K191.空間内の温度に及ぼす放射影響の実験(2)


著者:近藤純正
長波放射(赤外放射、熱放射、大気放射)は空間スケールが小さいほど (距離が近いほど)気温に及ぼす効果が大きくなるという理論的な結果がある。 これを確かめるために断熱容器を用いて実験した。容器内の対流を避けるために、 容器底は低温水を入れてほぼ一定温度に保つ。容器天井の上に高温水を注いだ後、 容器内の空気温度の時間変化を記録した。空気温度の放射時定数は天井からの 距離とともに長くなることがわかった。これは1次元空間の放射伝達の計算から 得られる結果「放射時定数は近似的に距離の2/3乗に比例する(数値計算による 実験式)」と同じ傾向である。

いっぽう、分子熱伝導の場合、温度変化の時定数は距離の2乗に比例する。 1次元空間で水蒸気量=10g/m3の場合、空気温度の時定数は距離≒0.05mを境に して、短距離では分子熱伝導による効果が放射の効果よりも大きいが、これ よりも長距離では放射の効果が勝るようになる。 (完成:2019年8月4日、図191.10に続く「準放射平衡」の説明に加筆)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2019年7月17日:素案の作成
2019年7月19日:備考1と備考3を追加
2019年7月21日:付録1と2を追加
2019年7月22日:付録1に図191.12を追加
2019年7月28日:「はじめに」と付録2に加筆、クイズを加筆
2019年8月01日:クイズの回答の例1、例2を追記
2019年8月04日:クイズの回答例3を追記
2019年9月15日:図191.10に続く「準放射平衡の温度分布」の説明に加筆

    目次
        191.1 はじめに    
        191.2  実験の方法
        191.3 放射時定数の実験結果
        191.4 時定数、放射と分子熱伝導(または乱流拡散)の比較
        まとめ
        文献
        付録
            付録1 空気温度の変化、無次元表示
            付録2 空気層底の境界面を断熱材に変更した場合
            クイズ 下面にアルミホイルを敷いた場合の温度は?                


191.1 はじめに

この一連の研究は、地球温暖化量を正しく評価する問題から生じた課題である。 前々報では、空間大きさの違いによって長波放射(波長 3μm以上の赤外放射) による加熱・冷却作用を理論的に計算した (「K189.黒体面に挟まれた空気層内の放射伝達・温度 変化」)。 それを確かめた前報では、断熱容器内の温度の時間変化を測定した。しかし、 その実験では、容器内の温度ムラによって対流が発生し、時定数が小さめに 得られた可能性がある(「K190. 空間内の温度に及ぼす 放射影響の実験(1)」)。

そこで本報告では、対流が起きないように、容器内の底には低温水(または アルミ板の下に接触させた濡れタオル)を入れ、天井の上には高温水を入れて、 容器内には安定成層ができるようにして実験した。

この実験結果に熱伝導を加えた議論を拡大していくと、大気中における放射の 特徴「空間スケールが大きくなり地球規模では、大気温度は主に放射伝達で 決まっている」を再認識することができる。

地球規模における放射の役割とは?
大気上端の正味放射量と地表面の正味放射量の差は大気が得る正味放射量 Ra= R-Rnであり、緯度依存性は小さく地球大気平均で Ra=-90W/m2で ある。したがって、大気は1日当たり0.75℃/dの割合で放射によって冷却されて いる(近藤、1987、「身近な気象の科学」の図2.6)。

この場合、日射(短波放射)による大気の加熱量は大気放射(長波放射)による 冷却量に比べ小さく、大気の放射冷却量0.75℃/dには、長波放射の役割が大きく 効いている。

この放射の働きとバランスするのは何か?
地表面から蒸発した水蒸気が大気中で凝結するときの潜熱によって大気は 加熱される。量的には少ないが地表面からの顕熱も凝結の潜熱に加わることで、 大気は0.75℃/dの割合で加熱され、放射冷却の0.75℃/dと釣り合うことになる。

こうして、放射の働きと水の循環によって地球の気候が決まっている。 近年、問題化してきた二酸化炭素 COの増加は、地球の気候を少し 変えていくことになる。


一方、スケールの小さな身近な例としてビニールハウス内の温度の時間変化 の速さ(時定数)がある。晴天日の夕刻にハウスの天井材が放射冷却で低温 になったとき、あるいは日の出後に高温になったとき、天井材の低温・高温が ハウス内の温度を放射の作用によって何分間で変えてしまうのか、その見積もり ができる。

