K198.近藤式高精度通風筒の放射影響誤差


著者:近藤純正
近藤式精密通風気温計に用いられている基準通風筒について、放射影響による 誤差(放射影響誤差)は約0.01℃以下であることがわかった。この精度は、 気象庁などで使われている強制通風筒の誤差0.2~0.6℃や、一般に使われている 自然通風筒の誤差1℃前後に比べて1桁~2桁も高い精度であり、地球温暖化量の 観測や専門研究者の研究用に適している。
前報の準備試験によれば、近藤式通風筒の傾斜型試作品の放射影響誤差は基準 通風筒と同程度の高精度であるので、傾斜型の製品が完成すれば、誤差を確認し たのち、気温の長期観測に使用することになる。 (完成:2020年5月10日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

トップページへ 研究指針の目次


更新の記録
2020年5月4日:素案の作成
2020年5月6日:図198.4(模式図)と、その説明を追加
2020年5月8日:わかりにくい説明の細部に加筆

    目次
        198.1 はじめに    
        198.2 試験の方法
        198.3  結果
        まとめ
        文献           


198.1 はじめに

気温観測では温度センサに及ぼす放射影響を防ぐために強制通風筒が用いられて いる。現在、気象庁などで使われている強制通風筒の誤差は0.2℃~0.6℃もある (「K197.地球温暖化観測用の高精度通風筒、準備試験」 )。

筆者は、これらの放射影響による誤差(放射影響誤差)を調べるために、近藤式 精密通風気温計(プリード社製)の原型となる手製の高精度通風筒を用いている。 この通風筒は「K100.気温観測用の次世代通風筒」 の図100.5~100.10に示すKONDO-15S型であり、通風部(吸気部)は2重の塩ビ管で 作られ、その外筒の外壁面はPETアルミ蒸着フィルムポリエチレンのシートで 4~5重に巻かれている。

この高精度通風筒(以後、基準器と呼ぶ)の放射影響誤差は0.05℃以下である ことはわかっているが、詳しく調べたことはなかった。

最近、地球温暖化など長期にわたり気温を高精度で観測する通風筒の製品化を 目指すようになり、誤差は0.05℃以下を目標にしている。製品の放射影響誤差 は基準器との比較から調べることになる。

本論の目的は、基準器の放射影響誤差を正しく求めることである。誤差は従来型 に比べて桁違いに小さいので、従来と異なる次節に示す方法によって調べる。


198.2 試験の方法

原理
快晴日の太陽南中時前後の時間帯とし、高度2mの地上風速1~2m/sを想定する。

物体が気温 T より高温になる温度上昇量は有効放射量に比例する(近藤、1994、 6.2節)。すなわち、次式で表される。

放射影響誤差:
放射による気温測定誤差(気温に対するセンサの温度上昇量) ∝ 有効入射量
有効放射量=入力放射量-σT4 ・・・・・・・(198.1)

ただし、σはステファン-ボルツマン定数である。入力放射量は①太陽直射光、 ②天空散乱光、③地面反射量、④大気からの長波放射(赤外放射)量 、 ⑤地表面からの長波放射量の5成分から成る。

有効放射量のうち、太陽直射光が概略80%(α=0.8)を占める。それゆえ、 太陽直射光を遮蔽したときと、しないときの通風筒内の気温差が放射影響誤差 の近似値となる。

本実験では太陽直射光を遮蔽する方法として、広さ0.17m×0.4mのプラダンで 作った遮蔽板(上面は白色、下面は黒色塗装)を「基準器」の上方0.3~0.5mの 位置に置き、「基準器」のみ直射光を遮蔽する (後掲の図198.1と図198.2を参照)。

いま、放射影響誤差を調べようとする基準器Aの示す気温を TA、それと同等の 放射影響誤差が小さい通風筒 B の示す気温を TBとする。通風筒 B として、 近藤式精密通風筒の「傾斜型」(手製の試作品)を用いる (「K197.地球温暖化観測用の高精度通風筒、準備試験」 の図197.3を参照)。

2つの通風筒 A と B を近接して並べ、両者の気温差(TB-TA)を記録する。 その気温差(TB-TA)は太陽直射光を遮蔽したときには、しないときの (TB-TA) に比べて dT だけ増加する。つまり、遮蔽するとTAが下降するので、 気温差(TB-TA)がプラスの方向に上昇する。

この上昇量 dTが基準器の放射影響誤差の近似値に相当する。したがって、 直射光を含む有効放射量全体についての基準器の放射影響誤差は dTに 1/α=(1/0.8)を掛算し、次式で表される。

 基準器の放射影響誤差=dT / α ・・・・・・・(198.2)

注意すべきは、基準器の放射影響誤差(0.01℃の桁)は気温の時間変動幅 (0.1℃の桁)に比べて非常に小さい。そのため、同じ試験を繰り返し多数回行い、 その平均値を「基準器」の放射影響誤差として求める。

備考:通風筒の吸気口間の距離が例えば4mになれば気温差の標準偏差は、 晴天日中に0.27℃になり、距離とともに大きくなる( 「K197.地球温暖化観測用の高精度通風筒、準備試験」の備考:2点間の距離 と気温差の関係)。それゆえ、両者の吸気口間の距離を短くすればよいが、 相互の影響を及ぼしあう条件を避けるため、0.3m~0.7m程度が望ましい。

