K34.通風式標準温度計2号機
著者:近藤純正
	34.1 基準になる温度計がなぜ必要か
	34.2 完成品の写真と断面図
	34.3 通風装置の作り方
	34.4 気温測定の誤差とその除去方法
	34.5 通風筒内の温度上昇の測定結果

	要約
	参考書
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気象観測装置の野外検定に用いる通風式標準温度計を試作した。 通風筒の備えるべき条件(通風速度、通風筒の大きさなど)について議論し、 また、通風筒内の温度上昇量を測定した。その結果、本通風装置では最悪 条件でも0.1℃以内、通常の条件では0.05℃以内の誤差で観測に利用する ことができることがわかった。 (2007年3月4日完成、3月7日Q&Aを追加)


34.1 基準になる温度計がなぜ必要か

地表面付近の大気中では、安定した恒温槽や水中と違って、気温を正確に観測 することはとても難しい。その理由として、
(1)地表面の熱のムラが大きく、気温の空間的・時間的変動が大きいこと、
(2)気温の測器(センサー)が放射の影響を受けて、真の気温より日中は 高く、夜間は低くでてしまうこと、
(3)放射の影響はセンサーの大きさや周辺の風速の関数となること、
などがあげられる。

このようなことは1℃程度の誤差を許容できる場合は、たいして問題には ならないが、気候変動監視などの目的で0.1℃以下の精度による観測が 必要な場合は、熱収支的に誤差を小さくする工夫が必要となる。

近年、電気抵抗式隔測温度計が多方面で使われるようになったが、これは 器械であり、現地の観測露場に設置した際に、0.1~0.3℃程度の狂った気温が 出力される可能性がある。それゆえ、測器の更新時、および毎年の各季節 ごと、基準となる通風式水銀標準温度計で野外検定を行い、観測精度を高め なければならなくなってきた。

ルーチン気象観測の野外検定についての詳細は、 「K30.気温センサーの野外検定」でも説明した。その章では、野外検定 の問題点についてセミナーを行うとともに、野外実習も行った。


2007年2月18日の野外検定の概要:
2007年2月18日、つくばの農業環境技術研究所の観測露場で30名の参加者に よって実施した野外でのルーチン気温と標準温度計による60分間の比較観測 では、おおよそ0.2℃以内の違いでは一致したが、説明のつかない僅かな差 が出てしまった。

ルーチン用温度計(吸気口の地表面からの高さ=1.25m)と基準とする通風式 標準温度計(1号機と呼ぶ)の設置場所が水平方向に約2m離れており、 後者が前者に比べて約0.1mほど低い位置にあった。 両者の空間には間を仕切るような金属ボックスなどがあった。 当日は雨上がりで地表面温度の空間分布に大きなむらができていたと考えられ る。観測の前半(15時~15時30分)には日射があり、温度むらが大きくなって いたはずである。その結果、ルーチン用と標準温度計の通風筒は0.2℃ほど 異なる空気を吸引していた。

前半15時30分までの気温の時間的変動が大きかったのは、地表面(芝生)が 気温よりかなり高温になり、大気は不安定、つまり地表面の温度がもっとも 高く、高さと共に気温が低くなる状態にあった。標準温度計はルーチン用 通風筒よりも地面に近い高温の空気を吸引したため、気温が高く観測された と考えられる。

観測の後半になると、雲が日射を遮るようになり、日射量は急激に減少し、 その結果として地表面の温度が数分間以内に下降した。それにともなって、 前半と後半の境の15時30分過ぎに気温は急激に下降した。 そして後半には、気温の鉛直分布は中立分布、つまり高さに対してほぼ等温に なった。したがって、気温の時間的変動も空間的変動もしだいに小さくなって いった。

