M52.放射冷却の応用問題(解答)
著者:近藤純正
これは2010年2月28日(日)、東京上野の東京文化会館4階大会議室にて
開催された講演会の後半「放射冷却」で出題した応用問題に対して参加者が
発表した解答である。
(完成:2010年3月8日)
本ホームページに掲載の内容は著作物であるので、
引用・利用に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを
明記のこと
更新記録
2010年3月1日:素案
2010年3月3日:解答の一部を掲載
2010年3月4日:解答の一部を掲載(未完成)
2010年3月6日:演習問題2(f)を追加
2010年3月8日:完成
目次
はしがき
52.1 演習問題2(f)の解答:放射冷却の具体的な計算(1名)
52.2 問題3.1 と解答:旅人が軒先を借りる(3名)
52.3 問題3.2 と解答:気温の上昇と日較差(2名)
52.4 問題3.3 と解答:降霜の場所(1名)
参考文献
はしがき
地表面では日射量、大気放射量、顕熱と潜熱(蒸発・凝結にともな熱)
の輸送量、地中伝導熱が交換されている。
微風晴天夜を想定すると日射量、および顕熱と潜熱の輸送量はゼロとして
よく、地表面と大気との間で交換されるのは、正味放射量 Rn(=地表面が
放つ長波放射量-大気から地表面へ入る大気放射量)のみである。
この熱の放出を補うために、地中から地表面に向って伝導熱 G が伝わって
くる。地表面から地中の熱が失われると地中の温度は下降する。このような
もっとも単純な熱収支式のもとで生じる現象が放射冷却である。
この章は2010年2月28日(日)、東京上野の東京文化会館4階大会議室にて
開催された講演会の後半「放射冷却」の演習で出題した演習2(f)と、
応用問題に対して参加者が発表した解答である。
なお、放射冷却の演習2(f)と、応用問題(問題3.1~3.3)は本ホームページの
「身近な気象」の「M49.放射冷却の演習問題」
の最後に掲載したものである。
放射冷却の要点(復習)
夕方の地表面温度をTso、t 時間後のそれをTs とすると、
夕方から1~3時間程度の範囲については次式で表わすことができる。
冷却量:Ts-Tso=係数×(
Rno)×(t の平方根)・・・・・・・・・(50.2)
ただし、
Rno は夕方の正味放射量を表わす。
係数=[(4/π)÷(地表層の熱容量×熱伝導率)]の平方根
=[4/(πcρλ)]1/2
係数が大きくなるのは、地表層の熱的パラメータ
(=熱容量×熱伝導率:cρλ)が小さいときである。したがって、放射冷却
量(冷却速度)は「熱的パラメータの平方根に逆比例する」。
上記は冷却の最初の時間帯に成り立つ関係であり、十分に時間が経過すると
地表面の冷却量は「放射最大冷却量」に近づいていく。
52.1 演習問題2(f) と解答
(演習問題2(f))
寒候期について、夕方の気温から朝の最低地表面温度
を予測する具体的な方法を提案せよ。
解答(解答者:T.K.)
