K189.黒体面に挟まれた空気層内の放射伝達・温度変化


著者:近藤純正
水蒸気を含む空気層(温度T)が上端と下端の黒体(温度Ts)で挟まれた1次元 モデルを想定する。層の厚さZ=0.1m~100mの範囲、空気層の水蒸気量 a=10g/m3または1g/m3、t=0の初期条件としてTs=15℃、 T=14℃(温度差=1℃)の場合について、空気層の温度変化率dT/dt(t=0)の 高度分布を山本の放射図に基づく方法で計算した。

(1)水蒸気量が多いほど、放射の作用が強く働き温度変化率が大きくなる。 つまり、高温湿潤の条件では放射の影響が大きい。(2)空気層が厚いときの 温度変化率は小さい(例えばZ=100mの場合、dT/dt~0.1℃/h前後)。 しかし厚さが薄くなるにしたがって温度変化率は大きくなる。例えば、 厚さZ=0.1m、水蒸気量a=10g/m3の条件では、全層平均の温度変化率 =11.8℃/h=1℃/5minである。この条件における5分間を放射による時定数 「放射時定数」と定義する。(3)放射時定数は空気層の厚さが薄いほど 短くなる。つまり、短時間に等温に近づく。

本章は、次章で示す3次元的な容器内の空気温度が初期時刻 t=0 に気圧変化によって 断熱変化したとき、t>0の温度変化に関する実験を行うことに先立つ準備計算である。 (完成:2019年6月15日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2019年6月4日:素案の作成
2019年6月7日:放射図の部分、その他に説明を加筆
2019年6月13日:放射の近接・遠隔作用の説明と、備考3を加筆

    目次
        189.1 はじめに    
        189.2  地球大気における放射の役割
        189.3 計算
        189.4 放射フラックスの高度分布
        189.5 温度変化率の高度分布
        189.6 放射による温度変化の時定数
        まとめ
        参考文献                 


189.1 はじめに

研究の動機
地球温暖化量を正しく評価することは難しい。その理由は、地上気温の日変化 が大きく気温観測に及ぼす放射影響が昼夜で異なり、年平均気温を誤差0.1℃ 以下で求めることは困難である。さらに、観測所周辺100m以内の観測環境 (「日だまり効果」など)や、観測法・統計方法が時代とともに変わってきており、 その補正(補正量の年平均値で0.1~0.3℃)が難しいことによる。 例えば気象庁が評価した日本の地球温暖化量は1.13℃/100y(1898~2009年) に対し、筆者による各種の補正を行った評価(近藤、2012)では0.67℃/100y (1881~2007年)、および続報(近藤、2018)では0.73℃/100y(1881~2017年) である。

詳細は、次の章に掲載されている。
「K48.日本の都市における熱汚染量の経年変化」
「K173.日本の地球温暖化量、再評価2018」

湧水温度は日変化・季節変化が小さく比較的に高精度で観測でき、その長期変化 から地球温暖化量を評価できる可能性がある。その可能性を検証するために、 良質データが得られるかどうか、東京都内と神奈川県秦野市で湧水温度の観測 をしている。

さらに、山腹に掘られた横穴の地震観測壕内では、温度の短時間変動が微小で あることから、岩手県遠野市にある東北大学地震観測壕内で温度の観測を行った (近藤、2019、「K177.観測壕内の温度」)。

この観測で面白い副産物が得られた。それは、外気の気圧日変化(日変化幅≒2hPa) に伴って壕の入口扉から30mの奥で空気温度の日変化幅0.005℃程度が観測された ことである。この変化幅は用いた温度計の精度・分解能0.01℃以下である。気圧の 日変化幅2hPaによる空気温度の断熱変化0.2℃に比べて0.005℃が小さいのは、 壕内壁面と空気間の放射伝達が強く作用していると考えた。

このことから、空間の大きさの違いによって長波放射(波長0.3μm以上の赤外放射) による加熱・冷却作用を計算と実験から確認したいと考えたことが研究の動機である。 この基本的な放射過程の応用範囲は広い。

