山本幸久作品のページ No.1


1966年東京都八王子市生、中央大学文学部史学科卒。内装会社勤務を経て編集プロダクション勤務。2003年「笑う招き猫」(「アカコとヒトミと」を改題)にて第16回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。


1.
笑う招き猫

2.はなうた日和

3.凸凹デイズ

4.幸福ロケット

5.男は敵、女はもっと敵

6.美晴さんランナウェイ

7.渋谷に里帰り

8.カイシャデイズ

9.ある日、アヒルバス

10.シングルベル


床屋さんへちょっと、愛は苦手、失恋延長戦、ヤングアダルトパパ、パパは今日運動会、寿フォーエバー、一匹羊、GO!GO!アリゲーターズ、東京ローカルサイキック、展覧会いまだ準備中

 → 山本幸久作品のページ No.2


幸福トラベラー、ジンリキシャングリラ、芸者でGO!、店長がいっぱい、誰がために鐘を鳴らす、天晴れアヒルバス、ふたりみち、あたしの拳が吼えるんだ、神様には負けられない、マイ・ダディ

 → 山本幸久作品のページ No.3


人形姫、花屋さんが言うことには、おでんオデッセイ

 → 山本幸久作品のページ No.4

  


    

1.

●「笑う招き猫」● ★★             小説すばる新人賞


笑う招き猫画像

2004年01月
集英社刊

(1500円+税)

2006年01月
集英社文庫化

 
2004/02/18

 
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駆け出しの女漫才コンビ、アカコヒトミの漫才にかける姿を描く、楽しく清々しい、ビルドゥングス・ロマン。

女漫才というとつい関西をイメージしてしまうのですが、2人とも東京人。その所為か、新鮮な印象があります。
ともに28歳ですからちとトウが立っていますけれど、2人の漫才にかける純粋さ、漫才に一途なその姿は、充分青春ストーリィと言うにふさわしい。
アカコが身長 150cmもないずんぐりタイプであるのに対し、ヒトミは身長 180cmの大女。そのヒトミは、何処へ行くのにも古自転車のレッド・バロンを漕いで出かける、というのが微笑ましくも楽しい。
それを上回る楽しさ、魅力が、何処でも歌いだすというアカコの即興の唄。ヒトミへの唄の受渡しも、2人のコンビぶりを象徴するようで、嬉しくなるくらいに楽しい。
そんな2人の人物造形がお見事。また、彼女たち周辺の登場人物たちも充分に楽しい。

漫才という題材より、2人のキャラクターと息の合った様子、思い切りの良さ、健康的な明るさが、とにかく読み手を楽しませてくれます。最後にはちゃんと2人の危機も描かれ、ストーリィの起伏も充分。
気分転換には、是非お薦めしたい作品です。

  

2.

●「はなうた日和」● ★★


はなうた日和画像

2005年07月
集英社刊

(1500円+税)

2008年05月
集英社文庫化

    
2005/12/10

 
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いいなぁ、気持ち良いなぁ、と心の底から自然に言葉が出たのが冒頭の2篇。
「閣下のお出まし」は、初めて会った小学生2人を描くストーリィ。会ったことのない父親を主人公の一番が訪ねていくと、その留守宅にいたのは同じ学年のハジメ
この2人のやり取りが絶妙なうえに、2人の心の奥に抱えていた思いを巧みに描きだしていて秀逸。
次の「犬が笑う」の主人公は、一転して30代の女性・陸子。彼女は失った恋人の面影を今なお忘れられないでいるらしい。過去の恋を慈しむようなその心根が癒されていく、その心象風景はとても愛おしい。

収録されている8篇は、いずれも東京は西の世田谷線沿線を舞台にしたストーリィ。
「普通の名字」は、離婚して2人の子供を抱えて働くミトコと、平凡な名前だけれど十分ユニークな研究員・山田さんとの見合いを中心に据えた話。笑ってしまうことの特に多い篇です。、
世田谷線沿線を舞台にしたほんのりとした短篇集でありながら、その底辺には恋、愛情といった大切な気持ちがしっかり描かれています。その点、老いも若きも変わりなし。
世田谷沿線をのんびりと鼻唄を歌いながら散策する。そんな快い気分に浸れる短篇集です。

閣下のお出まし/犬が笑う/ハッピー・バースデイ/普通の名字/コーヒーブレイク/五歳と十ヵ月/意外な兄弟/うぐいす

 

3.