ヒントを参考にして、以下の数値・要素を設定し、式(50.6)に基づいて
朝の最低地表面温度を予測する。ただし、これは簡単な熱収支式(50.1)
が成り立つ微風の夜間に応用できる方法であり、微風晴天夜を想定する。
(1)夕方(日没前30分頃とする)から朝までの時間 t
t =16時間=57600秒を設定する。
(2)夕方の地表面温度 To
夕方~朝方の地表面温度は気温より2~3℃低温であることを考慮し、
当日夕方の気温を T夕 とすれば、
To=T夕-C1、(C1=2~3℃:定数)・・・・(2f-1)
当該地域においてこのC1の値を見積もっておく。ここでは仮にC1=3℃とする。
(3)夕方の大気放射量 Lo
当日の平均気温をTm とすれば、
Lo=σTm4×A・・・・・・・・・・・(2f-2)
大気の射出率 A は当日の日平均水蒸気圧 Em と天気・雲の関数であり、図50.1から
求めることができる。
注: Lo を計算式で求める場合には「地表面に近い
大気の科学」の式(2.33)~(2.37)、または、付録 E(快晴日日射量の
日変化と大気放射量日平均値の計算プログラム)が利用できる。
(4)地表層の熱的パラメータ cρλ
演習2の「注2」を参考にして、当該地域における
cρλ=2×106J2s-1K-2m-4
を用いる。
注: 代表的な土壌その他の熱的パラメータは「地表面に近い大気
の科学」の表4.1に掲載されている。
(5)放射最大冷却量 DTmax
最低極限温度 Tsc が実現する段階では、
σTsc4=Lo ・・・・・・・・・・・・(2f―3)
より、
Tsc=(Lo/σ)1/4・・・・・・・・・・(2f-4)
したがって、
DTmax=To-Tsc=To-(Lo/σ)1/4
演算の結果、
DTmax=T夕-A1/4×TmーC1・・・・・(2f-5)
すなわち、当日の夕方の気温、日平均気温、日平均水蒸気圧、及び天気・雲の
状態から DTmax は見積もることができる。
(6)式(50.6)に基づく朝の最低地表面温度の予測
放射冷却の厳密解の近似式(50.6):
DT=To-Ts=DTmax×P(x)・・・・・・・(50.6)
無次元時間: x=[(4σTo3)2/cρλ]×t
を用い、時間変化の関数:式(50.8)によって朝の最低地表面温度 Ts を
計算する。
(7)ケーススタディ
2009年12月23日16時における気象庁ホームページの観測資料を用いる。
資料および計算結果を表52.1にまとめた。計算は、地表層の熱的
パラメータとして、”田園集落”、”乾燥地”、”新雪地”の3通りを
行ったが、ここでは冷却がもっとも弱くなる”田園集落”の場合のみを掲載する。
その場合でも、観測値に比べて計算値の冷却量が大きすぎる結果となった。
表52.1 12月23日16時の気温から翌朝の最低地表面温度の予測結果の表.
ただし、地表層の熱的パラメータとして田園集落の値を用いた場合.
単位 東京 水戸 つくば
要 素
夕方16時の気温 ℃ 11.6 10.2 10.7
天候(6時~18時) ― 快晴 快晴 快晴
日平均水蒸気圧:Em hPa 5.5 5.1 5.2
大気の射出率:A ― 0.70 0.70 0.70
日平均気温:Tm ℃ 7.7 4.2 3.0
Lo(推定) W/m2 247 235 231
放射最大冷却量DTmax ℃ 24.9 27.2 28.3
無次元時間:x ― 0.742 0.728 0.728
P(x) ― 0.532 0.529 0.529
翌朝 Ts(予測) ℃ -4.6 -6.7 -7.3
翌朝 Ts(観測)* ℃ 1.9 -4.5 -6.0
最低極限温度:Tsc ℃ -16.3 -19.5 -20.6
冷却量:DT(計算)+ ℃ 13.2 14.4 15.0
冷却量:DT(観測) ℃ 6.7 12.2 13.7
DT(計算)/DT(観測) ― 1.97 1.18 1.09
(注) * Ts(観測)=(翌日の最低気温)-3℃ で代表した。
+ DT(観測)は(夕方の気温)-(翌朝の最低気温)で代表した。