本章では理論計算について、次章では容器を用いた実験結果についての報告である。


189.2 地球大気における長波放射の役割

大気中における放射(短波放射、長波放射)の役割について復習しておこう。
地球の大気上端では、全地球に入る放射エネルギーと全地球から出る放射エネルギー はほとんど釣り合っていて、その差(正味放射量R)はほぼゼロの平衡状態にある。 緯度別にみると R は低緯度で大きく高緯度で小さい。一方、地表面の正味放射量 Rn も低緯度で大きく高緯度で小さく全地球平均で90W/m2であり、 地表面は平均的に放射によって加熱されている。

大気上端の正味放射量と地表面の正味放射量の差は大気が得る正味放射量 Ra=R-Rn であり、緯度依存性は小さく地球大気平均で Ra=-90W/m2である。 したがって、大気は1日当たり0.75℃/dの割合で放射によって冷却されている (近藤、1987、「身近な気象の科学」の図2.6)。

一方、地表面から蒸発した水蒸気が大気中で凝結するときの潜熱によって大気は 加熱される。量的には少ないが地表面からの顕熱も凝結の潜熱に加わることで、 大気は0.75℃/dの割合で加熱され、放射冷却の0.75℃/dと釣り合うことになる。

日射(短波放射)による大気の加熱量は大気放射(長波放射)による冷却量に比べ小 さく、大気の放射冷却量0.75℃/dには、長波放射の役割が大きく効いている。

次に、地表面に近い高度100m以下の下層大気についてみてみよう。例として、夕刻の 地上気温=16℃、地上水蒸気圧=13hPaの快晴日を想定したときの気温・地温日変化の 数値計算によれば(Kondo, 1971)、長波放射による高度1~100m層内における 日中の加熱率は+0.2~+3℃/h、夜間は-0.2~-0.4℃/hである。地表面に接する ごく下層の0.01~0.1m層内では非常に大きな加熱(日中)と冷却(夜間)が生じて いる。この大きな加熱・冷却率は気温鉛直分布が放射平衡の分布から 大きくずれているためである。ここに放射平衡の分布とは、放射過程のみを考えたとき に平衡状態になる気温分布のことである。具体的には地表面(固体) 温度と空気温度が不連続になることであり、乱流は不連続分布を連続にしようとする。 この過程で、放射と乱流は互いに逆の大きな加熱・冷却作用を及ぼしあっている (近藤、1994、「水環境の気象学」のp.77;近藤、2000、 「地表面に近い大気の科学」の図4.17を参照)。

備考1:大気最下層では上記の現象が生じているが、普通、知らなくても 大気現象は乱流の作用だけで説明できるので、放射の作用は意識せずに無視されている。

微風晴天夜間の大気安定度が非常に安定になり、リチャードソン数Ri>1の状態では、 大気放射(長波放射)の役割が大きく、乱流の残る最下層の高度数m以下を除外 すれば、下層大気の冷却率0.5~1℃/hの大部分は放射冷却によるものとなる (Kondo et al, 1978;近藤、2000、「地表面に近い大気の科学」の図4.18)。

長波放射には近接作用と遠隔作用がある。近接作用は温度勾配の近辺で勾配を緩やか にする作用で、熱伝導に似たところがある。遠隔作用は遠くまでエネルギーを運ぶ 作用であり、ある空気隗と遠方の空気隗の温度が異なるとき、両方の空気隗同士で 温度を変える作用がある。それらの途中の空気隗も遠方の空気隗に影響し、それら を積分した効果として現れる。
換言すれば、地表(固体)面温度と気温に差があるとき、大気に及ぼす加熱・冷却 作用は地表面直上の大気に対して強く働き、遠い上空大気 に対しても働き、その作用は高度とともに小さくなる。この性質によって、空間 スケールが小さいほど(本論で対象とする黒体面に挟まれた空気層の厚さが薄 いほど)放射の作用が大きくなる。例えば、黒体面の温度が空気温度より高温 (低温)のとき、空気層が薄いほど短時間に空気温度は昇温(下降)し、黒体面 温度に漸近的に近づいていく。

