byやませみ

5 温泉の化学

5-5 炭酸泉と炭酸水素塩泉

5-5-1 炭酸物質の変化

温泉分析表には次のような3種の成分の項目が書かれています。たいていの温泉には以下のうちの どれかが多少なりとも含まれています。これらはすべて二酸化炭素を主物質として形を変えたもの で、「炭酸物質」という同一の化学種とみることができます。

陰イオン: 炭酸水素イオン(HCO3-) 炭酸イオン(CO32-
遊離成分(または非解離成分): 遊離二酸化炭素(CO2

註:「遊離」というのはイオン化(解離)していないっていう意味で、遊離二酸化炭素をひ らたくいうと「炭酸ガス」です。

それぞれの成分どうしには、次のような関係があります。

 CO2 + H2O ⇔ H2CO3 ・・・(1) 炭酸ガスが水に溶けて炭酸をつくる反応
 H2CO3 ⇔ H+ + HCO3- ・・・(2) 炭酸が炭酸水素イオンに解離する反応
 HCO3- ⇔ H+ + CO32- ・・・(3) 炭酸水素イオンが炭酸イオンに解離する反応

ここで大事な点は、(2)(3)の式の右辺に水素イオン(H+)が存在するということで、これらの関係 はpHによって支配されています。アルカリ性に傾く(pHが高くなる)ことはすなわち溶液中の水素 イオンが減少することなので、式の右辺にむかって反応が進行していきます。シーソーの両側に子 供達がのってバランスをとっている様子を想像してみてください。右側に乗っていた子供の一人が 他の遊びで抜けてしまうと、バランスがとれなくなるので左側の子が右に移動しなくてはならなく なります。

下の図は、純水中に炭酸物質が溶けているときに、pHによってそれぞれの量比(モル比)がどう変 化するかを表したものです。酸性の領域では炭酸(H2CO3)が優勢ですが、pHが6.3くらいよりも中性 になっていくと炭酸水素イオン(HCO3-)のほうが優勢になっていきます。なお、酸性域では 炭酸(H2CO3)は水中で不安定になるので、実際には炭酸ガス(CO2)の形で存在しています。さらにア ルカリ性になると炭酸イオン(CO32-)が少しずつ現れはじめてきます。強いアルカリ性の領域では 、炭酸物質の全てが炭酸イオン(CO32-)になることもあります。

いろんな温泉に入られている方は、炭酸泉が弱酸性の温泉に多く、重曹泉が中性〜アルカリ性の温 泉に多いことにお気付きでしょう。その理由はこんなところにあったのです。さらには、強いアル カリ性の温泉で肌がつるつるするのは、炭酸イオンが存在してくるのが原因です。(→おまけ)

温泉中には炭酸物質の他にたくさんの成分が含まれていますから、それぞれのイオンの活量も複雑 に変化するので図の成分比はずいぶん変わっていきます。現実の温泉分析の作業では各個のイオン を別々に計量することが難しいので、炭酸物質の総量を計量してから、他の成分の濃度などからイ オンの配分を計算で求めています。




図5-5-1-1 pHによる炭酸物質の量比(モル比)の変化 純水30℃での状態


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