byやませみ


3 火山性温泉の地球科学

3-1 熱源マグマ

マグマ溜まりの温度

火山性温泉の熱源はいわずとしれたマグマです。マグマとは何か?といったことは専門的にすぎるので、地殻深部やマントルの岩石が部分的に融けて地殻の浅いところまで上昇してきたもの、とだけいっておきます。地下のマグマの温度を実測した例はありませんが、マグマが地表に出た「溶岩」の温度は測定されています。例えば、三原山溶岩(玄武岩)は950〜1200度(C)、桜島溶岩(安山岩)は850〜1000度(C)といったところです。有珠山のマグマはまだ地上に出ていないので実測されていませんが、800度(C)くらいではないかと推定されています。こんな高温のマグマが火山の地下では大量にあつまって、「マグマ溜まり」をつくっています。マグマの密度は地表付近の岩盤の密度より重いために、なかなかすぐには出てこれないのです。マグマ溜まりの中の圧力が高まったときだけ、ごく一部が地表にあふれてきて「噴火」します。

熱伝導

マグマ溜まりがあれば、活火山のまわりはさぞかし高温になっているだろう、と予想されますが、実際はそうでもないのです。現在噴火中の有珠山周辺でも、洞爺湖温泉街の地面が熱くなって大変だといった話は聞きませんね。そのわけは、岩石の熱伝導率が非常に小さいからです。熱伝導率というのは、物質の一点を熱したときにその周辺にどれだけ早く熱が伝わるか、といった割合です。例えば、銅鍋はアルミ鍋の2倍の熱伝導率なので、熱がまわりやすくて煮込み料理に良いとか、鉄製の中華鍋は熱伝導率が小さいので一カ所を高温にする炒めものに向いている、ということです。

さて、岩石の熱伝導率はこれら金属の約1000分の1オーダーと非常に小さく、極めて熱しにくく冷めにくい物質です。家庭で石焼ビビンバをされた方は、石鍋がなかなか熱くならないのをご存じでしょう。また、石焼き芋はいつまでも冷めにくい石の性質をうまく利用したものです。

火山の地下にマグマ溜まりが形成されても、マグマの熱が周辺の岩盤に伝達するには長い時間がかかるのです。小さなマグマ溜まりでは、岩盤を温める間もなく噴出するか、マグマが深部へ引っ込んでしまうかして枯れてしまうでしょう。

富士山の場合

富士山は日本の火山のなかでもずばぬけて山体の大きい火山です。火山は常に浸食をうけて削られていますから、これだけ大きい火山体が成長するには短時間で大量の噴出物を積み上げる必要があります。実際に、富士山の1000年あたりの平均噴出率は約50億立方mで、一般的な火山の10倍以上の噴出率になっています。ということはマグマ溜まりの中身をいっぺんに地上に吐き出してしまうのではないかと考えられます。富士山の地下にはマグマが滞留しにくい理由があるようです。

さらに、火山の年齢も問題になります。火山が最初に地上に現れてから死滅するまでの寿命は、日本のふつうの火山で数十万年〜百万年だと見積もられています。箱根火山は生まれてから約50万年たっています。いっぽうの富士山の年齢はたかだか8万年です。これは人間的間隔では非常に長い時間だと思われるかもしれませんが、マグマ溜まりのの熱が岩盤に熱伝導でいきわたるのには不足していることが計算で求められています。

長命なマグマ溜まり

ある種の火山では、巨大なマグマ溜まりを長期間にわたって地下にたくわえるものがあります。マグマの化学組成は大半が「珪酸(SiO
2)」で占められており、珪酸分がとくに多いものを「デイサイト質マグマ」と呼んでいます。三原山や三宅島は珪酸分の少ない「玄武岩質マグマ」、富士山や浅間山は中間の珪酸分の「安山岩質マグマ」です。ここで重要なことは、珪酸分の多いマグマは粘っこい(粘性が大きい)ということです。マグマが溶岩となって噴出しても、玄武岩質マグマはサラサラと流れやすいのに、デイサイト質マグマはねっとりとして流れずに盛り上がり「溶岩ドーム」を作ります。最近では雲仙普賢岳に溶岩ドームが現れました。

粘っこいマグマは、噴出しにくいために、巨大なマグマ溜まりをつくる傾向があります。例えは良くないけれど便秘状態です。わかっている最大のマグマ溜まりは直径20kmに達すると推定されています。おまけに粘っこいマグマ溜まりは対流しにくいので、冷えるのに時間がかかります。お湯よりも葛湯が冷めにくいのとおなじ理屈です。

こういったわけで、デイサイト質マグマや安山岩質マグマは火山の地下に長いこと居座り続け、周辺の岩盤にちびちびと熱を放出してじわじわと温めていきます。直径数km程度の普通サイズのマグマ溜まりが熱伝導だけで熱を放出した場合、温度が100度(C)下がるのには約一万年かかります。マグマの温度が600度(C)あたりまで下がると、もうマグマは固まってただの高温岩体になり、火山噴火は起こらなくなります。それでもまだ数万年は熱を放出できるのです。巨大サイズのマグマ溜まりとなると、完全に冷却するには数百万年から一千万年かかるとみられています。

熱水のはたらき

前述のように、マグマが熱伝導で岩盤を温めるにはとても時間がかかります。ところがもっと手っ取り早くマグマの熱を輸送する方法があります。じつはそれは水なのです。だれでも熱い物を冷やすには水をかけます、水がよく熱を運搬することを経験的に知っているからです。もともと安山岩質やデイサイト質のマグマには数%の水(OH-イオンの形で)が含まれています。この水はマグマが冷えて固まる時に岩石に取り込まれないで余ってしまい、外に絞り出されてきます。「マグマ熱水」とか「初生水」とかよばれています。その量はごくわずかなものと考えられていますが、水の熱容量(比熱ともいう、温度を1度あげるのに必要な熱量の値)は非常に大きいので、たいへん効果的に熱を排出できます。

マグマ熱水はできたそばから岩盤中に発散していくので、どんどんマグマの熱を奪って輸送していき、周囲の岩盤を急速に温めることができます。こうした熱水輸送で放出される熱エネルギーの総量は、噴火の熱エネルギーにほぼ匹敵しています。頻繁に噴火する火山は、マグマ熱水を直接に噴火口から吐き出してしまうので、熱水のはたらきが少なくなってしまいます。

高温のマグマ熱水が岩盤の亀裂をとおって地表まで達すると温泉になることが期待できます。では火山性温泉の正体はこのマグマ熱水なのでしょうか? 次章はこれがテーマになります。


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