大気中の放射伝達は水蒸気による効果が大きく、二酸化炭素CO2その他の微量 気体による効果は補正計算によって行われることが多い。下層大気を想定した場合、 非常に乾燥した条件でなければ、水蒸気の効果のみで近似的な結果が得られる。


189.3 計算

山本の放射図
長波放射の射出・吸収率は波長によって大きく異なり、また放射エネルギーは 全方向に射出される。この性質をもつため、放射伝達や加熱・冷却速度の 時間変化は解析的に解くことができなく、複雑な数値計算によって行われる。

複雑な数値計算をさけるために、1940年から1950年代に放射伝達を図式に解く 「放射図」が多く開発された。それらの図式計算法の中で、山本の放射図 (Yamamoto,1952)がもっとも合理的に作られている。当時は、現代のように 計算機が発達していない時代であり、積分をグラフ上で行っている。基本的には 現代でも使える。放射図に図を描くと面積から放射量の大きさが目に見え、 しかもどの高度の温度が効いているか、直観的に理解できる。現代の高速計算機で 行った計算が間違ってないかについてもチェックできる道具である。

放射図ではあらかじめ全波長について積分した「平均透過関数」が用いられている。 山本の放射図は、Yamamoto and Sasamori(1954)の観測によってかなり正確である ことが確かめられている。

その観測では、Link-Feussner 放射計を用い、2つの黒体槽で同時に検定しながら 観測するため高精度観測が可能である。この放射計では、天頂角を変えながら 各高度角の放射量を測り、積分して水平面上の放射フラックスを求めるように なっている(近藤、1894、「水環境の気象学」の図4.14を参照)。

山本の放射図を用いた具体的計算方法は近藤(1994)の「水環境の気象学」の 4.6節「放射図」に、放射図の拡大図は最後のp.350に掲載されている。山本の 放射図の原図では、放射量の単位はcal cm-2min-1 =ly/minで計算されるが、近藤(1994)の図では現代用にW/m2で計算 するように作り直してある。

備考2:山本の放射図の欠点
1960年代以後も、筆者らは各種の熱収支観測を行うとき山本の放射図による 大気放射(長波放射)量計算値と比較し、放射図が正しいことを確かめてきた。 ところが、1979年のMONEX(モンスーン実験)のとき、水蒸気量の多い熱帯赤道海洋上 で大気放射量(長波放射量)をLink-Feussner 放射計で観測し放射図による計算値と 比較したところ、計算値が過少であることがわかった。

そこで、放射図について検討した結果、水蒸気の窓領域(波長8~12μm)と 他の波長帯における透過関数を同じ形式と仮定して放射図が作られており、 そのために生じた誤差であることがわかった。誤差の補正方法は「水環境の 気象学」のp.73~p.74に掲載してあり、例えば、大気全層の有効水蒸気量が 5g/cm2(=50mm=50kg/m2)の高湿度のとき、 誤差として+36W/m2を補正する。大気全層の有効水蒸気量w*は 可降水量に似ているが、各高度の気圧を含む関数で表される。w*は多くの場合、 可降水量の1.2倍程度である。

山本の放射図では、有効水蒸気量が非常に小さい地表面に接する低高度 (通常条件で概略0.1m以下の高度)に対する平均透過関数は求められていなく、 外挿した推定値を使うことになり、計算の精度が悪くなる可能性がある。

モデル
高度100m以下の大気中を想定し、計算を簡単化するために標準気圧=1013hPaとし、 放射の吸収線幅に及ぼす気圧効果はなしと仮定する。空気中に含まれる水蒸気量 としてa=10g/m3(または、乾燥した条件のa=1 g/m3) とする。a=10g/m3は気温T=15℃では相対湿度=58.6%に相当する。