●「凸凹デイズ」● ★★☆


凸凹デイズ画像

2005年10月
文芸春秋刊

(1600円+税)

2009年02月
文春文庫化

   

2006/01/30

 

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「恋愛じゃなく、友情じゃなく、仕事仲間。彼らがいつも、そばにいた」というのが帯文句。
恋より友情よりまず仕事。仕事で通じ合った仲間たちを描く本ストーリィは、薄っぺらではない読み応えがあります。まさにどっぷり嵌りました。
単に経過を辿るのではなく、10年の時を挟んで2つの時期を対照的に描いているという構成が何といっても上手い! 
それによって元凹組3人の10年間の軌跡がくっきりと浮かび上がってきます。主要な登場人物は3人+2人。どの人物も個性的で好感が持てます。
仕事という縦糸に登場人物の個性という横糸が見事に絡み合っているからこその読み応え。これはもう、頭の先からシッポの先までたっぷり楽しめる、青春仕立て仕事小説です。

まず現在の主人公は浦原凪海。零細デザイン事務所凹組の新人デザイナー。といっても、残るメンバーはオータキ(大滝)クロ(黒川)の2人きりで、仕事はエロ雑誌のレイアウトからスーパーのチラシまでというしょぼい仕事ばかり。
一方、10年前の主人公は大滝で、クロとゴミヤ(醐宮純子)の3人で凹組を立ち上げた時期。仕事は苦労もあるけれど、個性的な3人が集まってワイワイガヤガヤ、夢をもった若者たちの熱気が溢れていて楽しい。
そして、遊園地のリニューアル計画を共同で担当することになった現在、ゴミヤが新進気鋭のデザイン会社の女性経営者である一方、凹組のオータキとクロの2人はは未だにしょぼい仕事ばかりという具合。なぜ3人は決別したのか、という点が興味尽きないところ。
最近の小説は必ずといっていい位に恋愛要素が混じりますが、本書は珍しく仕事一直線(多少の恋心は浮かびますが)のストーリィ。その分すっきりしていてとても気持ち良い。
単なる友情話ではなく、三人で仕事すれば幸せになれる、という思いがあるからこそ生れる爽快さ。お薦めです!

 

4.

●「幸福ロケット」● ★★


幸福ロケット画像

2005年11月
ポプラ社刊

(1200円+税)

 

2005/12/25

帯には、クラスで八番目にカワイイ私(山田香な子、小5)と、深夜ラジオ好きでマユゲの太いコーモリ小森裕樹、小5)の「可笑しくて切ない初恋未満の物語」とありますが、まさに言いえて妙のストーリィ。

塾帰りの香な子と入院中の母親の世話帰りのコーモリが、夜遅く電車で一緒になることを繰り返すに連れ、2人の仲は親しさが増していく。その一方で香な子は、同級の優等生・町野さんからいきなりコーモリとの橋渡しを頼まれ、その強引さに押されて応じてしまう。
自然に親しさを増していく2人の一方が、他の人間からもう一方へのキューピッド役を頼まれて板ばさみになってしまうという展開は、ラブ・ストーリィとしてはよくあるパターン。それにもかかわらず、本作品は小学生が主人公である故にフレッシュで、我意が少ない分すこぶる気持ち良い。
香な子とコーモリ君が電車の中で語り合い、本の貸し借りを通じて親密度を増していく展開は、傍で見ていても楽しい。しかも、本が良い道具立てになっているのが、本好きにとっては嬉しいところ。また、同級生の日下クンや、担任の鎌倉先生らの人物造形も楽しく、魅力的。
しかし、ラブ・ストーリィも随分と低年齢化したものだなぁ。
最後の展開、これってホントに小学生? 大人のラブ・ストーリィの見せ所そのままではありませんか。唖然としてみたり、小躍りしてみたりと、読み手の胸の内も結構忙しい。

大人も子供も楽しめるフレッシュな初恋未満物語、お薦めです!

 

5.