別の例として、冬期の3ドア~4ドア電車内における温度変化がある。停車駅でドアが 開くと、外の冷気が車内に流れこみ乗客は寒さを感じる。ドアが閉じられ発車 すると、車内の空気温度は数分間でほぼ元に戻ることに気づく。車内の空気 温度の回復は暖房のほか車体内壁からの放射の影響によるものである。


191.2 実験の方法

放射が影響する距離の範囲を広くとるために2種類の実験を行う。前報では 実験Aと実験Bを行った。それに続く本章では実験C(小模型)と実験D(中模型) を行う。

実験 C:小模型の容器内の温度変化
図191.1は小模型の容器全体の写真である。上半分は高温水を入れる容器である。

次の図191.2は容器の下半分の空気層容器であり、その上方に白色に見えるアルミ板 がある。そのアルミ板の上に接して高温水が入る。空気層容器の下部にはビニル 袋に入った濡れタオルがあり、その上側に接してアルミ板がある。濡れタオルの 下側には厚さ7mmの断熱板(高密度発泡スチロール、商品名:のりパネ)が 2枚重なっている。空気層容器の側壁4面は厚さ7mmの断熱板であり、 その外側は木箱である。

小模型全体
図191.1 小模型の断熱容器の全体とデータロガー「おんどとり」4個の写真。


小模型空気層
図191.2 断熱容器の下半分(空気層容器)とデータロガー「おんどとり」4個 の写真。


この装置は前報の実験A(横浜の高層エレベータを利用した実験)で用いた 装置を改変したものである。側壁のアルミ板を断熱版に取り換えることによって、 空気層容器内は放射に対して1次元空間に近づけた。

備考1(側壁を断熱板にすることで1次元の放射実験模型に近づく)
前報の実験Aでは、上下面と側壁面のすべてがアルミ板であり、濡れタオルに よって大きな熱容量を持たせた容器で、放射に対して3次元構造であった。 本実験C,Dでは側壁を断熱板とした。断熱板にすることで、断熱板の各高度の 表面温度は、各高度の空気温度に近づく。そのため、「上下の平行な 黒体面で挟まれた1次元の空気層構造に少し近づく」。

上下がアルミ板で挟まれた空気層容器の試験空間の寸法は次のとおりである。
高さ=0.14m
横幅=0.24m
長さ=0.34m

温度測定は精密検定済みの熱電対を用い、T&D社の「おんどとり」のデータ ロガー(TR-55i-TC、温度分解能=0.1℃)で記録した。

空気層容器の天井アルミ板と床アルミ板の温度は直径0.2mmの銅・コンス タンタン熱電対を密着させて測る。それらの間に含まれる空気層の温度は 直径0.05mmの銅・コンスタンタン熱電対で測る。0.05mmの素線は、 わずかな外力で断線しやすいので、注意する。

空気層の温度測定の位置は次のとおりである。
上面アルミ板から0.025m(下面アルミ板から0.115m)
上面アルミ板から0.12m(下面アルミ板から0.02m)


この実験Cでは、温度変化は2秒間隔で記録した。温度分解能が0.1℃であるため、 同じ実験を4回繰り返し行い、温度を平均する。

実験 D:中模型の容器内の温度変化
図191.3は中模型の容器全体の写真である。

次の図191.4は上蓋を外したときの写真である。容器の底は厚さ12mmの ベニヤ板、その他は厚さ30mmの発泡スチロールである。各 面の発泡スチロールは接着させたり、直方体容器の底部分 と中央部の外側から角材で補強してある。容器を作る材料費は2万円余、 ホームセンターで入手した。

中模型全体
図191.3 中模型の容器全体の写真、試験中の状態。全体の高さは 0.95m=0.03m+0.91m+0.012m(発泡スチロールの蓋、側壁の発泡 スチロール、ベニヤ板)である。


中模型上蓋なし
図191.4 中模型の上蓋を外したときの写真。内側に一部が見える水平の アルミ板の上に高温水を入れる。


図191.5は空気層部分の構造を説明する写真である。横梁アルミ材の下が 空気層容器になる。空気層の試験空間の寸法は次のとおりである。
高さ=0.583m
横幅=0.8m
長さ=1.2m


