K24.伊豆石廊崎の樹木生長と気温上昇
著者:近藤純正
	24.1 はしがき
	24.2 風速と気温日較差の経年変化
	24.3 日最高気温の上昇
	24.4 年平均気温の宮古との比較
	要約
	文献と資料
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石廊崎測候所では1940年から気象観測資料の累年気候統計がはじまった。 この測候所は、周辺環境が自然に近い場所に設置されたが、近年、樹木の 生長による影響が風速や気温に現れはじめた。 (2006年8月22日完成)


24.1 はしがき

筆者が最初に伊豆半島の先端にある石廊崎測候所を訪ねたのは2002年1月12日 のことである。この近くには石廊崎灯台その他があり、観光客も多いが、 自然に近い状態にあるので、気候変動の解析に適した資料が得られるものと 思った。

最初の予備解析では石廊崎測候所(旧称、長津呂:明治時代の観測所の 標高=59.1m、現在地の標高=55m)の資料を用い、「研究の指針」の 「4. 温暖化は進んでいるか」の4.7節 「気象官署と田舎観測所データの比較」において、他所における資料ととも に示した。

日本各地の資料解析が進むにしたがって、温暖化量は気象庁その他から報告 されているほど大きくはないことがわかってきた。それゆえ、既存の気温資料 がどのようにしてデータセットに作成されたか、詳細に吟味しなければ、 より正確な温暖化量は求めることができない。つまり、観測法 (1日の観測回数、測器の種類など)の時代による変化も考慮することに なった。さらに、観測所の周辺環境の変化を知るために風速や気温日較差、 その他の経年変化も同時に調べることになった。

この章では、石廊崎の解析から、田舎であってもごく近傍の環境変化が 気象観測資料、特に平均風速と、気温日較差、年平均気温に及ぼす影響に ついて考察する。

24.2 風速と気温日較差の経年変化

現在の石廊崎測候所は1939年に創設し、1940年から累年統計資料が ある。図24.1は年平均風速と気温日較差(毎日の最高気温の年平均値と 最低気温の年平均値の差)の経年変化である。

石廊崎風速と気温較差
図24.1 石廊崎における年平均風速(上)と、気温日較差(下)の 経年変化。
実線は長期的な傾向を示す。図中の番号1~4は本文参照のこと。


年平均風速の図に入れた番号は次の意味をもつ。
(1)より前の時代:4杯式風速計使用。風速計の回り過ぎ特性により、 平均風速が強めに観測される。
(1)~(2)の時代:3杯風速計使用(風速計高度=12.2m)。
(2)~(3)の時代:発電式の風車型風速計使用。微風で回転し難い 特性により、平均風速が弱めに観測される。
(3)以降:パルス式風速計使用。80型システム(風速計高度=12.4m)。
(4)2002年1月8日より観測システム80型から95型に変更(風速計高度=12.3m)。 この変更後の年平均風速が僅かに大きくなったのは、システム変更時に 新風向風速計が付け支柱(アングル構造)3基のうち、その1基から他の1基に 取り替えられたことによるのではなかろうか? もうひとつの可能性として、 1986年にヘリコプターから撮影された写真では露場に風向風速計高度より 高い鉄塔があるが、今回2006年8月19日に訪ねたとき、この鉄塔はなくなって いた(「写真の記録」の 「62. 石廊崎測候所」の写真7を参照)。

この鉄塔はアングル構造であっても測風塔の西方向にあり、西寄りの風のとき その後方に細長い弱風帯が形成される。 その鉄塔がなくなったことで平均風速が強くなったのではなかろうか?

静岡地方気象台防災業務課長・小林達雄さんによれば、この鉄塔(約15m) は1966年にVHF無線局開設時に設置され、1999年無線局廃止後の 2001年3月に撤去されたという。西寄りの風に対し て風速計(地上高度12.4m)の風上にあり、この鉄塔の撤去により、年平均 風速は4.3m/sから4.6m/sに約7%増加している。

鉄塔が設置された1966年前後を詳しくみると、6.2m/sから5.8m/sに(約7%) 減少している。鉄塔と測風塔の距離は23mあるが、この距離で年平均風速が 約7%も減少するのである。「石廊崎の気象」の図4によれば、石廊崎では 年間の風向頻度は東寄りと西寄りがそれぞれ約50%であるので、 西寄りの風だけのとき、風速の減衰は約14%と 見積もることができる。

(補足)2003年10月1日より無人化:風速計の設置場所等の変更はないが、 無人化後の気温日較差が大きくなったように見えるが2年分のプロットで あるため、今後に注意しよう。もしかして、それまで養生してきた露場の 芝生が雑草化して露場面近くの風環境を変え、これが気温日較差を大きく している可能性がある。気温や風速は環境パラメータであり、とくに気温は 露場とその近傍の状態に敏感に反応する。

風速計の回り過ぎなどの特性については、「研究の指針」の 「9.風で環境を観る」の章に説明してある。
障害物後方にできる細長い弱風帯については、 「身近な気象」の「M16. 海面バルク法 物語」の図16.3の右図に一部が描かれており、詳細はKondo and Naito (1972)のFig3を参照のこと。

上記の(1)~(4)を考慮して、図24.1(上図)に風速の真値の推定値を 赤線で示した。

最低気温について、1953~1963年の11年間は9時日界 で観測されているので、石廊崎については0.13℃の補正をほどこし低くして ある。0.13℃は「研究の指針」の「K23. 観測法変更に よる気温の不連続」の図23.1から石廊崎の気温日較差4.7℃に対する 補正量として読み取った値である。