観測の最後の16時前には、ルーチン温度と標準温度計による温度の差が小さく なった。

2月18日は勉強会でもあり、その意味ではよかったのだが、ルーチン観測 装置の正確なチェックはできなかった。

次回には、吸気口をほとんど同じ場所にセットして比較観測をすべきである。 すなわち、ルーチン用の通風筒の位置を基準とするならば、その風下側の外壁 面に一致するように標準温度計の吸気口を置く。その吸気口のレベルは ルーチン用吸気口下端より10cm低い位置とすること。

10cm低い位置とする理由は、ルーチン用は下から吸気する構造、標準温度計 用は風上側の水平方向から吸気する構造である。この構造の違いを考慮する ならば、検定は適当な風速があるとき行うのであるから、風上側から流れて きたほぼ同じ空気をそれぞれの吸気口から吸引するためである。


2月18日の野外検定では、ルーチン用気温センサーそのものの誤差を調べる ことが目的であったが、現実的にはルーチン用の通風筒に及ぼす放射の 影響(日中は気温が高め、夜間は低めに観測される)も調べる必要がある。

最近、大気環境の調査において、いろいろな形の非通風式(自然通風式) の電気温度計が用いられるようになってきたが、時には放射の影響による 誤差が2~3℃以上にも達するようなものもある。 こうした測器の使用に際して、標準器によって誤差を確かめておきたい。

そこで今回は風が弱く日射が強い日中でも野外検定に使用できる通風式 標準温度計(2号機と呼ぶ)を作ることにした。

34.2 完成品の写真と断面図

通風式標準温度計(2号機)の完成品の写真と断面図は図34.1~34.3に 示した。微風の晴天日中には直達日射(直射光)の影響が他に比べて おおよそ1桁大きく、これを防ぐことが重要となる。具体的には、 微風晴天の日中、直射が直接通風筒に当たった場合、通風部外壁の温度は 気温よりも30℃以上高温になる。そこで、直射除けを取り付けることにした。

通風装置は次のパーツからなる。
(1)通風部: 740グラム、高さ=218mm、横長=290mm
(2)温度目盛保護管: 250グラム、全長=380mm、外径=48mm
(3)直射除け、2個: 150mm×200mm、100mm×300mm、合計100グラム(円弧部含む)
(4)ホース: 340グラム、全長=2m(接続部品含む)
(5)ブロア: 1,700グラム(コード除く)
合計重量=3,130グラム

通風装置
図34.1 通風式標準温度計2号機、直射除けを取り付けた状態の写真


シェルター
図34.2 左上:水銀温度計目盛の保護管用の直射除け、円弧状の内径 =44mm、
右下:通風筒吸気口用の直射除け、円弧状の内径=71mm。
塩ビ管は弾力があり、円弧状の部分をはめれば固定することができ、 取り外しも簡単である。


通風筒断面図
図34.3 通風式標準温度計2号機の断面図。
(上)吸気口から見た断面図(支柱は内側通風筒だけに接着)、 (下)横から見た鉛直断面図。


通風筒は、内側通風筒と外側通風筒の2重構造とした。外側通風筒の外側には 断熱材を入れて通風筒内壁の温度上昇を抑えた。外側通風筒の内壁からの 赤外放射を防ぐために内側通風筒を設け、その中心に水銀球部がくるように した。

直射を防ぐために、外壁の外に白色の平板(150mm×200mm、厚さ1mmの 低発泡塩ビ板)を取り付けた。この直射除けは簡単に方向が変えられ、 取り付け・取り外しが容易である。

水銀温度計の目盛部分の温度が気温より、日中は3℃以上高くならないように、 温度目盛保護管にも直射除けの平板(100mm×300mm)を取り付けた。


Q1:水銀温度計の目盛部分の温度上昇に関して、”日中3℃以上”はどの ような条件で起きるか?

