K205.地球温暖化観測所の試験観測、富士北麓


著者:近藤純正・三枝信子・高橋善幸
気温を高い塔の上で測る地球温暖化観測所の試験として富士北麓の標高1100mに 設置された観測塔でこれまでに得られている観測データを解析した ところ、塔上(高さ32m)での年平均気温は9.4℃、森林蒸発散量Eは631mm/y (潜熱輸送量:LE=49W/m2)(2006~2012年)であり、北海道の値 に近いことがわかった。

この観測塔周辺の熱収支・水収支の特徴(1)として、標高が高く冬期の低温期間が 長いために、放射エネルギーの顕熱への配分比が大きく、年ボーエン比 (=顕熱/潜熱)は0.84となり同緯度の低標高の森林に比べて大きい。特徴(2)と して、観測期間中に樹木の間伐と台風時の倒木により、それまで樹冠部で遮断され ていた雨滴・雪片量が林床に降るようになり、土壌水分量が増加傾向となった。 その結果、林床近くの気温が樹冠の上に比べてより低温になったと考えられる。

樹冠の上の高度32mと27m、樹林上部層の高度22mと16mの年平均気温の上昇率 は0.05~0.06℃/yである(2006~2019年)。気象庁の地上気象観測所6か所 (石廊崎、御前崎、銚子、伏木、飯田、日光)の「日だまり効果」などを補正した 気温上昇率(0.049±0.011℃)と比べるとバラツキの範囲内で一致しており、 塔の上で気温を測ることが良いと判定される。

なお、最近の気温上昇率が100年以上の長期の地球温暖化量に比べて数倍も大き いのは、日本では1990年以後、極端な低温年が現れていないことによる。 (完成:2020年8月20日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2020年8月2日:素案の作成
2020年8月12日:各所に微細な加筆
2020年8月20日:図205.6の縦軸の単位の訂正
2020年9月3日:観測所について、部分的に加筆・削除

    目次
        205.1 はじめに    
        205.2 観測データ
       205.3 熱収支・水収支環境
            (a) 気温鉛直分布
            (b) 熱収支量の季節変化
            (c) 熱収支・水収支量の年間値
            (d) ボーエン比と気温の関係
        205.4 樹木の間伐・倒木と林内環境の変化
            (e) 林内気温
            (f)  林内風速
            (g) 土壌水分
        205.5 気温上昇率
      まとめ
      参考文献         


研究協力者(敬称略)
井手玲子

観測データ:
観測のデータセットは国立環境研究所地球環境研究 センターから提供されたものである。


205.1 はじめに

地球温暖化対策を適切に行うためには、地球温暖化量を正しく評価しなければ ならない。従来の地球温暖化量の評価は、地上観測所の高度1.5mで観測された 気温が利用されている。

高度1.5mの気温は、そのほとんどが観測露場周辺の樹木・建物など地物の影響を 受けており、長期的な気温変化「地球温暖化量」を正しく知るには、「日だまり 効果」などを補正しなければならない。また、観測環境の悪化した観測所から、 良好な観測所へのデータ接続の作業も行わなければならない。

これらの作業はしだいに難しくなってきていることから、周辺地物の影響を 受けにくい、観測塔の上で気温を測る「地球温暖化観測所」の設置提案がな された。

国立環境研究所の地球環境研究センターでは富士北麓にある高さ32mの観測塔 において大気中の温室効果ガス濃度を中心とした長期変化を観測している。 その塔で地球温暖化観測所の試験観測を行うこととなった。同センターは、 沖縄県波照間島と北海道落石岬にも同様の観測塔を有している。

本論では、富士北麓の観測塔で観測された2006年から2019年までの気温データ から、その14年間の気温上昇率を求め、周辺の気象庁地上観測所6か所の上昇率 と比較することが主目的である。それに先立ち、森林の熱収支・水収支環境を 理解するための解析も行う。


205.2 観測データ

観測地の環境
富士北麓の観測塔は国立公園内にある(北緯35度20分、東経138度45分、標高 1050~1150m、斜度3~4度)。観測機器を林内に配置した面積は約1haの範囲 である。この付近一帯の森林の優先種はカラマツ人工林、樹齢は約60年、 樹高は20~25m、面積は150ha、群落構造はフジザクラ自生、林床植生は広葉 植物である。