長期的な傾向として、年平均風速は1965年頃からしだいに減少している。 これと連動して気温日較差が増加傾向となった。風速が減少すると 空気の鉛直混合が弱まり、地面付近で温められた空気が上空へ輸送され難く なり、日中の最高気温は上昇する。また年平均気温も上昇する。 露場の風速が弱くなり年平均気温が上昇することを「陽だまり効果」と呼び、 これまでの多くの章で論じてきた。

石廊崎の環境変化については「写真の記録」の 「62. 石廊崎測候所(現・特別地域気象 観測所)」で説明したように、1940年頃は炭焼きなどが行われており、 測候所の東側の海が見えたというが、現在は伐採も行われないので、樹木 が生長し、1975年以後になると東の海は見えないほどに繁茂してきた。

現在の家庭用の主要な燃料は都市ガス、プロパンガス及び灯油であるが、 灯油は1950年代から多くなったと思う。筆者が大学生のころ1955年までは 木炭コンロで自炊し、それ以後は灯油コンロに切り替えたことを覚えている。 各家庭では薪や木炭や石炭(仙台では亜炭)を使用していたが、それらは 時代と共に使用量が減少していった。それが里山における樹木の繁茂という 形になって現れたわけだ。

24.3 日最高気温の上昇

気温日較差が1965年ころから増加していることを最高気温と最低気温の 資料から見てみよう。図24.2は1940年以降の最高気温と最低気温の年平均値 の経年変化である。

最高最低気温1940年以降
図24.2 石廊崎における最高気温(上)と、最低気温(下)の 経年変化(1940年以後)。
折れ線は3年移動平均。


この図では最高気温の上昇率が最低気温のそれよりも大きいようにも見えるが 年々変動が大きくて明瞭ではない。そこで図24.3には風速と気温日較差に 長期的な変化が現れだした1965年以降について、見やすくするために 直線近似の線を入れた。

最高最低気温1965年以降
図24.3 石廊崎における最高気温(上)と、最低気温(下)の 経年変化(1965年以後)。
右下に入れた数字は上昇率(℃/y)。


図24.3の各図の右下に入れた数値はそれぞれ最高気温と最低気温の1年間 当たりの上昇率(℃/y)である。最低気温の0.0188℃/y に比べて、最高気温の 上昇率はその約1.5倍の0.0285℃/y もある。

その結果、平均気温は長期的に上昇することになる。これを確認するために、 年平均気温について同様な図を作成し、次節で検討しよう。

24.4 年平均気温の宮古との比較

三陸沿岸に位置する宮古の気温は東日本の気候変動を示す代表地点であるので、 石廊崎の年平均気温を1965年以後について宮古と比較してみよう。

ただし、宮古では1991年に庁舎建て替えがあり露場と新庁舎の間に駐車場が できたこと、その他により年平均気温が0.2℃ジャンプしたので、この分を 補正してある。詳細は「研究の指針」の 「K18. 宮古と 岩手内陸の温暖化量」を参照のこと。

年平均気温石廊崎と
宮古1965年以降
図24.4 年平均気温の経年変化(1965年以降)、石廊崎(上)と宮古 (下)の比較。
右下に入れた数字は上昇率(℃/y)。宮古の気温は補正済み資料である。


宮古の年平均気温の上昇率(=0.0053℃/y)に比べて石廊崎のそれは約4倍 (0.0215℃/y)も大きい。これがすべて樹木の生長による影響とは断言 できないが、石廊崎における最高気温、つまり日中の気温が地球温暖化 とは別の原因によって著しく上昇したことは確かであろう。

1965年以後の気温上昇率を表24.1にまとめて比較した。

表24.1 石廊崎における1965~2005年の気温変化と風速変化
気温変化は上昇率(℃/y)、括弧内は40年間の上昇量(℃)、
風速はm/sの比(無線用鉄塔がなかった場合)、年平均気温は宮古の値も示した。
                          最高気温     最低気温    年平均気温   平均風速
               石廊崎    0.029(1.14)   0.019(0.75)   0.022(0.86) 4.6/6.2
               宮 古        -             -         0.005(0.21)     -
                 差          -             -              (0.65)     -


表によれば、年平均気温の上昇率は最高気温と最低気温の上昇率の中間に 入っているというよりは、最高気温の上昇率が特別に大きな値である。 ただし、図24.3と24.4のプロットは僅か40年間のデータであり、バラツキも 大きいので、風速減少と気温上昇の関係は他所についても解析し、今後 確定しなければならない。

要約

伊豆半島先端の石廊崎測候所(現在は無人の地域特別気象観測所)は開設 当時は周辺で炭焼きなども行われていた。東西の卓越風向のうち、とくに 東側に大きな樹木がなかったのだが、木炭生産が行われなくなるにしたがって 樹木が繁茂し、年平均風速が1965年頃から減少し始めた。1960年頃の平均風速 (測風塔の西側の鉄塔がなかったとした場合、6.2m/s)に比べて2005年頃の 平均風速(4.6m/s)は約26%も減少した。

同じ期間に気温日較差は4.7℃から5.1℃程度まで8.5%(0.4℃)も大きく なった。

気温日較差の増加はおもに日最高気温の上昇が原因と見なされる。 このことが石廊崎における年平均気温の上昇率を大きくして いると推測される。

三陸沿岸の宮古における1965年以降の年平均気温の上昇率0.005℃/y に 比べて石廊崎では0.022℃/y と約4倍の大きさである。統計期間が短いので、 このすべてが石廊崎測候所周辺の樹木の繁茂によるものとは断言できないが、 今後の長期気候変化の解析において注意すべき点である。

文献と資料

小林達雄・岡田義浩・井出洋一・丹羽和彦、2003:石廊崎の気象、 石廊崎測候所発行、pp.100.

Kondo, J. and G. Naito, 1972: Disturbed wind fields around the obstacle in sheared flow near the ground surface. J.Meteor.Soc.Jpn., 50, 346-354.

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