これら寸法は、実験Cの小模型の空気層の高さ・横幅・長さの約3.5倍である。

中模型空気層
図191.5 中模型の下半分(空気層)の写真。横に入れた逆U字形のアルミ梁の 上に厚さ1mm、広さ0.8m×1.2mのアルミ板(0.4m×1.2mを横に2枚繋いだ アルミ板)をのせる。底のベニヤ板の上に低温水を入れる。


図191.6は中模型の模式図である。温度の測定位置は次のとおりである。
アルミ板の下面に接着(最下端の低温水の水面から0.583m)
アルミ板から0.07m(低温水面から0.513m)
アルミ板から0.3m(低温水面から0.283)
アルミ板から0.5m(低温水面から0.083)
低温水(水深0.025mの中ほど)


中模型模式図
図191.6 中模型の容器の模式図、赤数値は熱電対センサとPt水温計センサの 直径(mm)。他の数値は材の厚さ(mm)を表している。


この実験Dでは、温度は5秒間隔で記録した。温度分解能が0.1℃であるため、 同じ実験を4回繰り返し行い、温度を平均する。初期条件の状態を揃えるために、 1日に1回の実験を行う。各実験の初期時刻 t=0 は朝に設定した。


191.3 放射時定数の実験結果

放射時定数の定義
前々報「K189.黒体面に挟まれた空気層内の放射 伝達・温度変化」の189.6節で説明したように、温度計センサなど温度 T の 小さな金属的物体(熱伝導率が大きい金属など)からの熱放出量が周囲の 温度 Ts との差(Ts-T)に比例する場合、T の時間変化は次式で表される。 ただし、t=0 の初期条件の物体温度 T=To として、

  T(t)=To+(Ts-To)[1-exp(-t/τ)] ・・・・・・(191.1)

一般的に、この τ は時定数( time constant)と呼ばれている。

ところが、放射の作用による空気温度の時間変化は上式のような指数関数で 表すことはできない。そこで、放射による温度変化の時定数 τr を次式で定義する。

  τr=(Ts-T0 )/ [(dT/dt)t=0]  ・・・・・・・・・(191.2)

τr を「放射時定数」と名付ける。 ただし、Tsを十分な時間経過後の空気温度、To をt=0 の初期条件の空気温度 とする。

その意味は、t=0直後における 温度の時間変化率がそのまま続いたとしたとき、τr の時間で T は Ts に 等しくなる、つまり T が元の状態にもどるということである。 あるいは、 時間 t=τr には、元の温度に概略60~80%ほど戻る という意味である。

放射時定数の測定値
小模型と中模型による実験から放射時定数を求める。図191.7は小模型による 温度の時間変化である。2つの赤丸印の横座標が放射時定数であり、それぞれ 0.7分(距離=0.025m)と3.7分(距離=0.12m)である。

小模型時定数
図191.7 小模型による温度の時間変化(4回の平均)、赤丸印は放射時定数 の位置を示している。


次に、図191.8は中模型による温度の時間変化である。図191.9は縦軸を拡大 した図であり、3つの赤丸印の横座標は放射時定数であり、それぞれ4分 (距離=0.07m)と12分(距離=0.3m)および14分(距離=0.5m)である。 中模型(実験D)では、空気層容器の上側にバケツ3個分の高温水を瞬間的に 注ぐことが難しく、注ぎ始めてから約0.5分後に空気層の温度変化が実質的 にはじまる。そのため、放射時定数は0.5分間をずらした時間としてある (横軸が0.5分の位置にも赤丸印をつけてある)。

中模型温度変化
図191.8 中模型による温度の時間変化(4回の平均)。


中模型時定数
図191.9 前図に同じ、ただし、縦軸を拡大してある。赤丸印は放射時定数の 位置を示し、横軸の0.5分の位置の赤丸印は温度変化の始まる時間(時間のずれ) を示す。


これらの実験CとDから、放射時定数は距離が大きくなるにしたがって長くなる ことがわかる。この特徴は理論的に計算された傾向と一致している。 詳細は次節の図191.11で説明する。

温度の鉛直分布
次の図191.10は空気層容器の上に高温水を注入してから15~20分経過後の 温度の鉛直分布である。高温水と低温水の温度は放熱・吸熱によって変化し 一定ではない。そのため「準放射平衡」としたときの空気温度の鉛直分布を 黒破線で示した。