A1:晴天日中には、直射除けがないと日射の影響で目盛部分の上方 (通風筒から上に出た部分)の保護塩ビ管が直射で20℃以上の高温となる。

その高温となった保護管からの赤外放射と移流の影響により目盛部分が5℃ 以上も昇温する。すると、水銀とガラス管と目盛板の熱膨張係数の違いに よって気温測定の誤差となる。

保護塩ビ管の直径は48mmあるので、晴天日中の自然風速が2~3m/s のとき 直射で20℃以上に達することは、本ホームページの「研究の指針」の 「K16.気温の観測方法」の図16.3、図16.4、及び 表16.1を参照すれば理解できる。これらの図表は直射を防いだ場合 (有効入力放射量が70W/m2の場合)の計算結果である。 また、放射環境条件下における物体の温度上昇の計算方法は「研究の指針」の 「K17.暑熱環境と黒球温度」の章にも示されて いる。


吸気口を地面に向けた場合、次の2つの欠点がある。
(1)微風晴天の日中、地表面温度は気温よりも30℃以上も高温に なり、それからの大きな赤外放射を受け、観測誤差を大きくする。
(2)気温の鉛直分布が中立状態でない一般の条件では、気温は地表面から の高さによって大きく異なり、どの高度の空気を吸引しているのか不明瞭に なる。

そのため、吸気は水平方向の風上側から行うような構造とした。

あとで述べるように、通風速度=5m/sの場合、観測精度を 0.05℃以内にするには、受感部(水銀球部)から見た周辺の放射 温度は気温よりも0.6℃以内になるような構造と しなければならない。そのためには、
(a) 水銀球部から見た開口角(図34.3下図参照)は小さくしなければならない。
(b) 一方、吸気口から内壁に沿って発生する境界層内(後掲の図34.6右を 参照)に球部が入らないよう、水銀球部までの距離は短くしなければ ならない。

(a), (b) は互いに反する条件である。つまり、(a)の条件をよくするために 開口角を小さくすると通風筒の距離が長くなり、(b)の条件に反することに なる。その兼ね合いによって通風筒の構造が決まることになる。

34.3 通風装置の作り方

工具
糸鋸(どの方向へも刃を進めることのできるフリーウエイ・ミニコッピングソー)
弦鋸(カナキリ鋸)、塩ビ・プラスチック用替刃
ドリルと刃のセット(径=1.5~6mm、軽金属・樹脂・木工用)
やすり、大と小(大は内径27mmの塩ビ管内部の突起を削り、滑らかにする)
ピンセット(小さな支柱を接着する際に使う)

接着剤
ポリプロピレンが接着できるプラスチック用
硬質塩化ビニール用(塩ビ管の各部の殆んどは接着せず、分解可能としておく)

材料(ホームセンターにて入手可能)
水道配管用の塩化ビニール管(塩ビ管)、継ぎ手、曲がり管など各種
ポリプロピレン・シート(厚さ=0.2mm)
ゴムクッション、数個(テーブルの足につける適当なもの)
天然ゴムシート(厚さ=1mm、幅=50mm、長さ=200mm程度)
断熱材
低発泡塩ビ板(比重=0.7、厚さ=1mm、白色)・・・・直射除け用
タコ糸(直径2.5~3.5mm)・・・・・・・通風装置の吊り下げ用
縫い針と絹糸、なければ他の丈夫な糸
ビニールテープ

ブロア
日立プロア、FRB40VA(550ワット、風量(可変ダイヤル付)=0~3.8m3/分、重量=1.7kg)
ホース、2m、取り付け口付(洗濯機用)

ブロアの吸気風量を大にすると騒音が大きいので、騒音が急激に大きくなる 手前で使用する。そのとき本通風装置では、通風速度は概略10m/s程度である (規格の最大値では、理想的には、風速=41m/sだが、実際にはホースや 通風筒内の空気抵抗によりこれほどは出ないと思う)。

標準温度計
標準温度計を入手し、その寸法(直径、長さ、目盛の位置)に合わせて 通風装置各部の寸法を決める。この章に示した標準温度計の規格は次の 通りである。

0.1℃目盛、-30℃~+50℃
全長=490mm
直径=12mm
水銀球部の直径=6mm、長さ=28mm
利用する温度範囲=-5℃~35℃・・・・読み取り窓の寸法が決まる

