中沢けい作品のページ


1959年生、千葉県館山市で育つ。高校在学中の17歳で「海を感じる時」にて群像新人文学賞を受賞し、話題となる。85年「水平線上にて」にて野間文芸新人賞を受賞。

 
1.
楽隊のうさぎ

2.うさぎとランペット

 


   

1.

●「楽隊のうさぎ」● ★★☆

 

  
2000年06月
新潮社刊
(1600円+税)

2003年01月
新潮文庫化

 

2005/01/15

 

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これは、本当に楽しい少年物語。
小学校でイジメにあっていた男の子が、中学でなんとはなしに入ったのが吹奏楽部。その中で少年は、それまで縮こまっていた自分を伸びやかに成長させていく。
そんなお題目より、この花の木中学校・吹奏楽部に主人公とともに仲間入りしていくことが、とにかく楽しいのです。
この楽しさ!、まず読んでもらわないことには、判ってもらえないでしょう。

小学校でイジメにあっていた克久は、心を灰色に塗り固め、一切から感情をシャットアウトすることに上手になっていた。
その克久が花の木公園にうさぎが棲んでいるのを見つけて以来、彼の心の中にはうさぎが住みつくようになります。その一匹のうさぎは、克久をそそのかしたり励ましたりと、彼の心の中で跳ね回るようになります。
伸び盛りの中学生は、自分自身では判らないままに内面で大きなエネルギーを発揮したり、急速な成長を遂げることがある。うさぎはそんな克久の内面を体現する存在のように思われます。
指揮棒をふったり、裃をつけて平身低頭したりと、このうさぎは本当に楽しい。
少年の心の内を描くのにうさぎを持ってきた中沢さんの発想は、ユニークかつお見事。

単行本の帯にある中沢さんの言葉を一部引用すると、「12歳、13歳、そして14歳の時、私は自分がどんなに輝かしい時期に生きているのかよく知らなかった。人としての伸び盛りの輝かしさに目を開かれたのは親になってからだった(後略)」
その言葉をそのまま小説にしたような、伸び盛りの輝かしさに満ちた少年物語です。そして、それは主人公だけでなく、吹奏楽部の部員それぞれに感じられること。
なお、子供たちだけでなく、克久を通じてその親の側についても公平に描きだしている点が見逃せません。
とにかく楽しめる一冊、お薦めです。

  

2.

●「うさぎとトランペット」● ★★☆

 

  
2004年12月
新潮社刊
(1800円+税)

2007年07月
新潮文庫化

 

2005/01/22

 

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題名に「うさぎ」とあり、同じくブラスバンド小説ですが、楽隊のうさぎとはまた趣の異なる小説です。前作のように冒頭から楽しい、というストーリィを期待して読むと、ちょっと戸惑うことになります。
頁数はぐっと増えていますが、目立ったストーリィ展開はない。ブランスバンドとの関わりもなかなか登場しません。
この小説は、小学生の女の子の心の内にとことん踏み込んだ作品なのです。そこにこそ魅力があり、本作品の良さがあります。

主人公は小学5年生の宇佐子。無口で大人しすぎるくらいの女の子ですが、いろいろな音や声に出ない声を聞く、とてもいい耳を持っています(うさぎみたいに)。
そんな宇佐子が学校へ行きたくなくなったのは、転校生のミキちゃんを仲間外れにしようとするクラスの雰囲気に傷ついたから。朝の公園で練習しているトランペットの演奏を偶然ミキちゃんと一緒に聞いてから、宇佐子はミキちゃんと仲良しになっていきます。そしてミキちゃんを通じてブランスバンドを知り、宇佐子の世界は急速に広がっていきます。本作品は、そんな宇佐子の成長物語です。

宇佐子の世界は3つあります。ミキちゃんを通じて出会ったブラスバンド、そしてその仲間との世界。この世界はどんどん広がっていき、宇佐子やミキちゃんの成長とこれからの可能性を感じさせてくれる世界です。
一方、ミキちゃんを排除しようとする小学校のクラスは、とても硬直的な世界であるように感じます。
また、宇佐子とお母さんの世界。まだ小さい女の子でいて欲しいお母さんにとっては、自分の知らないところで世界を広げていく宇佐子は心配。つい対決してしまうことになります。そこは「楽隊のうさぎ」でも共通して描かれていた部分です。
ミキちゃんと宇佐子の、2人の女の子像が絶品。また、2人の担任である木村先生、ブランスバンド仲間たちの人物造形も魅力です。とくに指揮者の市職員・紅林のキャラクターは可笑しく、元花の木中学校・元吹奏楽部の面々が登場して「楽隊のうさぎ」のその後を知ることができることは嬉しい。
大きなストーリィ展開のある小説ではありませんが、ミキちゃんという女の子の抱えている切なさをはじめとして、宇佐子の感じる小さなあれこれ、仲間たちの会話、どれもじっくりとひとつひとつ大切に読んでいきたいものばかりです。
読んでいる最中よりも読み終わった後から歓びが膨らんでくる作品。「楽隊のうさぎ」と合わせて、是非お薦めです。

  


   

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