中模型温度鉛直分布
図191.10 中模型による時間経過15~20分後平均の温度の鉛直分布。
赤線:実際の温度分布
黒破線:準放射平衡の温度分布(四角印で示す境界面の温度と空気温度は不連続)


準放射平衡の温度分布について説明しよう。
放射伝達の性質から、空気温度と固体(または液体)面温度は不連続になる。 温室効果気体である水蒸気を含む空気層に接する固体(または液体)は、 厚さ無限大の空気層に置き換えて考えることができる。その接続面では空気 温度はなめらかにつながる(温度勾配は不連続にならない)のが放射伝達に よって形成される温度分布の特徴である。この特徴を黒破線で示してある。
詳しい説明は「K193.空間内の温度に及ぼす放射影響(4) 空気2層」の図193.4を参照のこと。

放射伝達のみによる空気温度の鉛直分布の詳しい説明は近藤(2000) 「地表面に近い大気の科学」の図4.16~4.17に掲載されている。

なお、図191.10の温度の鉛直分布において、上面温度(アルミ板下面温度)と その直下z=0.07mの空気温度との差が大きくなっている。これはアルミ板が 長波放射(赤外放射、熱放射)に対して完全な黒体とみなされず下層からの 放射の一部を反射する(上面温度の実測値よりも低温の黒体放射量を出している) ことによると思われる。

なお、今後の予定では、空気層底の固体面が黒体とみなされる場合(実験E) と長波放射をよく反射する場合(実験F)について実験する。 それら E, F の実験では、天井面のアルミは黒塗装して行う。

備考2(放射による温度変化の物理過程)
放射伝達による空気温度の時間変化について、考えておこう。
高度ゼロ面(低温水の表面、実験Cでは低温固体面)は、それ以下には無限の 厚さの等温の空気層が存在することに置き換えることができる。そうすると、 初期時刻 t=0 の直後において、空気層上端の固体面(アルミ板)が放つ高温 放射量はそれ以下の無限に厚い空気層の各高度で吸収されて温度が上昇する。 初期時刻には低温水も含めてほぼ等温であるので、低温水からの放射が各高度 の空気の温度をほとんど変化させない。

ところが時間が経過すると(例えば、3分以後)、低温水の温度は元のままだが 空気層の温度は上昇している。そのため、低温水からの低温放射量は下層の 空気温度の上昇を抑えるように働く。


191.4 時定数、放射と分子熱伝導(または乱流拡散)の比較

実験C(小模型)と実験D(中模型)から得られた放射時定数と空気層の距離の 関係を図191.11にまとめた。赤丸印と赤菱形印のプロットが実験結果である。

図中の黒実線は「K189.黒体面に挟まれた空気層内の 放射伝達・温度変化」の図189.6で示した水蒸気量=10g/m3 の条件のときの中心層(2つの平行な黒体面に挟まれたちょうど中間層)の 放射時定数である。横軸<0.1mと横軸>100mの範囲は外挿して黒破線で 表してある。この放射時定数は近似的に空気層の距離 z の 2/3 乗に比例して いる。

 放射時定数:τr≒Az 2/3 ,  A=40分/m(2/3) ・・・・・・(191.3)

時定数と距離の関係
図191.11 時定数と空気層の距離の関係。
赤丸印と赤菱形印:実験結果(水蒸気量=20~22g/m3のとき)
黒丸印と黒実線・破線:1次元の放射時定数(水蒸気量=10g/m3のとき)
緑実線:分子熱伝導のときの時定数(分子温度拡散係数=2.1×10-5 m2/s)
緑破線:乱流拡散のときの時定数(乱流拡散係数がK=1m2/sと 10m2/sのとき)


図中で、もっとも左側にプロットされた横軸=0.025mの赤丸印は、縦軸 (放射時定数)が他のプロットの傾向よりも低くなっていることが気にかかる。 そこで、分子熱伝導による効果を計算してみよう。

温度拡散係数Kが高さによらず一定の場合、初期時刻 t=0 に地表面温度 TS1からTS2に急変した場合を想定し、⊿T= (TS1-TS2)とする。空気温度T(t=0)は経過時間 t と ともにT(t) として変化していき、次式によって表される(近藤、1982 「大気境界層の科学」、式2.7を参照)。

