K206.地球温暖化、全国3試験観測所


著者:近藤純正・笹川基樹
気温を高い塔の上で測る地球温暖化観測所の試験を行う目的で3観測所(北海道東部 の落石岬、富士山の北麓、沖縄県の波照間島)における最近12年間(2008~2019年) の気温観測値を解析し、気象庁の地上観測所34か所と比較した。ただし、気象庁 34か所の値は日だまり効果や都市化影響を補正した気温上昇率である。

両者を比較すると1年当たりの気温上昇率は、それぞれ 0.050℃/yと 0.047℃/yと なり僅か 6%の違いでほぼ一致した。つまり、塔の上で測る「地球温暖化観測所」 を設置すれば良質な気温データが得られ、地球温暖化量がより正確に評価できる ようになる。

なお、最近の日本平均の気温上昇率0.047℃/yが長期の地球温暖化量0.0077℃/y (1881~2019年、139年間)に比べて約6倍も大きいのは、日本では 2000年以降、極端な低温年が現れていないことによる。 一般に統計期間が短いと、プラスの変動もあればマイナスの変動もあり、 変動幅は大きくなる。

大規模火山噴火など低温化要因が発生しないまま、この昇温率0.047℃/yが続く とすれば20年間に0.9℃昇温する。しかし、過去にあった40~50年ごとに平均的 に約0.5℃下降する低温年代が今後20年以内に起きれば、それほど上昇しない。 その真実を知るために正しい地球温暖化量の観測を行わねばならない。

年代による温暖化傾向は緯度・地域によって異なるので、10か所の地球温暖化 観測所が日本各地に分散して設置されれば、より正しい温暖化の実態を知ること ができる。(完成:2020年8月24日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2020年8月10日:素案の作成
2020年8月12日:落石岬と波照間の2019年データを追加、所々に加筆
2020年8月22日:落石岬と波照間の2008,2009年データを追加
2020年8月25日:「要旨」と「まとめ」、その他に加筆
2020年8月27日:落石岬と波照間の正式名称を加筆
2020年8月29日:波照間2015年の気温を追加、図206.9,表206.2,表206.3改訂
2020年10月2日:落石岬と波照間の観測塔最上部の気温観測用通風筒の吸気口高度を追記

    目次
        206.1 はじめに    
        206.2 観測データ
        206.3 データ解析の結果
            (a) 落石岬
            (b) 波照間
        206.4 全国34地上観測所平均との関係
        まとめ
        参考文献        


研究協力者(敬称略)
島野富士雄(地球・環境人間フォーラム)

観測データ:
観測のデータセットは国立環境研究所地球環境研究 センターから提供されたものである。


206.1 はじめに

地球温暖化対策を適切に行うためには、地球温暖化量を正しく評価しなければ ならない。従来の地球温暖化量の評価は、地上観測所の高度1.5mで観測された 気温が利用されている。

高度1.5mの気温は観測露場周辺の樹木・建物など地物の影響を受けており、 長期的な気温変化「地球温暖化量」を正しく知るには、「日だまり効果」や 「都市化昇温」を補正しなければならない。また、観測環境の悪化した観測所 から、良好な観測所へのデータ接続の作業も行わなければならない。

これらの作業はしだいに難しくなってきていることから、周辺地物の影響を受け にくい、高い塔の上で気温観測する「地球温暖化観測所」の設置を提案した。 しかし、実現は困難である。高い塔の上では周辺地物の直接的な影響を受けない ことを理論的に示しても、それを具体的に実証しなければ多くの人からの理解は 得られない。そのとき微かな希望が見えてきた。

国立環境研究所の地球環境研究センターでは富士北麓にある高さ32mの観測塔 (富士北麓フラックス観測サイト)において大気中の温室効果ガス濃度 を中心とした長期変化を観測している。 その塔を地球温暖化観測所としての試験を行うこととなった。同センターは、 沖縄県の波照間島と北海道の落石岬にも同様の観測塔(地球環境モニタリング ステーション)を有している。

本論では、これら3観測所の観測塔で観測された最近の12年間(2008年~2019年) の気温データから気温上昇率を求め、すでに評価してある全国の気象庁地上観測所 34か所の上昇率と比較し、塔の上で測れば良質な気温データが得られ、地球温暖化 量がより正確に評価できることを示したい。


206.2 観測データ

観測塔の周辺環境は地球環境研究センターにより下記のように説明されている。 以下では観測所の正式名称は略して「観測塔」あるいは「設置場所の地名」で 記載する。

富士北麓
富士北麓の観測塔(正式名称:富士北麓フラックス観測サイト)は国立公園内にある (北緯35度20分、東経138度45分、標高1050~1150m、斜度3~4度)。 この付近一帯の森林の優先種はカラマツ人工林、 葉面積指数はLAI=2.4~2.8m2/m2程度、樹齢は約60年、 樹高は20~25m、群落構造はフジザクラ自生、林床植生は広葉植物である。

