堀田一輝 ほったいっき 生没年未詳

名は紀一輝とも。通称、五郎左衛門・河内守。娘は老中本多正永の正室。幕臣として御留守居役を勤め、五千五百石を知行した。元禄十三年(1700)、中院通茂の古希を祝う歌会に参加する。山本春正編の『正木のかづら』に十四首を採られている。岡本宗好・清水宗川らと親交があった。
以下には『正木のかづら』より三首を抜萃した。

立春

むすびぬる(すずり)の氷今朝とけて筆にもしるき春ののどけさ

【通釈】凝り固まっていた硯の氷が今朝融けて、墨にひたす筆にも春ののどけさがはっきりと感じられる。

【補記】硯の墨に浸す書初めの筆に立春の感を捉えた。《正月に硯の氷が融ける》というのは漢詩文に見える古くからの趣向であるが、筆を介して「春ののどけさ」と結びつけたのは作者の手柄。元禄十六年(1703)の和歌撰集『新歌さざれ石』にも採られている。

【参考歌】紀貫之「古今集」
袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つ今日の風やとくらむ

月の歌の中に

置く露も千種(ちぐさ)ながらにみだれゆくあだの大野の月かげはをし

【通釈】秋風が吹くと、置いている露も、たくさんの種類の花それぞれのままに乱れてゆく――阿太の大野に射す月影は心惹かれてならない。

【語釈】◇置く露も 草花の上に置いている露も。風によって草花が靡くと、それに従って露も乱れるので、「露も」と言っている。◇千種 いろいろの種類の草。特に秋の草花を言う。◇あだの大野 万葉集以来の歌枕「阿太の大野」に「あだ」すなわち「はかなさ」「かりそめ」の意、かつ「婀娜」すなわち「たおやかな美しさ」といった意を掛ける。◇をし いとしい。強い愛着をあらわす語。

【補記】月の光をやどす草花の露が、秋風によって、それぞれの花の色や姿のままに乱れ靡くさま。さまざまな古歌の情趣・表現を採り入れ、華麗な一首に仕立て上げた。同じ『正木のかづら』所収「河月」の題では「水無瀬川水のうき霧末はれて山もと遠く月ぞほのめく」。

【本歌】藤原長実「金葉集」
ま葛はふあだの大野の白露を吹きなみだりそ秋の初風

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻十
真葛原なびく秋風吹くごとに阿太の大野の萩の花散る
  藤原興風「古今集」
咲く花は千種ながらにあだなれど誰かは春をうらみはてたる
  紀貫之「古今集」
秋の野にみだれて咲ける花の色のちくさに物を思ふころかな

浪月

いさり火と見えしひかりもみつ潮の波にはなれてのぼる月かげ

【通釈】漁火かと見えた光も、満潮の起こす波に離れて行き――それは昇る月の光なのだった。

【補記】水平線に点った光を最初漁火かと思い、波を離れてゆくのを見て月と知ったのである。「みつ潮」に光が「満つ」意も響き、満月が想像される。古今集以来の「見まがう」趣向に新たなバリエーションを加えた一首。

【参考歌】藤原惟成「惟成弁集」「新撰朗詠集」
いさり火のうかべるかげと見えつるは波のよるしる蛍なりけり
  山名玉山「鳥之迹」
夜船こぐ袖の下より出でにけり波をはなれてみゆる月影


公開日:平成21年12月10日
最終更新日:平成21年12月10日