  T(t)-T(t=0)=⊿T{1-erf(x)}, x=z(4Kt)-0.5 ・・・ ・・(191.4)

ここにerf(x)は誤差関数または確率積分と呼ばれており、現在では「エクセル」 で計算可能である。空気温度の変化幅T(t)-T(t=0)は経過時間 t とともに 下層から順番に⊿Tに近づいていき、その(1-1/e)=0.632倍になる時間を 時定数 τ と定義する。

x=0.339のとき、erf(x)=0.368、1-erf(x)=0.632である。
したがって、z=0.339×(4Kt)0.5 
から次式が得られる。

時間τの単位を分で、距離 z の単位をmで表して、

τ=Bz2 ・・・・・・・・(191.5)

  B=1700分/m2(分子拡散のとき、 K=2.1×10-5/s)

この関係を緑実線で示した。

時定数が小さいほど、温度変化に及ぼす効果が強いことを 意味する。

空気層の距離z≒0.05mを境にして、zの小さい範囲では分子熱伝導の効果 が強いが、zの大きい範囲では放射の効果が強いことが分かる。


現実の大気境界層内で、ほとんど放射の作用だけで気温分布が形成される 例がある。微風晴天夜間の大気安定度が非常に安定になり、リチャードソン 数Ri>1の状態では、 大気放射(長波放射)の役割が大きく、下層大気の 冷却率0.5~1℃/hの大部分は放射冷却によるものとなる (Kondo et al, 1978;近藤、2000、「地表面に近い大気の科学」の図4.18)。


備考3(分子熱伝導と放射の比較)
図191.11から、温度変化に及ぼす放射と分子熱伝導のどちらが大きく影響するか、 その空間範囲を判定することができる。
距離z=0.025mのプロット以外は放射だけの効果を表す傾向「概略zの2/3乗 に比例」(黒実線・破線の傾向)にのっている。z=0.025mのプロットは分子 熱伝導の場合を表す緑実線の付近にあり、その右隣のプロットも緑実線の近くに ある。緑実線と黒実線・破線の交点から判断して、z<0.05mでは熱伝導の効果 が卓越、z>0.05mでは放射の効果が卓越し、zが大きくなるほどプロットは 緑実線から離れ、時定数は桁違いに開いていく。

「時定数が桁違いに開いていく」とはどういうことか?
経過時間 t が十分に小さい時の空気温度の時間変化は、放射の効果でも 熱伝導の効果でも直線的で変化率は(dT/dt)t=0 にほぼ等しい。 したがって、放射時定数が熱伝導の時定数より1桁小さいときは放射の 効果で空気温度が1℃上昇するのに対し熱伝導では0.1℃の上昇となる。
2桁違うとき t=τの時間では放射の効果で例えば概略6~7℃ 上昇するのに対し熱伝導では0.1℃の上昇となる。つまり熱伝導の効果は 放射の効果の約 1/60~1/70 の微小であり、無視してよいだろう。

なお、図191.11にプロットされた中模型の3つの実験値(赤菱形印)の右2つは、 分子熱伝導の効果ではなく放射の効果によるものであることを参考までに 付録1で説明する。

注意:横軸としての距離
図191.11は水蒸気量が高さ(距離)zによらず一定の場合(水蒸気量= 10g/m3)の関係であることに注意すること。本来は、放射フラックス の計算では横軸に光学的厚さを選ぶのだが、ここではわかりやすくするために、 水蒸気量が一定の場合を想定し、横軸は距離で表した。それゆえ、水蒸気量が 少なくなると黒実線・破線は図の上にあがり、多くなると逆に下方にずれる。


今回の実験結果(水蒸気量=20~22g/m3)は、 理論計算の黒実線(水蒸気量 10g/m3)より下方にプロットされて いる。ただし、1次元空間の理論計算の設定条件(上下両面の温度がt>0で 一定温度幅だけ変化する)と実験条件の設定条件(上面の温度のみ t>0で 一定幅だけ変化する)が異なることに注意のこと。

副産物:地球規模の温度分布に及ぼす放射の作用
大気中の大気安定度がやや安定で乱流拡散係数がK=1m2/sのとき (緑細破線)、概略z<200mでは乱流の効果が放射の効果より大きく作用 するが、概略z>200mでは放射の効果が乱流の効果を上回ることになる。