なお、観測サイトの詳細は下記にリンクして見ることができる。

富士北麓-国立環境研究所

この観測塔の14年間(2006~2019年)のデータ解析は前報で示した (「K205.地球温暖化観測所の試験観測、富士北麓」)。

落石岬
北海道東部の根室半島の付け根に位置する自然保護地域にあり、高さ55mの 観測塔(正式名称:地球環境モニタリングステーション)は断崖絶壁に囲まれた 小さな岬の南端に設置されている(北緯43度9分34秒、 東経145度30分5秒、海抜約45m)。図206.1は落石岬の写真であり、写真中央に 観測塔が見える。

観測塔の最上部の気温観測用の通風筒の吸気口の高度=51.6mである。

落石岬写真
図206.1 落石岬南端に設置された観測塔の写真(国立環境研究所 地球環境研究センター提供)。


波照間
波照間島は八重山諸島にあり、面積約12.8km2で有人島では日本最 南端の島である。高さ39mの観測塔(正式名称:地球環境モニタリングステーション) は珊瑚礁が発達した海岸から約100m内陸にある (北緯24度3分38秒、東経123度48分33秒、海抜約10m)。図206.2は観測塔周辺 の写真である。

観測塔の最上部の気温観測用の通風筒の吸気口の高度=36.8mである。

波照間写真
図206.2 波照間島の東端に設置された観測塔の写真(国立環境研究所 地球環境研究センター提供)。左上方は飛行場の滑走路である。


データ
観測のデータセットは、各種気象要素の30分間平均値が30分または1時間の間隔 でまとめられている。測器の点検その他により、所々にデータの欠測がある。 本論では、主に年平均値を解析するため、欠測値は前後の値から推定補完した。

解析期間
富士北麓については前報で2006~2019年までの14年間を解析したが、落石岬と 波照間についてはデータ提供のあった2008~2019年までの12年間を解析する。 3地点が揃うのはこの12年間であるため、全国の気象庁地上観測所34か所との 比較も2008~2019年の12年間について行う。


206.3 データ解析の結果

(a) 落石岬
図206.3は観測塔の高度50mの気温(赤丸印)と他の高度30m、10m、地上 および気象庁の厚床アメダスの気温の季節変化の比較である。冬期を除き、 観測塔における気温はどの高度とも、アメダスの気温よりも低温である。 観測塔周辺は海に囲まれ、春~夏の気温は海の影響を受けてやや内陸の厚床 アメダスより2~3℃も低温になると考えられる。

落石岬季節変化
図206.3 落石岬の気温の季節変化、厚床アメダスとの比較(2014年)。


高い塔での観測の場合、その直下周辺の建物・樹木など地物の影響はほとんど 受けず、高さの10~100倍以遠の風上側の広域地表面状態によって決まる気温 が観測され、「日だまり効果」など無視できる( 「K195.気候変化と地球温暖化観測所(講演)」の付録を参照)。

前記したように、観測塔のデータには欠測がある。月単位の欠測は厚床アメダス から推定する。図206.4は7月を例として示した落石岬の高度50mの気温と厚床 アメダスの比較である。この図中に記入したy(高度50m気温)とx(厚床 アメダスの気温)の近似式から欠測年の月平均気温を推定した。

表206.1は落石岬の高度50mの月平均気温の表であり、赤字数値は推定値である。

落石岬7月推定グラフ
図206.4 落石岬の高度50mの気温と厚床アメダスの比較、7月。


表206.1 落石岬の高度50mの月平均気温一覧表、赤字数値は推定値。
落石岬月気温表


図206.5は、表206.1に示された12年間(2008~2019年)の年平均気温の経年変化 と北海道の地上観測所6か所(室蘭、寿都、浦河、稚内、網走、根室)の経年変化 の比較である。図の右側にy(気温)とx(年)の1次近似式を示してある。

落石岬周辺と比較
図206.5 落石岬の高度50mと北海道の地上観測所6か所の気温経年変化の 比較。


落石岬の気温上昇率(=0.024℃/y)に対して、地上観測所の気温上昇率の 平均値は0.017±0.013℃/y である。気温の年々変動幅が大きいため、比較 するには12年間では短すぎるが、バラツキの範囲内に入っている。

一般には、塔の上で気温を測る地球温暖化観測所1か所では、10年前後の短期間 データから日本平均の地球温暖化量を確定することは難しい。 後掲するように、数か所以上の地球温暖化観測所があれば、10年前後の短期間の 観測でも比較的高い精度で適否の判断ができる。