試験に用いる温度センサと記録計
温度センサは4線式Pt100(受感部の直径は2.3mm)、記録計は分解能・精度 0.01℃の高精度温度ロガー「プレシィK320」(立山科学製)を用いる。 温度センサは検定済みであり、さらに高精度の比較検定により相互の相対的誤差 は0.002℃である(「K145.高精度気温観測用の計器・Pt センサの検定」の145.3節の(4)校正付き高精度Pt温度計による方法)。

気温の記録の時間間隔
気温は時間間隔10秒ごとに記録する。

直射光の遮蔽時間
原則として快晴時の太陽南中時11時30分前後の時間帯に実験する。直射光無遮蔽 の20分間、続く20分間は遮蔽時間、を繰り返し行う。無遮蔽または遮蔽した直後 の5分間は通風筒内壁温度の遷移時間であるので除外し、その後の各15分間の 気温差(TB-TA)の平均値を求める。遮蔽したときの15分間の気温差とその前後 の遮蔽しないときの15分間の気温差の差、すなわち気温上昇量 dT を求める。

試験の期間
試験は2020年4月29日~5月3日の快晴日に行った。ただし、例外の5月3日は薄雲 があったが、直射光が強く明瞭な日陰ができる時間帯に試験した。

図198.1は傾斜形(右)と基準器(左)の比較試験中の写真である。遮蔽板に よって、基準器の吸気部(2重円筒の通風部)からファンモータ部の範囲に当たる 直射光をゼロにしている。

遮蔽試験4月30日
図198.1 傾斜型通風筒(右)と基準器(左)の比較試験中の写真(2020年4月30日)。 右上方に写っている遮蔽板で基準器に当たる直射光を遮蔽している。2つの通風筒 の吸気口の地上高度は同じ1.9m、吸気口間の距離は0.3mである。なお、傾斜型 は予備試験のための試作品であり、最終的な製品と異なる。

遮蔽試験5月2日
図198.2 傾斜型通風筒(上:吸気口の高度2.9m)と基準器(下:吸気口の 高度2.2m)の比較試験中の写真(2020年5月2日)。中央右方に写っている 遮蔽板で基準器に当たる直射光を遮蔽している。


198.3 結果

図198.3は2020年4月30日の10時~13時の気温差(上図)と気温(下図)の時間変化 である。気温差の図は10秒間隔の値の5分間移動平均値を図示してある。 下図では気温TBとTAの線は重なっている。

赤矢印の範囲は直射光を遮蔽した20分間を表す。基準器の放射影響誤差0.01℃の 桁に比べて気温差の時間変動幅が0.1℃で大きく、直射光遮蔽の効果はほとんど 見いだすことができない。それゆえ、同じ試験を多数回行わねばならない。

気温差時間変化4月30日
図198.3 気温TAとTB(下、両者は重なっている)と2つの通風筒間の気温差(上) の時間変化(4月30日10時~ 13時)。

気温差時間変化模式図
図198.4 気温TAとTB(下)と2つの通風筒間の気温差TB-TA(上)の時間変化、 模式図。 下図の黒線は傾斜形通風筒による気温TB、緑線は基準器の気温TAを示す。


図198.4は、気温の時間変動が特別に小さいとき、あるいは多数回の試験の平均値 の模式図である。上図の赤破線の長方形で囲む15分間の気温差平均値が気温上昇量 となる。この模式図では次に示す結果を参考にして、 気温上昇量 dT=0.005℃が示されている。

表198.1は全16回の試験のまとめである。左から3列目が気温差(TB-TA)の 変化量すなわち気温上昇量 dT である。dT は「直射光遮蔽時の気温差」と 「無遮蔽時の気温差」の差である。本来、dT はプラス値になるはずだが、 気温の時間変動幅が相対的に桁違いに大きいために、各回15分間の短時間では マイナスになることもある。

表の下方に太字で示す全16回の dT の平均値=0.005℃である。その上方には 各8回の平均値として、それぞれ0.005℃、0.011℃、0.005℃が示されている。 16回では回数が少なく、100回ほど試験すべきだが、16回の結果から基準器の 放射影響誤差は非常に小さいことがわかる。

表198.1 試験結果の一覧表
試験一覧表


そこで、全16回の平均値0.005℃に含まれるデータ数(N=16)の不足による 誤差の目安Δは、各回の気温上昇量の標準偏差をσ(=0.019℃)とすれば次式 によって表される(近藤、2000,式1.26)。

  Δ=σ/N1/2 ・・・・・・・・・・・・・(198.3)

したがって、

  放射影響誤差=0.005℃×(100/80)±0.005℃=0.006℃±0.005℃ ・・・(198.4)

つまり、放射影響誤差は約0.01℃以下と見なしてよい。ただし、晴天の正午前後 で風速1~2m/s のときの値である。


まとめ

地球温暖化の観測など、長期にわたって気温を正確に観測する高精度通風筒の 製品化を目指している。前報では近藤式精密通風筒の「傾斜型」を手製・試験 した結果、高精度であることがわかった( 「K197.地球温暖化観測用の高精度通風筒、準備試験」)。

今後、「傾斜型」の製品について放射影響による誤差(放射影響誤差)を 「基準の高精度通風筒」との比較によって確認する。

本論の試験の結果、「基準の高精度通風筒」の放射影響誤差は約0.01℃以下で あることがわかった。この精度は、気象庁などで使われている強制通風筒の 誤差0.2~0.6℃や、一般に使われている自然通風筒の誤差1℃前後に比べて 1桁~2桁も高い精度である。


文献

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学―地表面の水収支・熱収支. 朝倉書店、pp.350.

近藤純正、2000;地表面に近い大気の科学―理解と応用.東京大学出版会、pp.324.



トップページへ 研究指針の目次