●「男は敵、女はもっと敵」● ★☆


男は敵、女はもっと敵画像

2006年02月
マガジンハウス刊

(1500円+税)

2009年04月
集英社文庫化

   

2006/05/20

 

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美人でしかも才気に溢れるカッコいい女、高坂藍子
でも、もう36歳、離婚したばかり、現在オトコなし、仕事は厳しくもフリーの映画宣伝マン。
そんな藍子を、彼女が関わった男、それらの男を通じてしわ寄せを受けた女たちの視点から描いた連作短篇集。
まず藍子、そしてあてつけの結婚相手にされた元夫、不倫相手、恋人を横取りされた女の子、不倫相手の妻、その息子。

カッコいいから、男性の目を惹き付けるから藍子は悪い女、ということになるのでしょうか。
冒頭の「敵の女」ではしたたかで、危ない女という印象を受けた藍子ですが、先に進むに連れ、良くも悪くも自分を貫いて頑張っている女性という風に印象は変わっていきます。
6篇のいずれも、客観的に見ると悪いのは男の側だと思うのですが、女の目から見るとそうはならない。その向こうにいる女、本書で言えば高坂藍子が悪い、ということになってしまうのか。

そう思うのは所詮その女が男に依存する気持ちがあるからであって、依存する気持ちが失せてしまえば、相手の女のことなど気にせず、直接の相手=男だけを見定めることができる筈、と感じます。その具体例が、不倫相手の妻を主人公にした「本気の女」と思う次第。
「男は敵、女はもっと敵」。この題名、どういう意味なのでしょうか? 読んだ後、それを考えてみるだけでも面白い。
藍子にとって男は直面する敵なのですが、藍子を悪者にするのはその向こうにいる女、ということでしょうか。
いずれにせよ、高坂藍子はカッコいい女。近くにこんな女性がいたら、きっと見惚れてしまう気がします。

敵の女/Aクラスの女/本気の女/都合のいい女/昔の女/不敵の女

 

6.

●「美晴さんランナウェイ」● ★☆


美晴さんランナウェイ画像

2007年04月
集英社刊

(1500円+税)

2010年03月
集英社文庫化

   

2007/05/20

 

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未婚で未だに実家に同居している27歳の叔母、美晴さんを中心にして描く家族騒動記。

主人公は中学生の姪、世宇子です。
その世宇子や弟のからみても、美晴さんは困ったちゃんの叔母です。
なにしろ、酔っ払って遅くなると世宇子の部屋の窓から家の中に入り込んでくる、姪の布団の中に平気で入り込んでくる、バイト先の古本屋の店番を世宇子に押しつけてふらりとどこかへ行ってしまう辺りはまだしも、ジョニ黒で卵酒を作って世宇子を酔っ払わせてしまう等々、人騒がせの種には尽きません。
甘えっ子で淋しがりや。美晴さんのそんな性格は、長兄である世宇子の父親と17歳も離れている末っ子だった所為もあるらしい。
「だってこの家、居心地がいいんだもん」というのは美晴さんの甘え、そして世宇子たち家族はどこかでそんな美晴さんの甘えを許しているところがある。
その点で本書は、大勢の家族がワイワイガヤガヤと暮らす、昔ながらの家族風景へのノスタルジーと思えるのです。

突拍子も無い行動をとる美晴さんですけど、そんな家族の良さをけれんなく素直に体現していると言えるのではないだろうか。
自分の母親の葬儀だというのに旅行に行ってしまったり、見合いの最中タクシーで抜け出したり、小学生の頃には次兄の結婚に反対する相手の家に一人で乗り込むという武勇談もあるらしい。でも、美晴さんなりにはみな正当な理由があるのです。
その辺りをどう受け止めるかによって、読み手からみた美晴さん像は変わってくるはず。
なお、古い実家に住み暮らしていることから「この町の大半がお父さんの先輩か同級生か後輩だった」という点も、見逃すべからず。

三中だけセーラー服/バランスタワー/おそれ入谷の鬼子母神/空元気の家系/のっぴきならない事情/イタコイラズ/これから控え室のふたり、ときどき三人

 

7.

