K195.気候変化と地球温暖化観測所(講演)


著者:近藤純正
日本における気温観測では、観測環境のほか測器や統計方法が時代によって変更され てきた。それらによる違いを補正することによって正しい地球温暖化量を求めること ができた。気温の長期変動には、約10年や30~40年の周期的変動があり、変動幅は 高緯度ほど大きい。都市では、都市化の影響により地球温暖化量よりも大きい気温 上昇がある。

気温観測値に含まれる誤差(地域代表気温の誤差)を補正するために、「露場の 空間広さ」を記録していくことが必要である。しかし気温観測の高度が1.5mで ある限り、周辺地物の影響による誤差は避けられない。そこで、より正確に地球 温暖化量を推計するために、地上10m~50mの高さで観測する「地球温暖化 観測所」を設置することを提案した。これにより、将来の温暖化予測がより正確 になり、適応計画の策定が適切になる、と期待される。 (完成:2020年1月6日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2020年1月2日:素案の作成
2020年1月4日:細部に加筆
2020年1月6日:付録を追加

    目次
        195.1 はじめに    
        195.2 講演内容(図表36枚)
        195.3  あとがき
        付録  観測高度が高いほど地物の影響を受けない理論的考察
        主な文献           


195.1 はじめに

私は定年退職時に、現役時代の40年間を振り返り、「一仕事二十年」と題して 最終講義を行いました。
きょうの話は、定年後の20年間の仕事のまとめであります。

地球温暖化の議論が専門分野で盛んになったのは1950年代のことであり、一般の間 で問題になり始めたのは1988年の頃です。

1990年ころの気象庁発表によれば、地球温暖化による気温上昇は100年につき 1.1℃とされていましたが、筆者はこの値に疑問を持っていました。多くの気象 観測所では、時代とともに周辺が都市化されるなど観測環境は変化しているはずで、 地球温暖化量は過大に評価されていると考えました。

私は1997年春の定年退職後、全国の気象観測所を巡回し、資料を調べてみると、 観測所周辺の環境は変化しており、気象観測の時刻や回数が現在と異なり、 観測所によっても違っていることが分かりました。気温観測の誤差となる放射の 影響を除くための百葉箱も1970年代には外気を強制的に吸い込む通風筒に変更され ています。

これらの変更による様々な違い(観測誤差)を補正することによって、正しい地球 温暖化量は100年に0.67℃と求めることができました。これは、気象庁発表値の 約60%であります。

地球温暖化量を求めるために、都市化の影響を含まない観測所を選んだとしても、 観測所周辺に樹木が成長し観測露場の風速が弱まり、「日だまり効果」によって 年平均気温が高めに観測されるようになります。観測環境の変化は避けることが できない。どうするか?

全国各地の様々な環境下で確かめた結果、その方法を見出すことができました。 それは、気温観測地点の「露場広さ」を周辺地物の仰角の測定から求め、記録して いく方法です。この方法を利用して、将来の地球温暖化量を正しく知ることが可能 となりました。

しかしながら、環境が悪化した観測所から他観測所へのデータ接続時に不明の誤差 が生じる可能性があります。そうしたとき、気温について各種補正のできる人材 が不足しています。そこで、気温観測高度として従来の1.5mにこだわらず、 地物の影響を受けにくい高度10~50mの塔で観測する「地球温暖化観測所」の設置 を提案しました。


備考:2019年12月19日に開催されたCIGS記者懇談会「地球温暖化観測所」設置 の提案で行った杉山大志と近藤純正の発表資料は次に示されている。
https://www.canon-igs.org/event/report/20191224_6151.html"
そのうち、本日の講演は近藤純正の発表資料の詳しい内容である。

なお、杉山大志の発表資料にも記載されているように、気象観測所(測候所)の 当初の設置目的は、日常の生活や農業・漁業などの産業のために役立てるためのもので 精度は0.5℃程度で十分であり、気象観測自体は有益であった。 しかし、地球温暖化目的では高精度の観測が必要となった。


195.2 講演内容(図表36枚)

各図表の下方の紫文字は「近藤純正ホームページ」からの引用である。
例えば、「K173」は研究の指針>「K173.日本の地球温暖化量、再評価2018」であり、
「M47」は身近な気象>「M47.気象観測所の周辺環境を守るー深浦1」である。

図表1~6
図195.1~6

図表7~12
図195.7~12

図表13~18
図195.13~18

図表19~24
図195.19~24

図表25~30
図195.25~30

図表31~36
図195.31~36


195.3 あとがき

江戸時代の前の戦国時代には、日本は干ばつと洪水による大災害に見舞われて、 多数の餓死者が出るという途上国の状態にありました。
西暦1600年の関ヶ原の戦いのあと天下泰平の世となり、国民みんなの力によって 干ばつと洪水による大規模災害が克服されてきました。そして明治・大正・昭和の 時代となり日本は世界の先進国とよばれるようになりました。

産業・経済が発展し国民が飢餓に苦しむことがなくなった半面、こんどは地球温暖化 と都市の熱汚染により新しい災害が生まれる時代になってしまいました。

私たちは、この事態にどのように対処すべきか? 手遅れにならぬよう活動し、 将来の地球温暖化予測が正確になり、適応計画がより適切になるようにしなければ なりません。


