藤谷 治作品のページ


1963年東京都生、日本大学芸術学部映画学科卒。会社員を経て、下北沢で書店フィクショネスを経営。2003年「アンダンテ・モッツァレラ・チーズ」にて作家デビュー。2014年「世界でいちばん美しい」にて第31回織田作之助賞を受賞。


1.
マリッジ:インポッシブル

2.船に乗れ!1−合奏と協奏−

3.船に乗れ!2−独奏−

4.船に乗れ!3−合奏協奏曲−

5.ぼくらのひみつ

6.世界でいちばん美しい

7.現代罪悪集

8.燃えよ、あんず

9.睦家四姉妹図

  


     

1.

●「マリッジ:インポッシブル Marriage:Inpossible」● ★☆


マリッジ:インポッシブル画像

2008年07月
祥伝社刊

(1500円+税)

2011年02月
祥伝社文庫化

2008/10/29


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引田輝子、TV番組制作会社でグルメ番組担当のディレクター、29歳、独身。
その輝子、友人の結婚、仕事相手の既婚女優の一言から、突然結婚願望に駆られます。恋愛がしたいのではない、結婚がしたい。
衝動感にかられるまま、輝子は結婚に向けてまっしぐらに突き進み始めます。そんな輝子の奮闘記。

「ひきたてる子」という親の付けた名前がそもそも悪い、と嘆きながら猪突猛進の観ある輝子のキャラクターが愉快ですけれど、30歳間近になって結婚!と慌てふためき出すストーリィは、ありきたりといえばありきたり。
でもよく考えてみると、輝子の試した合コン、見合い、結婚仲介会社と、結婚相手がなかなか見つからない誰しもが辿るであろう道。その点、誇張した滑稽さに纏われていようと、本書は結婚への指南書という側面も備えているのかもしれません。それも、期待し過ぎること勿れ、無理すること勿れ、と注意を与えつつ。

客観的に見ると輝子、結構いい女らしいのですが、やることなすこと出会うこと、運に見放されていると思うようなことばかり。それでも最後は落ち着くべきところに落ち着いたようでホッ。
それなりに楽しめる、結婚願望ネタのコメディです。

※輝子のこと、他人事として呆れ、笑っていましたが、ふと思い出したら、上記のこと、私も一通り経験していました。(苦笑)

    

2.

●「船に乗れ!1−合奏と協奏−」● ★★


船に乗れ!1画像

2008年11月
ジャイブ刊
(1600円+税)

2011年03月
ポプラ文庫
ピュアフル化



2008/12/28



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純粋で不器用で、思い返すと胸が痛くなること幾度もある、といった青春期。
本書は、音楽一家に生まれた津島サトルを主人公に、チェロ演奏と綺麗な少女への恋に明け暮れた甘酸っぱくも切ない高校時代を描いた、純情な青春小説。

当然の如く芸大附属高校を受験したもののあえなく不合格。サトルは仕方なく、祖父が学長を勤めている新生学園附属高校の音楽科へ進学します。
一応音楽科あるといってもレベルは三流。おまけに共学といっても男子は僅か数人、後は全員女子ばかりという環境。
そんな中でサトルは、オーケストラ練習でのチェロ演奏に悪戦苦闘するばかりか、同学年の美少女・南枝里子にすっかり恋して目を向けずにはいられない、という日々。
音楽と恋という、サトルの高1時代を描くストーリィです。
なお、サトルと南枝里子のほか、鮎川千佳という同級生の存在が光っています。明るく積極的で友人思いの女の子。こうした名脇役が青春小説には欠かせません。

学校の音楽部を舞台にしたストーリィはというと、中沢けい「楽隊のうさぎ以来。また、TVドラマ「のだめカンタービレの興奮もまだ残っていて、演奏の上達に精一杯を尽くす高校生たちの姿を小説においてまた見えることができるのは、とても嬉しいこと。
ただ気になるのは、今は青春期を過ぎた主人公が何やら悔恨らしい情をもって高校時代を振り返っているところ。それは第2巻以降に描かれるのでしょうか。
いずれにせよ青春は、青春の最中にあった時よりも、後になって当時を振り返った時の方がより一段と清純な調子で響くもの(ヘッセ「春の嵐)。だからこそ、冒頭の語りの中に感じられる苦味が、より一層本ストーリィの純粋さを高めてくれているようです。
学園もの青春小説がお好きな方には、お薦めの一作。

   

3.