準備加工
入手した塩ビ管のうち、風が通る場所の突起などはヤスリで滑らかに磨く。 吸気口に相当する部分は流線型になるように滑らかに磨く。 余分の寸法は弦鋸で切り落としておく。

以下では組立てる順序に従って、説明する。
図34.4(左)は水銀温度計の球部に近い部分の内側通風筒(内径=27mm、 外径=34mm)と外側通風筒(内径=44mm、外径=48mm)を小さな 支柱で結合した部分である。 上端は内側通風筒の終端に相当し、ここに絹糸で井型をつくり、この中央に 直径12mmの水銀温度計のガラス部分が通るようにする。この井型は水銀球 部が通風筒の内壁に触れないようにする仕掛けである。

同図(右)を参照すると、塩ビ曲管(内径27mm、外径34mm)を内側通風 筒の下端に接着してある(中央の写真)。その曲管下側の先端(右に向いて いる)の内部にはネジが切られている。その他の部分が出来上がった段階で、 内側通風筒の吸気口(写真の中央の右側)をネジ山で固定することになる。 ネジ山部分は長すぎるので、必要な部分のみ残して切り落としてある。

通風筒の組立て
図34.4 (左)水銀球部を通す絹糸の井型組みの内側通風筒(内径 =27mm)と外側通風筒(内径=44mm)、両者は支柱により接着してある。 水銀球部は井型の中央を上方から下方に向けて通す。
(右)通風筒組立て説明図、一番上:下から吸気し、左へ排気する。この上に水銀 温度計目盛の保護管が入る。中央:井型組みの通風筒の下に曲がり管を接着した状態。 中央の右:曲がり管の先端につける内側通風筒の吸気口(ネジ切りの部分は最小限 を残して短く切り落とす。外側の尖った部分はやすりで磨いて丸く滑らかに する)。:曲がり材に差し込んだ外側通風筒の吸気口(この右端は短く切り 落とす)。
これら全体には断熱材を巻き、その上に外壁のエンビ管(内径=71mm)を被せる。


図34.4を参照しながら組み立てる。各部は押し込めば固定され、接着剤は 用いずに、あとで必要に応じて分解できるようにしておく。

ここまでが仕上がれば、周辺に断熱材を巻き付け、吸気側にはもっとも外に なる外壁用の塩ビ管(曲管のつなぎと、塩ビ管)を固定する。

排気側の外壁(図34.4では通風部の縦の左側面)には外側通風筒の出口の 寸法に合わせて穴を開ける。延長塩ビ管の付けもとを接着する。その後方 には曲がり管を差し込み、ホースをつなげるようにする。 ホース(全長=2m)はブロアと接続する。

図34.5は通風部が仕上がった写真である。ただし、温度目盛保護管 (上端の蓋と両端のゴムクッションを含む全長=380mm、塩ビ管のみ =360mm)を外した状態である。

通風部分
図34.5 完成した通風部分、ただし温度目盛保護管は外した状態
(左)上から見た写真(この上端には、温度目盛保護管の入る部分を残して、 厚さ0.2mmのポリプロピレン・シートの蓋を接着してある。使用時には、 中央の穴(内径=48mm)に、水銀標準温度計を入れた温度目盛保護管 (外径=48mm)を差し込む。
(右)吸気口から見た写真。3つ見える円は、外側から順番に外壁 (外径=76mm)、外側通風筒(外径=48mm)、内側通風筒(外径= 34mm)である。外壁と外側通風筒の間に断熱材があり、青色に見えるのは ポリプロピレン・シートで断熱材表面を固定した部分である。 内側通風筒の外壁に接着させた円弧状支柱は外側通風筒の内壁には接着して いない。


