K201.気温観測用通風筒PVC-2改良製品の試験


著者:近藤純正
ステンレス製2重円筒の通風筒では、晴天日中における風速1~2m/sときの放射影響 による誤差が0.5~0.6℃(φ2.3mmセンサ)である。そこで、内側の円筒(内筒) を断熱性の塩ビ管に変え、外筒先端に流線形の吸気口を付けて改良した。 この改良製品について試験した結果、放射影響誤差は0.13℃前後(φ2.3mmセンサ)、 および0.21℃前後(20mm球)になった。 (完成:2020年6月10日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2020年6月11日:素案の作成

    目次
        201.1 はじめに    
        201.2 改良製品の構造
        201.3  放射影響誤差の試験
        201.4 試験の結果
        まとめ
        文献           


研究協力者(敬称略)
三枝信子

201.1 はじめに

国立環境研究所の地球環境センター地上ステーションモリタリングで現在使われ ているPVC-2通風筒(横型:プリード社製)は、2重のステンレス円筒の吸気部に 温湿度センサがあり、ファンモータはAC100V、7/6ワット(IKURA FAN: 広澤計器 製作所)、排気部は 90度折り曲げ接手(塩ビ管)が使われている。この横形の 通風筒は、吸気口が 斜め下向きになるように観測塔に取り付けられている。

温湿度センサはVaisala社のHUMICAP 180R(加温しない汎用性センサ)であり、 受感部には通気性のHMP155シリーズのテフロンキャップ(外径φ12mm、 内径φ9mm、長さ40mm)が被せられている。したがって、この温湿度センサ の受感部に及ぼす放射影響誤差はφ12mmの大きさに対する値である。放射影響 誤差は有効放射量にほぼ比例し、センサが大きいほど大きくなり、風速と共に 小さくなる(近藤、1982、p.73-p.77:「K16.気温の観測 方法」の図16.3)。

気温観測用Ptセンサφ2.3mmの場合についての予備試験によれば、基準の高精度 通風筒に比べて、晴天日中の放射影響による誤差「放射影響誤差」は 0.5~0.6℃ であった。誤差が大きい原因は、①2重構造の吸気部がステンレスで作られており、 ②「外筒」の吸気口が流線型になっておらず、③「内筒」の先端が外筒の先端 から50mmも奥になり過ぎているからである (「K197.地球温暖化観測用の高精度通風筒、 準備試験」)。

簡単に行える手製の改造を試みた結果、放射影響誤差が小さくなったので、 今回、改良製品(プリード社製)を作った。本章では、改良製品についての 最終試験である。


201.2 改良製品の構造

通風筒各部の呼び名
気温センサに及ぼす放射影響を防ぐために2重または3重の通風筒が用いられる。 直射光が直接当たる外側の円筒を「外筒」、センサにもっとも近い内側の円筒を 「内筒」と呼ぶ。これらは通風筒の先端の約半分を占め「吸気部」、ファンモータ までを「接続部」、ファンモータから排気口までを「排気部」とする。

改良点
今回の改良は、吸気部のみについて行う。
(1) 外気がなめらかに吸引されるように、外筒の先端に流線形の吸気口を付ける。
(2) 内筒に断熱性を持たせるためにステンレスを水道用の塩ビ管に交換する。
(3) 外筒の外側に断熱シート(アルミ蒸着のポリエチレンシート)を4重に巻く。

これらの改良は通風筒の工夫点(工夫1~工夫6)に基づいて行ったもので、 工夫点の詳細は「K197.地球温暖化用の高精度通風筒、 準備試験」に説明されている。

改良吸気部
図201.1 吸気部の改良製品。


201.3 放射影響誤差の試験

上記の改良製品について、「基準の高精度通風筒」と比較し放射影響誤差を調べる。 「基準の高精度通風筒」とは、近藤式精密通風気温計(縦形:プリード社製) の原型となる手製の基準通風筒である(2重通風筒、KONDO-15S型、ただしガイド 無し、ファンモータはDC12V、0.26A)( 「K100.気温観測用の次世代通風筒」の図100.5~100.10)。 「基準の高精度通風筒」の放射影響誤差は0.01℃以下である (「K198.近藤式高精度通風筒の放射影響誤差」)。

なお、基準の高精度通風筒は他の通風筒の放射影響誤差を調べるためのもので、 通常の研究用観測に用いるときは、電力節約のためにDC12V、0.26Aのファンモータ はDC12V、0.08A(約1ワット)のファンモータに取り替える。

試験に用いる気温センサと記録計
気温センサは4線式Pt100(受感部はφ2.3mm)、記録計は分解能・精度0.01℃の 高精度温度ロガー「プレシィK320」(立山科学製)を用いる。温度センサは検定 済みであり、さらに高精度の比較検定により相互の相対的誤差は0.003℃である (「K145.高精度気温観測用の計器・Ptセンサの検定」 の145.3節の(4)校正付き高精度Pt温度計による方法)。

