62. 石廊崎測候所(現・特別地域気象観測所)

近藤 純正

伊豆半島南端にある石廊崎測候所(現・特別地域気象観測所)を訪ねた。 (2006年8月22日完成、9月2日:4節を追加

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  	  もくじ
		(1)はしがき
		(2)石廊崎測候所
		(3)測候所の古い写真
		(4)測候所の東と西にある林
		(5)石廊崎灯台
		 文献
(1)はしがき
伊豆半島先端の石廊崎には石廊崎灯台、石室神社、石廊崎港、ジャングル パークの植物園(2006年現在は閉鎖中)などがあり、観光客が多いところ である。ここは自然に近い状態にあり、石廊崎測候所のデータは気候変動 の監視に利用できると思っていた。

しかしながら、1965年頃から年平均風速は減少し、気温日較差は増加傾向に ある。詳細は「研究の指針」の 「K24. 伊豆石廊崎の樹木生長と気温上昇」の図24.1を参照のこと。

筆者が2002年1月12日に、平塚の自宅から数日間歩いて訪ねたとき、気になった ことがある。当時は測候所職員が勤務していたが、その後、無人化されると、 観測露場の管理状態が悪くなりはしないか。もう一つは、風速計を取り付けて ある測風塔の隅(当時、写真に撮影していないので位置は不確か)に細い ポールがあり、これが風速観測に僅かだが影響を及ぼしているのではないか、 ということであった。

こうしたことは通常の天気予報などには影響しないが、気候変動を監視する 立場からすれば、問題となろう。 そこで、今回2006年8月19日に再度訪ね、周辺環境と露場を観察することに した。

石廊崎特別地域気象観測所内配置図
図62.1 石廊崎特別地域気象観測所内の配置図 (静岡地方気象台提供)。


(2) 石廊崎測候所
石廊崎測候所(旧称は長津呂、北緯34度36分、東経138度50.8分、標高55m) は1939年に創立し、1940年から累年統計を開始している。

今回訪ねてみると、気象観測露場には、草が伸びていた。周辺の樹木の 背丈は高く、樹木の生長に伴って、平均風速の長期的な減少が起きている のだな、と思った。

風速が弱くなると、露場付近の鉛直混合が弱められ、気温の日変化の 振幅が時代と共に大きくなると考えられる。また、年平均気温が「陽だまり効果」 によって上昇する。「陽だまり効果」は「研究の指針」の多くの章で論じて きた問題である。

石廊崎露場01
写真1 露場の南東隅から見た北~東方向(横2枚の合成写真)、 (2006年8月19日撮影)


石廊崎露場02
写真2 露場の南から見た北方向。露場内の左に視程計、その右 側に温湿度計がある。(2006年8月19日)


石廊崎露場の南
写真3 露場の南~西方向の環境、右端は露場のフェンス南西角(横3枚の合成写真)


測風塔を見上げると、器械を取り外したと思われるアングル構造 (矢倉構造)の支持台が残っている。

このことに関して静岡地方気象台の台長・齋藤三行さんを通して問合せた ところ、防災業務課長・小林達雄さんから詳しい回答があった。その回答 には、次の重要なことがらが含まれている。

(1)石廊崎測候所の北側には標高100mほどの山地帯が広がり、また真近の 南東~南南東には小高い丘や林があり強風を遮っている。このような地形から 東西風が卓越する。冬期は強い西風が卓越し、春と秋は東よりの風が多く、 夏は全般に風が弱い。
(2)創立の頃(1940年頃)は測候所周辺は炭焼き等の ために樹木が伐採され、背丈の高い樹木は西方向を除きほとんど 生えていなかった。
(3)小林達雄さんが赴任した1968(昭和43)年当時もあまり変化なく、事務室 から東側の海上がよく開け、沖合いの島に目盛りを付けた角材を縛りつけ、 波高やうねりの望遠観測が実施できたほどである。
(4)多分、1975年ころからは、東側の雑木がしだいに高くなり、何回かは 上部を切り落としたが、他人の所有ゆえ、根本から伐採できず、ついに 東の海は見えなくなってしまった。
(5)以前は風向の東北東の出現率が多かったが、東よりの出現率がしだいに 多くなった。これは東側のV字形の湾(石廊崎港)から吹き上げる風が樹木 の影響で湾曲されているものと推察した。
(6)北方向にある樹木の生長もあるが、元々北よりの風は少ない。
(7)出現率は低いが南よりの風も樹木生長の影響を受けている可能性が ある。

