byやませみ

3 火山性温泉の地球科学

3-2 温泉水の起源をさぐる

火山性温泉の水はいったいどこからきているのか?
という問題は、じつは温泉を研究する者にとっては長いこと第一級の難問でした。歴史的には、19世紀中盤に「マグマ水説」と「循環水説」の二つの仮説が同時に提唱されました。

マグマ水説」;温泉の水と含有成分の全てがマグマ熱水からもたらされるという説。
循環水説」;天水(雨水など)が浸透した地下水がマグマ熱で温められて再び湧き出してくる過程で岩石の成分を溶かし込んできたという説。

どちらの説にも一長一短があり、論争が闘わされる過程で温泉の観測や分析データが精力的に検討され、温泉の科学は大きく進歩しました。よきライバルといったところでしょうか。しかし、「水に色無し」といわれるように、マグマ水も天水も水自身の化学的性質は全く区別できないので、論争の決着はなかなかつきませんでした。文字どおり水掛け論の様相を呈していました。

同位体でみる温泉水の起源

1960年代になって、同位体の組成によって水の区別ができることがわかり、温泉水の起源論争に決定的な証拠が提出されました。
水の分子(H
2O)はご存じのように水素原子(H)2個と酸素原子(O)1個でできています。天然の水素と酸素の原子には、それぞれ質量数の異なる三種類の原子が存在しています。これは原子核中の中性子の数によって、重さの僅かに異なる原子ができるためです。これらは元素としての化学的な性質が同じなので、同位体とよばれます。

  水素の同位体 H:普通の水素、D:重水素、T:三重水素(トリチウム)
  酸素の同位体 16O:普通の酸素、17O、18O

これらのうち重水素(D)の存在度は0.00015、重い酸素(18O)の存在度は0.0020と、極めて僅かですが、この存在度を質量分析計という装置で測定し、標準平均海水と比較(同位体比)してみました。地球上では熱帯域で大量の海水の蒸発がおこり、その大気が高緯度域へ移動して雨を降らせています。地球上のいろいろな場所の天水の同位体の存在比を測った結果、熱帯の天水に比べて高緯度の天水ほど重い同位体が少ないことがわかりました。水が蒸発するときには、軽い同位体は水蒸気に移り、重い同位体は液体のほうに残りやすくなりますので、これは予想通りの結果でした。

つぎに、マグマ水の同位体比が測定されました。といっても、地下深部のマグマ水を直接採取してくるのは無理なので、マグマが固まってできた岩石から結晶を分離し、さらに結晶が成長するときに取り込まれた微量な液体の包有物を丹念に取り出して測定にかけられました。その結果は、天水に比べてマグマ水は重い酸素同位体を非常に多く含んでいることが明らかになり、ここでやっと天水とマグマ水の区別をつけることができて、「水に色を付ける」ことが可能になったのです。

さていよいよ温泉水の分析にかかりましょう。まずはアメリカの研究者が世界各地の温泉水を集めて測定してみると、温泉水の同位体比はその地域の天水の値とほとんど変わらないか、水が岩石と反応したときに予想される値の範囲に収まるという結果が出されました。大部分の温泉水の起源は天水の循環で説明できるというのが「定説」になりそうな雲行きでした。循環水説の学者は大喜び、いっぽうのマグマ水説の学者は悲嘆にくれました。しかしちょっと待て、この研究は火山地域の温泉も非火山地域の温泉もごっちゃにまとめて論じているぞ、と気がついた学者たちは、日本をはじめ環太平洋地域の火山の多い地域の温泉水と火山ガスの分析にとりかかりました。

その結果、火山ガスの水蒸気の同位体比はマグマ水ときわめて似ていること、温泉水の同位体比は火山ガスと天水の値の中間にひろく分散していることがわかり、マグマ水説は復活しました。現在では、「火山地域の温泉水は天水を主な起源とする循環水にマグマ水が様々な割合で混合してできたもの」という見方が有力となり、これは含有成分を説明するのにもきわめて都合の良いモデルとして温泉化学の研究者にも受け入れられています。結局のところ、マグマ水説と循環水説の折衷的なところに落ちついたわけです、めでたしめでたし。

温泉水の循環メカニズム

前項で、火山地域の温泉水は天水を主な起源とする水にマグマ起源の水が様々な割合で混合してできたもの、ということがわかりました。しかしここで新たな問題があります、火山の近傍に降る雨水などの天水の量だけでは、大量に湧出する温泉の水量をまかないきれないのです。地表の水が地下に浸透する割合はひじょうに少ないので、膨大な温泉湧出量を説明するにはとてつもなく広大な範囲の地表水が火山の近くに集まってくる何らかのメカニズムが存在する必要があります。

日本などの温帯地域の地上に降った天水(雨や雪どけ水)は、川に流れ込むほかは大半が表層の土壌や地層に浸透し、地下水となります。晴天が続いても川がなかなか枯れないのは、地下水が常に一定量ずつ川に流出しいるからです。表層の地下水はそのうちのほんの一部が岩盤の亀裂をとおって地下深部へ浸透していきます。山の崖などで岩盤が露出しているところをみると無数に亀裂がはしっていて、いかにも水がしみこんでいきそうです。ところが、これらの亀裂は地下では大きな圧力で急激にふさがってしまい、およそ深度200m以深ではまったくなくなってしまいます。

