byやませみ

2 温泉の分類いろいろ

2-2 含有成分による分類 泉質分類表

温泉ファンが一番気になるのはやっぱり「泉質」ですね。前項の温泉分析表のなかで、泉質の項目には、「ナトリウム・カルシウム-塩化物泉(低張性弱アルカリ性温泉)」と書かれていました。長ったらしくてなにやら呪文のようです、見ただけでなんか「効きそ〜」と思ったあなた、まだまだ甘い! さらに長い泉質名もたくさんあるのです。

たとえば草津温泉などはかなり長いほうの泉質名で、「酸性含硫黄アルミニウム−カルシウム硫酸塩・塩化物泉(酸性低張性高温泉)」、かなをふると「さんせいがんいおうあるみにうむかるしうむりゅうさんえんえんかぶつせん(さんせいていちょうせいこうおんせん)」となります。ほとんどお経です、なんだかとっても有難そうです。ところが、このような泉質名は世間一般にはあんまり理解されていなくて、温泉ガイドやTVの温泉番組では間違えて紹介されることがしばしばあります。

これからどんどん温泉にはいって達人を目指そうというマニアなあなた、温泉療養を考えているあなた、泉質名の意味を理解しておけばきっと役に立ちますよ。自分のお気に入りの泉質や嫌いな泉質を覚えておけば、今度はどこの温泉に行こうかなというときの目安になります。ちなみに私は酸性泉と硫酸塩泉が好きで、食塩泉やアルカリ性単純泉はやや苦手な方です。温泉療養の場合には、泉質によって医療効果は全く違ってくるのでとても重要なことです。おまけに泉質によっては禁忌症があって、間違った温泉に行ったばっかりにかえって悪くなることもあるのです。

さて前置きがながくなりました。上に示した泉質名のうしろの括弧内のほうは前項でやった液性による分類で、前の方は温泉水に含有している化学成分による分類です。温泉分析表の2枚目にはたくさんの分析成分とその分析値がこまかく表示されています。たくさんの分析値のなかから、有為な量を占めているイオンの組合せと特殊成分から泉質名を決めています。

イオンの組合せ(イオン組成)による泉質名

イオンというのは元素が水に溶けたときに、一部の電子が出入りして電気的な性質(電荷)が変わったものです。電子を放出して正電荷になったものをプラスイオン、電子を受け取って負電荷になったものをマイナスイオンといいます。たとえばナトリウム(Na)は水中で電子(e-)を一個放出してナトリウムイオン(Na+)になり、塩素(Cl)は逆に電子を一個受け取って塩素イオン(Cl-)になります。この水溶液を蒸発させると、ナトリウムイオンと塩素イオンがくっついて食塩(NaCl)が固形成分で残ります。

このように電荷がプラスとマイナスのイオンがくっついて出来る化合物を「塩(えん)」といい、マイナスイオンの元素の種類によって、化合物名がきめられています。というのは水溶液の化学的性質がマイナスイオンの種類でほぼきまってしまい、プラスイオンの種類にはあんまり関係しないからです。

温泉に関係したところでは、塩素イオンによる塩化物、炭酸水素イオン(HCO
3-)による炭酸水素塩、硫酸イオン(SO42-)が重要なところです。これに主なプラスイオンの名前をくっつけて泉質名としています。

特殊成分や液性による泉質名

遊離炭酸ガス(CO
2)やイオウ(S)などの、イオンにならないために水に完全に溶けていない成分も、ガスや固形成分として温泉に含まれています。これらはよく目立つ温泉の特徴で医療的効果もあるので、特に多く含まれるときには温泉名をつけています。また、鉄(Fe)のイオンのうち第一鉄イオン(Fe2+)は医療的に特別に重視されていて、特に多く含まれるときは温泉名がつけられます。アルミニウム(Al3+)も同様です。含有量としてはたいへん微量でも、放射性元素を含む温泉もあります。多くの場合は気体のラドン(Rn)か、水溶性のラジウム(Ra)で、強いガンマ線を発しています。放射線はある程度の量なら医療的効果があると考えられています。
このほか、特別に酸性やアルカリ性の強い温泉は特別な浴感や効能をもつので、主要な含有成分とは関係なく区分されています。

泉質名をつけるに際しては、1957年の鉱泉分析法指針(厚生省)が永く使われてきましたが(旧泉質名)、近年はIUPAC(純正及び応用化学の国際連合)の表現に近づけて、1979年に環境庁が作成した「鉱泉分析法指針」による新泉質名が使われるように指導されています。しかし、新泉質名は20年近くたった今もあんまり普及しているとはいえません。最近の温泉分析表でも新旧両方の泉質名が表記されているのをよく見ます。新泉質名は化学的表現としては合理的なのですが、この項の最初に書いたように、呪文的に長くなりすぎる傾向があり、実際の使用に不便だからではないかと思います。かくいう私も旧泉質名の方がなんとなくすっきりしていて呼びやすいとおもいます。だいいちタイプするのが楽だし、、、。

