル。 バスの中で眠り過ぎてしまったのか、目覚めると目の前を白いうさぎが通り過ぎるのを目撃したかと思えば、いつもと違った世界に足を踏み入れてしまったかのよう。そしてそこでハルは、音信不通の筈の従兄シュウと再会し・・・・。 一方、「空のうえのダイチ」は、小さなデザイン事務所に勤める掛橋大地が主人公。同棲相手の由里から赤ちゃんができたと聞かされた後、家を出て電車の中で眠り過ぎてしまったのか、外に出るとそこはいつもと違ったような感じ。そしてそこでダイチは、小中学校を通じて一緒だった伊吹あやめに再会します。 ハルとダイチ、2人の夢は別々ではありません。なにしろ夢の中でお互いに出会うのですから。 2人とも、何かの屈託を抱えこんでいるようです。そんな内心がそのまま夢?という形をもって出現したのか。 その夢の中で様々に彷徨した結果として、2人は少しでも気持を楽にすることができたのでしょうか。 2人の今後に幸いあれ、と祈りたい気持ちです。また、読後感は意外に軽やかです。 夏のおわりのハル/空のうえのダイチ |
「春の嵐」 ★★ |
|
2017年05月
|
「南部芸能事務所」「メリーランド」に続く“南部芸能”シリーズ第3弾。 雰囲気的にはちょっと惰性気味かなァという印象を受けたのですが、南部芸能事務所に所属する芸人や周辺人物を一人一人、丁寧に描いているところが本シリーズの良さ。 勿論、登場人物が多岐に亘るからこその魅力です。 「プロ」の主人公は新城。恋人である美沙との関係に少々迷い有りという時期。 「姉と弟」はOLである新城の姉。弟の進路選択に、自分の結婚問題についての気持ちも定まります。 「家族」は“ナカノシマ”の中嶋。恋人である千夏が妊娠して。芸人としての岐路はこういう時、と感じさせられます。 「一人暮らし」は、“メリーランド”の好敵手である“インターバル”の榎戸。のっけから笑わせられます。 「東京」は新城の友人である大学生の橋本。付き合っている人気芸人の津田との関係にある決心をするのですが・・・。 「ピン芸人」は老手品師のテネシー。芸人になるまでと芸人になってからの過去が語られます。他の篇が若手芸人ばかりを主人公にしている中、人生の深みを感じさせられる一篇です。 「春の嵐」は溝口。メリーランドに新たなチャンスが扉を開けます。その結果の是非は次巻へと繋がれます。 プロ/姉と弟/家族/一人暮らし/東京/ピン芸人/春の嵐 |
「みんなの秘密」 ★★☆ |
|
|
ごく普通の中学2年生たちを描いた中学生ストーリィ。 学校に行けば仲の良い同級生と集まり、あるいはグループが出来上がっているのもごく普通のこと。 主人公である冴木美羽にも仲の良い紗弥と奈々という同級生がいて、一応仲良し3人組という関係が出来上がっています。 しかし、紗弥は美雨へ時々奈々についての陰口を叩き、奈々は奈々で美雨に時々「紗弥ちゃんて・・・」と言うことがある。 この3人の関係、ぼぉーっとしたところのある美雨を間に挟んで繋がっているだけで、実は仲良くないのでは、と思えてきます。 中2生たちの、仲が良い、そうでもないといった単純な話だと思っていたら、実はその底には相当な緊張関係が潜んでいるということが次第に判ってきます。 フツーの女子グループから抜け出して目立つ女子グループに移りたいと画策する友人、気が合う相手と思っていたら実は問題児、地味な女子グループこそ実はかなり陰険なのだと打ち明けられたり。一方の男子たちも、イジメ3人組と思っていたらその間には温度差があったりと、男女共々その生態はかなり複雑。 その背景に、住んでいる地域、貧富差に基づく格差意識もくっきりと浮かび上がってきます。 うわぁー、とんでもない世界に入り込んでしまった、友達付き合いの底でこんな駆け引き、損得勘定を巡らしていたのかと、のけ反るような思いに駆られます。 「みんなの秘密」という題名、読み始めはその意味が解らなかったのですが、ストーリィ中でその意味が判るや思わずゾゾッ。 「つまらない」「何か面白いこと」というさりげない彼女たちの言葉にも、世間知らずの子供たちが孕む危険を感じさせられてその危険さにハラハラする思いです。 今まで読んだことのないような、ごくフツーの中学2年生たちのスリリングで緊迫した関係をリアルに描き出した力作。 畑野さんのメスの鋭さには唸ってしまうばかりです。お見事! |
畑野智美作品のページ No.2 へ 畑野智美作品のページ No.3 へ