直射除けを取り付けた全体の完成品は、前掲の図34.1に示した。 筆者の試行錯誤をともなった工程では、完成までに2日間を費やした。

34.4 気温測定の誤差とその除去方法

日射のある日中には(厳密には有効入力放射量が正の場合)、通風筒各部と 温度計球部(空中に置かれた物体)は真の気温より必ず高温になり、逆に、 晴天夜間には放射冷却により通風筒各部と温度計球部は低温となる。 真の気温との違いが観測誤差であり、これをゼロにすることはできない。

観測誤差は、気温感部を小さくするほど、また通風速度が大きいほど小さく なる。その理由は、気温感部が小さいほど、通風速度が大きいほど”交換速度” (通常用いられている記号:交換速度=kH=CHU) が大きくなり、気温感部からの熱放出が大きく、気温感部の温度は気温に 近づこうとするからである。

ここでは最悪の条件下でも観測誤差を±0.1℃以内にすることを目的 としている。

日中を想定したとき、なぜ、気温感部(水銀球部)の温度 T が気温 T0 よりも高温になるかを図34.6(左)によって説明しよう。

外部からの日射、地面からの反射と赤外放射、通風筒その他の地物からの赤外 放射、その他のエネルギー供給によって気温感部は昇温する。平衡になった 状態で、感部の温度 T からは周囲に向かって赤外放射(σT4、 簡単化のために感部は黒体と仮定する)が放出される。T は T0 よりも高温となっているので、(T- T0)に比例して顕熱 H が 風によって運び去られる。

観測誤差(T- T0)は熱収支式から計算によって求められる( 具体的な計算は「水環境の気象学」や「地表面に近い大気の科学」などを 参照のこと)。

直射光と散乱光、地面からの反射光を防ぐために感部を通風筒の奥にセット した場合でも、通風筒内壁からの赤外放射によって誤差は生じる。この誤差 を小さくするには感部からの顕熱放出を多くすればよく、そのためには通風 速度を大きくすればよい。2重構造の通風筒にした場合、放射の影響の 計算値が「大気境界層の科学」の図3.5と表3.2に示されているが、同じ図表が 本ホームページの「研究の指針」の「K16.気温の観測 方法」の図16.3、図16.4、及び元の表の一部が表16.1に示されている。 これらの図表は直射を防いだ場合(有効入力放射量が70W/m2の 場合)の計算結果である。

これら図表では、気温感部が球と円柱の場合について示したものである。 通常の電気抵抗式隔測温度計で用いられている感部は直径=3~6mm、 長さ=100mmであるが、長さの先端部分20~30mm程度の範囲が実際の 感部である。今回用いる水銀の標準温度計の球部の直径=6mm、 長さ=28mmである。これらは球でもなく円柱でもなく、しかも通風は感部 の縦方向に行うようになっており、球の直径または円柱の直径に相当する 寸法は5~20mm程度、おおよそ10mmとして対応させればよい。

直射を防ぎ、かつ、有効入力放射量=70W/m2通風速度=5m/sの場合を想定し、上記の図から読みとれば、 誤差は1℃となる。

誤差を0.1℃以内にしたいならば、有効入力放射量<7W/m2とすれば よいことになる。誤差を0.05℃以内にしたいならば、有効入力放射量<3.5 W/m2とすればよい。常温を想定すれば3.5 W/m2は温度差0.6℃に相当する。つまり、感部から見た 通風筒内壁の温度は気温よりも0.6℃以内の昇温 になるように通風装置を作らなければならないことになる。


Q2:通風筒の吸気口からは遠方の地面や地物が見える。 その地面や地物は気温より平均して20℃程度も高温のことがあるので、 放射の影響が出るのではないか?