森林の葉面積指数はLAI=2.4~2.8m2/m2程度であり、 後掲の日本の標準林のLAI=6に比べて小さい。 塔上の年平均気温は9.6℃(高度32m)、年降水量(高度31.6m)は1791mm (2006~2012年平均)である。

観測サイトでは、2014年春と2015年春に間伐が行われ、樹木本数が2/3に減少 した。さらに2016年、2017年、2018年は台風により毎年20~30本の倒木があり、 林内環境は大きく変化した。

なお、観測サイトの詳細は下記にリンクして見ることができる。
富士北麓-国立環境研究所

気温センサ
温湿度計は全期間Vaisala HMP45Dを使用し、ほぼ毎年1回の校正を行っている。

データ
観測のデータセットは、各種気象要素の30分間平均値が30分間隔でまとめられて いる。測器の点検その他により、所々にデータの欠測がある。本論では、主に 年平均値を解析するため、欠測値は前後の値から推定補完した。熱収支量の 欠測値はデータ無しとして平均値を求めた。そのため、年平均熱収支量には ±5W/m2(年蒸発散量に換算して、±64mm/y)程度の誤差を含むと 見なされる。

塔の高度35mにおける顕熱・潜熱輸送量などは、超音波・赤外線を利用した 乱流変動の観測から求められている。超音波・赤外線の発信・受信ヘッドが降水時 に濡れると誤信号が生じやすく欠測データとなる。そのために生じる月・年平均値 に含まれる誤差は避けがたい。

高度31.6mにおける降水量については、雨量計の降水粒子の補足率が風速ととも に小さくなるので、降水量は少なめに観測されていると考えられる。

気温は通風筒に及ぼす放射影響による誤差があり、富士北麓で用いられてきた PVC-2通風塔では晴天日中の最大誤差は0.5~0.6℃である( 「K201.気象観測用通風筒PVC-2改良製品の試験」)。曇天・雨天を含む 年平均気温の放射影響誤差は0.05℃以下と推定され、観測値は微少ながら 高めに記録されていると見なされる。

解析期間
2006~2019年までの14年間を解析する。ただし、熱収支・水収支量(顕熱・潜熱 輸送量)は2013年以後のデータが無いので、解析は2006~2012年の7年間について 行う。


205.3 熱収支・水収支環境

地球温暖化観測所では、観測塔の樹冠上面より上で観測した気温を用いることに なる。富士北麓の観測サイトは周辺がカラマツ人工林であり、予備知識として その熱収支・水収支環境を知っておこう。

樹高は20~25mの不揃いであるが理想化して、その水平面を森林域の地表面とする。 その地表面における熱収支式は式(1)で示される。

  Rn=H+LE+G ・・・・・・・・・・(1)
  Rn=S↓+RL↓-S↑-RL↑ ・・・(2)

ここに、Rn は正味放射量、H は上向きの顕熱輸送量、E を蒸発散量とし L を水の 蒸発の潜熱としたとき LE は蒸発散の潜熱輸送量、G は樹高の高度面(地表面) から下向きの顕熱輸送量であり、樹体・林内空気・林床面下の温度を上昇させる 熱エネルギーとなる(地表面が裸地や草地の場合は、G は地中伝導熱である)。 S↓は日射量、RL↓は大気放射量(大気中の 雲のほか、水蒸気や二酸化炭素など温室効果ガスから下向きに放射される長波 放射量)、S↑=rS↓は森林による反射量、r は森林の日射に対する反射率、 RL↑は森林の上向きの長波放射量である。1年以上の長期間平均では、 G はほぼゼロとなる。

水収支式は式(3)で与えられる。

  Pr=E+F ・・・・・・・・・・・(3)

ただし、Pr は降水量、F は林床面下に浸透し、やがて流出量(水資源量)となる。 降水量は森林の樹体に補足されて遮断され樹体を濡らす水分と林床面に降る水分 になる。蒸発散量 E はおもに晴天日に葉面の気孔から蒸散する「蒸散量」と、 降水時と降水後の濡れた樹体から蒸発する「遮断蒸発量」の和から成る。 日本の森林における遮断蒸発量は蒸発散量の 1/3~1/2 を占める(近藤・中園・ 渡辺・桑形、1992)。