以前にも触れたように、マグマ溜まりの深度は10kmから数km、浅くても2km程度ですから。これでは浸透した地下水とマグマ水とが出会うことができません。地下浅所から深部へつながるなんらかの通路がほしいところです。この役目をしているのが「断層」です。断層は、地殻が大きなストレス(プレートの圧力など)をうけたときに、ストレスを解消するために自ら破壊して面的なズレを生じたものです。いわゆる「キレる」状態です。

岩盤が破壊して断層にそってズレるときの振動が「地震」です。最近頻発している三宅島や神津島の地震の速報でも、テレビ画面に「震源の深さ10kmとか」「ごく浅い」とか出ています。こういった群発地震は火山の近傍ではよく起こり、小規模な断層がつぎつぎと形成されています。火山の近傍の地殻は周囲よりも熱せされて軟らかくなっており、「キレ」やすい状態になっているのです。小規模な断層がたくさんできて互いに連結すれば、やがては地下浅所と深部がつながる通路ができるでしょう。断層でできる隙間はたいへん狭いのですが、地下水は長い時間をかけてじわじわ浸透していき、ついにマグマ溜まりの近くにまで到達してマグマ水と出会うのです。

マグマ溜まり近くまで達した地下水は、熱せられて浮力を獲得するので、再び断層の通路を利用して地表へと上昇していきます、これが火山性温泉の源となっていると考えられています。こうした浸透>加熱>上昇のサイクルは、広域的に見た場合、鍋でお湯を湧かしたときの対流とよく似ているので、「火山性熱水対流系」とよばれています。対流系の平面的広がりは火山を中心として直径10km以上もあり、大規模なものは直径40kmにも達しています。わずかに浸透する地下水でも、これだけの面積から集めれば、温泉の湧出量をまかなうのに充分な水量を獲得できます。

大規模温泉地帯をつくるカルデラ構造

火山地域を観光したことのある人は「カルデラ」という言葉をいちどは耳にしたことがあるでしょう。カルデラは火山体の中央部が盆地状に大きくへこんでいる地形で、通常の噴火口とはサイズの点で全く異なっています。小さいもので直径2〜3km、超巨大サイズでは100kmをこえるものもあります。箱根と阿蘇はカルデラ地形をもつ代表的な火山で、直径はそれぞれ約10km、約20kmあります。

カルデラは、火山が大規模な破局的噴火をしたときに、マグマ溜まりの上部の岩盤が陥没したり吹き飛ばされてできる地形だと推定されています。推定、というのは未だかつてカルデラができる現場を見たものがいないからです。正確には、生き延びたものがいないといったほうがいいでしょう。カルデラを形成するような破局的噴火のエネルギーは、メガトン級水爆の数百倍から数千倍と見積もられており、繰り返す大地震、爆風、大規模な火砕流が周辺を襲い、地球上で起こる災害としては大隕石の衝突に次ぐ惨事をひきおこします。こんな大噴火は幸いにして数万年に一回のわりでしか起こらないので、人類は滅亡せずにすんでいます。

紀元前約1600年には、地中海東部のサントリニ島で大噴火が起こり、直径10×6kmのカルデラができました。この噴火で、繁栄していたミノア文明が滅亡しアトランティスの伝説のもととなったと想像されています。最近では、1883年にインドネシアのスンダ海峡にあるクラカトア火山が大噴火し、島の大部分が陥没したか吹き飛ばされて消失してしまい、海底に巨大なカルデラが残りました。このときには周辺の海岸を最高40mの津波が何度も襲い、住民約36000人が死亡しました。このときの爆音ははるか離れたスリランカでも聞こえ、気圧波は地球を7周したことが観測されています。

なんでこんな話をしたかというと、カルデラの形成によって大規模な温泉地帯ができることを説明したかったからです。カルデラのエネルギーで岩盤が地下深部まで大規模に破壊されるために、前項でお話しした「火山性熱水対流系」が非常に効果的に生じるのです。

日本列島はカルデラだらけ

現在の地形に残っているカルデラは、概ね過去50万年以降にできた比較的新しいものです。箱根カルデラは約20万年前、洞爺カルデラは13万年前、支笏カルデラは3万年前、十和田カルデラは1万2千年前、摩周カルデラは7000年前という年代が測定されています。阿蘇カルデラは約50万年前から8万年前まで何回も生じたカルデラが複合したもののようです。

これよりも古いカルデラは浸食をうけて盆地状の地形が残っていません。それでも、特有の火砕流の分布や地下構造の調査から、過去200万年前くらいまでのカルデラなら存在をあきらかにすることができます。こういった調査は、ここ25年くらいに地熱発電を目的とした官民総がかりの取り組みで組織的に行われました。「火山性熱水対流系」というのはそのときにできた用語です。それによって、日本列島のうち、とくに北海道と東北地方、九州地方には古いカルデラが無数に分布していることが判明しました。その大多数は地下のマグマが冷え切って、ほんの僅かの熱エネルギーしか残っておらず、地熱発電には向いていないと結論されました。

しかし、いくつかの「古カルデラ構造」では、マグマが固まった岩石がまだ十分に熱く、その熱エネルギーによって「火山性熱水対流系」がいまだに機能していることが発見されました。八幡平−乳頭山周辺、栗駒山周辺などは代表的な例で、多数の地熱発電所が建設されて稼働しています。東北地方南部や関東北部には火山から離れた高温泉がたくさんありますが、その多くが「古カルデラ」の構造を利用して湧出していることがわかってきています。


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