A2: 開口角(図34.3下図参照)が小さいので、遠方の地物による放射影響 はほぼ無視できる。

放射影響が小さくなることを具体的に示そう。
全球の立体角=4π ステラジアンである。
開口角から見える遠方の立体角=面積(視線に垂直な面積)/距離の2乗
本2号機では図34.3下図を参照すると、水銀球部下端から右方の100mmの位置 で半径16mmの円内の遠方が見える。したがって、
開口角から見える遠方の立体角=π×16×16/100×100=804/10,000=0.080ステラジアン
ゆえに、遠方に見える面積の占める立体角割合=(開口角から見える遠方の立体角)/(半球の立体角)
=0.08/4π=0.0063

気温=20℃(黒体放射量=419W/m2)、遠方の放射温度=40℃ (黒体放射量=545W/m2)とすれば、放射量の差による効果は
(545-419)×0.0063=0.8W/m2となる。

この効果0.8W/m2は前記の精度0.05℃に必要な条件の 3.5W/m2に比べて小さいことがわかる。

これは吸気口から見た遠方の放射温度が気温より20℃高温な極端な条件に ついての見積りである。


昇温原理と境界層
図34.6 (左)温度計の昇温原理、(右)通風筒内部にできる境界 層の模式図。



Q3:吸気口の開口角範囲内に見える遠方の放射影響をより小さくするのは、 気温感部を通風筒のより奥のほうにセットすればよいか?

A3:はい、その通り。しかし、あまり奥に入れると、通風筒内壁で 発生する境界層(日中は気温より高温)の影響を受けることになる。

図34.6(右図)によって説明しよう(ただし、この図では縦方向を拡大 してある)。
外側通風筒の内壁で発生した境界層(温度境界層)は入り口からの距離と ともに厚さを増していく。ここでは日中を想定しているので内壁は高温 (夜間は低温)になり、その空気が感部にくると高めの気温が観測される。

その高温空気が気温感部にくるのを防ぐために、内側通風筒を設け、その中 に気温感部を入れる。外側通風筒と内側通風筒の間隔も適当に開けて おかないと、内側通風筒(半断熱材)も昇温しやすくなる。 感部が奥になるほど誤差が大きくなるので、両通風筒管の間隔を大きく しなければならない。ブロアの馬力との兼ね合いによって、適当な間隔が 決まる。

流体力学や伝熱工学では、吸気口付近での境界層の厚さは薄く、 近似的に、壁の曲率の影響は無視し、内壁表面に沿うて x 軸、それに垂直 に y 軸をとり、2次元流として取り扱っている。

境界層厚さをδ、壁面先端からの距離をX、空気の分子動粘性係数をν (=1.53×10-5-1, 20℃)、 風速をUとし、空気のプラントル数(=分子動粘性係数/分子温度拡散係数= 0.71, 20℃)が1に近いとして、次の近似的な関係が知られている (例えば、McAdams, 1954, p.224)。

δ/X=5.8(ν/UX)1/2

U=5m/sの場合、X=0.01, 0.04, 0.09, 0.16m (すなわちX=1、4、9、16cm)とすれば

  δ=1mm、2mm、3mm、4mm

となり、距離 X と共に発達していく。通風速度が大きい ほどδは薄くなる。 δの意味は、この厚さの外では境界層の影響は無視できるが、内側では板に 近づくほど板からの影響が大きくなるということである。


本通風装置では、外側通風筒内壁と内側通風筒外壁の隙間=5mm、外側 通風筒先端から内側通風筒先端までの距離=30mm(下側の最短部)~50mm (上側の最長部)に設計してある。そのため、内側通風筒の先端は上記の 境界層厚さδの中に(理想条件では)入ることはない。

内側通風筒は高温となった外側通風筒からの影響を受けて僅かながら昇温 する。その昇温量は外側のそれの1/5~1/10程度になる。通風速度が 大きいほど昇温量は小さい(大気境界層の科学、表3.2参照)。

以上の放射影響と境界層影響についての理論的な考察により、2重構造と した本通風装置では、誤差は最悪の条件で0.1℃以下となることが予想 される。


Q4:通風筒の吸気口を下向けにして、高温地面からの放射影響を少なく するために、吸気口に穴の開いた放射遮蔽板をとりつけてはどうか?

