藤沢周平作品のページ No.3

 

21.日暮れ竹河岸

22.漆の実のみのる国

23.早春

24.静かな木

25.藤沢周平未刊行初期短篇

26.海坂藩大全(上)

27.海坂藩大全(下)

28.帰省

29.乳のごとき故郷

 

【作家歴】、暗殺の年輪、刺客、用心棒日月抄、消えた女、橋ものがたり、春秋の檻、隠し剣孤影抄、隠し剣秋風抄、密謀、よろずや平四郎活人剣

藤沢周平作品のページ bP


海鳴り、風の果て、本所しぐれ町物語、蝉しぐれ、たそがれ清兵衛、市塵、三屋清左衛門残日録、凶刃、天保悪党伝、秘太刀馬の骨

藤沢周平作品のページ bQ

 


    

21.

●「日暮れ竹河岸」● 


1997年
文芸春秋刊

個人全集
第22巻


1997/07/12

藤沢さん逝去の直後に刊行されたのが、文芸春秋刊「日暮れ竹河岸」。しかし、未発表作品かと思っていたのですが、何の事はない、本巻に収録されていた短篇集でした。
もっとも、題名が違いますので、内容を知らないと気付かないものです。

「江戸おんな絵姿十二景」
ごく短い、女性を中心とした市井ものの短篇集。
「広重『名所江戸百景』より」
同様の市井もの短篇集。これにおける冒頭の作品が「日暮れ竹河岸」です。なかなか気付くものではありません。

  

22.

●「漆の実のみのる国」● ★★★

 

 
1997年05月
文芸春秋刊
上下
(各1714円+税)

2000年02月
文春文庫化
上下

 
1997/05/31

名君との評判が高い、米沢藩の上杉鷹山(治憲)の物語。同じ鷹山を書いた優れた小説として、童門冬二氏の「小説上杉鷹山」(学陽書房文庫)があります。同作品を読んだときは、鷹山公の人となりに感動せざるを得ず、故ケネディ大統領が尊敬する人物として鷹山公をあげたのも当然、と納得するばかりでした。
今回藤沢さんがどのように鷹山公を書くのか、大いに興味があったのですが、実際読んでみると、驚くことばかりです。上記「小説上杉鷹山」を意識し、同作品での感動的な場面をことごとく排除している、というような描き様。また、いつもの藤沢さんらしい味わいはみられない、ということもあります。

では、この作品が読む価値がないのかと言えば、そんなことは決してありません。ただ、この作品は上杉鷹山という実際に存在し、その功績がはっきり記録されている人物を書いた物語であり、多分藤沢さんも尊敬しただろうこの人物を書くに当たって余計な脚色・技巧を用いず、事実の重みを書こうとしたような気がします。つまり、ヒーローとして鷹山公を書くのではなく、名君と評価されるに至るだけの人間・鷹山公の努力、その稀有さを書こうとしたしたのではないか、そう思います。それだけに、藤沢ファンの私としては、かえって手放せない作品となりました。
できうることなら、本作品を読む前に「小説上杉鷹山」を読み、読み比べてみることをお勧めいたします。

 

23.

●「早 春」● ★★




1998年01月
文芸春秋刊
(1238円+税)

 

1998/02/24

時代もの2篇+珍しい現代もの1篇+エッセイ。
時代もの2篇はまさしく藤沢さんの世界。執政間の勢力争いに巻き込まれるという幾度もあったようなストーリィで、陰湿な印象さえ漂います。一方、その中に一片割り込ませたような日常のありふれた出来事。読後思い返す度に、その僅かな明るい部分が花を開くように膨れ上がってきて、いつの間にか明るく楽しい作品だったかのようにイメージが変っていきます。
その割り込ませ方の絶妙さは藤沢さんならではのものであり、もう2度とこうした味わいの新作品に出会うことはできないのだと思うと、ことさらにこの2篇がいとおしくなってきます。
現代ものについてはちょっと戸惑いも感じますが、読み始めればそこはやはり藤沢さん、何の違和感もなくストーリィの中に入り込めます。でも何故現代小説を、何故このストーリィなのか、その辺は判りません。ただ、暗いという印象があるわけでもなく、所詮人の一生とはこうしたものだという人生観を感じとろうと思えば、できないこともない作品でしょう。
最後に刊行される内の1冊として読み、その期待が裏切られることはありませんでした。

深い霧/野菊守り/早春/エッセイ4篇

 

24.

●「静かな木」● ★★

 

1998年01月
新潮社刊
(1300円+税)

2000年09月
新潮文庫化

1998/03/15

円熟した巧さを感じさせてくれる、海坂藩もの短篇3作。

表題作は以前からあるような藩内抗争がらみの作品。
「岡安家の犬」「偉丈夫」の2作は、ユーモラスな感じに充ちていて嬉しいくらい。といっても、単にストーリィがユーモラスというのに止まるものではありません。まかり間違えばどんな事態になるかわからないというような事件を、藤沢さんは巧みに、読後明るく、心楽しいような作品にまとめあげています。

「岡安家の犬」では、自らを張り詰めていたような若い娘の救われたような笑い、涙が、読んでいて一緒に心救われるような楽しい思いがします。
また、「偉丈夫」では、主人公権兵衛の人柄を温かく見守っている目があった、ということに嬉しさを覚えます。
  (※権兵衛の属するのは海坂藩の支藩・海上藩)

 岡安家の犬/静かな木/偉丈夫

  

25.