石廊崎測風塔
写真4 (左)北方向から撮影、(右)南方向(灯台がある方向)から撮影


石廊崎測風塔上部
写真5 写真4の測風塔上部の拡大、(左)北方向から撮影、 (右)南方向から撮影


(6)測風塔の鉄塔(アングル、写真5)については、創立当時から3基設置され たものであり、風速計の変更の都度、風速計は移動した。しかし、現在の 風向風速計の取り付け位置については、近年変更はなく、無人化に際して も変更はない。

以上のことを教えていただいた。なお、小林達雄課長は1968年以降、延べ 23年間石廊崎測候所に勤務されており、石廊崎測候所の最後の所長を勤めら れたとのことである。

(3) 測候所の古い写真
石廊崎測候所が無人化される2003年10月1日の前の8月に「石廊崎の気象」が 刊行されている。その中から1950年頃と1986年に撮影された写真 を以下に転載させていただいた。

1950年頃の写真6は、庁舎と測風塔の背後(北西方向)には、現在と違って、 背丈の高い樹木はなく、よく開けている。また、1986年の写真7では左手 の手前(露場の西側)には背丈の低い樹木がわずかしか生えていない。

石廊崎測候所1950年頃
写真6 長津呂測候所、1950年頃、東方向から撮影(戦時中の 迷彩がそのまま残っている)
(石廊崎測候所提供、「石廊崎の気象」より転載)


石廊崎測候所1986年
写真7 石廊崎測候所、1986年(ヘリコプターより南方向から撮影)
(石廊崎測候所提供、「石廊崎の気象」より転載)


「石廊崎の気象」に記されている沿革によれば、1894(明治27)6月30日に 海軍望楼として設置され、1895年7月1日~1921年5月31日まで地上観測は1日に 6回行われている。

次いで1921年11月9日文部省告示により附属臨時出張所が置かれ、1922年1月1日 から1日3回の観測が行なわれたが、1932年3月31日をもって終了した(途中で名称 の変更あり)。この測候所の位置は現在地より岬の先端に近い場所であった。

さらに1939年1月11日中央気象台長津呂観測所として創設され、1950年6月1日 に長津呂測候所に改称、1968年3月30日からは石廊崎測候所と改称、2003年 10月1日から無人化に伴い、石廊崎特別地域気象観測所となった。

(4) 測候所の東と西にある林
この節は追加した内容である(9月2日)。

石廊崎における卓越風は東西方向であり、東西方向にある樹木、 特に東側の樹木の生長によって気温と風の長期変化が生じていることが わかった。その詳細は「研究の指針」の 「K24. 伊豆石廊崎の樹木生長と気温上昇」に示した。

このことは今後の気候変動の解析に重要となるので、現状を写真に 記録しておかねばならないと思った。つまり、樹木の生長が風速をどれほど 減少させ、その結果として、露場の「陽だまり効果」による年(季節)平均 気温がいくら上昇するかを石廊崎の実データから現在さらに将来にわたって 知ることができる。この関係を他の観測所にも応用し、日本における気候変動 について、より正しい実態を把握することが可能となる。

そこで、静岡地方気象台の定期的な部内検査の際に再び訪問したい旨を伝えて あったところ、9月2日(土曜日)に草刈り作業の立会いを兼ねて防災業務 課長・小林さんがわざわざ現地に来ていただけることになった。