A4:遮蔽板で高温となった空気が直接吸気され、気温感部に当たり 大きな誤差となる場合があるので、放射遮蔽板の構造についてよく検討 しなければならない。

筆者が院生の頃、農業気象や大気拡散の研究者たちが通風筒の入り口に穴の 空いた放射除けを付けた通風装置で気温の鉛直分布を観測していた。 彼らの観測値は、細い熱伝対で観測していた筆者の観測値に比べて、数℃も 高温であったので、筆者はその放射除けが昇温し、数℃の観測誤差が生じる ことを指摘した。この経験によって、筆者が気温や湿度、放射測定について 理論的・実験的な検討をはじめる動機となったのである。


34.5 通風筒内の温度上昇の測定結果

前述したように、0.05℃以内の精度で気温を測る場合、気温感部から見た 通風筒内壁の温度は気温よりも0.6℃以内の昇温 量になっていなければならない。狭い内壁の表面温度の真値を測ることは 難しいので、図34.7に示すデジタル温度計センサーによって間接的な測定 を行うことにした。

同種のデジタル温度計2個(ホームセンターにて入手)と放射温度計を用いる。 いずれも相対的誤差は0.1℃以内であることを確かめた。放射温度計は室内洗面 に水を満たし、攪拌しながらその都度検定し、補正した。

デジタル温度計
図34.7 デジタル温度計の受感部 (最大部直径=5mm、長さ=20m)、その左側はビニールテープ


野外での最悪の条件(無風、快晴)を想定し、通風装置は室内に設置し、 太陽光を窓から入れて通風筒内の各部の温度上昇を測った。

温度上昇=各部温度-中心の気温

と定義する。中心の気温とは、水銀球部の先端となる位置にデジタル温度 センサーを置き、通風状態で測定した値とした。その場合、デジタル温度 センサーは内径5mmの細管に入れ、細管の先端から受感部が出た 状態で測定した。

放射の影響がわざと大きく現れるように、まず直射除けを外した状態で測定し、 結果は図34.8~10に示した。ただし、図34.9(右)のみは直射除けを付けた 状態における測定結果である。図34.8~9に示す測定点は、通風筒 の曲管部を除く、吸気口を含む水平部分のほぼ中央である。

通風筒内部の温度上昇01
図34.8 通風筒吸気口側の温度上昇、直射除けなしの場合
(左)外壁と外側通風筒内の温度上昇、(右)外側通風筒の内壁面付近の 温度上昇。


図34.8(左)によれば、外壁表面の放射温度(放射温度計で測った温度)は 気温よりも30℃以上も昇温している。これは外気が無風のときに相当する。 実際には野外では風があるので、これよりも低温となる。それゆえ、本実験 は最悪条件における温度上昇とみなしてよいだろう。

外壁内面(27℃)と外側通風筒の外壁(6℃)の差21℃は非常に大きいと いうべきだろう。この温度は通風筒の水平部のほぼ中間での値である。 センサーの直径が最大部で5mmであるので、この21℃は 断熱材(黄色の部分)の温度と塩ビ管表面温度の中間値を示すものと解釈 すべきで、実際の温度差は21℃以上である。

外側通風筒の内壁面の温度上昇は、おそらく3℃程度であろう。
同図(右)では内壁面の温度上昇として1.7℃を示しているが、この1.7℃は 壁面と空気温度の中間温度に近い値と見るべきである。

次の図34.9は「直射除けなし」(左図)と「あり」(右図)の比較である。 直射除けを付けると、温度上昇はおよそ1/8(=0.9/7.1)に減少する。 直射の影響が大きいことがわかる。

ちなみに快晴日の直達日射量は概略700W/m2であり、窓から見える 範囲の天空散乱光と室内床面の反射光その他は概略50W/m2で あり、大よそこの割合に温度上昇の比1/8 が匹敵しており、妥当な結果である。

