K184.凍霜害予測(9)夕刻の気温湿度予報値の利用


著者:近藤純正
夜間における作物の最低葉温は大気放射量と密接な関係にある。快晴夜間の大気放射量 は夕刻の気温と水蒸気圧の関数として近藤(2000)の実験式から推定することができる。 最低葉温を精度±1℃で予測するには大気放射量は±10W/m2の精度が必要で ある。その場合、夕刻の気温は1℃、水蒸気圧は1.2~1.5hPa程度(相対湿度で概略5%) の精度でよい。

本報告では、日本気象協会が予報している夕刻の気温と相対湿度から推定した大気 放射量と翌朝の最低葉温との関係を求めた。快晴微風夜について、最低葉温は誤差 (標準偏差)±0.96℃で予測できることがわかった。
(完成:2019年4月30日)

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更新の記録
2019年4月23日:素案の作成

    目次
        184.1 はじめに
        184.2 快晴夜の大気放射量、許容誤差     
        184.3  記号と定義
        184.4 観測
        184.5 快晴時大気放射量と最低葉温の関係
        まとめ
        参考文献                 


予報資料の利用
日本気象協会の1時間間隔の気温・相対湿度の予報値を利用した。

184.1 はじめに

夜間の地上気温や作物葉面温度は地表面温度とともに下降する。微風晴天夜の 地表面温度の低下量「冷却量」は放射冷却の理論式に従う。理論式は近藤(1994) 「水環境の気象学」のp.145-p.147に示されている。

これまでの準備研究によって、作物の最低葉温の予測法として、夕刻の大気放射量 のデータのみを用いる方法がある。「K182.凍霜害予測の実用 化(8)秦野市千村」の図182.7の中図に示され、その原理は182.6節の熱収支 計算によって説明されている。

これに必要な、夕刻の大気放射量を知る方法として、
(1)放射計で観測する方法(「K178.夜間用の放射計と葉面 温度計、市販化」)。
(2)夕刻の気温・水蒸気圧の観測値を用い実験式から推定する。その実験式は 近藤(2000)の式2.33、および付録の式A2.1~A2.6)による。
(3)気象予報会社の公表する夕刻の気温・湿度の予報値を大気放射量推定の 実験式に用いる。

本報告では,(3)の検証試験であり、日本気象協会の夕刻の気温・相対湿度の 予報値を利用し、翌朝の最低葉温を予測するものである。この方法で必要な観測は、 作物の葉面温度を代表する基準型の葉面温度計(直径0.06mの水平円板)による葉温 の観測のみである。葉面温度計は「K178.夜間用の放射計と 葉面温度計、市販化」に示されている。


184.2 快晴夜の大気放射量、許容誤差

快晴時の大気放射量は、大気全層の気温と水蒸気量によってきまる。大気全層の気温 と水蒸気量は、特殊条件でなければ、地上の日平均気温・日平均水蒸気量と高い 相関関係にある。その結果、実験式を用いて10W/m2の精度で推定すること ができる(近藤、2000、の式2.33、および付録の式A2.1~A2.6)による)。

大気放射量を10W/m2の精度で求めたい場合、地上の気温 T と水蒸気圧 e の 精度を表184.1に示した。赤数値で示すように、例えば気温の誤差ΔTが1.0℃のとき、 水蒸気圧の誤差はΔe=1.47hPa(気温T=10℃、相対湿度h=50%のとき)、 あるいは1.22hPa(気温T=0℃、相対湿度h=50%のとき)である。

この例からわかるように、大気放射量を推定するときの地上気温・水蒸気圧は高精度 でなくてよく、凍霜害予測の実用化の簡単な方法と言える。

表184.1 快晴夜間の大気放射量L↓の誤差をΔL↓=10W/m2以内とする場合、 必要な気温Tと水蒸気圧eの許容誤差ΔTとΔe。
許容誤差表


図184.1は日本気象協会の1時間ごと予報値と実測値の3日間の比較である。 凍霜害予測の実用化では、日平均値を用いる代わりに夕刻(日没前30分)の気温と 水蒸気圧を用いる。本報告では神奈川県平塚市の住宅街で試験し、夕刻値として 17時と18時の気温・水蒸気圧の平均値を用いる。

予報値は毎日14時発表の値を図示してある。毎日の14時以後は予報値であり、 その前の1時~14時の値は予報会社によるメッシュ推定値である。メッシュ推定値を 含む予報値と実測値の差(誤差)は前記の表で示した許容誤差の範囲内であること がわかる。

気温・湿度の予報値と観測
図184.1 神奈川県平塚市の住宅街における気温・水蒸気圧の予報値と実測値の比較、 2019年4月16日~18日。縦長矩形で示す時刻の気温・水蒸気圧の予報値を利用して 翌朝の最低葉温を予測する。

 
注意:図184.1の下図に示す水蒸気圧の観測値(青線)に注意が必要である。 これは、自然通風式シェルタ内の気温・湿度センサ(T&D社製のおんどとり、 TR-3110センサ)で観測したものであり、気温センサと湿度センサの時定数の違い により、気温と湿度が急変するとき、湿度の観測値が不正確になることによると 考えられる。