放射影響に関するセンサの大きさ
通風筒吸気部の内筒内のセンサの大きさとして2種類について試験する。
(その1)受感部の大きさ:φ2.3mm(Ptセンサのまま)
(その2)受感部の大きさ:アルミ球φ20mm(φ2.3mmのPtセンサに球を被せた)

センサφ2.3
図201.2 吸気部内のセンサ、(その1)大きさφ2.3mm

センサφ20球
図201.3 吸気部内のセンサ、(その2)アルミ球φ20mmを被せた場合


試験の期間
試験は2020年5月31日~6月7日に行った。

試験地における風速などの条件
通風筒改良製品の放射影響誤差についての試験は筆者住居の庭で行う。 通風筒は地上に立てた単管パイプに取り付け、吸気口の地上高度は2mである。 基準の高精度通風筒の吸気口と改良製品の吸気口間の距離は0.3mである。

今回は直接観測していないが、以前に超音波風速計で測った地上2m高度の風速は 暴風時でなければ、日中はほとんどの場合1~2m/s、夜間は1m/s以下、特に微風時は 0.1~0.2m/sである。

放射影響誤差が最大になる晴天の正午前後の時間帯に行う。日射量は 900 W/m2 前後である。精度の高い放射量の推定式は近藤(1994)のp.86-p.88に掲載されて いる。

気温の記録の時間間隔
気温の記録の時間間隔は1分ごととし、図では15分間の移動平均値を示す。

その2の試験(受感部の大きさ:アルミ球φ20mm)では、センサの大きさが 基準の高精度通風筒のセンサの大きさ2.3mmに比べて大きく、φ20mmの受感部 の時定数が大きく時間変動が遅れる。それゆえ、その遅れを1分間として、基準の 高精度通風筒のセンサの記録を1分間遅らせて温度差(放射影響の相対誤差)を 計算する。この操作を行った場合、放射影響の相対誤差は数%~10%程度変わる。

放射影響誤差の定義
放射影響誤差の定義は次式による。今回調べる改良製品を通風筒試験器として、

相対誤差=(通風筒試験器による気温)-(基準の高精度通風筒による気温)  ・・・(201.1)

放射影響誤差=相対誤差 +(0.01℃以下) ・・・・・(201.2)

ただし、(0.01℃以下)は「基準の高精度通風筒」の放射影響誤差である (「K198.近藤式高精度通風筒の放射影響誤差」)。

理論によれば、放射影響誤差は有効放射量に概略比例し、晴天日の正午前後に 最大になる。本論では、正午前後の9時~15時の時間帯の中で、快晴または強い 日射のある晴天時、および薄日の差す曇天時のみを解析する。

図201.4は改良製品について放射影響誤差を調べているときの写真である。

試験中の写真
図201.4 通風筒PVC-2改良製品(手前側、写真の上部)と基準の高精度通風筒 (写真の下部)の比較試験中の写真。吸気口の高度は地上2.0m、吸気口間の距離 は0.3mである。通風筒の改良製品が取り付けられている単管パイプを垂直軸の まわりに回せば、2つの通風筒・支柱全体の方向を同時に変えられる。


201.4 試験の結果

その1:受感部の大きさ:φ2.3mm(Ptセンサのまま)のとき
図201.5(上)は改良製品の内筒に入ったセンサと基準の高精度通風筒で記録 された気温差(式201.1に示す相対誤差)の時間変化である。気温差(相対誤差) に見える細かな時間変動は、2つの通風筒の吸気口の位置が0.3m離れているため に生じたものである。大気は風速・温度の異なる大小さまざまな空気塊から成り、 2つの通風筒が僅かでも離れていれば各瞬間の温度に差が生じる。それゆえ、 数時間平均の温度差が放射影響誤差となる。

備考:放射影響誤差が本試験の値より数倍大きい一般に使われている 通風筒の場合は、1時間程度またはそれ以下の短時間平均の温度差を見ればよい。

1日目の5月31日の正午前後は薄日の差す曇天時の記録で11~14時平均の放射影響 による相対誤差は0.073℃である。2日目は微雨の雨天で今回の解析には利用しない。 3日目の6月2日の正午前後は強い日射の晴天時の記録で10~14時平均の放射影響に よる相対誤差は0.126℃である。図示しないが晴天の6月3日9~14時平均の相対誤差 は0.117℃である。

相対誤差φ2.3
図201.5 通風筒のPVC-2改良製品と基準の高精度通風筒の比較試験 (その1:φ2.3mm)。
横軸に月日が記入された位置の時刻は当日の0時である。上図は放射影響を示す 相対誤差、下図は気温の時間変化である。下図では、2温度の差が微少で重なって いる。16時ころにデータが途切れているのは、パソコンへのデータ吸い上げ・ データ解析の作業によるものである。



放射影響誤差に含まれるデータ数不足による誤差の目安Δは、σを各瞬間の気温差 の標準偏差、Nをデータ数とすれば次式によって表される(近藤、2000,式1.26)。

  Δ=σ/N1/2 ・・・・・・・・(201.3)

