「僕の名前はラスクマル、11歳。5歳のときからこの仕事をしているんだ。インドに近い村で生まれたけど、両親は僕が小さいときに死んじゃった。村には兄の夫婦がいたけど両親が死んだ後、追い出されてカトマンズへやってきた。夜はこの近くの大きな木の下で眠ってるよ。朝と夜に道に捨てられたゴミのなかからお金になるプラスティックを探して、ここへ持って来るんだ。一日で50〜100ルピーくらいのお金になるよ。それでご飯を食べて、残りは近くの食堂の人に預けて少しずつお金をためているんだ。将来はそのお金でミルクティーの店を作るんだ。」
![]() 彼らカトマンズに生きるストリートチルドレンの多くは家庭から廃棄されたゴミのなかから再生可能なプラスティックを集め、街に点在する小さなプラスティック回収所へ持ってゆく。プラスティックは種類により1kg5〜18ルピー程度で子どもたちから買い取られ、さらに大規模な回収センターを経てインドとの国境付近の工業地帯にある再生工場へと送られる。 「たくさん集めたね。」僕が言うと、「今朝、歩いているとプラスティックの詰まったこの袋が置いてあるのを見つけたんだ。だからここへ持ってきたんだ。」 ラスクマルは作業の手を休めることなく、さらりと言う。 集められたプラスティックの中には注射器が2本含まれていた。 カトマンズでは麻薬が容易に手に入る。タメルと呼ばれる外国人地区を歩いていると、マリファナやハッシシを売る売人に声をかけられることがある。しかもそのなかには子どもの売人もいるのだ。 外国人に麻薬を売れば、一般的なネパール人の日給10日分ほどの金額が手に入る。少しでも英語ができるストリートチルドレンにはプラスティックを集めるよりはるかに魅力的な仕事なのだ。 ![]() ラスクマルは手早くプラスティックの分類を終えると、大きな天秤に乗せてその重さを計り、主人から70ルピーほどのお金を受け取った。 ここには他にも5人くらいの子どもがプラスティックを持ってきている。彼らのひとりにカメラを向けると、険しい不審そうな眼が投げ返されてきた。シャッターを切っても彼らはほとんど表情を変えずに私を見ている。普通の子どもの場合、何度かシャッターを切っていると表情が自然と緩んで笑顔になってくるのだが、この子たちはいつまでも険しい顔で私を見続けている。 一体あなたは何者か? 何をしにここへ来たのか? 何故私たちを撮るのか? あなたは私たちとは何の関係もない外国人だろう。 彼らの無言の反感が肌を刺すように感じられる。ここでは私はまったくの部外者であることを思い知らされる。 ![]() 野性動物のようだ。 それがそのとき私が感じた偽らざる気持ちだった。ネパールに来て最初の2週間、私は毎日広場へ行って、そこに集まるお土産売りの子どもたちと接していたのだが、彼らはその子どもたちとはまったく異質な特性を持っている。そう、それはまるで飼いネコとヤマネコの違いのような・・・。 ここの主人はプラスティックの代金を払い終えると、子どもたちの体に合うサイズの古ジーンズやトレーナーを取り出して彼らに与えた。ちょっとした取り合いのあと、服を手に入れた何人かが嬉しそうに今まで着ていたボロボロの服を脱いで新しい服に着替えた。そして仲間と一緒に外へ飛び出していった。 彼らの後を追うと、そのうちの二人が近くのお菓子屋さんに入っていった。店では10歳くらいの女の子がひとり店番をしている。二人はその女の子としばらくおしゃべりをした後、ベビースターラーメンのようなお菓子を買って食べ始めた。 はじめて子どもらしい笑顔になる。 辺りを見まわしてみると、いつの間にかラスクマルの姿も消えていた。 子どもたちがいなくなった後、私はプラスティック回収所の女主人にラスクマルについて尋ねてみた。 「ラスクマル、誰のこと?」 彼女はキョトンとした顔で私を見た。私が説明すると、彼女は大げさに手を振ってこういった。「あの子の名前はダネだよ。あの子がお金をためているなんて、信じられないね。この間も夜中にお酒を飲んで大声で泣き叫んだり大変だったんだよ。あの子は大人を信じていないのさ。眠っているとき、突然知らない大人に抱えられて橋から川へ投げ込まれたこともあるしね。」 カトマンズの川は尋常ではない。あらゆるゴミ・排液が投げ込まれた川は、強烈な異臭を放っている。ネズミ色の水は、この街の毒素をすべて引き受けたように濁り、魚一匹として生きることは不可能だ。この川に人の手で投げ込まれるなど、私には想像すらできない。ましてや投げ込まれた彼の気持ちなど・・・。 プラスティック回収所の女主人が不敵に笑う。「あなたにこの子達のことがわかるのかい?」とでも問たげに・・・。 彼らについて知るというのは思いのほか大変なことかも知れない。彼らの心の深い闇に分け入ってゆくには一体どうすればよいのだろう。今の私にはただ彼らのもとへ通い続け、彼らが私を受け入れてくれるのを待つしかない。思わずため息が出る。 これが私とストリートチルドレンとの出会いだった。
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