図189.1は空気層の1次元モデルである。高さz=0とz=Z に一定温度 Ts(=15℃)の 黒体があり、それらに挟まれた厚さZ(=0.1~100m)の空気層がある。 t<0 では空気温度 T は黒体面温度 Ts に等しく T=Ts であるが、初期条件 t=0 に 空気層が断熱変化によって T=14℃になったとする。そののち、T は上下の黒体面 からの放射で時間と共に Ts に近づいていく。

初期条件の直後、黒体面に近いほど空気の温度変化率が大きい。中心層 z/Z=0.5の 高度とその周辺では、t=0 には黒体面から影響を受けるが、時間経過とともに隣接 する空気層が出す放射熱の影響も受けるようになる。そのため、空気層の温度変化 は指数関数で表すことができない(最後の節の「放射による温度変化の時定数」 を参照)。

空気層モデル
図189.1 黒体面に挟まれた厚さZの空気層、計算の初期条件、黒体の温度Tsは一定。


平均の透過関数
放射図の縦座標に表されている平均透過関数は、温度に対してわずかに依存するが、 ここでは数%の計算誤差を無視することとし、山本の放射図のT=260Kにおける平均 透過関数を用いる。平均透過関数は有効水蒸気量(光学的な厚さ)の関数として表さ れるが、本計算では水蒸気量を一定としているので、わかりやすくするために 平均透過関数を高度zの関数として表すことにしよう。

図189.2は水蒸気量a=10g/m3の場合の高度zと平均透過関数の関係であり、 丸印プロットは山本の放射図に用いられている値、実線はプロットを結ぶ実験式である。 全範囲を一つの実験式で表すと複雑になるので、実験式は2つの高度範囲 (0.0001~1mと、0.01~100m)にわけて作成した。z<0.1mの範囲は外挿した 推定値となっており、多少の誤差を含む可能性がある。

平均透過関数
図189.2 平均透過関数と高度zの関係、ただし水蒸気量が高度によらず一定の a=10g/m3の場合。丸印プロットは山本の放射図の値、実線は実験式である。


各高度における放射量の計算は放射図に基づいて行うが、ここでは高度の小さい 範囲についての計算であるため、放射図を大きく拡大して使うことになる。 その場合の放射図に描かれた曲線で囲まれた面積(放射量に相当)は、図中に 示した実験式を用いる計算で求めることになる。


189.4 放射フラックスの高度分布

図189.3は正味放射量Rn(=上向きフラックス-下向きフラックス)の高度分布 である。空気層の厚さZ=0.01m~100mの範囲(a=10g/m3の場合)、 またはZ=0.1m~1000mの範囲(a=1g/m3の場合)について、Zごとに色分け してある。縦軸は高度zを空気層の厚さZで割り算した無次元高度である。

正味放射量 Rnは±2W/m2の小さい範囲にあり、通常の放射計では測定でき ない大きさである。

フラックス
図189.3 正味放射量の高度分布、パラメータは空気層の厚さZごとに表してある。 ただし、t=0の初期条件のときの分布。


189.5 温度変化率の高度分布

正味放射量Rnの高度zに対する微分(dRn/dz)は空気温度の時間変化率(dT/dt) に比例する。 Cpρ(=1.2×10J K-1-3)を空気の 体積熱容量とすれば、次式で表される。

  dT/dt=-(1/Cpρ)×dRn/dz ・・・・・・(189.1)

図189.4は初期条件t=0(全層 T=14℃)における空気温度の時間変化率 dT/dt の高度 分布である。上図は水蒸気量a=10g/m3、下図は非常に乾燥した空気 a=1g/m3の場合である。黒体面に近い高度(z~0付近、z~Z付近) では dT/dt は非常に大きいが、中心層z/Z=0.5の付近では小さい。

注意:上図のZ=0.1mの場合、z/Z=0.005においてはdT/dt=66.2℃/h= 1.1℃/minという大きな温度変化率が生じている。この1.1℃/minは t=0 における 温度変化率であるが、その後の t>0 では dT/dt は大きく変化することに 注意のこと。前記したように放射伝達の性質によって空気の各層の温度変化は 指数関数で表すことはできない。