●「藤沢周平未刊行初期短篇」● ★★

  

 
2006年11月
文芸春秋刊
(1714円+税)

 

2006/12/13

 

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本書に収録されている作品は、藤沢周平さんが作家デビューを果たす前に「読切劇場」等の雑誌に掲載された14篇。
作家デビュー前だから完成度が低いものだろう、などと決して思う勿れ。「未刊行」「初期」という言葉を気にとめず読めば、武家もの、市井もの、愛憎ものといった様々なパターンを楽しめる作品集です。
冒頭の2篇をはじめ、多少荒削りなところも感じますが、初期の作品だからと心しておけば、藤沢さん没後新たな作品を読めないだけに、ファンにとっては嬉しい短篇集です。

一口に“武家もの”といっても公儀隠密ものが多く、切支丹に関わるストーリィもあります。そんな冒頭2篇は、ストーリィ展開がゴツゴツしている感じでやはりそこは初期作品らしいところ。それらの作品は、どうしてもやや暗い感じがあります。どうもがいても抜け出せない主人公たちを描いたストーリィ。当時の藤沢さんの心境が作品に反映されているからでしょう。
その一方で明るく、男女の希望が開ける今後を予想させる作品もあります。「木地師宗吉」「霧の壁」「ひでこ節」がそんな篇。「木曾の旅人」は唯一の任侠ものですが、これも味わい深い。
これらの作品に共通して感じるのは、藤沢さんの女性造形の上手さです。初期の作品であってもこの点は、作家デビュー後の作品と比べても遜色ありません。実に良いんですよねェ。
前述4篇に登場する女性だけでなく、「佐賀屋喜七」のように身を持ち崩していく女にさえ、憎みきれないものを感じさせられて唸らずにはいられません。
「忍者失格」「空蝉の女」「無用の隠密」も相当に味わい深い。

この短篇集、藤沢ファンなら見逃すべきではないでしょう。手にとって読み出せば、きっと新たな喜びに出会えるに違いありません。
※なお、
「老彫刻師」は古代エジプトを舞台にした篇。思わず、えっ?と驚きました。

暗闘風の陣/如月伊十郎/木地師宗吉/霧の壁/老彫刻師の死/木曾の旅人/残照十五里ヶ原/忍者失格/空蝉の女/佐賀屋喜七/待っている/上意討/ひでこ節/無用の隠密

 

26.

●「海坂藩大全(上)」● ★★☆

  

 
2007年01月
文芸春秋刊
(1524円+税)

 

2007/01/30

 

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“海坂藩”に関わる短編を集めた作品集の上巻。
久しぶりに藤沢作品を読みましたが、いいなぁ。この味わい、この読み応え。やはりなかなかのものです。
剣戟シーンは池波正太郎作品のような派手さはないものの、迫力において遜色なし。そして男女の味わい、生活の糧を得て家族を養っていくことの重さ。時代小説であっても現代と共通する後者を描いて、心の奥深くに触れてくる辺りが藤沢作品の魅力であることを改めて感じます。

海坂藩絡みといっても、読むにあたってそれを意識する必要はありません。むしろおかげで、初期の陰ある作品からどこか明るいユーモラスな作品まで幅広く収録されているところが、ファンにとっては嬉しい短篇集。なお、一応は海坂藩絡みである故に、どの作品も武家が主人公です。
なお、こうしてまとめて読んでみると、海坂藩が特に居心地良い平穏な藩であった訳でなく、政争もあり、暗愚な藩主、厭むべき家老職らもいたことが判ります。その点で海坂藩もごく普通の藩だったと言うべきでしょう。

本書中気に入った作品は次のとおり。
「相模守は無害」は、慕う男を待つ女、待つ女のために何としてでも生きて帰ろうとする男が描かれています。このパターン、藤沢作品では「たそがれ清兵衛」をはじめ結構多い筈。
「鬼気」は藩内の武術対抗試合で無敵を誇ったことから冗長し、腕が立つという噂の中年武士に試しを仕掛けた若侍たちを描いた作品。試すつもりが、相手の鬼気に恐れをなして一目散に逃げ帰ったという顛末が可笑しい。これって、いつの世にもあるような話ではないでしょうか。。
本書中の屈指は「竹光始末」。仕官を求めてはるばる旅してきた夫婦と幼い2人の娘という浪人一家。最後の一文に、一家が固く結ばれていた旅の様子を映し出していて、何とも素晴らしいの一言に尽きます。
「遠方より来る」もまた楽しい。職を得て家族を養う生活と、一人身で気楽に生きる人生。必ずしも前者が良いとは言い切れない本音に、共感を覚える楽しさがあります。
最後の「小鶴」は、いつも派手な喧嘩が絶えない夫婦に一時期授かった幸せを描いた作品。現代にも通じる、身につまされるところある作品です。

暗殺の年輪/相模守は無害/唆す/潮田伝五郎置文/鬼気/竹光始末/遠方より来る/小川の辺/木綿触れ/小鶴

   

27.