付録 観測高度が高いほど地物の影響を受けない理論的考察

気温の観測高度が高くなり、その水平面上の風上側の「空間広さ」>30であれば、 近傍地物の直接的な影響は無くなり、観測される気温は遠方の地表面の影響を受け たもので、近くの影響は受けない。

図195.51は観測塔の風上側に形成される内部境界層の模式図である。内部境界層内の 気温は風上距離 X の範囲内の地表面(太い赤線)の影響を受けており、その上空の 気温は X より遠方の地表面(太い緑線)の影響を受けたものであり、Z は遠方の 影響がかすかに現れはじめ高度である。

内部境界層模式図
図195.51 内部境界層の模式図、Zobsは気温計の高度。


以下の図に示す例1(滑らかな水面上)では X/Z=33となり、例2(畑や草地)では X/Z=5となる。これらの値を示す高度 Z よりも観測高度 Zobs が高ければ、 観測される気温は Zobs の10倍から100倍の範囲の地表面の影響を大きく受けた値 となる。

内部境界層の高さを決める拡散係数 K は大気の安定度や、地表面の粗度などに 依存する。そのため、X/Z は日変化し、晴天・曇天時などにより大きく変わる。 しかし、長期間の平均的な X の目安は Zobs の10倍から100倍の範囲として よいだろう。

したがって、地球温暖化を観測するためには、気温の観測高度が1.5mであれば、 その周囲を半径150mに亘って、数十年の間、芝生を植えて管理するなどしな ければならない。これは不可能ではないが、日本の観測所周辺の土地利用事情の 現状に照らすと、あまり現実的ではない。そこで、高度が高い地球温暖化観測所 の設置を提案した訳である。

以下の内容は例1と例2についての詳細である。

例1:滑らかな水面上
大気安定度が中立のとき、接地境界層内の風速・気温・比湿は高さの対数則に 従い、拡散係数は高さに比例する。図195.52は、地表面が滑らかな水面の場合に ついて、比湿の鉛直分布(気温も同じ鉛直分布)の数値計算の結果である。

気温の観測高度が30mの場合、気温は風上1kmより遠方の地表面の影響がかすかに 現れはじめる。すなわち、X/Z=1000/30=33 となる。

水面上比湿分布
図195.52 風上側に一様な比湿 qiの空気が、対数分布の風速で流されて きたときの水面上の比湿 q の高度分布、ただし空気力学的粗度(z0= 10-4m)と比湿分布に対する粗度が近似的に等しい滑らかな水面 の場合。気温も同じ鉛直分布になる(近藤、1994、水環境の気象学、図7.7)。


例2:畑や草地
G.I.Taylor は1915年に著わした論文”Eddy motion in the atmosphere" で、夏の北米 大陸の気団が北大西洋の冷たい海上に流出して変質するとき、温位θが下層から時間と ともに冷却する度合いをもとに大気中の拡散係数 K を算出した。その内容は 近藤(1982)の「大気境界層の科学」の第2章に紹介されている。 図195.53は、遠方での温位分布 θt=0が温位 θs の海面上を流れた ときの t 時間後の温位θt の高度分布である。ただし、拡散係数 K が高度 によらず一定の場合である。

温位の時間変化は、次のように誤差関数 erf で表される。 ここに、θι は気団が海面上に流出する前の大気最下層の温位とすれば、

θtt=0-(θιーθs)[1-erf (Z/(4Kt)1/2)]

図195.53によれば、高度 Zb=(4Kt)1/2における温位差は Z=0 での値の 0.16倍となる。また、高度 1.5Zb における温位差は Z=0 での値の0.03倍である ので、この高度を近くの地表面温度 θs の影響が現れはじめる内部境界層の上端と することができる。

温位分布を地表面の粗度 zo=0.1m(畑や草地)、高度 Z=30m、風速=5m/sの場合 について計算してみよう。この場合の接地境界層内の平均的な拡散係数 は K=3m/s 程度と見なすことができる。

Z/(4Kt)1/2に、Z=30mと K=3m/s を代入すれば、t=33s が 得られ、風速5m/s の風は距離 X=165mを流れたことになる。したがって、 X/Z=165/30=5となる。

温位分布
図195.53 遠方での温位分布 θt=0が温位 θs の地表面上を流れた ときの t 時間後の温位θt の高度分布。ただし、拡散係数 K が高度 によらず一定の場合(近藤、1982、大気境界層の科学、図2.2)。


主な文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.

近藤純正、1987:身近な気象の科学ー熱エネルギーの流れー.東京大学出版会、 pp.189.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学.朝倉書店、pp.350.

近藤純正、1997:一仕事二十年―地表面の熱収支・水収支の研究の現状と将来、 感動の思い出―.退官記念最終講義、1997年2月21日.pp.116.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学ー理解と応用ー.東京大学出版会、 pp.324.

近藤純正、2012:日本の都市における熱汚染量の経年変化.気象研究ノート、224号、 25-56.

Kondo, J., 1988: Volcanic eruptions, cool summers, and famines in the northeastern part of Japan. J. Climate, 1, 775-788.

Sugawara, H. and J. Kondo, 2019: Microscale warming due to poor ventilation at surface observation stations. J. Atmos. and Oceanic Tech., 36, 1237-1254.




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