気温の記録は1分間隔であり 4~6時間のデータ数N=240~360(N1/2=15.5~19.0)となる。 表201.1に示すようにσ=0.06~0.14℃、したがって上式から誤差の目安Δは 0.003~0.009℃程度となる。


その2:受感部の大きさ:φ20mm球のとき
図201.6は前図と同様の関係、ただし受感部の大きさがφ20mm球の場合である。 前図に比べて気温差(上図の相対誤差)に見える細かな時間変動の幅が大きく なっているのは、2つの通風筒の吸気口の位置が0.3m離れていることのほかに、 受感部の大きさが改良製品の内筒に入ったセンサφ20mm球に対し、基準の高精度 通風筒の内筒に入ったセンサφ2.3mmと異なるからである。φ20mm球では φ2.3mmに比べて時定数が大きいので時間変動が同じにならず、そのために 見かけ上の時間変動が大きくなっている。

相対誤差φ2.3
図201.6 通風筒のPVC-2改良製品と基準の高精度通風筒の比較試験 (その2:φ20mm球)。 上図に示す各瞬間の相対誤差(気温差)は、基準の 高精度通風筒による気温の時間変動を1分間遅らせてある。


1日目の6月4日の正午過ぎの晴天時の記録では12~15時平均の放射影響による 相対誤差は0.244℃である。2日目の6月5日の正午前後の晴天時の記録では9~14時 平均の相対誤差は0.197℃である。3日目の6月6日の正午前後は薄日の差す曇天時 の記録で9~14時平均の放射影響による相対誤差は0.126℃である。図示しないが 晴天の6月3日9~14時平均の相対誤差は0.109℃である。

センサの大きさが大きくなると、前図に比べて晴天時も曇天時ともに相対誤差 が大きくなっている。

放射影響のまとめ一覧表
表201.1はまとめであり、快晴または晴れ(強い日射)と 曇り(薄日)に分けてある。同じ晴天日であっても相対誤差が異なるのは、 風速と放射の条件が違うからである。


表201.1 気温センサに対する放射影響誤差の相対誤差のまとめ。 上半分はセンサの大きさφ2.3mmの場合、下半分はセンサの大きさφ20mm球 の場合、それぞれの左欄は晴天日中(快晴または晴れ、強日射時)、右欄は曇り (薄日)の場合を示す。
相対誤差一覧表


式201.2に示したように、「基準の高精度通風筒」の放射影響誤差が0.01℃以下 であることを考慮すれば、PVC-2改良製品の通風筒の放射影響誤差は0.13℃前後 (φ2.3mm)、または0.21℃前後(φ20mm球)である。

今回の改良によって、φ2.3mmのときの放射影響誤差0.5~0.6℃から0.13℃となり、 大きく改善された。すなわち、通風部の外筒と内筒の断熱性が重要であることが わかる。

PVC-2改良製品に実際に用いられる温湿度センサの受感部の大きさはφ12mmで ある。放射影響誤差はφ20mm球に対する晴天時の値0.21℃よりも若干小さく、 0.18℃前後とみておけばよいであろう。ただし、これら誤差は晴天の正午前後で 風速1~2m/sのときの値である。

なお、金属のSAS保護管に包まれた気温観測用のPtセンサと違って、温湿度センサ は防水が不十分な構造のため、液体槽で行う精密検定は難しく、通常、相対湿度の 許容誤差は1~2%であろう。したがって、実際に用いる温湿度センサに対する放射 影響誤差は0.3℃以下であれば十分と考える。

より正確な相対湿度の求め方
温湿度センサ(気温センサ+静電容量センサ)の出力(温度+相対湿度)から 水蒸気量 e を求める。最終的に求める相対湿度(公表値)は水蒸気量 e と高精度 通風筒で記録されたPtセンサの気温(高精度の気温 T)を用いて求めることに なる(「K200.気温・温湿度用通風筒の試作試験」)。

まとめ

ステンレス製2重円筒の通風筒PVC-2は、晴天日中における風速1~2m/sときの 放射影響による誤差が0.5~0.6℃(φ2.3mmセンサ)ほどである。そこで、 内側の円筒(内筒)を断熱性の塩ビ管に変え、外筒先端に流線形の吸気口を付け、 さらに外筒の外側にアルミ蒸着の断熱シートを4重に巻いた。この改良製品について 試験した結果、放射影響誤差は0.13℃前後(φ2.3mmセンサ)、および0.21℃ 前後(20mm球)であることがわかった。

PVC-2改良製品に実際に用いられる温湿度センサの受感部の大きさはφ12mmで ある。晴天時正午前後における放射影響誤差はφ20mm球に対する値0.21℃よりも 若干小さく、0.18℃前後とみておけばよいであろう。

新しい相対湿度の求め方として次を提案した。
温湿度センサ(気温センサ+静電容量センサ)の出力(温度+相対湿度)から 水蒸気量eを計算する。最終的に求める相対湿度(公表値)は水蒸気量 e と別の 高精度通風筒で記録したPtセンサの気温(高精度の気温 T)を用いて求める。


文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支.朝倉書店、pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学―理解と応用.東京大学出版会、pp. 324.



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