図から次の特徴が分かる。(1)水蒸気量が多い場合は(上図)、放射量の高度 依存性が強く温度変化率が大きくなる。この特徴から、高温湿潤の条件では 放射の影響が大きくなる。(2)空気層が厚いときの温度変化率は小さい (例えばZ=100mの場合、dT/dt~0.1℃/h前後)が、薄くなるにしたがって 温度変化率は大きくなる、例えばZ=0.1mの場合は dT/dt~10℃/h 前後である。

Z=100mの場合の実例は、雲底が高度100mの厚い雲で覆われたとき、地表面と 雲の間(下層大気)へ雲底温度と地表面温度より1℃低い冷気が移流してきた 場合が考えられる。水蒸気量がa=10g/m3であれば、その冷気層は 移流直後の時間帯には放射によって0.05℃/h(高度50m)~1.7℃/h(雲底直下と 地表面直上)の割合で加熱される。

本論は、こうした現象の理解に役立つ放射過程の理論的な計算である。

温度変化率の高度分布
図189.4 初期条件t=0(全層T=14℃)における空気温度の時間変化率 dT/dt の 高度分布。空気層の厚さ Z ごとに色分けしてある。上図は水蒸気量 a=10g/m3、 下図は a=1g/m3の場合。


平均の温度変化率
図189.5 空気層の厚さ Z と全層平均(丸印および四角印と実線)および中心層 (*印および×印と破線)の温度変化率の関係、ただし t=0 の温度分布(全層T=14℃) のとき。


図189.5は、全層平均と中心層の温度変化率と空気層の厚さ Z との関係である。 前図で示した特徴がこの図にも現れており、Z が小さいほど放射加熱による温度 変化率が大きい。

水蒸気量 a=10g/m3、層厚Z=0.1mの場合、t=0における全層平均の 温度変化率=11.8℃/h=1℃/5minである。仮に、t>0 でもこの温度変化率が続いた と仮定すれば5分間で T=Ts の等温となる。この5分を放射効果の時定数「放射時定数」 と定義する。


189.6 放射による温度変化の時定数

温度Tの物体からの熱放出量が周囲の温度Tsとの差(Ts-T)に比例する場合、T の 時間変化は次式で表される。ただし、t=0 の初期条件の物体温度 T=To として、

  T(t)=To+(Ts-To)[1-exp(-t/τ)] ・・・・・・(189.2)

τ は時定数(追従時間)と呼ばれている。

ところが、放射の作用による温度の時間変化は上式のような指数関数で表すことができ ない。そこで、放射による温度変化の時定数 τr を次式で定義する。

  τr=(Ts-T)t=0 / [(dT/dt)t=0] ・・・・・・・・・(189.3)

τr を「放射時定数」と名付ける。その意味は、t=0における 温度の時間変化率がそのまま続いたとしたとき、τrの時間で T は Ts に 等しくなる、つまり T が元の状態にもどるということである。あるいは、 時間 t=τr には、元の温度に概略60~90%ほど戻るという意味である。

本節の直前に説明した水蒸気量 a=10g/m3、層厚Z=0.1mの場合の全層平均の放射時定数は5分間となる。

図189.6は放射時定数と空気層の厚さZの関係である。Z が大きくなるほど(空間 スケールが大きいほど)放射時定数は大きくなる。

前々節189.4および前節189.5では初期条件の t=0 に Ts-T=1℃の場合の計算を 示したが、本節で定義した放射追従時間を用いると Ts-T が1℃でない場合でも 放射追従時間はほとんど同じになる(ただし温度差が10℃程度以内のとき)。 それゆえ、現象の理解が容易になる。

備考3:「温度差が10℃程度以内のとき放射追従時間はほとんど同じ」 について
温度を絶対温度(K)で表したとき、表示を分かりやすくするために射出率・吸収率を 含めずに表せば、放射エネルギーの交換は、 σTsとσTの差に比例する。 温度差が10℃以内のとき、差は次の近似式で表される。
σTsーσT≒4σT(TsーT)
放射追従時間の定義(式189.3)には、この関係が含まれている。

