byやませみ

5 温泉の化学

5-4-4 火山性酸性泉(3) 化学的な特性

酸性泉は様々な化学的特性をもっていますので、そのうちいくつかの面白い点を指摘しておきたいと思います。

Cl-/SO
42-

前節でも触れましたが、これは酸性泉のできかたを推定する目安にもなっています。各タイプの数値をpHと比較してみると、たいへん明瞭に分かれていることが見て取れると思います。

 1) pHがひじょうに小さく(2以下)、Cl-/SO
42-比が1以上のもの → Type-B1
 2) pHは主に3以下で、Cl-/SO
42-比が1以下 →  Type-B2
 3) pHは主に2以上で、Cl-/SO
42-比は0に近い →  Type-C

みなさんのお気に入りの酸性泉はどのタイプのものでしょうか?


図5-4-4-1 Cl-/SO
42-

なお、酸性泉の領域には、少ないながらNa-Cl型のものも存在し、このCl-/SO42-比は当然ながら大きい値となります。これは、酸性泉ができるときに、噴気ガスが混合する相手の地下水が、すでに塩化物泉であった場合です。ややこしくなるので図には表示してありませんが、Na+に対応する量(mval)のCl-を除く計算をすると残りがほとんどなくなりますので、容易に区別することが出来ます。

陽イオン総量

酸性の水溶液は、大量の物質を溶解させることができます。(アルカリ性の水溶液は逆に物質を沈殿させる性質があります)。酸性泉の陽イオンの総量をpHと比較してみると、pHが小さくなる(酸性が強くなる)につれて、陽イオン量が指数関数的に急激に増大することがわかります。


図5-4-4-2 陽イオン総量


さらに、同じpHでくらべると、前節で触れたように、Type-B1とB2では陽イオン量にかなりの差があることが見て取れます。酸性泉をつくりだす源の噴気ガスには、Cl-やSO42-などの陰イオンを形成する成分はたくさん含まれていますが、H+以外の陽イオンの物質はほとんど含まれていません。したがって、これらの陽イオンは、酸性泉が周辺の岩石成分を溶かし込んできたものとみなすことができます。溶かし込む相手の岩石の種類(組成)によって、酸性泉の陽イオンの成分はいろいろに変わってきますので、このへんが温泉それぞれの個性となってきます。

日本では火山体をつくる岩石は、概ね安山岩や石英安山岩といった似たものが多いので、酸性泉の個性のばらつきも小さいですが、海外では特殊な岩石と反応してできた珍妙な陽イオン組成の温泉も知られています。例えば日本ではMgを主とするいわゆる正苦味泉(Mg−硫酸塩泉)はかなり珍しいですが、アメリカやカナダの西海岸ではMgに富む蛇紋岩(Serpentine)という岩石が広く分布していて、火山の近傍には正苦味泉が頻繁に湧出しているらしいです。一度訪問してみたいですね。

Fe・Alイオン量

陽イオンのうち、酸性泉を特徴付ける Fe・Alイオンの量をみてみましょう。図は縦軸が対数目盛になっていますが、pH=1からpH=4のあいだでは、イオン量(総mg)が1/1000もの格差があります。これは何を表しているのでしょうか?

もちろん、温泉個々の状態の違い、岩石との接触時間の差や地表水との混合の割合といった要因もありますが、タイプによる差があまりみられないので、主にはpHによる違いが大きく関係していることは間違いありません。


図5-4-4-3 Fe・Alイオン量

岩石をつくる鉱物は、SiとAlの酸化物からなる強固な骨格に、FeやCa・Naがはめ込まれた形でつくられています。普通の造岩鉱物は水に触れてもほとんど溶解しませんが、酸性になると、鉱物の骨格が破壊されて各成分がバラバラの状態にされるので、非常にたやすく溶かし出されるようになります。陽イオンの岩石からの溶け出しやすさは、CaやNaといったアルカリ・アルカリ土類の元素で高く、FeやAlはかなり溶けにくいほうです(イオン化傾向の差)。

このため、酸性泉が通過する当初は、岩石からCaやNaを大量に溶かし出しますが、しばらくするとこのような成分はほとんど岩石から無くなってしまい、後に残ったFeやAlばかりが溶け出してくるようになります。酸性が強いほど、この作用は早くおこるので、陽イオンに占める Fe・Alの割合が高くなってくるのだと考えられます。