(8)考察
表52.1の最下段に示すように、3地点とも冷却量(計算値)が大きめに出た。
東京では観測値の1.97倍でおおよそ2倍の冷却量である。
この理由として、(1)熱的パラメータが小さ過ぎること、(2)特に東京
は都市化によって人工熱が存在すること、(3)ビルの高層化によって地表面へ
入る大気放射量の増加があることなどが考えられる。(1)については、
コンクリート面が多く夜間の気温の下降が弱くなっていると考えられる。
水戸も、実際の環境を観察すると近くに都市域があり、都市化の影響を
受けていると考えられる。しかし、水戸についても熱的パラメータの確かな値
を用いていないので、上記の比1.18(=計算値/観測値)の数値だけから
判断することはできない。
近藤純正のコメント:
解答で示した方法は適切である。
[コメント、その1]
都市における人工熱は下向き放射量を増加させることと同じで冷却量を弱める
(放射最大冷却量を小さくする)。表52.1に示された東京の過大な冷却量の
比1.97は、地表層の熱的パラメータや都市化の影響(人工熱、ビルの高層化、
・・・・)によるものであるが、仮に、これをすべて人工熱によるものと
するならば、放射最大冷却量 DTmax=24.9℃が12.6℃(24.9/12.6=1.97)で
あればよい。12.6℃になるためには、見かけの Lo=247W/m2が
247+51=298W/m2であればよい。つまり人工熱は
51W/m2であると推定できる。
51W/m2の大きさは東京における人工熱の概算値(オーダー)
として妥当である(「水環境の気象学」の表1.3)。
注: この方法で放射冷却の条件下における地表面に与えられる
人工熱を推算するには、下向き大気放射量の実測値、都市域平均の熱的
パラメータの正しい評価値を用いるべきである。ここではおおよその
人工熱の桁を見積もったに過ぎないが、参考になる。
[コメント、その2]
ここでは都市化の影響は考えない
放射冷却の計算であるので、東京と水戸を除き、やや田舎と見なされるつくば
(館野高層気象台)について、もう少し詳しく計算してみよう。
館野も多少の都市化の影響があるが夜間冷却量の観測値を満たすような
熱的パラメータは、上記の2.25倍として、
cρλ=4.5×106J2s-1K-2m-4
を用いる。地表面温度は観測されていないので、
(夕方の地表面温度)-(朝の最低地表面温度)≒(夕方の気温)-(朝の最低気温)
とみなし、ここでは最低気温を計算する。館野に於ける日没時刻を考慮して、
12月の夕方の気温は16時の気温を、
1月の夕方の気温は16時と17時の平均気温とした。夕方から翌朝の最低気温
の起時までの時間を14時間とした(12月~1月)。
2009年12月~2010年1月の2ヶ月のうち、微風快晴夜を
次の基準で選ぶ。翌朝の最低気温の予報を行う夕方を当日の夕方として、
(1)当日~翌日の2日間の日平均風速<1.8m/s
(2) 同上の2日間とも、日照時間>8時間
(3)翌朝の最低気温の起時=5時30分~7時30分の日
夜半の途中で最低気温が生じたような場合は、夜半に雲が出た可能性がある
ので除外する。
この条件で選ぶと微風晴天夜は9日間ある。資料と計算結果を表52.2に示した。
表中に示す大気の「放射温度」とは、下向きの大気放射量 Lo を黒体からの
放射とみなしたときの有効な温度、すなわち Lo=σTe4 で定義
される温度 Te を摂氏の温度に換算した値である。
大気の有効温度 Te は波長3μm以上の全波長範囲
のエネルギーを含む Lo から計算される温度であり、通常の放射温度計
(例えば8~12μmを透過するフィルターを用いた器械)で測った放射
温度 Tr とは異なる( Tr < Te )。
表52.2 つくば(館野)における2009年12月~2010年1月中の微風
晴天夜の朝の最低気温の予測結果の表(温度の単位:℃、水蒸気圧:hPa、
大気放射量:W/m2).
地表層の熱的パラメータ:cρλ=4.5×106J2
s-1K-2m-4を用いた場合.