下の分類には新旧両方の泉質名を両方示しておきます、( )内は旧泉質名。

イオン組成による分類名 <溶存物質総量1,000mg/kg以上>
塩化物泉
salt spring
ナトリウム−塩化物泉(食塩泉)common salt spring

    主要成分にNa+イオンとCl-イオンを含む
    食塩として5g/kg以下を弱食塩泉、15g/kg以上を強食塩泉とよぶ
ナトリウム・カルシウム−塩化物泉

    主要成分にNa+イオンとCa2+イオンとCl-イオンを含む
炭酸水素塩泉
bicarbonated spring
ナトリウム−炭酸水素塩泉(重曹泉)

    主要成分にNa+イオンとHCO
3-イオンを含む
カルシウム(・マグネシウム)−炭酸水素塩泉(重炭酸土類泉)

    主要成分にCa+イオン(またはMg2+)とHCO
3-イオンを含む
硫酸塩泉
sulphate spring
ナトリウム−硫酸塩泉(芒硝泉)

    主要成分にNa+イオンとSO
42-イオンを含む
カルシウム−硫酸塩泉(石膏泉)

    主要成分にCa2+イオンとSO
42-イオンを含む
マグネシウム−硫酸塩泉(正苦味泉)

    主要成分にMg2+イオンとSO
42-イオンを含む
    註)pH<9では、Cl-がSO
42-より少し多くても硫酸塩泉とする


特殊成分による泉質名 <溶存物質総量1,000mg/kg未満>
  単純二酸化炭素泉(炭酸泉)simple carbonated spring

    遊離二酸化炭素を1,000mg/kg以上含む
鉄泉
iron spring
鉄(II)−炭酸水素塩泉(炭酸鉄泉)

    主要成分にFe2+ないしFe3+イオン20mg以上とHCO
3-イオンを含む
鉄(II)−硫酸塩泉(緑礬泉)

    主要成分にFe2+ないしFe3+イオン20mg以上とSO
42-イオンを含む
アルミニウム泉alum spring アルミニウム−硫酸塩泉(明礬泉)

    主要成分にAl3+イオン100mg以上とSO
42-イオンを含む
イオウ泉
sulphur spring
単純イオウ泉(硫黄泉)

    総イオウ(S)を2mg/kg以上含む
放射能泉
radioactive spring
単純放射能泉(放射能泉)

    ラドン(Rn)を10億分の3c.u.以上含む
    または、ラジウム(Ra)塩を1x10-7mg/kg以上含む
    註)c.u.はキュリー単位、1gのRaと放射平衡にある量


液性による泉質名 <溶存物質総量1,000mg/kg未満>
単純温泉(単純温泉)simple waters spring

  上記までの全てに当てはまらないが、泉源の温度が25度(C)以上のもの
アルカリ性単純温泉(単純温泉)simple alkaline spring

  単純温泉のうちpH8.5以上を示すもの
酸性泉(酸性泉)acid spring

  水素イオン(H+)を1mg/kg含むもの



もっと詳しく知りたい方へ(補足説明)


泉質名の表記方法 「・」「−」の意味と並び順番

まず「−」は、違う分類項目を併記するときの区切りです。”ナトリウム−塩化物泉”の場合だと、前のほうは陽イオンの項目、後ろは陰イオンの項目です。つぎに「・」は、同じ分類項目のなかで、主成分と副成分(含有量20 mval%以上)を併記するときに使います。先に書いてあるほうが相対的に多い成分です。”ナトリウム・カルシウム”のときは、Na+とCa2+がたくさん入っているが、Na+のほうが多いぞってことです。陰イオンのほうも同じ要領です。

主要成分のほかにも「特殊成分」があるときは、さらにこの前につけて、「含鉄(II)−ナトリウム・カルシウム−塩化物温泉」という風になります。特殊成分というのは、ふつう下の7種の成分を示しています。なお、特殊成分のほかに溶存成分が合計で1000mg/kg含まれないときは、単純温泉ですので、”単純イオウ泉”とか”単純放射能(ラドン)泉”というふうに名前がつけられるのは、前に書いたとおりです。