 図5-4-4-4 陽イオン全体に占めるFe・Alイオンの割合

さて、ほとんどの成分が溶け出してしまった岩石の抜け殻に、最後までとどまっているのは珪酸(シリカ,SiO2)です。酸性泉が長期間にわたって湧出すると、一帯の岩石は、最終的に珪酸のかたまりである白っぽい珪石と、若干の粘土に変わってしまいます。地獄とよばれることの多い火山の噴気地帯で、荒涼とした白っぽい禿げ山が広がっているのはこういうわけです。


pHの低下にともなう成分変化 − Fe・Alの沈殿とSiの共沈

ちょっと余談の類になりますが、酸性泉が地表に湧出して、川に流れたときの成分変化を追ってみましょう。酸性泉が流出すると、急激な温度低下、還元状態から酸化状態への変化、表流水の混合によるpHの増大などが同時におこります。これが最も敏感に影響するのが FeとAlです。

Alの温泉中での存在形態はいまいちよくわかっていませんが、大部分はAl3+イオンとして溶解しています。しかし、pHが4程度に近ずくと、この形では溶けていられなくなり、水酸化アルミニウム(a-AlOOH)という難溶性の物質をつくって沈殿するようになります。これは白色の固体ですので、川底の石の表面などに、うっすらと付着しているのをよく見かけます。硫黄の沈殿(湯ノ花)と見た目がよく似ているので、温泉かと思ってさわってみると、意外に冷たくてびっくりすることがあります。

高温の酸性泉には珪酸(SiO
2)もたくさん溶解しており、これはAlとは逆に、pHが高くなると溶解しやすい性質をもっているのですが、水酸化アルミニウム(a-AlOOH)が沈殿するときには一緒に沈殿しやすいという変わった性質もあわせもっています。おつきあいでいやいや悪さをする不良少年みたいですが、これを「共沈(きょうちん)」とよんでいます。珪酸は水酸化アルミニウムをくっつけたまま微粒子となって水中に浮遊することが多く、これは「コロイド」といわれるものです。酸性泉の流れ込む川では、ごく薄い白色や青色の濁り(笹濁り)が見えることが多いですが、その正体はおおむね希薄なコロイドだと思われます。

Feは温泉中では大半がFe2+イオンとして存在していますが、地表では酸化をうけて、Fe3+に変化します。これはやはり水酸化鉄(a-FeOOH)などの難溶性の沈殿をつくって川底の石に付着していきます。川全体が赤くなって、「赤川」という名前になっていることもあります。ただし、酸化状態の変化はpHの変化よりもゆっくりおこるのが普通ですので、Feの沈殿はAlの沈殿よりも下流部にみられるのが多いようです。ですから、沢を上流に遡行していって、川底や水の色が赤から青白く変わったら、もうすぐ上には酸性泉の自然湧出があるぞ、っていう目安にもなります。尤も、ただの温泉宿の排水だったりすることもありますが・・・(^^;


固まる温泉:日本でいちばん濃い温泉?(おまけ)

昭和37年(1962)の北海道十勝岳の噴火(死者4名、行方不明1名)のときに、新しい噴火口が形成されました。ここを2年後の10月に訪れた調査団は、湧出するとすぐに固化してしまうという奇妙な温泉を発見しました。これが十勝岳新々噴火口温泉といわれたものです(吉田ほか1968、岩崎1998)。

湧出直後はたしかに液体で、見た目にもほとんど無色透明な「温泉」といえるものなのですが、採水して冷却されるとたちまち固化して、白色の温泉沈殿物の塊のようになってしまうのです。これは水分が蒸発したのではなくて、成分が固化する際に含水化合物の形で水分が固体にとりこまれてしまうためです。実際にこの「温泉のかたまり」を化学分析してみると、H
2Oは重量にして55.4%含まれています。固化した成分(塩類)は、重量にして温泉水1リットル当たり約600gもありましたから、びっくり仰天ものの成分濃度ということになります。残念ながら正確なpHは測定されていませんが、概算でpH=0.3(100℃)というふうに報告されています。

「温泉のかたまり」の化学成分(60〜110℃で融解したときの重量%)
  H
2O=55.4 SO42-=26.5 Cl-=7.45 F-=0.10 SiO2<0.05
  Al3+=3.8 Fe2+=2.6 Ca2+<0.1 Mg2+=1.7 Na+=0.79 K+=0.23

温泉水の化学組成(推定 mg/L)
  SO
42-=370,000 Cl-=100,000 F-=1,400
  Al3+=53,000 Fe2+=36,000 Mg2+=24,000 Na+=11,000 K+=3,200


もどる目次すすむ