●「海坂藩大全(下)」● ★★☆

  

 
2007年01月
文芸春秋刊
(1524円+税)

 

2007/01/31

 

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上巻に比べ、下巻に収録された作品は執筆時期が後である分、いずれの作品も情愛がより細やかに描かれていると感じます。
男女の情愛、母と息子の情愛、主従の献身、友への信頼と友情、等々。
上巻に増して、私好みの作品が集まった短篇集になっています。

男女の情愛を描く作品の中でも、「梅薫る」は特に好いなァ。一人の女性を慈しむ三人の男性の存在。父親、元の許婚者、現在の夫。これはもうお見事という他ありません。
「切腹」は老境に近付いた武士同士の長年にわたる信頼・友情を描いた作品ですが、その2人、囲碁の待った・待たないをめぐって揉め、ついに交友を絶った間柄というのですから可笑しい。そして、最後に亡き友の妻が口にする一言が絶品。もっともな非難なのですが、主人公の心も判るからこそ楽しくなります。
「花のあと」は、語り手が祖母で、孫たちに自分の若い時の勇ましい話を語るという趣向が楽しめます。この祖母、孫たちにとってはうるさ型の婆らしく遠慮なく合いの手を入ているらしい様子が察せられて、楽しいかぎり。

その他、「泣くな、けい」「泣く母」「山桜」も快い作品です。
なお、最後の3篇は静かな木に収録されていた作品。

梅薫る/泣くな、けい/泣く母/山桜/報復/切腹/花のあと−以登女お物語−/鷦鷯(みそさざい)/岡安家の犬/静かな木/偉丈夫

   

28.

●「帰 省−未刊行エッセイ集−」● ★★

  

 
2008年07月
文芸春秋刊
(1524円+税)

 

2008/09/10

 

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阿部達二さんの「解題」によると、藤沢さんのエッセイ集は「周平独言」「小説の周辺」「ふるさとへ廻る六部は」の3冊で、他に自伝的エッセイとして「半生の記」があるとのこと。
それ以外にも文芸春秋版藤沢周平全集に収録されているエッセイが幾つかあるものの、それでも洩れているものがあり、それをまとめたのが本書です。

藤沢周平さんは自分の書いたものをすべて保存し記録しておくという、作家としてごく普通の習慣を持たなかったのだという。
とくにエッセイは書き捨てのつもりであったらしい、とのこと。
そうしたエピソード、いかにも藤沢さんらしく、
ほのぼのとした気持ちになります。
さて
エッセイの内容はといえば、故郷庄内のこと、世話になった人のこと、業界紙編集者時代のこと、講演会のこと、古田織部や清河八郎といった歴史上の人物のこと等々幅広いこともあって、藤沢さんを身近に感じさせてくれる一冊となっています。

本書エッセイの内容はともかくとして、どのエッセイをとってもいかにも藤沢さんらしいものばかり。
地道にこつこつと小説を書いているだけ、本人は苛立ったりすることもあるといいますが、読者にとっては穏やかで静かな執筆生活がそのまま伝わってくるかのようです。
没後10年余、久々に藤沢さんに触れ合ったような気がして、ファンとしては嬉しい限り。

 

29.

●「乳のごとき故郷」● ★★

  

 
2010年04月
文芸春秋刊
(1524円+税)

 

2010/05/22

 

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22年04月鶴岡公園内に鶴岡市立藤沢周平記念館が開館された記念として出版された、故郷である庄内・鶴岡に関するエッセイを集めた書。
藤沢周平ファンとして当然の如く手に取った一冊ですが、久々に藤沢さんの文章に触れることがとても嬉しいことを、改めて感じます。
何と言ったらいいのでしょうか。率直に、何の気取りもなくこちらの胸の内にすっと入り込んでくるような、それでいて滋味豊かな文章と言ったらいいのか。

子供の頃の思い出、故郷の味覚についてのエッセイ、両親や親族のこと。
特に子供の頃の思い出を語ったエッセイは、藤沢さんがいかに故郷を愛して止まなかったかの証しのように感じられます。
東京生まれ・東京育ちの私には持つことができない思いで、憧れるところがあります。
その一方で、自分は故郷出た人間であり、もう故郷に関わる資格はないという思い、そして高速道路ができたり機械化が進んだりして昔のような農村の姿が失われていることに対する危惧の念、これで良いのだろうかという思い寂しさが感じられ、印象的です。

なお、出典となるエッセイ集は「小説の周辺」「周平独言」「ふるさとへ廻る六部は」「帰省」「半生の記」という5冊。

子供時代/ふるさとの風景/忘れられない味/父の血・母の血/友と恩師/変わりゆく故郷/<詩 二篇>

    

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