大気の平均的状態である概算値の K=10m2/sの場合、大スケール つまり地球規模に近づくほど放射の作用が大きくなる。つまり、地球大気の 温度分布は基本的に放射の作用によって決まってくる。

温室効果ガス(おもに水蒸気)を含む地球大気の温度は放射によって 決まっており、1日当たり0.75℃/d の割合で放射によって冷却されている。 その冷却率は地表面から蒸発した水蒸気が大気中で凝結するときの潜熱の 開放による加熱率でほぼ釣り合っている(近藤、1987、「身近な気象の科学」 の図2.6)。


まとめ

長波放射(赤外放射、大気放射)は空間スケールが小さいほど気温に及ぼす 効果が大きくなる。これを放射伝達の理論に基づく計算と、それを確かめる ための実験を行った。前々報「K189.黒体面に挟まれた 空気層内の放射伝達・温度変化」では理論に基づく計算結果を示した。 本報告は断熱容器内で対流が起きない条件によって行った実験結果である。

小模型(空気層の厚さ=0.14m)と中模型(空気層の厚さ=0.58m)の 断熱容器を用い、底に低温水を入れた状態とし、初期時刻 t=0 に天井側に 高温水を注いだときの空気温度の時間変化から放射時定数を求めた。

(1)この実験から得られた温度変化の放射時定数は、1次元空間の理論から 計算された放射時定数と距離の関係を表す傾向とよく似ている。

(2)水蒸気量が10g/m3 の場合を想定すれば、空気層の距離 z≒0.05mを境にして、zの小さい範囲では分子熱伝導の効果が強いが、 zの大きい範囲では放射の効果が強くなる。z≒0.05m付近では、放射と 熱伝導の両作用で空気温度が決まることになる。

(3)大気境界層内の大気安定度がやや安定で乱流拡散係数K=1m2/s のとき、概略z<200mでは乱流の効果が放射の効果より大きく作用するが、 概略z>200mでは放射の効果が乱流の効果を上回ることになる。大気の 平均的状態である概算値の K=10m2/sの場合、大スケールつまり 地球規模に近づくほど放射の作用が大きくなる。

この実験から、大気中における放射の役割「空間スケールが大きくなり 地球規模となれば、大気温度は主に放射伝達で決まってくる」ことを 再認識することができた。

今後の課題
放射の影響の強弱を表す放射時定数が距離とともに大きくなることを理論的・ 実験的に示す本シリーズ研究の動機は、岩手県遠野の山腹に掘られた横穴の 観測壕内における温度変化の特徴からであった。

観測壕内の年平均温度を知ることが第一の目的であったので、通行の邪魔に ならないように温度計は壕内の入口扉から30mの位置で、トンネル内壁面から 0.08m(天井付近)と0.04m(床付近)に設置した。空気温度の日変化幅は 0.004℃程度であった。

外気の気圧日変化幅2hPaに対して、断熱変化による日変化幅0.2℃に比べて 0.004℃が小さいのは、壁面からの放射の影響によるものだと考えた (「K177.観測壕内の温度」)。

温度日変化幅0.004℃は、用いた温度計の分解能の0.01℃以下であり、目安値 である。それゆえ現在の観測では(2019年7月1日~)、観測壕の一番奥の 地震計室(高さ=2.6m、幅=4m、奥行き=12m)のほぼ中央の空間とし、 床面からの高度 0.85m、0.95m、1.8m、1.9mの4点に温度計を設置している。 これらは壁面から離れた空間の中心層前後であり、放射時定数は壁面近くに 比べて大きいはずである(「K189.黒体面に挟まれた 空気層内の放射伝達・温度変化」の図189.4と図189.6を参照)。

したがって、現在記録中の観測から得られる放射時定数は前回の観測(2017年 8月29日~2018年11月28日)における放射時定数よりも長いはずで、 気圧日変化にともなう空気温度の日変化幅は前回得られた値(0.004℃)よりも 大きく、確かな結果が得られるものと考えている。このことを近日中に 確かめたい。


文献

近藤純正、1975:用語解説ーレイズドミニマム.天気22(1)、41&4.

Kondo, J., O. Kanechika, and N. Yasuda, 1978: Heat and momentum transfers under strong stability in the atmospheric surface layer. J. Atmos. Sci., 35, 1012-1021.

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.

近藤純正、1987:身近な気象の科学-熱エネルギーの流れ.東京大学出版会、 pp.189.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会、pp.324.