月/日 日平均 日平均 大気放射 大気の 夕方気温 放射最大 翌朝最低 翌朝最低 誤差
気温 水蒸気 推定 Lo 放射温度 To 冷却量 気温計算 気温観測 Ts-Tob
(℃) (hPa) Te(℃) (℃) DTmax Ts(℃) Tob(℃) (℃)
12/01 7.6 8.2 259 -13.2 12.0 25.2 1.95 0.6 1.35
12/22 1.8 4.1 221 -23.3 8.9 32.2 -3.95 -4.1 0.15
12/23 3.0 5.2 230 -20.8 10.7 31.5 -1.87 -3.0 1.13
01/08 3.1 4.3 226 -21.9 8.2 30.1 -3.81 -3.6 -0.21
01/14 0.6 3.1 212 -25.9 4.5 30.4 -7.63 -6.6 -1.03
01/15 -0.1 3.5 212 -25.9 5.0 30.9 -7.33 -6.8 -0.53
01/17 0.8 3.6 215 -25.1 5.5 30.6 -6.71 -5.9 -0.81
01/18 0.5 4.2 217 -24.5 6.8 31.2 -5.65 -4.1 -1.55
01/23 3.9 4.1 228 -21.4 9.0 30.4 -3.13 -4.9 1.77
平均 2.4 4.5 224 -22.4 7.8 30.3 -4.24 -4.27 0.03
標準偏差 ±1.16
計算値と観測値の差(予測誤差)の標準偏差は1.16℃となった。地上付近の
気温にはふらつきの偶然性があり、最低気温の予測には避け難い誤差を
ともなう。この1.16℃は予測の限界誤差0.8℃(近藤・森、1982;1983)
に近い。
この気温変動の偶然性を避けるために、夕方の気温は日没前30分を中心と
する1時間の平均気温を採用し、朝の気温予測値の検証には日の出時刻を
中心とする1時間の平均気温を採用すれば、誤差は少なくなる。
52.2 問題3.1と解答
(問題3.1)
昔、旅人が草原の一軒屋を見つけて、「今夜の宿に、軒先でよいので貸して
ください」と頼んだ。旅人はどのような経験からこの願いをしたのだろうか?
これは冷却量の理論式(50.2)、
冷却量:Ts-Tso=係数×(正味放射量 Rno)×(夕方からの時間 t の平方根)
から、どのように説明すればよいか?
解答(その1、解答者:Y.H.)
旅人は軒先で休んだときの方が冷え込みが弱かった経験から、この願い
をしたと考えられる。軒先で寝る方が身体の冷えが弱いということは、次の
ように説明できる。軒がない場合とある場合の地表面の正味放射量Rnoを考
える。
軒がない場合は、
(正味放射量Rno)=(地表面の出す長波放射量)-(大気放射量)
軒がある場合は、軒からの長波(赤外)放射があるので、
(正味放射量Rno)=(地表面の出す長波放射量)-(軒からの長波放射量)
となる。ただし、ここでは上向きに「身体の出す長波放射量」を「地表面
の出す長波放射量」としてある。
(大気放射量)<(軒からの長波放射量)であるので、軒がある場合は
軒がない場合に比べて正味放射量Rnoが小さくなり、冷却量の理論式(50.2)
より地表面の冷却は小さくなる。よって、軒先では冷え込みが弱くなる。
解答(その2、回答者:S.T.)
軒先のような天空を遮る物体の下では放射冷却(夜間の温度低下)が小さい
ことを知っているからである。つまり、地表の上に軒先のような天空を遮る
物体があれば、その物体の出す長波(赤外)放射が下方に放射され、見かけ
上の大気放射量 Lo が大きくなり、放射冷却が弱められる。
もし、その物体が大きな熱容量をもつ場合には、その物体の温度下降が小さく、
下方に放射される放射量が大きくなり、放射冷却はいっそう弱められる。
解答(その3、解答者:H.S.)