●「渋谷に里帰り」● ★★


渋谷に里帰り画像

2007年10月
日本放送出版協会刊

(1400円+税)

2011年07月
新潮文庫化

 

2007/11/13

 

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「渋谷に里帰り」、なんと不思議な題名かなと思いましたが、その理由は読み始めてすぐ判ります。
主人公は食材卸会社の営業マン、峰崎稔32歳。何を言われても「はあ」ばかりなので、ヤル気なく、仕事も大してできないと思われている。
そんな峰崎が、なんと営業部でもトップの成績を誇るやり手ウーマン・坂崎女史が寿退社する後釜に指名され、渋谷エリアを引き継ぐことになる。
その渋谷、峰崎にとっては鬼門の場所で、小学校卒業以来一度も足を踏み入れていない地域。何故かというと、小学校の頃渋谷から引っ越していく家族を裏切り者と呼ぶ同級生の女の子がいた。その子に、ミネザキパンの店を建て直すだけで引っ越す訳ではないとつい嘘をついてしまったことが呪縛になっているため。

否応なく再び足を踏み入れた渋谷の街を、かつての記憶と照らし合わせながら歩いていく部分と、デキの悪い後輩社員が優秀な先輩社員に叱咤されるうちそれなりにサマになっていくというお仕事小説の、2本立て構成。後者は吉村喜彦「ビア・ボーイを彷彿させてくれます。
面白く読めるのは後者の部分ですが、味わい深いのは前者部分。時代の流れの中に郷愁を感じとる点が魅力といって差し支えありません。
仕事が主ですが、そのほか昔の同級生にばったり再会したり、新しい恋人とデートしたりと、主人公が再び渋谷と関わっていく辺りの雰囲気になんとも居心地の良い温かさがあって、ほんのりと気分が好い。

変わってしまった故郷の姿にただ寂しさを感じるだけでなく、その新しい姿に魅力を感じることができたら、さぞ嬉しいことと思います。私の実家は同じ23区内とはいえ住宅地なので繁華街である渋谷とは比べようもありませんが、訪れる度に子供の頃賑やかだった商店街に寂れた雰囲気ばかり感じてしまいます。視点を変えてみればそこに新しい姿があるのかもしれません。

凸凹デイズゴミヤがちょこっとサービス出演。

  

8.

●「カイシャデイズ」● ★★


カイシャデイズ画像

2008年07月
文芸春秋刊

(1381円+税)

 

2008/07/26

 

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本書に登場するのは、店舗内装を主に手がける会社・ココスペースの社員と、その顧客たち。
まず最初に登場するのは、営業の高柳。早朝から顧客にトラブル対応を頼まれるわ、会議資料用に受注予定はでっちあげなくてはならないわ、まぁ世の常、仕事とは大変なものです、と思わせられます。
ところが読み進んでいくと、いつの間にか気分は変わっていきます。
とにかくこの会社、個性的な社員を野放しにしている、と言ったらよいか、野放図な社員を好き勝手なままにさせていると言うべきか。実に伸び伸びしているのです。
その象徴たる組み合わせが、営業部の高柳、施工監理部の篠崎、設計部の隈元という3人。その中でも突出しているのが隈本。なにしろ、やってみたいという店舗内装のため、78万円ものトチの木を自腹で買い込んでしまうのですから。
仕事が楽しい訳ないだろと言いつつ、この3人、徹夜仕事を苦にしないばかりか、むしろそんなことさえ楽しそうなのです。
ウマの合った同僚がいて、好きなように仕事をやらせてもらえれば、仕事だってこんな楽しい、と言わんばかり。

友情とは違うんだなぁ、あくまで会社の同僚、仕事仲間。
仕事仲間といえば、傑作凸凹デイズを思い出します。「凸凹デイズ」はまず仲間がいて、という風でしたが、本作品はまず会社があってという前提であるところがちょっと違う。

会社が舞台ですから、いろいろな社員が登場してきますが、それが皆々実に面白い。決して上記3人だけが特別ではありません。
一見、頑固そうな設計部長、社長になりたいと切磋琢磨している営業マン。普通だったら鼻持ちならない奴の筈なのに、本書では意外にも意外、彼らもイイ奴、面白い奴なんです。
中でも私が好きなのは、ベテランOLで今や統括室長という肩書きを持つ大家時枝。オフ時間に趣味を兼ねて未収金の取立まで成し遂げてしまっている飄々振りが痛快。
また、エザっちこと江沢のピンぼけぶりも実に愉快です。
その他、ちょっと与えたきっかけで俄然仕事を邁進し始めた若手社員、社長らしからぬ社長も楽しい。
さらに、類は類を呼ぶのか、彼らと一緒に楽しんでいる風な客側の、日向鮎川礼ら女性陣も楽しそう。

利益を上げる、会社を大きくする、昇進する、も大事だけれど、人生の大半を捧げる訳ですから、仕事を好きになれる、楽しく仕事ができることこそ本来の原点ではないか、と思えてきます。
本書は、そんな風に楽しい、お仕事小説。お薦めです。

女神の呼び名/魔のトライアングル/夢破れて/いつもおひとり様/バームクーヘン/ガウディでよろしく/スナイパーヒロコ/社長教育ABC

  

9.