近藤純正編著、1994:水環境の気象学.朝倉書店、pp.350.


付録

付録1 空気温度の変化、無次元表示
空気温度の時間変化が放射ではなく、分子熱伝導で決まる場合は、 式(191.4)で示したように、温度拡散係数 K が高さによらず一定の場合、 各距離 z の温度 T の変化は誤差関数 erf(x) で表される。

すなわち、例えば中模型の各距離(z=0.07m、0.3m、0.5m)で測定した 温度を、横軸の無次元量 x=z(4Kt)-0.5にプロットすれば、 同じ曲線上に並ぶはずである。同じ曲線上に並ばなければ熱伝導に よるのではなく、温度変化は放射の作用によるものだと判定できる。

備考3において、距離=0.025m以外のプロットは放射の作用によって決まって いることを判定したが、念のために、上記の方法でも判定しておこう。

図191.12は、1-erf(x)のグラフである。横軸は対数目盛で表してある。横軸の 無次元量 x=0 で縦軸は1であり、x>2で縦軸はほとんどゼロである。 この図を参考にして測定値を見ることにする。

1-誤差関数
図191.12 誤差関数 erf(x) のグラフ。縦軸:1-erf(x)、横軸:x


図191.13は、3つの距離z=0.07m、0.3m、0.5mにおける空気温度の時間変化 の測定値を横軸の無次元量 z(4Kt)ー0.5にプロットしたものである。 これら3距離のプロットは同じ曲線上に並んでいない。

無次元量の横軸
図191.13 空気温度の無次元表示、中模型の実験値。各色のプロットの右端 の温度(約23.9℃)は、初期値 t=0 の値を示すもので揃っている。


図191.12の[1-erf(x)]と実験値の図191.13の各線の傾向を比較してみよう。 ただし、実験値の縦軸は無次元化していないことに注意する。縦軸の23.9℃が 図191.12の縦軸の0に対応し、縦軸の27.3℃が図191.12の縦軸の0.8に対応する。

図191.13中のz=0.3m(緑線)とz=0.5m(紫線)の傾向を見てみる。 緑線と紫線は横軸>2でも基準値(23.9℃)から上方にあり、 1-erf(x)の傾向とまったく異なることがわかる。つまり、これらは分子 熱伝導の効果によるものではないと言える。

次にz=0.07m(赤線)について比較する。
[1-erf(x)]の値は、0.810(x=0.17)、0.601(x=0.37)、0.396(x=0.6)、 0.203(x=0.9)、0.157(x=1)、0.0047(x=2)、0.00002(x=3) である。

赤線の縦軸の幅24℃(横軸=2.8)~27.3℃(横軸=0.17)を規格化して [1-erf(x)]の縦軸値 0~0.8に一致させて比較すると、z=0.07m(赤線)の 傾向はよく似ていることがわかる。つまり、z=0.07mの温度変化は熱伝導 の作用が大きく効いている。

そこで、再び図191.11の菱形印の左端のプロットをみると、分子熱伝導を 表す緑線の近くにあることから、このことが確認できる。

注意(時間 t の基準をずらした)
本論で説明してあるように、中模型の実験では空気層容器の上側にバケツ3個分 の高温水を瞬間的に注ぐことが難しく、注ぎ始めてから0.5分後に空気層の 温度変化が始まった。それゆえ、上記の図の作成では、時間 t を0.5分(30秒) ずらした時間を t としてプロットしてある。


付録2 空気層底の境界面を断熱材に変更した場合
物理現象・大気現象のシミュレーション(数値実験、模型実験)では、 境界条件が重要である。本論の実験では、その目的から上面と下面は固体 (または液体)とし、それらの表面は近似的に黒体とみなし、さらに t>0 では温度変化は近似的にナシとした(現実には小さな変化は避けられない)。

これら両面の境界条件のうち、下面を断熱材で置き換えるとどうなるか?
下面の断熱材の表面温度は、
(1) 熱伝導の作用で最下層の空気温度に近づこうとする。
(2) 高温の上面からの高温放射で昇温する。この昇温は符号を変えれば 「放射冷却」とまったく同じである。断熱材の表面温度は t=0 の直後に 急上昇する。

下面の断熱材の表面温度が上昇すると、それに接する空気温度は熱伝導によって 表面温度に等しくなる。つまり、下面直上の空気と下面は放射と熱伝導の 作用を相互に及ぼしあう。