草原で寝ている場合と軒先で寝ている場合の熱収支を考える(参考:
「M49.放射冷却の演習問題」)。
図52.1 冷却の模式図。左:草原で寝ている場合、右:軒先で寝ている場合
図52.2 熱収支の模式図。左:草原で寝ている場合、右:軒先で寝ている場合
寝た場合、体の下半分の熱収支は両者でほぼ同じなので、体の上半分だけ
考えることにする。図52.2に示すように、簡単化のために寝ている人体を
円柱として見なし放射収支のみを考えれば、草原で寝ている場合は、体の
外部から大気放射量 Lo を受ける一方で、体からは σTb4 の熱
が放射される。
次に、軒先で寝ている場合(右図)は、草原で寝ている場合と同様に
体から σTb4の熱が放射されるが、体の外部からは図の左半分
では大気放射量 Lo を受け、右半分では建物から σTa4 の放射
を受ける。
(注):ほかに、草原と軒先では風当たりが異なり、人体から奪
われる顕熱にも差があるが、ここでは小さいとして無視する。
体から出る放射量はどちらも同じなので、外部から受ける放射量だけで
両者を比較することにする。体の表面積を A とすると、体の上半分が
外部から受ける放射量は草原で寝ている場合は、
P1 = (A/2) Lo
軒先で寝ている場合は、
P2 = (A/4) Lo + (A/4) σTa4
となる。両者の差は
⊿P = P2 - P1 = (A/4)(σTa4 - Lo)
となる。Lo=233W/m2、建物の温度=15℃、体の表面積=
1.7m2とすると、
⊿P = 67W
となる。8時間寝ていたとすると、放射量の差の積算値は、
⊿E = ⊿P×t = 67×8×3600 = 1.93 MJ = 461 kCal
となる。
これはどんぶりごはん1杯分の熱エネルギーに相当する。
したがって、軒先で寝ることによりエネルギーの消費を抑え旅費を浮かせる
ことができた経験から軒先を借りることを申し出たと考えられる。
近藤純正の感想:
熱エネルギーの損失分を食べ物に換算することは面白い。
このことから、私は2002年4月19日、四国遍路の歩き旅をしたとき出あった、
恵まれない老女の遍路のことを思い出した。彼女は手押し車を押し野宿
しながら13年間も遍路を続けていた。
正午過ぎに私が「おばさん、暑いので私がジュースでも接待しましょうか
(差し上げようか)」と訊くと、彼女は「カップ酒を恵んでください」
という。それは、野宿するのは寒いので、そのとき暖をとるために
酒を飲むということだった。「4.四国遍路、
土佐から伊予へ」の最後の節:「4.13 宇和島へ」を参照。
52.3 問題3.2と解答
(問題3.2)
(1)風が弱い日の日中の地表面温度が上昇しやすいのは、地表層の熱的パラメータ
(=熱容量×熱伝導率)、つまりその地域における天候の経過が
どのような状態のときか?
(2)また、風がある日の気温変化(気温日較差)が小さくなるのはなぜか?
解答(その1、解答者:S.T.)
日中の地表面温度が上昇しやすいのは、地表層の熱的パラメータが小さい
ときである。すなわち、地表層の熱容量が小さく、熱伝導率が小さい場所で、
朝から晩まで日射があり、地表付近の土壌水分が小さいときである。
風があると、昼間は地表付近で暖められた空気が上層の冷たい空気と混合
されやすくなるので、気温変化は小さくなる。
参考(近藤純正付記)
放射冷却のように、夕方から地表面温度が下降するときの冷却速度は
「熱的パラメータの平方根に逆比例する」という簡単な式で表させる。
一方、日変化のような周期的変化の場合、地表面温度の日変化の振幅は
上記と同様に「地表層の熱的パラメータが小さいときほど大きくなる」
と言えるが、これを表現する式は複雑になる(詳しくは、「水環境の気象学」
の式(6.100)と式(6.102)を参照)。
解答(その2、解答者:T.K.)