●「ある日、アヒルバス」● ★★


ある日、アヒルバス画像

2008年10月
実業之日本社

(1600円+税)

 

2008/12/05

 

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東京の観光スポットをめぐる定期観光バス会社、というのですから、これはもう“はとバス”がモデルであることは間違いないでしょう。
本作品は、そんなバス会社=アヒルバスに勤めるバスガイド、23歳の高松秀子(愛称:デコ)を主人公とした、青春&お仕事小説。

秀子はもう中堅といってよいバスガイド嬢ですが、どこかまだ先輩たちに甘えたところがある。
そんな秀子が慌てることになったのは、新人バスガイド研修の指導員に指名されたため。敬愛する三原先輩が転職し、当初候補者だった先輩ガイドも急に妊娠、結婚、退職となったため、突然に大役が廻ってきた、という次第。
“鋼鉄母さん”と異名をとる主指導員のベテラン子持ちガイドには研修開始前に新人並にしごかれ、新人ガイドたちにはなめられる一方と、ストレス溜まる日々。
なんだかんだと言ってもそこは若い女性らしく、何とか奮闘していく姿が気持ち良い。
特別な事件がある訳でなく、感動ドラマがある訳でなく、そこはごく普通の仕事上の苦労、悩み、ストレス、愚痴、そしてその一方でやりがいも喜びもある、というストーリィ。
誰でもが味わう仕事上の苦労だからこそ、それを主人公と分かち合う楽しさもある、といったところ。
その主人公が、若い女性で元気良く、でもめげることも度々といった親しみのもてるキャラクターであるとなれば、楽しさはなおのことです。  

新人指導員の助っ人として借り出された、秀子の同期=中森亜紀の突出ぶりも傑作!、存分に笑えます。
また、鋼鉄母さんこと戸田夏美の保育園児の息子=カオル、彼の奇妙な言葉遣いはいったい何なのでしょうね?(笑)
もしかすると、主人公=秀子のキャラクターもその2人に引けを取らないのかもしれないと思うのは、幕切れ近くになってから。

何はともあれ、本作品は純粋なお仕事小説。
素直に読めて素直に楽しめ、素直に気持ち良くなれる、そんな佳作です。

  

10.

●「シングルベル」● ★★


シングルベル画像

2009年06月
朝日新聞出版

(1600円+税)

 

2009/06/26

 

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これまでの直線的、真っ向勝負のストーリィとは異なり、脇からくすぐりを入れられているような妙味が、本作品の魅力。
じわじわと伝わってくる面白さが、味わい豊か、かつ噛み応えあって、実に楽しい。
なお、本書題名は“ウェディングベル”のもじりか。

いい年して未婚という息子・娘を抱える親たちが集まり、子供の見合い相手探しに熱中するという、親向けセミナーがストーリィの出だし。
そのセミナーに参加した親の娘たち、外資系会社バリバリ管理職の円山すみれ=34歳、好きな相手を後輩にさらわれた大船彩子=30歳、元モデルの双葉カトリーヌ=34歳の現状が順々と語られていきます。
決して結婚しないと決めた訳じゃない、心ならずもここに至ってしまったというだけのこと。
その3人が共通して見合い相手に仕組まれたのが、その3人以上に結婚と縁遠い男性、絵画修復という儲からない仕事についている進藤陽一=36歳。

当事者4人が一通り出揃ってからの展開が面白い。思いも寄らぬ展開、それと対照的な陽一の伯母たち猛婆三姉妹の突進ぶりが愉快。
そのうえ、成就する恋物語だけでなく、成就することのない恋物語、さらに親世代の恋物語までいつのまにか描いていて、それから後の収め方といい、実に巧妙で、山本さんの上手さには舌を巻きます。
なお、恋物語の主役ではないけれど、陽一の姪とも言うべき小学6年生の少女=美和子の存在が侮れません。
小癪で健気、その抱える切なさが気持ち良くて、印象的。本書の魅力の半分は、そんな美和子の存在あってこそです。

     

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