byやませみ


7 関東周辺の温泉

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東京の地下はどうなっている?

地形と温泉の分布


下の図は、東京周辺の地形の上に温泉の分布を示したものです。東京・神奈川東部の地形は、西から奥多摩山地、多摩丘陵、武蔵野・相模原の台地、東京湾岸の海岸平野に分けられます。平野部には、浅いボーリング(300m以下)で地下水を汲み上げたところコーヒー色の水が出て、分析したら温泉であったという温泉銭湯が密集して分布しています。いっぽうの多摩地域では、近年の深層ボーリング(1000m以上)で開発された新しい温泉が散在しています。



図701 東京周辺の温泉分布


温泉銭湯の密集地には主に、1) 台東・墨田のいわゆる下町区域(旧利根川の河口平野部)、2) 大田区・川崎東部・横浜鶴見(多摩川河口部)、3)横浜南区の大岡川に沿った区域に分布が集中しています。東京北部の足立区などにもかつては温泉銭湯がたくさんあったと思われますが、地下水の揚水規制で真湯の浴場に転換したものが多いようです。

地下地質と温泉の特徴

これらの温泉の分布は、地下地質と密接な関連があります。下図をご覧下さい。
海岸平地の銭湯温泉は、東京層から上総層群の上部にかけて地下のわりと浅部からのボーリング井戸で採取されているのに対し、多摩地域の温泉はそれよりずっと深く掘削して、上総層群の中〜下部から採取されています。なかにはもっと深く、三浦層群やその下の基盤岩にまで達しているボーリングもありますが、温泉水の大半はやはり上総層群からとっているものと思われます。



図702 東京都の地下断面と温泉のモデル

銭湯の温泉の泉質は、大半がナトリウム−炭酸水素塩泉いわゆる重曹泉と、それがやや薄められた規定泉(重炭酸ナトリウム)で、一部にナトリウム塩化物泉(食塩泉)ないし重曹・食塩泉が出ています。泉温はだいたい15〜19℃の範囲にあり、温度区分では冷鉱泉にあたります。

いっぽうの深層ボーリングで揚水される温泉は、ナトリウム−塩化物・炭酸水素塩泉(食塩・重曹泉)ないし強塩泉で、泉温は揚水深度によって違いますが、深度1000mからは25℃、深度1500mからは40℃前後の立派な温泉が湧出してきます。
両者を比較すると、塩分の濃度に大きな違いがあり、これは温泉の成因と関係しているものと考えられます。



図703 ボーリング深度と泉温の関係

上総層群の地層中に貯留されている温泉は、地層が堆積したときに当時の海水が砂などの粒子の隙間に閉じ込められたものを起源としており、化石海水型とみなされています(→4-2章)。東京層や上総層群上部の温泉帯水層は、塩分が少なく、Na-HCO3型の深層〜中層の地下水を起源としているとみなされていますが、なかには地層が堆積した当時の湿地帯のようなところの淡水が含まれているかもしれません。

深層ボーリングで採取される温泉の分析表をみると、NaClの含有量にかなり大きな差があることに気付きます。実際に入浴して比べてみても、とても塩辛いものから、うっすら塩味を感じるものまで様々ですね。下図左は、東京多摩地区および周辺の温泉のNaイオンとClイオンの濃度(ミリバル値)の関係を示したものです。とてもきれいな直線関係にありますが、左下ほどNaClが少ない深層地下水に近く、右上ほどNaClが多い海洋水に近いという関係になります。

これの意味するところは、同じ化石海水型の温泉といっても、より新しく地下に浸透した地下水によって希釈されているらしいものがかなりある、ということです。化石海水が上総層群の地層に封じ込められてから少なくとも40万年は経過していますから、今後数十万年もたつと、これらの温泉水はすっかり深層地下水に交換されてしまう運命にあります。



図704(左)と図705(右) 多摩地域の温泉成分の比較


関東平野は温泉の宝庫?

図の702をもう一度みると、基盤岩とその上の地層の境界は鍋底のような形をしています。基盤岩をつくる岩石はおおむね緻密で硬く、割れ目も少ないので地下水が浸透しにくい状態になっています。そこで、深くしみこんだ地下水は、上の地層のなかにどんどん溜まっていくようになります。このような地下水を大量に貯留するような地下構造を「地下水盆」といい、関東平野の地下は非常に大きな地下水盆になっていると考えられています。

下図は関東平野の地下深部に潜在する基盤岩がどれくらいの深度にあるか、ボーリングや重力測定などのデータを総合してまとめられたものです。これをみると房総半島中部から東京湾をこえて、東京・神奈川東部に基盤の非常に深い(3000〜4000m)ところが広がっていることが見て取れます。これが南関東地下水盆とよばれるとても大規模な構造で、東京周辺の深層温泉や茂原のガス田の貯留域となっています。

いっぽう、これから枝分かれしたような構造が、埼玉県東部をとおって、北東の鬼怒川や北西の利根川に沿ったように細長くのびています。溝のような形をしているところから、「鬼怒川地溝帯」とか「利根川地溝帯」とかよばれるこの部分には、最近たくさんの深い温泉ボーリングが掘削され、塩化物泉を主体とする化石海水型の、湯量豊富な新しい温泉が次々と開発されています。従来は温泉不毛地帯とみられていたこの地域の地下は、実は温泉の宝庫であったわけです。



図706 関東平野の基盤上面深度 鈴木(1998)


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