(a) 気温鉛直分布
図205.1の上図は観測塔における年平均気温の鉛直分布、下図は樹冠より高い 高度で観測された熱収支量の季節変化を示し、熱フラックス量は2012年の値である。

上図に示す気温鉛直分布では、樹高以上の高度の気温に比べて林内は下層ほど 低温になっている。これは森林でみられる一般的な特徴であり、東京の自然教育 園でも同様の鉛直分布となっている( 「K125.自然教育園の林内気温、3月~10月」)。

気温分布と熱収支
図205.1 年平均気温の鉛直分布(上)と熱収支量の季節変化(下)。
H:顕熱輸送量(年平均39W/m2)、LE:潜熱輸送量(年平均 45W/m2)、Rn:正味放射量(年平均93W/m2)、ただし カッコ内の数値は2012年の値である。


(b)熱収支量の季節変化
図205.1(下)に示す熱収支量の季節変化も森林の特徴が現れており、東京の 自然教育園と似ている(近藤・菅原(2016): 「K123.東京都心部の森林(自然教育園)における熱収支解析」の 図123.1を参照)。

なお、自然教育園における熱収支の季節変化の図には、渡辺(2001)による 埼玉県川越の落葉樹林でボーエン比法の観測から得た潜熱輸送量の1996年の 値もプロットされており、後述のモデル計算の季節変化と誤差の範囲内で一致 している。

図205.1(下)において注意すべきは、富士北麓は寒候期の月平均顕熱輸送量が マイナスにならず、30~50W/m2とプラス値で大きいことが特徴である。

富士北麓における年蒸発散量(2006~2012年)はE=631mm/y(LE=49W/m2) であり、東京の自然教育園での年蒸発散量(2009年~2015年)のE=940mm/y (LE=73W/m2)に比べて小さい。その主な理由は東京の気温(16.6℃) に比べて富士北麓(塔の上の気温=9.4℃)が低温であることによる。 富士北麓の気温は北海道の気温に近く、森林蒸発散量も北海道の値 (E=500~700mm/y)に近い(近藤・中園・渡辺・桑形、1992、の表3)。


備考:蒸発量や蒸発散量は気温に大きく依存する
研究者の多くは、森林の年蒸発散量や湖面の年蒸発量が南ほど(低緯度ほど) 多いのは、日射量が多いからだと考えている。しかし、正しくは低緯度ほど 気温が高いことが主な理由である(近藤、2000、5.3節と図5.5)。

正味放射量は同じ地域でも地表面の種類により変わる。ここでは全国について 評価してあるR=S↓+RL↓―σT4について比較してみる (S↓は日射量、RL↓は大気放射量、σT4は気温 T に 対する黒体放射量)。 Rは地表面のアルベドがゼロのときの有効放射量であり、近似的に 正味放射量Rnに等しい。Rは地域による違いが少なく、日本では70~ 110 W/m2である(近藤、1994、「水環境の気象学」の付録の表)。

富士北麓の正味放射量Rn(92 W/m2)は日本のR=70~110 W/m2 の範囲内に入っている。RnはHとLEに分配され、その分配比(ボーエン比=H/LE) は気温に強く依存する(近藤「水環境の気象学」の6.4節)。そのため、 富士北麓の蒸発散量は気温がほぼ等しい北海道の蒸発散量に近い値となる。



(c) 熱収支・水収支量の年間値
表205.1は富士北麓の熱収支・水収支量の年間値について、他の森林との比較で ある。東京の自然教育園における観測値は近藤・菅原(2016)からの引用である 「K123.東京都心部の森林(自然教育園)における熱収支 解析」

前記したように、各熱収支項の観測値には±5W/m2(年蒸発散量で 64mm/y)程度の誤差があることを考慮して以後の図や表を見ることにしよう。

表にはモデル計算(近藤ほか、1992)による東京、高山、根室の熱収支・水収支 量も示してある。東京の潜熱輸送量の計算値 68W/m2に比べて自然 教育園の潜熱輸送量の観測値73 W/m2が大きい理由は、ノイズの頻度 が高い降雨日の観測値を除外してあることと、観測年の気温が高温であることに よる(近藤・菅原、2016;「K123.東京都心部の森林 (自然教育園)における熱収支解析」)。 その結果、潜熱輸送量の平均値から換算した蒸発散量 の観測値940mm/yは計算値877mm/yよりも大きめに出ている。