写真8は測候所事務室の東側から東方向の写真である。前述したように、 1975年ころまでは事務室から海が見えたのだが、現在はまったく見えない 状態である。

事務室から東を見る
写真8 旧石廊崎測候所事務室の外側から見た東側の樹木
右のコンクリート建ては車庫(横に3枚を合成)(2006年9月2日)


車庫から露場を見る
写真9 車庫の上から見た草刈り後の露場とその西側の樹木 (横に2枚を合成)(2006年9月2日)


写真9は車庫の上から見た露場である。1986年にヘリコプターから撮影された 写真7では、露場の西側の一段低い場所には樹木は僅かだが、現在(2006年) は露場面より上まで背丈が伸びており、露場の風は弱まることになる。

旧測候所の北北東200m余に標高約80mの見晴らしのよいところに案内して いただいた。そこには旧海軍の望楼があったところで、コンクリートで 固められた木柱の根本が残っていた。

岬の全景
写真10 石廊崎灯台と旧測候所(赤矢印)の周辺(横に3枚を合成)


測候所2006年
写真11 旧測候所の望遠写真、かすんで水平線が不明瞭


写真10は望楼跡から眺めた石廊崎灯台、中央より右方に測候所の測風塔 と屋根が樹木の中に見える。写真11は測候所の望遠写真である。

写真12は望楼跡から東を見た写真である。

東の海
写真12 望楼跡から見た東の海(横に3枚を合成)
眼下は石廊崎港


(5) 石廊崎灯台
測候所(現・石廊崎特別地域気象観測所)から南の方へ続く道路に沿って 歩くと、左手に灯台がある。灯台の手前には測風塔がある。この高さは 測候所の測風塔よりはるかに高く、観測される値はこの地域の一般風を 代表できると考えられる。この一般風は、海上風や地形が複雑な陸上風を 推定する際の「地域代表風速」として利用できる。

同じ国土交通省に所属する気象庁と海上保安庁が近接場所で別々に観測 しているわけだ。ここで気温も観測すればよいのだが、地面近くで平坦な 広い場所が確保できない。写真13の右方にある建物に庭があるが狭い。 それゆえ、こういう場所では、従来決められた条件の露場ではなく、灯台 測風塔の高度数mの高さで気温や湿度を観測するようにしたらよいと思った。

石廊崎灯台
写真13 石廊崎灯台の測風塔(下部のみ)、赤矢印は灯台 (横4枚の合成)


なぜなら、これら通常の気象観測はごくローカルな空間、10m~数100m 範囲の大気状態を知ることではなく、10km~100km範囲の 状態を観測することが目的であるからである。

筆者がこれまで見てきた全国の気象観測所の中には、ごくローカルな 周辺環境のモニターをしているに過ぎないものが存在する。 気象官署が創設された時代には、周辺環境の適地にあったが、 近年の環境悪化に伴い、設置基準の見直しを提案したい。

アメダスと灯台が隣り合わせで設置され、風向風速を同じように観測している 他の例として、佐渡の弾崎灯台と弾崎アメダスについて「写真の記録」の 「46.新潟・相川・弾崎の観測所」の(2)弾崎の 観測所でも説明した。

この岬の最先端部の狭い岩の上に石室神社があり、観光客が次々と参拝に きている。後方を振り返ると、灯台は見えないが、灯台の高い測風塔は 見えた。

前回の2002年1月12日に、ここに来た時は強風で体が吹き飛ばされそうであった。
(「小さな旅」の「2.伊豆・石廊崎 への旅」の最後の2.13節「石廊崎」を参照)。

今回は風が弱く穏やかであるが、夏の陽射しが強く暑い一日であった。

石室神社から東の海
写真14 石室神社から東の海を望む


石室神社から陸側
写真15 石室神社から灯台を振り返る、赤矢印は灯台の測風塔
灯台は右方の岩に隠れて見えない。測候所は灯台の測風塔の後方(左手方向) にあるが見えない。


文献

小林達雄・岡田義浩・井出洋一・丹羽和彦、2003: 石廊崎の気象、石廊崎測候所発行、pp.100.

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