放射時定数
図189.6 放射時定数と空気層の厚さZの関係。ただし温度が15℃(288K)のとき。


図189.4の直前に取り上げた雲底下の層厚 Z=100mへ冷気が移流してきた例に ついて再び考えてみよう。すなわち、水蒸気量a=10g/m3の冷気が雲底 高度100mの下層へ、一様な陸面上へ流れてきたとき、全層平均の放射追従時間は 450分=7.5時間である(図の黒実線)。日射がなく乱流混合もなければ、目安として 半日間ほど冷気の状態が続くことになる。

別の例として、畑地面(温度Ts)の上の高度1mに広い覆い(温度Ts)を 被せ、その下の空気層の温度 T が Ts と違った場合を想定 する(Ts と T の差はいくらでもよい)。この場合(Z=1m)について、 図189.6の実線から読み取ると、全層平均の放射追従時間=23分である。 つまり、空気層内で乱流混合がなければこの程度の時間で空気温度 T は Ts に ほぼ等しくなる。

話しを戻して、前記の Z=0.1m の例で取り上げた放射追従時間 5分間も1次元 空間の場合である。次章で実験する容器内の空気が圧力変化に よって断熱変化したときの温度変化は3次元空間の現象であり、1次元の場合の 時定数5分に比べて、時定数は短時間になる(2~3分程度か?)。実際には、 容器内では温度差ができると微弱な対流も生じ、他に微弱作用の分子熱拡散も働くので、 より大きな温度変化率が生じ、それらを含めた時定数はさらに短くなると予想される。

次章で示す断熱容器(0.14m×0.2m×0.28m;温度=23℃、a=18g/m3) と20リットルの断熱容器(0.22m×0.26m×0.35m;温度=25℃、a=15g/m3) での放射時定数は概略 0.3分~1分である。また、8畳の板の間(2.4m×3.55m×3.55m) で行った実験では、5~10分間でほぼ元の室内温度に戻った( 「K177.観測壕内の温度」の付録1の図177.20を参照)。

放射時定数についての計算値と容器内の実験値についての議論は次章において行う。


まとめ

温度Ts=15℃の黒体面で挟まれた厚さZの空気層の温度が初期時刻 t=0 でT=14℃のとき、 t=0 における空気層内の放射フラックスの鉛直分布を山本の放射図に 基づく方法で計算した。水蒸気量a=10g/m3と乾燥したa=1g/m3 の場合の初期条件 t=0 について放射による空気温度の時間変化率を計算した。

(1)水蒸気量が多い場合は、正味放射量Rnの高度zへの依存度(dRn/dz)が 大きくなり温度変化率(dT/dt)が大きくなる。つまり、高温湿潤の条件では放射 の影響が大きくなる。

(2)空気層が厚いときの温度変化率は小さい(例えばZ=100mの場合、 dT/dt~0.1℃/h前後)。しかし、空気層が薄くなるにしたがって温度変化率は 大きくなる、例えば、水蒸気量a=10g/m3、層厚Z=0.1mの場合、全層平均の温度 変化率=11.8℃/h≒1℃/5minである。この5分間を放射による時定数「放射時定数」 と定義した。

(3)放射時定数は初期時刻 t=0における空気温度と黒体面温度の差にほとんど 依存しないので(温度差が10℃程度以内のとき)、これを用いれば時間変化する 現象の理解が容易になる。例をあげて説明した。 放射時定数は空気層の厚さが薄いほど短時間になる。つまり、短時間に等温に 近づく。

本章は1次元の場合の計算であり、次章で示す実験つまり容器内の空気が圧力変化 によって断熱変化したときの温度変化は3次元の現象となり、1次元の場合の時定数 5分間よりも短時間となる。実際には、容器内では温度差ができると、ごく微弱な 対流も生じ、他に微弱効果をもつ分子熱拡散も働くので、より大きな温度変化率が 生じると考えられる。したがって、それらを含めた時定数はさらに短くなる。 その実験結果は次章に示される。


参考文献

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