●「船に乗れ!2−独奏−」● ★★


船に乗れ!2画像

2009年07月
ジャイブ刊
(1600円+税)

2011年03月
ポプラ文庫
ピュアフル化



2009/08/30



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青春音楽小説三部作の第2巻目。
主人公・津島サトルの高2時代が描かれます。好きだった南枝里子との交際も、オペラ「魔笛」の観劇デートから始まり、極めて順調。
一方、三流音楽学校とはいえ、それなりに本業の方は大変になっていきます。演奏会テーマの曲が決まりますが、これが極めて難解な曲目。2年生でありながらチェロのトップに指名されたサトルは、自分のことばかりかまけている訳にはいかないし、個人レッスンもさらに高度になる。それでも、同級生でフルートの伊藤慧からは文化祭での共演に誘われるのは楽しみであるし、北島礼子先生から誘われたチェロでの年末バイトは、初めての経験。

その辺り、前半はごく穏当でそうあるべき2巻目ストーリィというところなのですが、度肝を抜かれたのは後半。
夏休みの2ヶ月間、ハイデルベルクに住む音楽家の叔父夫妻に誘われ、同地でプロの音楽家のレッスンを受けるという経験をします。これがサトルの大きな試練になるのですが、大波乱が展開していくのは帰国した後のこと。
正直言って、青春学園小説でこんな展開があるのか、ここまで主人公を貶めてしまうものか、というのが驚き。
音楽科生徒としての試練というより、成長期にあるサトルの人間性が問われた試練というべきでしょう。そしてその結果は、とても芳しいものとは言えない。

本作品の良さは、第1巻でも記したとおり、自分の青春時代を振り返るという視点が保たれているところにあります。
今が永遠に変わらないと夢のように信じたこと、その当時は気づかなかったけれど甘さの中には苦味も在ったのだということ、自分のことしか見えていなかったけれど実は多くの大人たちの配慮に守られていたのだということ。
青春は振り返るからこそ、美しく、痛みもあり、忘れ難いもの。そう語ったヘッセ「春の嵐の末文を、改めて思い出します。

  

4.

●「船に乗れ!3−合奏協奏曲−」● ★★


船に乗れ!3画像

2009年11月
ジャイブ刊
(1600円+税)

2011年03月
ポプラ文庫
ピュアフル化


2009/11/28


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青春音楽小説三部作の最終巻。

前巻で、青春学園小説とは思えない衝撃的な展開に絶句したものですが、それ程ではないにしろ、本巻もまた主人公にとっては厳しい展開。ただし、それこそ現実的な厳しさ、と言われればそれまでのこと。
音楽を学ぶのは何のためなのか。また、音楽を学んで芸術家を目指すのか、それとも職業(食い扶持)として音楽を用いるのか。
3年生になった今、主人公のサトルは、このまま音楽を続けていく価値があるだけの才能が自分にあるのかどうか見極めねばならないという現実に直面することになります。
そしてその結果、サトルが選んだ道は・・・・。

後半、サトルが仲間たちと演奏する合奏協奏曲、文化祭ミニコンでの演奏場面が、本ストーリィの如何を超えて圧巻。思わず武者震いしてしまった程です。

この3部作の最後に至り、記憶の霧の中から私の愛するある文学名作が浮かび上がり、本物語と姿が重なり合うのを感じました。
それは、ヘッセ郷愁
また、意味合いは違うかもしれませんが、「郷愁」最後での「帆をかけなくちゃ」という言葉と、本書でニーチェの言葉として引用される「船に乗れ!」という言葉もまた、共鳴して聴こえてくる気がします。
ヘッセが描いたように、青春とはまさに彷徨に他なりません。
苦さと郷愁の交じり合った、青春音楽彷徨記、完結篇です。

  

5.