(b)波照間
図206.6は観測塔の高度40mの気温(赤丸印)と地上および気象庁の波照間 アメダスの気温の季節変化の比較である。北海道の落石岬と違って、地上気温 はアメダスの気温とほぼ同じ季節変化をしている。

波照間季節変化
図206.6 波照間の気温の季節変化、波照間アメダスとの比較(2014年)。


観測塔のデータには欠測がある。月単位の欠測は波照間アメダスから推定する。 図206.7は6月を例として示した観測塔の高度40mの気温と波照間アメダスの比較 である。この図中に記入した y (高度40m気温)と x (波照間アメダスの気温) の近似式から欠測年の月平均気温を推定した。

表206.2は波照間の高度40mの月平均気温の表であり、赤字数値はアメダスの 気温からの推定値である。

波照間6月推定グラフ
図206.7 波照間の高度40mの気温と波照間アメダスの比較、6月。


表206.2 波照間の高度40mの月平均気温の一覧表、赤字数値は推定値。
波照間月気温表


図206.8は、表206.2に示された12年間(2008~2019年)の年平均気温の経年変化 と南西諸島の地上観測所3か所(与那国、南大東、沖永良部)の経年変化の比較 である。図の右側にy(気温)とx(年)の1次近似式を示してある。

波照間周辺との比較
図206.8 波照間の高度40mと南西諸島の地上観測所3か所の気温経年変化 の比較。


波照間の気温上昇率(=0.037℃/y)に対して、地上観測所の気温上昇率の 平均値(=0.066±0.013℃/y)はかなり異なる。気温の年々変動幅が大きいため、 比較するには10年程度では短すぎる。そのうえ、南西諸島のこれら観測所は互いに 大きく離れていることが違いを大きくしている。

次節で説明するように、塔の上で気温を測る地球温暖化観測所は、数か所以上 欲しいのだが、3か所でも10年程度の短期間の観測から比較的よい精度で観測の 適否の判断ができる。


206.4 全国34地上観測所平均との比較

前報の富士北麓の観測塔(「K205.地球温暖化観測所の 試験観測、富士北麓」)、 および前節で得た落石岬と波照間の観測塔の年平均気温をまとめる。それと 全国の気象庁地上観測所34か所の地球温暖化量と比較する。ただし、地球温 暖化量とは、日だまり効果など種々の補正を施して作成した近藤のデータ セットKON2020による。なお、データ利用の便利さのために、種々の補正を 行った気温値は、ごく最近の気温観測値に一致するようにずらしてあり、 昔の気温は当時の観測値とずれていることに注意すること (「K203.日本の地球温暖化量、再評価2020」)。

表206.3は地球温暖化観測所の3試験観測所(波照間、落石岬、富士北麓)と 気象庁の地上観測所34か所平均の年平均気温の表である。この表の年平均気温 の経年変化を図206.9に示した。

表206.3 塔の上で観測する3試験観測所と地上観測所34か所平均の年平均 気温の表。
塔3観測所と34地上平均の表

塔3平均と34平均の経年変化
図206.9 地上観測所34か所の平均気温(黒印プロット)と地球温暖化の 試験観測所3か所の平均気温(赤印プロット)の経年変化、2008~2019年 (12年間)。


図206.9の図中に、 y (年平均気温)と x (年)の1次近似式を示した。気温の 上昇率は次の通りである。

地上観測所34か所平均の気温上昇率=0.047℃/y  ・・・(207.1)
試験観測所 3 か所平均の気温上昇率=0.050℃/y  ・・・(207.2)

となり、両者は 6 %の差がある。塔の上で気温を測る地球温暖化観測所が全国に 分散して数か所以上あれば、10年程度の短期間でも日本平均の地球温暖化の傾向 がより正しく評価できることを示している。

「K48.日本の都市における熱汚染量の経年変化」「K173.日本の地球温暖化量、再評価2018」に示した ように、気温の上昇・下降の傾向は緯度・地域によって異なるので、日本全域に 10か所の地球温暖化観測所が設置されればよい( 「K204.観測塔上の温暖化観測所は何か所必要か」)。

表206.4は最近の気温上昇率のまとめである。最下段に地上観測所34か所平均と 塔上の3観測所平均の上昇率(式207.1~2)が示されている。

表206.4 最近の年平均気温のまとめ、地上観測所と塔上の観測所の比較。
昇温率のまとめ表


参考:気温上昇率の地上34地点平均と塔上の3地点平均の違いは、
2010~2018年(9年間)ではそれぞれ0.045℃/y、0.046℃/y 、比=0.98
2010~2019年(10年間)ではそれぞれ0.061℃/y、0.055℃/y、比=1.11
2008~2019年(12年間)ではそれぞれ0.047℃/y、0.050℃/y、比=0.94