表205.1 熱収支・水収支環境の比較。
年間の熱・水収支量の比較


(d) ボーエン比と気温の関係
富士北麓の観測サイトにおける蒸発散量が少ない理由は気温が低いことによる。 より深く理解するために、蒸発散量の多くなる晴天日中について見てみよう。

図205.2は暖候期の晴天日中(正味放射量Rn>600W/m2)に観測塔上部で 観測したボーエン比(=顕熱輸送量H/潜熱輸送量LE)と上向き長波放射量 RL↑の関係である。RL↑は上から下の森林を見た ときの平均温度に対応し、その温度目盛りを最下段に示してある。赤破線は 東京の自然教育園における観測値の分布する範囲であり、両観測地でほぼ 同じ関係であることがわかる。

ボーエン比、暖候期
図205.2 暖候期の晴天日中(Rn>600W/m2)に樹冠面から上の 観測塔で観測したボーエン比(=顕熱輸送量H/潜熱輸送量LE)と上向き長波 放射量RL↑の関係。 RL↑は上から森林を見たときの平均温度に対応し、RL↑に 対する等価黒体温度を横軸(最下段)に示す。 赤破線は東京の自然教育園における観測値の分布する範囲である。。


図205.3は寒候期(1~4月)の晴天日中(300<Rn<600W/m2)における 関係であり、東京の自然教育園における観測値の分布する範囲とほぼ同じになって いる。両森林は樹種も葉面積指数も異なるにもかかわらず、ボーエン比と気温の 関係がほとんど同じであることは興味深い。つまり、両森林における大気・森林 間の熱交換係数と蒸発効率に大きな違いが見られないということである。

ボーエン比、寒候期
図205.3 寒候期の晴天日中(300<Rn<600W/m2)に樹冠面から 上の観測塔で観測したボーエン比(=顕熱輸送量H/潜熱輸送量LE)と上向き長波 放射量RL↑の関係。RL↑は上から森林を見たときの平均 温度に対応し、RL↑に対する等価黒体温度を横軸(最下段)に示す。 赤破線は東京の自然教育園における観測値の分布する範囲である。


205.4 樹木の伐採・倒木と林内環境の変化

最初に林内気温を調べたところ、観測開始の2006年に比べて気温鉛直分布が変化 していた。すなわち、高度32mの気温(広域代表気温)に比べて林床上の気温 (狭い水平距離30m程度の範囲を代表する気温)が相対的に低温になっている ことである。

この現象は、東京都内の森林公園でも見られ、大雨後に土壌水分量が増えた ことで熱慣性が大きくなり晴天になっても林内気温の上昇が抑えられて平均気温 が異常に低温となることに似ている。同様に、秦野市千村の湧水が近くにある 湿った森林でも、林内気温は林外の広域気温に比べて異常に低温である (「K157.日だまり効果、アーケード街と並木道の気温 (まとめ)」の図157.3、および「K122.北の丸露場 の気温―降雨・日照との関係まとめ」の図122.2を参照)。

土壌水分量が増えて蒸発効率が大きくなると、地表面の平均温度がより低温に なることは理論的にも明らかである(近藤、1994「水環境の気象学」の6章)。

富士北麓の観測サイトでは、樹木の間伐や台風時の倒木があり、それまで樹体に よって遮断されていた降水粒子が林床に降り、土壌水分量が増える。その結果と して、林床上の気温の低下が大きくなる、と予想した。本節では、それを確認 するための解析を行う。

(e) 林内気温
気温計(Vaisala HMP45Dの温湿度計)は、ほぼ毎年1回の校正が行われているが、 高精度観測を目的としたものではないため、0.01℃桁の数値には誤差を含むと 考えられる。このことを考慮して以下の図表を見ていこう。

図205.4は高度32mの気温を基準にしたときの各高度の気温の経年変化である。 年々変動が大きくて明瞭ではないが、変化傾向を仮に直線近似したときの傾向を 破線で示した。林床に近い高度0.5~4.5mで気温低下率が大きくなっている。

地上からの高度32mに比べ、高度27mでは10年あたり0.08℃の気温低下がみら れる。林内の地上2mでは10年あたり0.25℃の気温低下である。10年当たり 0.1℃程度といった地球温暖化量を精度よく観測するためには、10年あたり0.1℃ 以下の精度がほしいところである。高度32mと27mの比較では0.08℃<0.1℃と なっており、これをクリアしている。