●「ぼくらのひみつ」● 


ぼくらのひみつ画像

2010年05月
早川書房刊

(1600円+税)



2010/06/12



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時間が進まない。主人公である「ぼく」は、2001年10月12日の金曜日・午前11時31分という時間にずっと留まったまま。
ただ一人そんな状況におかれた主人公が書き残す、手記という形式によるストーリィ。
北村薫「ターンを思い出しますが、「ターン」は際限なく同じ一日が繰り返されるというストーリィ。それなりに進行がありましたが、同じ時間に留まっているだけというのでは、そもそもSFにもファンタジーにも成り得ません。

“想像力の文学”と名付けられたシリーズの一作。
どういう趣向のシリーズかよく判りませんが、確かにこのストーリィ、想像力を発揮しないと読みこなせないと思う。
途中、冗談のような名前の、京野今日子という女性が登場。主人公と同じ時間に留まり、語り相手とも、暫し行動を共にする相手ともなります。
時間が止まって以来、主人公は背中に麻袋の存在を感じる。次第にそれは大きくなり・・・・。

何故主人公は一つ時間に留まってしまったのか。
その理由は最後で明らかになりますが、それはまるで教訓話のよう。
そこに至るのに、想像力を尽くさないといけないのかと思うと、今一つ納得がいかない気分。

    

6.

「世界でいちばん美しい」 ★★       織田作之助賞


世界でいちばん美しい画像

2013年11月
小学館刊
(1500円+税)

2016年10月
小学館文庫



2015/01/09



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小学校以来の親友であり、音楽の才能に恵まれたが、それ以外のことにはまるで幼い子供同然だったせった君(雪駄文彦)との長年に亘る交流を、思い出として書き綴るという形をとった長編ストーリィ。

音楽一家に生まれ、幼い頃から英才教育によりピアノを学んでいた主人公=
島崎哲
その親友となったせった君は、主人公が驚く程、音楽の才能に恵まれた少年だった。
それ以来、時に離れることはあったが、彼との友情はずっと消えることはなく、そして2人の間には常に音楽があった。

人は成長するにつれて自分の才能の限界を知り、その一方で世知を身に着け、自らの生活、そして人生を築いていくものだと思いますが、主人公の島崎哲もそんな一人。
一方、せった君は、それと対照的な、全く違った人生を辿った友人。どこまでも純粋無垢で、本能が求めるところをひたすら追い求め、大人にならず、世知も身に着けず。
でも、人間の生がどのみち有限であるのなら、どう生きたか、生きた証と言えるものがあるかどうか、という方がずっと重要なのではないだろうか。
読了後には、そんなことを思わせられる長編ストーリィ
だからこそ本書は、20年以上も前に遡って親友のことを語る、という形式にて描かれたのでしょう。

織田作之助賞を受賞した本作品ですが、本ストーリィが面白かったかどうか、感動を覚えたかどうかと問われると、少々戸惑うところがあります。

   

7.

「現代罪悪集」 ★☆


現代罪悪集画像

2014年11月
河出書房新社
(1500円+税)



2014/12/27



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相当にひねりの効いた短篇集。

「現代罪悪集」という題名から、現代を舞台にした犯罪小説、ブラックユーモアもありかなと予想して読み始めたのですが、まるで予想違い。
冒頭の
「亡失」、長年付き合ってきた恋人のことをすっかり忘れてしまった、名前を聞いても何の覚えもない、という男性が主人公。これって罪悪?、というより狂気では?と思い始め、続く「等閑」「匿名」についても同様の印象。

しかし、日本と韓国の現状等々をニュース番組が取り上げるというパロディ
「雷同」で漸く気付きました。
本書のテーマは“犯罪”ではなく“罪悪”であったのだと。

誰もが犯罪と思うような罪悪ではなく、いつの間にかそれで良しとしてしまい、もはや悪いこととも感じなくなっていることこそが、“現在罪悪”なのだと。
“等閑”とは物事を軽く見てなおざりにすること、“雷同”とは他人の説や言動に安易に従うこと、“黙過”とは知りながら黙って見過ごすこと。
各篇の題名になっている言葉に、実は罪悪が潜んでいる、という訳です。
単純に面白いというものではなく、ひねり、ブラックユーモア、辛辣な揶揄と、裏の裏を読んで行かないといけない短篇集。

亡失/等閑/匿名/紐帯/雷同/黙過/増益

         

8.