(1)風が弱い日の日中の地表面温度の上昇について:
地表面温度が最も上昇しやすい条件を列記すると、下記のようになる。
①熱容量が小さいこと(少量の熱で暖まりやすい)
②熱伝導率が小さいこと(地面が獲得した熱が移動しにくい)
③当日、日中まで直射日光が照射し続けても地表面および直下の地温が
0℃未満が確実であること。同様に、地表面および直下の地温が朝から
0℃以上で継続すること。
これらを満たすには、天候の経過は次の条件が必要である。
(ⅰ)前日夕方までの天候
地表層の熱的パラメータ(=熱容量×熱伝導率)が最も小さくなるには:
A.雪の降らない地域、あるいは1回の積雪が30cmに達しない地域では、
地表面が十分乾燥するまで降水のない日が継続した状態であること。
B.1回の積雪が30cm以上に達する地域では、
新雪が凡そ30cm以上降り積もった状態が継続していること。
これは、演習1の成果や「身近な気象」の
「2.放射冷却と盆地冷却」の 2.1(2)項の「放射最大冷却量」から
考えられることである。
(ⅱ)前日夕方から当日朝までの天候
上記の(ⅰ)を前提に、夕方からの放射冷却が最も強くなる条件であること。
すなわち、風の弱い快晴が継続する状態であること。
(ⅲ)当日朝から日中の天候
上記の(ⅱ)を前提に、日の出以降に日照が継続し、太陽放射の照射が継続
していること。かつ、新雪地では地表面(新雪だった表面)の温度が0℃未満
であること。積雪温度が0℃に近くなると、雪が溶け始め、融解に熱
エネルギーが利用されることになり、温度上昇が弱まるからである。
(2)風がある日の気温変化(気温日較差)が小さくなることについて:
「身近な気象」の
「2.放射冷却と盆地冷却」の2.4項「風が吹くときの冷却は?」を参考
にすると、風が吹くと無風の時と比べて大気の対流・鉛直混合が活発化し、
大気と地表面の間で大きな顕熱交換が起こり、地表面温度の変化が小さく
なる。以下、日中と夜間に分けて考える。
① 日中
日射によって地表面が温められる。風が吹いてしまうと上層との対流や
水平移流によって顕熱が移動するため、暖まった地表面温度が下がり、
最高気温を下げる効果がある。
② 夜間
日射がないので地表面が放射冷却してゆく。風が吹いてしまうと、上記①と
同様に、こんどは大気からの顕熱が地表面へ輸送されることになり、
冷却した地表面温度が上がり、最低気温を上げる効果がある。
気温日較差は最高気温と最低気温の差で定義される。故に①、②より
風のある日は風のない日に比べて気温変化(気温日較差)が小さくなる。
52.4 問題3.3と解答
(問題3.3)
朝がた野外に出てみると、霜が降りている場所・地物と、降りていない場所・
地物がある。
どんな場所・地物に霜が降りやすいか、思考実験だけでなく実際に歩いて
観察してみよう。
自然は、教科書などでは得られない、多くのことを私たちに教える。一方、
教科書は自然の原理の理解に役立つ。
解答(解答者:S.T.)
霜が降りている場所:
(1)屋根のない広い駐車場に置かれた車、特に傾きの小さなフロントガラス、
ボンネットや、屋根の表面、(2)見通しの利く広い畑の上、低い作物や雑草
の上、(3)枯れた芝生の上、(4)火山の古い溶岩の上や乾いたスコリア層
の上、に降りている。ただし、風が強い場所は降りにくい。
霜が降りていない場所:
(1)カーポート(屋根)のある駐車場の車、(2)大きな木とその根元、
(3)隣接する家と家の間、(4)水たまりのそば、(5)湿っている水田や
湿地帯(ただし、うちのそばでは霜柱ができることがあり、北海道や東北
地方では凍っており、霜と霜柱の区別がつかない場合がある)、(6)火山の
地熱地帯(温泉・噴気帯や変質帯)、(7)自然対流のある鉱山坑道やトンネル
の出入り口付近は降りていない。
参考文献
近藤純正・森洋介、1982:アメダス(地域気象観測所)データを用いた
夜間冷却量の解析と最低気温予報式(1).天気、29、1221-1233.
近藤純正・森洋介、1983: 同上(2).天気、30、143-150.
近藤純正、1987:身近な気象の科学、東京大学出版会、pp.189.
近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学ー地表面の水収支・熱収支ー、
朝倉書店、pp.350
近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学、東京大学出版会、pp.324.