「鉱泉分析法指針 療養泉の定義」による特殊成分
遊離二酸化炭素(CO2) 1000mg/kg以上
銅イオン(Cu2+) 1mg/kg以上
総鉄イオン(Fe2+ + Fe3+) 20mg/kg以上
アルミニウムイオン(Al3+) 100mg/kg以上
水素イオン(H+) 1mg/kg
総イオウ(S)[HS- + S2O32- + H2S に対応するもの] 2mg/kg以上
ラドン(Rn) 30×10-10キュリー単位以上(8.25マッヘ単位以上)

(注)旧泉質名では、副成分(20 mval%以上)を頭につけて、「含塩化土類−食塩泉」というように書かれます。「含」の意味が違うので、混乱しないように。

泉質名のつかない温泉

すでにお気付きかと思いますが、1-2項であげた「温泉法で規定する成分」と、上の「療養泉の定義(鉱泉分析法指針)」の成分には食い違いがあります。たとえば前者にある”メタケイ酸(H
2SiO3)”や”臭素イオン(Br-)”は後者にはありません。また、両者では含有量の基準数値にも違いがあります。したがって、泉温25度(C)以下の冷鉱泉の場合、温泉法では規定の成分で「温泉」と認定されるのにもかかわらず、療養泉としての泉質名がつかない温泉がたくさん出てきます。このときには、分析表の泉質名の項目にはなにも書かれず、空白になっています。これでは若干困るので、仮に、「メタケイ酸で規定」というように呼んでいます。泉温25度(C)以上では、含有成分がなにも無くても「単純温泉」という泉質名がつきます。ちょっと理不尽ですね。

分析表の数値

丁寧に表記してある分析表では、「温泉1kg中の成分および分量」という項目に、mg/kg、mval(ミリバル)、mval%(ミリバル%)の3種の数値が書いてあります。それぞれの数値の意味についておさえておきましょう。

ミリグラム(mg/kg)

温泉水1kgあたりに含まれる各成分の重量をmg(1000分の1g)単位で示した生の分析値です。このままでは、各成分の量比を比較するのにはちょっと問題があります。というのは、Na+が230mg/kgで、Ca2+が230mg/kgあるというと、なんとなく同量ありそうですが、それぞれの原子量(原子1個の重さの比)は22.99と40.08なので、この数で割ってやる、つまり原子の数で比較すると、ほぼ10:5.8になるのです。料理のレシピで、人参200g、たまねぎ200gっていうよりも、人参1本、たまねぎ1/2個のほうがわかりやすいのと似たような感じです。

原子の数ではNaのほうが倍ちかく多いですね。
原子の数では「ナトリウム>カルシウム」です。ところが、溶液の化学で働いてくるのは、原子ではなくて、イオンです。Na+は1価、Ca2+は2価で、陽イオンとしては、CaイオンはNaイオンの2倍の働きがあるのです。同じやきそば1袋でも、1食入りと2食入りがあるのと似たような感じです。これを表すのがつぎのmval(ミリバル)です。

ミリバル(mval)

バル(val)は「グラム当量」で、mvalはその1/1000の単位です。グラム当量とは、成分の質量 g を各成分の原子量または分子量で割って、さらに価数( 1+とか 2-の数字)を掛けたものを指します。つまり、単位質量(グラム)あたり、いくらのイオン価を出せるかってことです。ワイン200gだと一人しか飲めませんが、焼酎だと3人飲めるって感じです。

たとえば、さっきの例で
Na+ が230mgあったときは、230÷22.99(Naの原子量)×1(陽イオン価数)=10.0 mval
Ca2+が230mgあったときは、230÷40.08(Caの原子量)×2(陽イオン価数)=11.5mval
となります。イオンの働きという面でみると、「カルシウム>ナトリウム」となるのです。

自然界にある溶液、温泉や地下水では、イオンの電荷、つまり、陽(+)イオンと陰(-)イオンの量はつりあって、全体として電気的に中性になっているのが普通です。親切な分析表では陽イオンの合計と陰イオンのmval合計が書いてあります。おおくの場合、それぞれはほぼ等しくなっているはずです。その差が大きい(約1割以上)ときは、分析方法に誤りがあったか、表にある以外にも、未分析の成分がたくさんあるってことになります。こういう分析表はマユツバものなので、あまり信用してはいけません。ただし、酸性硫黄泉の場合、Sのつくるイオンは40種もあって、通常の分析法では数値にでないものもあり、mval合計があわないことが極まれにあります。

温泉にはイオンになっていない、遊離成分、ガス成分なども含まれています。これらの量はミリモル(mmol)単位で表現されます。

ミリバル%(mval%)

さて、最後に、分析表から泉質名をつけるときに目安とするのが、mval%です。これは単純に、陽・陰イオンの合計のうち、各イオンが何%あるかということです。この数値から泉質名が決められていきます。


[2-2章 参考図書・参考文献]


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