「燃えよ、あんず ★★☆


燃えよ、あんず

2018年11月
小学館

(1900円+税)

2022年05月
小学館文庫



2019/01/06



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下北沢の小さな書店<フィクショネス>。
かつてその書店でいつも長い時間を過ごしていた常連客の
久美ちゃん。しかし、彼女は21歳で幸せに結婚したものの、その相手が僅か1年後に交通事故死。
その後、彼女は亡き夫の家族と暮らす道を選び、奈良県桜井市に引っ越し、そのまま音信不通。
その久美ちゃんが、十数年を経て、やはりかつての常連客である
由良に付き添われて、再びフィクショネスに顔を見せます。

本作はそこから始まる、久美ちゃんが新たな人生を掴もうとする過程と、書店主の
オサムと妻の桃子たちが何とか久美ちゃんに幸せになって欲しいと、応援するストーリィ。

「燃えよドラゴン」を模したような本作題名、それ故、一体どんなストーリィかと戸惑ったうえに、「あんず」という名前の人物も一向に登場せず。これは如何に?と思う処。
頭を悩ませつつも読み進むと、要は上記のようなストーリィだった次第。

ストーリィは波乱万丈ではあるものの、ドラマティックという程ではなし(本人たちにとっては大問題でしたけど)。
それを補うかのように、陰険な人物、いい加減な人物等々、個性的な人物がストーリィを彩っています。
中でも主人公の妻である桃子の、激情ぶりが愉快。

なお、最後に
新宮獅子虎という人物の足跡を辿る、まるで番外編といった格好の物語が、本来ストーリィ終幕後に付け加えられているのですが、これが真にお見事。
これこそ、波乱万丈、意外や意外の顛末、まさに人物観もひっくり返すような展開。・・・・藤谷さん、やるなぁ。


誰かの幸せを心から願っても、現実の行動が食い違ったり、思わぬ行き違いが生じること、あるんですよねぇ。その時、一体どう行動すればいいのか・・・参考になります。

1.久美ちゃん/2.マサキくん/3.獅子虎/4.ぽんこつたち

       

9.

「睦家四姉妹図 ★★


睦家四姉妹図

2021年01月
筑摩書房

(1700円+税)



2021/03/14



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ごくフツーの一家=睦家、両親&四姉妹のその人生模様、変遷を1988年から2020年まで、8章に分けて描いたホームドラマ。

母親である
八重子の誕生日が1月2日であるため、正月+誕生日祝いを兼ねて毎年家族がその日に集まり、父親であるが家族全員の記念写真を撮る、というのが恒例行事。
そのため各章とも1月2日、舞台は神奈川県戸塚区の原宿にある睦家の居間に設定されています。
冒頭の1988年、実家を出ているのは
長女=貞子・24歳のみ。
次女=夏子・22歳、三女=陽子・20歳、四女=恵美里・13歳はまだ実家に同居。

それから32年に亘るのですから、四姉妹にもいろいろな出来事があります。
結婚、子育て、離婚・・・・。きちんとした相手を見つけた娘もいれば、顔にこだわり両親が危惧した相手もいて、予想どおりの結末へと。
それでも年に一回皆が、結婚した相手・恋人、孫も連れて集まってくれるというのは両親にすれば嬉しいことでしょうし、また実家へいつもどおり顔を出せるということも娘たちにとっては戻る場所がある、という意味で幸せなことと思います。
なお、帯同する結婚相手たち、ご苦労様とも思いますが。

※睦家の正月もうひとつの恒例行事が「フーテンの寅さん」映画を観に行くということだそうですから、睦家の雰囲気が分かるというものではないでしょうか。


1.揺れる貞子と昭和の終わり/2.不安な陽子と世界の変容/3.悩む恵美里と日本の亀裂/4.苦しむ夏子と恐怖の大王/5.梶本さんが台所に立った日/6.「このごろのサダ子さん」/7.「ユートピア」が通り過ぎる/終景図.楽しき終へめ

      


  

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