このことは、気温の年々変動が大きく10年前後での比較では、気温上昇率の誤差 は5~10%程度含むと考えるべきである。


まとめ

従来の地球温暖化量の評価は、地上観測所の高度1.5mで観測された 気温が利用されている。

高度1.5mの気温は観測露場周辺の樹木・建物など地物の影響を受けており、 長期的な気温変化「地球温暖化量」を正しく知るには、「日だまり効果」など を補正しなければならない。また、観測環境の悪化した観測所から、良好な 観測所へのデータ接続の作業も行わなければならない。

これらの作業はしだいに難しくなってきていることから、周辺地物の影響を受け にくい、高い塔の上で気温観測する「地球温暖化観測所」の設置を提案した。

本論では、「地球温暖化観測所」の試験に選んだ3観測所(北海道東部の落石岬、 富士山の北麓、沖縄県の波照間)における最近12年間(2008~2019年) の気温観測値を解析し、気象庁の地上観測所34か所と比較した。気温上昇率は、 それぞれ0.050℃/yと0.047℃/yとなり、6%の差でほぼ一致した。このことから、 「地球温暖化観測所」数か所以上が全国に分散して設置されれば、10年前後の 短期間でも日本平均の地球温暖化の傾向が正しく評価できる。

大規模火山噴火など低温化要因が発生しないまま、この昇温率0.047℃/yが続く とすれば20年間に0.9℃昇温する。しかし過去にあった40~50年ごとに平均的 に約0.5℃下降する低温年代が今後20年以内に起きれば、それほど上昇しない。 過去と同じような現象が起きるか否か、だれも予測することはできない。 その真実を知るために正しい地球温暖化量の観測を行わねばならない。

気温の上昇・下降の傾向は緯度・地域によって異なるので、日本全域に 10か所の地球温暖化観測所が設置されれば、正しく実態をつかむことが できる。その場合、新しい観測塔のほかに、電力会社のもつ送電鉄塔や通信鉄塔 (中継局)を利用させてもらえる可能性がある。


備考1:最近12年間(2008~2019年)の日本平均の気温上昇率0.047℃/yが 138年間の長期の地球温暖化量0.0077℃/y(1881~2019年)に比べて約6倍も大 きいのは、日本では2000年以降、極端な低温年が現れていないことによる。

一般に統計期間が短いと、プラスの変動もあればマイナスの変動もあり、 変動幅は大きくなる。例えば、 「K203.日本の地球温暖化量、再評価2020」 の図203.2を見ると、1915~1945年の30年間平均の気温上昇率はほぼゼロ、 1960~1985年の25年間平均の気温上昇率はマイナスである。 この図に示された138年間のトレンドに、今回解析した10年~20年の変動が重なって 見える。

備考2:気象庁の地上観測所34か所の気温は「日だまり効果」などを補正 した気温である。なお、データ利用の便利さを考慮し、「日だまり効果」など 種々の補正を行った気温値は、ごく最近の気温観測値に一致するようしてある。 そのため、昔の気温は当時の観測値とずれていることに注意すること (「K203.日本の地球温暖化量、再評価2020」)。

なお、「日だまり効果」と「都市化昇温」および観測法・測器の変更による 誤差を補正しない気象庁発表の地球温暖化量は、約40%も過大評価になっている (近藤、2012;「K48. 日本の都市における熱汚染量の経年 変化」の図3)。

備考3:世界的な大規模火山噴火が起きたとき、日本では約90%の確率 で大冷夏となりコメの大凶作・大飢饉が起きているが、そうでない場合もあった。 1815年4月にインドネシアのタンボラ山が大噴火した。この噴火は歴史上最大 規模の噴火とされており、翌年には北ヨーロッパやアメリカ東部では異常冷夏に より農作物が壊滅的な被害を受けた。アメリカでは東北部から西部へ移住する ものが急増した。しかし、日本では大飢饉は生じなかった(近藤、1987;Kondo, 1988)。


参考文献

近藤純正、1987:身近な気象の科学-熱エネルギーの流れ.東京大学出版会、 pp.189.

Kondo, J. 1988: Volcanic eruptions, cool summers, and famines in the northeastern part of Japan. J. Climate, 1, 775-788.

近藤純正、2012;日本の都市における熱汚染量の経年変化.気象研究ノート、 224号、25-56.

近藤純正、2020:日本の地球温暖化量、再評価2020.
http://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke203.html(2020年8月10日閲覧)



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