直射除けの有無と温度上昇02
図34.9 直射除けの有無による昇温試験の結果
(左)直射除けなしの場合、(右)直射除けを付けた場合。


図34.10は通風筒の奥の部分の外側通風筒内壁面温度の測定結果である。 この測定位置では内壁面と水銀標準温度計のガラス面の距離は16mmある (ただし、この温度上昇の測定時には水銀標準温度計は外してある)。 デジタルセンサーの直径が5mmあるので、温度上昇(1℃)は内壁面と 内部の通気の中間的な値とみるべきであり、内壁表面の温度上昇はこれより 大きく3℃程度であると想像できる。

通風筒奥の昇温03
図34.10 直射除けなしの場合の通風筒奥の昇温の測定結果。


直射除けをつけた場合の温度上昇は小さいと想像でき、精度の関係から 測定不可能と考え、測定していないが、温度上昇は0.1~0.3℃程度と期待され る。内側通風筒の内壁の表面温度の上昇はさらに小さくなるであろう。

この測定は直射が当たる側(温度上昇が最大になる部分)についての結果であり、 温度上昇の小さい部分を平均すると、温度上昇はさらに小さくなる。

以上の測定結果を総合すると、水銀球部から見える範囲の内側通風筒壁面の 温度上昇は必要条件(0.6℃以下)よりはるかに小さいとみなしてよいだろう。

要約

微風の快晴の条件でも観測精度が0.05℃以内になるような通風式 標準温度計2号機を試作した。この装置では外側通風筒と内側通風筒の2重 構造とし、さらに直射除けを付けてある。通風速度は5m/s以上はあり、 概略10m/sほどである。

水銀球部から吸気口を見た開口角は立体角で0.08ステラジアン(全球の 立体角4πに対する比=0.63%)であり、遠方からの放射影響は微小である。

吸気口から水銀球部までの距離は130mm(最短の下部)~170mm(最長の 上部)あり、内部通風筒入り口から水銀球部までの距離は85mmと短く作って ある。それゆえ、水銀球部は通風筒壁面で発生する温度境界層(厚さ1~4 mm)の中に入らない。

これは、通風速度が 5m/s 以上の場合であり、通風速度がこれより弱い場合に は水銀球部は温度境界層の中に入り誤差が大きくなる。その誤差を小さく するために、通風筒入り口から水銀球部までの距離を短く作ると、こんどは 開口角が大きくなり外部からの放射の影響を受けることになる。

通風速度が 5m/s 以上の場合、気温受感部の周辺の放射温度と気温差は 0.6℃でよかったのだが、通風速度が 5m/s より弱い場合には、この温度差は 0.6℃より小さく保つ必要がある。それは非常に難しいことであり、必然的に 誤差は大きくなる。

以上は理論的な設計である。
実際に本通風装置(通風速度>5m/s 以上)を用いて、通風筒各部の昇温量を 直射除けを外した状態で測定した結果、観測精度0.05℃以内に必要な内壁面 の温度上昇(0.6℃以内)の条件を十分に満たしていることを間接的な測定 によって確かめた。

観測誤差は次のようにまとめることができる。
(1)温度計受感部のサイズが大きいほど誤差が大きくなる。
(2)温度計受感部の吸気口からの距離が大きくなるほど誤差が大きくなる。
(3)2重通風筒の場合、2つの通風筒間の間隔が狭いほど誤差が大きくなる。
(4)受感部から見たとき、開口角が大きいほど誤差が大きい。
(5)通風速度が小さいほど誤差が大きくなる。

ほかに気象条件として、日射が強いほど(夜間は天空からの赤外放射量が 小さいほど、つまり雲量が少ないときほど)、自然風速が弱いほど誤差が 大きくなる。

参考書

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学ー地表面の水収支・熱収支ー. 朝倉書店、pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学ー理解と応用ー.東京大学出版会、 pp.324.

McAdams, W.H., 1954: Heat Transmission, McGraw-Hill Book Co, Kogakusha Co, LTD, pp.532.

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