32mを基準とした各高度の気温
図205.4 高度32mの気温を基準にしたときの各高度の気温の経年変化


(f) 林内風速
図205.5は風速の経年変化である。高度32mの風速がほぼ一定であるのに対し、 高度2mの風速は2014年ころから大きくなっている。2008年を基準とすれば、 2014年以後は1.4倍に増加している。樹木の間伐・台風時の倒木により林床近く では風通しが少しよくなったと考えられる、ただし、林内では10年間にわたり 平均風速は微風である。

風速の長期変化
図205.5 高度32mと2mの風速の経年変化(上)と、2008年の風速を基準 としたときの経年変化(下)。


(g) 土壌水分
林内の風通しが良くなれば、上下の乱流拡散が盛んになり、同時に木漏れ日の量 が多くなることで林床気温は上昇するはずである。林内では微風で気温は上層 が高く下層が低温の安定成層になっており、乱流拡散は微弱である。それらの 微弱な昇温効果を打ち消し、逆に林床気温を下降させる土壌水分の増加について 調べてみよう。

土壌水分の測定は、水分を含む土壌の誘電率を測るTDR法による。TDR土壌水分 センサはCampbell社製のCS616が用いられた。

図205.6は2006~2019年の土壌含水率の経年変化である。観測ポイント 1 と 2 に おける深さ0.1mと0.2mにおける観測値であり、経過年とともに増加している。 2014年春の樹木間伐の前、観測サイトでの観測開始年2006年から増加傾向が 見える。

観測開始の少し前、観測塔設置の準備その他で人々が林内に立ち入り、低い草木 の刈り込みや土壌を踏み固めるなど意識せずとも環境変化が生じ始めたと思われる。 その変化も含めて、土壌含水率の観測結果に表れているのかもしれない。 ただし、土壌水分量の観測値はその測定機器が設置された1平方メートル未満の 極ローカルな環境に支配され、より広い範囲の代表性に乏しいことに注意すること。

土壌水分の長期変化
図205.6 土壌の体積含水率(%)の経年変化、観測ポイント 1 と 2 に おける深さ0.1mと0.2mの値。


葉面積指数6の日本の標準林における遮断蒸発量は200~400mm/yである(表205.1)。 樹木の間伐・倒木により、それまでの樹体によって遮断されていた水分が林床に 降り土壌水分の増加が生じ、林床気温に0.2~0.3℃ほどの低下をもたらしたと 思われる(図205.4)。


205.5 気温上昇率

熱収支・水収支環境を知るためのデータ解析に時間がかかったが、本節が本論 の主目的とする解析結果である。

図205.7は樹高より高い高度(32m、27m)と林内上部層(22m、16m)における 年平均気温の上昇傾向である。広域を代表する高度32mにおける気温上昇率は 0.064℃/yである。

高度16mは樹高20~25mより低く、間伐や倒木の影響を多少受けるはずだが、 観測結果には明確に現れていない。その理由の一つとして観測誤差が考えられる。 通風筒に及ぼす放射影響誤差は樹木の陰にあれば小さいが、倒木などで陰になる 確率が減少すれば気温は高く観測されるようになる。そのため、図205.7に示 された黒破線の傾斜が大きめに出ている可能性がある。その意味で、気温の 観測は高精度であることが望ましい。

4高度の気温上昇率の平均値は、

 0.058±0.004℃/y ・・・・・(4)

であり、高度による違いは僅かである。高度32mと27mのプロットの違いを 見ると、上昇率0.01℃/yの違いは微小であり、誤差の範囲内と見てよいだろう。 また、気温上昇率の概算値なら14年間の観測があれば大きな間違いはないと 考えてよいだろう。

各高度の気温上昇率
図205.7 各高度における年平均気温の上昇率の比較(2006~2019年)。


周辺の気温上昇率と比較
図205.8 富士北麓の気温上昇率と周辺6か所の気象庁地上観測所(石廊崎、 御前崎、銚子、伏木、飯田、日光)の比較。 ただし、気象庁データは種々の補正を施してある近藤のデータセットKON2020に よる(「K203.日本の地球温暖化量、再評価2020」)。