適当な時間が経過したときの温度分布は次のようになる。
上面の温度がもっとも高温である(ほぼ一定)。下面の断熱材の表面温度は 上面からの高温放射によって時間とともに昇温する。それらに挟まれた空気温度 は上面と下面の両方からの放射によって昇温する。その昇温率は下面温度が ほぼ一定とした実験 D の場合より大きくなる。特に最下層の空気層は下面に 近いほど下面からの放射と熱伝導の影響によって昇温、下面に接する空気温度は 下面温度に等しくなる。

すなわち、下面の少し上の空気層が最低温度となる。いわゆる極小低温層 (レイズドミニマム:raised minimum)の分布になろうとする(近藤、1975; 「M20.裸地上の極小低温層(特別講義)」 )。

その結果、空気の最下層は不安定となり、上下の対流・混合によって 極小低温層は形成されずに等温状態となる。いわゆる、大気境界層内の”混合層” の温度分布(正しくは、温位分布)に類似する温度分布になる。

具体的に説明しよう。t<0 に空気層を含む全層等温(低温度)To から、 t=0 以後に上面のみ高温度 Ts になったとする。Ts-To≒20℃とすれば、下面の 獲得する正味放射量は+100W/m2となり、符号を変えれば秋~春 の晴天夜間の夕刻の地表面が失う正味放射量に近い条件となる。

仮に、断熱材の熱的パラメータ(比熱×密度×熱伝導率)が新雪の値に 等しく、十分に厚いとすれば、t=1800秒(30分)後には表面温度は 約10℃ほど上昇する。放射冷却の式や具体的な温度変化は近藤(1994)「水環境 の気象学」の式(6.64)~(6.70)と図6.5、および近藤(2000)「地表面に 近い大気の科学」の図4.5を参照のこと。

まとめると、下面を断熱材に置き換えると、いわゆる放射冷却・放射 加熱の実験模型となり、実験の目的が変わってくる。


クイズ 下面にアルミホイルを敷いた場合の温度は?
付録2では空気層の下を断熱材とし、その表面温度が時間変化する実験である (実験 E とする)。 断熱材は発泡スチロールであり、長波放射(赤外放射、熱放射)に対して近似的 に黒体とみなせる。
この発泡スチロールの上面(空気層の底)に長波放射をよく反射するアルミホイル (台所用品、厚さ12μm=0.012mm)を敷き、同様の実験を行う (実験 F とする)。 実験 F では、空気温度の昇温速度と温度鉛直分布は実験 E と比べて、 どのように違ってくるか?

ただし、この実験装置では空気層の上に注ぐ高温水は実験 D とほぼ同じ10℃ ほど高く、ほぼ一定温度に保てるのは時間経過50分程度までである。 t=0~50分の時間帯についてのクイズである。5時間以上経過すると装置内は ほぼ等温状態に近づいていく。

回答
例1: 実験 F では、放射と乱流の作用で空気層全層が早く昇温する。
(下面で反射された長波放射は、空気層全体に伝達され、安定成層をなして いる空気を全層にわたって昇温させる。ある程度時間が経過すると上下の 温度差が小さくなり、下層から乱流が発生する可能性がある。乱流が発生 すれば、空気温度はより早く昇温する。)

例2: 実験 E と比べて空気層の昇温速度は特に下層で増加する。
(上からの放射がアルミホイル面で反射され、その放射の作用による。)

例3: 実験 E と比べて空気層の温度上昇は小さい。
t=0直後、実験 E では底面の発砲スチロール表面が急激に昇温するが、 実験 F では下面のアルミホイルが放射の多くを反射し、アルミホイル自体の 昇温は殆どない。
t=0直後、熱拡散を無視するならば、空気層は上面からの放射と、下面で 反射された放射の両方による加熱を受ける。ただし、上面に比べて下面からの 放射は空気層の吸収分だけ小さく、上・下が非対称な昇温率と温度分布に なろうとする。

少し時間が経過すると、底面に近い空気からの熱伝導でアルミホイルが暖められ、 底面の表面温度は次第に上昇していく。空気下層の昇温率は実験 D(下面が水) より大きく、実験 E(下面が断熱材)より小さい状態となり、弱い対流も 発生する可能性がある。

その他



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