byやませみ


7 関東周辺の温泉

7-5 群馬県北西部の温泉

7-5-3 温泉のできかた

地質の概略

下図には、県下の学校の先生達が集まって作成された地質図(中村1991)を示します。この地域は鉱山や地熱の開発が行われていないので地質資料はきわめて少ないですが、こういう研究があることは大変に役立ちます。これを参考にして温泉に関係しそうなポイントをみていきます。




図7-5-5 群馬県北西部の地質図 中村(1991)




図7-5-6 地下構造の大ざっぱな推定(筆者)

<基盤>
この地域の基盤は越後山地や尾瀬エリアから続く中生代の地層です。地質図の範囲では地下に伏在するためほとんど現れず、水上の北に少し見えている格子模様の部分がそれにあたります。吾妻エリアではどのような基盤が地下にあるかまったく判っていません。

<グリーンタフ層>
この地域は東北地方から続くグリーンタフ地域の延長部にあたります。いまから1400万年前ころの中新世中期といわれる時代には、日本海側から群馬北西まで海域がひろがっていました。ここに激しい海底火山が活動し、噴出物が堆積した地層がグリーンタフです。地質図では緑色系統の部分がその地層で、おおむね凝灰岩・泥岩・砂岩などです。全体に南西側ほど新しい地層が分布する構造になっており、県境付近の山地が隆起していることがわかります。

<カルデラを伴う火山活動>
地質図で茶色系統の部分はグリーンタフ層の上を広く覆う陸上の火山噴出物です。切ヶ久保層には流紋岩質の熔結凝灰岩があるのが特徴的です。これは大規模な高温火砕流がおこると作られるものでカルデラ形成を伴うことがあります。カルデラの位置はながらく不明でしたが、野反湖ちかくの白砂川中流域にそれらしい構造があることがわかりました。大道層は安山岩質の溶岩や凝灰岩で、切ヶ久保層の火砕流が噴出する前につくられていた火山の名残かとみられます。

<かこう岩・流紋岩>
地質図では赤やピンクの部分です。谷川岳や苗場エリアには大きなかこう岩(石英閃緑岩)の岩体があります。四万や法師あたりにも小さなかこう岩の分布がみられます。また、沢渡や川原湯には流紋岩の貫入岩が点々とみられ、温泉の湧出母岩になっています。これらの岩石の年代はさまざまですが、おおむね中新世後期の活動だとみられています。この時代にはマグマが大規模につくられ、その一部が地上に噴出して切ヶ久保層の火砕流となったものかと思われます。

<吾妻層より以降>
地質図では黄色いボツボツで塗った部分で南西部に分布します。陸上や湖域に噴出した安山岩の溶岩や凝灰岩で、おなじ頃の安山岩の小岩体があちこちに散在しており、マグマ活動が継続していたことがわかります。その後、鮮新世には鳩の湯近くには古い菅峰火山、更新世には子持山、榛名山などの火山ができ、白根山の火山活動へ続いていきます。




四万タイプの温泉の起源

四万タイプの食塩泉は高温なので、かつては火山性の温泉かとみられたこともありましたが、同位体による研究によるとマグマ起源の熱水はほとんど含まれておらず、天水が地下に浸透してつくられた温泉であることがわかりました。

それではどうやって温泉がつくられているのでしょう? 各地の地熱発電所で採取される深層熱水は弱食塩泉が多く、四万タイプの食塩泉とはB/Cl比、高い珪酸・ヒ素含有量など成分特徴がかなり似ています。これらの深層熱水はやはり天水を起源とすることがわかっているので、四万タイプの温泉も似たようなしくみで作られていると類推できます。

これら深層熱水型の地熱域をつくる熱源は必ずしも明らかではないですが、比較的新しい時代のかこう岩が地下に存在することが発見されたところもあります。四万温泉の近傍にもかこう岩が分布していますが、これらは年代がやや古そうなので直接の熱源として期待することはちょっと無理そうです。しかし、上記でみたようにこの地域では長い時代にわたってマグマ活動が継続しているので、地下深部ではかこう岩マグマが十分に冷えずに余熱が残っている可能性もあります。



温泉のできかた
 
かなり大胆ですが、これまでみてきた要素を説明する一つのモデルをつくってみました。

<深層熱水:四万タイプ>
雨雪などの天水が地下深部へ浸透すると、高温高圧の下で岩石の成分を溶かし、深層熱水型の弱食塩泉がつくられます。高温で湧出する四万新湯は、これがそのまま上昇してきたものと考えられます。深層熱水の生産は規模の大小はあってもほぼ全域でおこり、地熱を深所から浅所へ運搬する役割をしているとみられます。

<石こう泉:水上タイプ>
深層熱水が上昇してくる途中で中層の地下水と出会い、温度が約100℃より下がるとグリーンタフ層から石こうの溶出がはじまります。地下水の混合量が多いと食塩分はさらに薄まりますが、石こうの溶出に最適な温度になり、高濃度の石こう泉がつくられます。奥利根エリアの温泉は石こう成分をほとんど含みませんが、これは温泉の上昇通路がおもに基盤岩になっているからでしょう。




図7-5-7 温泉の生成モデル図

温泉源を守るために

これまでみてわかることは、この地域に良質の温泉ができるのは、豊富な地下水が岩盤中に蓄えられているからです。温泉の熱源が何かは明らかではないですが、地下水がある限りはほぼ永久的に温泉の生産は続くものと考えられます。

地下水が浸透して温泉になり、再び上昇してくるまでのサイクルは、トリチウム年代測定で約30〜60年だとわかりました。四万新湯はわりと早く37.7年、湯宿は長期で63.7年だそうです。地下水循環のサイクルはたいへん長期ですから、現在の開発の影響が我々の2〜3世代後になって現れてくるかもしれません。慎重な監視が必要な時期になってきていると思われます。

また、この地域の源泉は自然湧出や浅いボーリングで採取されていますから、新しい開発で表層の地下水流動を分断すると、地下水位が下がって湧出能力が減退する可能性があります。温泉地周辺の地盤改変にはとくに留意することが、名湯を保存するうえで肝要なことです。


[7-3章 参考図書・参考文献]



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