byやませみ

5 温泉の化学

5-5 炭酸泉と炭酸水素塩泉

5-5-2 炭酸泉の成因

図の右側に炭酸泉の分布を示します。炭酸泉という記述があるものの、CO2含有量が不明なものは オレンジ色。CO2の含有量が1000mg/kgを越える正真正銘の炭酸泉が赤色。CO2の含有量が400mg/kg 以上から療養的に効果がみられるようなので、それも青色で示しました。ただし、DATAが入手でき たものだけなので、これ以外にも相当数あるものと思います。


図5-5-2-1 炭酸泉の分布

とくに炭酸泉が密集して分布するのは以下の地域です。

 a) 群馬県南西部から長野県八ヶ岳周辺にかけて ・・・ 磯部、妙義、稲子湯など
 b) 岐阜・長野県境の御嶽山周辺 ・・・ 湯屋、塩沢、王滝など
 c) 近畿地方中央部 ・・・ 有馬、吉川、花山、二見など
 d) 島根県西部 ・・・ 小屋原、三瓶など
 e) 大分県久住・直入 ・・・ 長湯、阿蘇野、赤川など
 f) 霧島周辺 ・・・ 高原町、新川など
 このほか東北地方では出羽山地に、大塩、飯豊、泡ノ湯、みちのく、といった孤立した炭酸泉が みられます。

図の左側は地質の分布で、赤茶系の色は比較的新しい時代の火山に相当します。緑色の部分は同時 期に堆積した地層をあらわしています。白抜きの部分は、より古い時代の地層や花崗岩などのいわ ゆる基盤岩が分布する地域です。

これをみると、炭酸泉の密集地には概ね新しい時代の火山活動があり、火山性の炭酸ガスの供給が 関係しているらしいことが推察できます。しかし、c)の近畿地方中央部や、四国北部、東北出羽丘 陵といった地域には新しい時代の火山はなく、火山性ではない成因がありそうです。また、濃度は 低いものの、関東平野や十勝平野といった新しい時代の地層が厚く堆積した地域では、炭酸ガスを 含む温泉がふつうにみられます。これもまた別の成因がありそうです。

炭酸ガスの起源

自然界で天然に炭酸ガスが発生する現象は多岐にわたっています。その中で温泉に関係するような 炭酸ガスの起源はおもに以下のものです。

1) 火山ガス起源

火山ガスには大量の炭酸ガスが含まれています。全世界の火山から大気中に放出されるCO2の総量は年間で1500万トンと見積もられています(平林1990)。ものすごく膨大な量に聞こえますが、人間の産業活動で生産される量に比べると約0.1%にすぎません。ほとんどの火山ではのべつ噴気をあげているわけではないので、マグマから分離した炭酸ガスは大部分が地中にとどまっているものとみられます。その一部が地下水に溶け込んで炭酸泉をつくっているわけです。

地表ではほとんど活動が終結したような古い火山でも、地下ではなお大量の炭酸ガスを放出しているものと考えられています。島根県西部の三瓶火山などはその代表的なものです(d地域)。炭酸ガスは水への溶解度があまり大きくないので、火山本体からかなりの遠距離まで運ばれていく可能性があります。木曽
御嶽山の周辺(b地域)や久住連山東部(e地域)には広範囲に炭酸泉が分布していますが、いずれも火山ガス起源のものだと考えられています(岩倉ほか2000など)。

2) 生物起源

私たち人間も常に呼吸で炭酸ガスを排出しているように、生物の活動で生産される炭酸ガスの量は膨大です。地中には一見したところ何の生命も存在しないようですが、微生物やバクテリアは意外に広範囲に棲息しているのです。代表的なところでは石油・石炭などの化石燃料をつくる生物活動で、地層中の有機物を分解して炭化水素に変え、その過程で炭酸ガスやメタンなどの天然ガスを生産しています。

燃料鉱床とまではいかないまでも、堆積岩中には動植物の遺骸が多少なりとも普遍的に埋没していますから、新しい地層の中ではほとんど常に炭酸ガスが生じているとみてよいでしょう。これが地下水に溶け込んで出来る炭酸泉もかなり多いものとみられます。 しかし、その濃度はかなり低いので、炭酸泉という泉質名がつくほどの量に達するには、断層による亀裂の発生などの原因で、炭酸ガスだけが分離して濃集するような機構が働く必要があります。また、地層中でつくられた炭酸ガスは、粘土鉱物などと反応して炭酸水素イオンに変えられていくものが多いと考えられます。

3) 変成作用起源

岩石が地中深部(数kmの単位)へ深く埋没したり、マグマの影響などで高温になったりすると、岩石中の鉱物がそれまでとは違ったものに変化していきます。これを変成作用とよびます。この過程で新しくできる鉱物に取り込まれず、余剰になるCO2成分が生産されることが考えられます。その多くは再び岩石と反応して、炭酸塩鉱物などとして落ち着きますが、一部は分離して地表へ運ばれてくる可能性があります。大きくみると、マグマで運搬されてくる炭酸ガスも元々は深部地殻やマントルの岩石から取り込んできたものと考えられています。

炭酸泉の分布からみても、上記の1)や2)ではうまく説明のつけにくいようなものが幾つかあります。有馬型温泉の項でも触れましたが、このような成因の炭酸泉の存在も考えてよいかと思います。実証はなかなか難しいようですが。

さて、いろんな成因があるらしいことはわかりましたが、温泉分析表に書いてある項目からだけで炭酸泉の成因を推測することは残念ながらできません。最近になってやっと、随伴するヘリウム(He)の同位体比を調べることで、火山ガス起源(Magmatic Gases)と地殻有機物(生物)起源(Crustal Gases)を区別する方法が開発されてきたので、炭酸泉の成因の解明はこれから徐々に明らかになっていくでしょう(Giggenbach and Poreda 1993)。


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