図205.8は富士北麓の年平均気温(赤丸印)と周辺6か所の地上観測所の年平均気温 の比較である。地上観測所6か所の気温上昇率の平均値は、

地上観測所の気温上昇率の平均=0.049±0.011℃ ・・・・・(5)

である。観測塔の32m高度の気温上昇率0.064℃/y、あるいは4高度の気温上昇率 の平均値の式(4)と比べると、バラツキの範囲内で一致していると見なして よいだろう。

なお、これらの上昇率は100年余の長期間平均の気温上昇率(都市化や日だまり 効果を除外した地球温暖化量=0.77℃/y:1881~2019年)より数倍大きくなって いる。最近の気温上昇率が大きくなる理由は、1990年以後の30年間には極端な 低温年が生じていないからである(「K203.日本の地球 温暖化量、再評価2020」の図203.2)。


まとめ

気温を塔の上で測る地球温暖化観測所の試験を富士北麓の観測塔で行った。 この観測塔では、2006年から二酸化炭素濃度のほか各種気象要素 の観測が行われている。観測塔周辺は標高1100m前後、カラマツ人工林の樹齢 は約60年、樹高は20~25mである。塔上(高さ32m)での年平均気温は9.4℃、 森林蒸発散量 E は631mm/y(LE=49W/m2)である(2006~2012年)。

樹冠の上の熱収支・水収支の特徴(1)は、標高が高く冬期の低温期間が長いために、 放射エネルギーの顕熱への配分比が大きく、年ボーエン比(=顕熱/潜熱)が 0.84と大きい。特徴(2)として、観測期間中に樹木の間伐と台風時の倒木により、 それまで樹体で遮断されていた雨滴・雪片が林床に降るようになり、土壌水分量 が増加傾向となった。その結果、林床近くの林内気温が樹冠の上に比べてより 低温となったと考えられる。

樹冠の上の高度32mと27m、樹林上部層の高度22mと16mの年平均気温の 上昇率は0.05~0.06℃/yである(2006~2019年)。気象庁の地上気象観測所 6か所(石廊崎、御前崎、銚子、伏木、飯田、日光)の気温上昇率 (0.049±0.011℃)(日だまり効果など補正したデータKON2020による) と比べるとバラツキの範囲内で一致している。

今回の解析で、対象期間中に間伐や倒木による環境の攪乱があり、5m以下と いった低い高度ではその影響を受けたが、樹高より高い32mや27mといった 十分な高さを有していれば、気温の攪乱は少ないことがわかった。このことは、 従来の地上観測所における地上1.5mではなく十分に高い位置で気温を観測する ことの優位性を示すものである。

日本に限らず、森林公園内や樹木に囲まれた地上気象観測所は多い。それらの 観測所では、樹木の繁茂などに注意をはらった管理が必要である。しかし 現実は難しい。

なお、最近の14年間の気温上昇率は100年余の長期間平均の気温上昇率 (都市化や日だまり効果を除外した地球温暖化量=0.077℃/y:1981~2019年) より数倍大きくなっている理由は、2000年以後の30年間には日本では極端な 低温年が生じていないからである。

観測環境(風速や日あたりなど)に変化がなければ、気温計に誤差があっても 気温上昇率(地球温暖化量)は変わらない。しかし、本論で解析した14年間の 気温変化率から、樹木の間伐・倒木によって高度16mの気温に及ぼした影響の 判断が難しかった。すなわち、通風筒に及ぼす放射影響が大きい気温計で観測 すると、観測環境が途中で変化したとき気温上昇率に誤差が生じる。それゆえ、 気温上昇率を正しく知るための地球温暖化観測所では、従来よりも高精度で 気温観測することが重要となる。


参考文献

近藤純正・中園信・渡辺力・桑形恒男、1992:日本の水文気候3-森林における 蒸発散量.水文・水資源学会誌、5(4)、8-18.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学―地表面の水収支・熱収支.朝倉書店、 pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会、pp.324.

近藤純正・菅原広史、2016:「K123.東京都心部の森林(自然教育園)における 熱収支解析」
http://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke123.html(2020年8月1日閲覧)

渡辺 力、2001:落葉樹林への適用例、地表面フラックスの測定法. 気象研究ノート、第1999号、177-182.




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