184.3 記号と定義

夕刻:日没の30分前、夜間冷却の初期時刻t=0
R↓-σT:有効放射量、σはステファン・ボルツマン定数、T は気温(K)
R↓:下向き放射量(日射量+大気放射量)
L↓:大気放射量
L↓-σT:夜間の有効放射量
T:気温
B:葉面温度
G:地面温度(実際には裸地面下0.02mの地温)
To、Bo、Go:夕刻の初期値
Tm、Bm:夜間の最低温度


184.4 観測

凍霜害予測の実用化段階では、必要な観測は葉面温度のみでよいが、本研究では、 ほかに大気放射量、気温、葉面温度(略称:葉温)、地面温度(裸地面下0.02mの地温) の観測も行った。

気温は近藤式精密通風気温計で(「K126.高精度通風式気温計 の市販化」)、また、有効放射量は簡易型の放射計で、葉面温度は基準型の 葉面温度計で観測した(「K178.夜間用の放射計と葉面温度計、 市販化」)。いずれもプリード社製である。

葉面温度計受感部を野菜「小松菜」の最上端の少し下、天空が十分に見える場所 (夜間の葉面がもっとも低温になる場所)に設置し、この温度を葉温とする。

観測は神奈川県平塚市中里の住宅地の庭で、2019年3月10日午後~4月21日朝までの 42夜間について行った。

気温などの記録の時間間隔は10分間である。

図184.2は大気放射量(単位は出力の℃)、気温、葉温、地面温度、および葉温・気温 差の42日間の時間変化である。

気温ほかの42日間
図184.2 気象要素の時間変化(2019年3月10日~4月21日)、縦線目盛りの位置は 各日の0時を表す。
 上:有効放射量(出力単位:℃)、-1℃は-68.4W/m2に相当する。
 中:気温、葉温、地面温度(裸地面下0.02mの地温)
 下:葉温と気温の差


この住宅街では、高度2mの風速は日中に1~3m/s程度あるが、ほとんどの夜間は 1m/s以下の微風である(「K179.凍霜害予測の実用化(5) 冬の住宅地」の表179.2、表179.3を参照)。

42夜間のうち、快晴時間が数時間以上続いた17夜について比較すると、大気放射量の 推定値と観測値の差(標準偏差)は±10W/m2であった。


184.5 快晴時大気放射量と最低葉温の関係

表184.2と184.3は計算値と観測値の一覧表である。夕刻の気温と湿度は日本気象協会の 予報値(17時と18時の平均値)である。予報値欄の空欄は予報値の読取りを忘れた 日である。その右列に続く飽和水蒸気圧(esat)は気温に対する飽和水蒸気圧、 それに相対湿度を掛け算したeは水蒸気圧、Tdewは露点である。その右に続く覧は 快晴時の大気放射量を推定する近藤(2000)の実験式(式A2.5)、(式A2.3)、 (式2.33)から求めた放射量などである。

なお、大気放射量推定の実験式には気圧が必要であるが、気圧依存性は 小さいので、対象地点の平均的な気圧1010hPaを用いてある。

表184.2 夕刻の気温と湿度の予報値とそれに基づく計算値と観測値の一覧表。
観測一覧表

表184.3 (表184.2の続き)
観測一覧表、続き


図184.3の上図は快晴時の大気放射量の推定値と最低葉温の関係、下図は最低気温と 最低葉温の関係である。快晴夜は大きい白丸印で、雲のある夜や雨の夜は小印で示した。 ただし、快晴夜とは、短時間の雲の通過があっても夜間全体として快晴が続いた夜で ある。

上図において、実線は快晴夜の関係を表す実験式である。実験式からのずれ (予測誤差:標準偏差)は±0.96℃である。

下図において、同様に実線からのずれは±0.55℃である。また、

最低葉温―最低気温=-3.40℃±0.57℃

であり、葉面温度の最低値は最低気温より平均3.40℃低温となる。

大気放射量と最低葉温
図184.3 快晴時の大気放射量と最低葉温の関係(上)と、最低気温と最低葉温の 関係(下)。


上図は次のように利用される。夕刻の気温・湿度の予報値を表184.2に代入し、 大気放射量(単位:W/m2)を計算する。この表はエクセル表であり、 放射量や水蒸気量の計算式が含まれており、気温・湿度の数値を代入すれば、 自動的に結果が出るようになっている。

大気放射量が分かれば、次式(1)により翌朝の最低葉温を計算する。

翌朝の最低葉温(℃)=0.126×「大気放射量」-33.0℃ ・・・・・(1)

これまでの各地における試験観測によれば、天気予報は外れることがある。 夕刻に曇天で、ひと晩中曇りの予報であっても、予報が外れて夜半から晴れてくれば、 式(1)で得られる最低葉温となる。曇天の天気予報が正しければ最低葉温は 式(1)よりも高温となる。上図の実線は起こりうる最低葉温を示すものである。

なお、作物の凍霜害は作物の種類、生育段階によって異なる。それゆえ、凍霜害の 起きる危険な最低葉温は別途調べておかねばならない。また、葉温が氷点下になって も大気が乾燥しているときには降霜は目視できない。それゆえ、作物を代表する温度 を基準の「葉面温度計」で観測しなければならない。


まとめ

少額経費と最低限の測器で凍霜害予測の実用化を目指す試験である。 夕刻の気温・相対湿度の予報値を用いて快晴時の大気放射量を推定し、翌朝の最低葉温 の予測を行った。

この方法では、大気放射量は±10W/m2の精度が必要である。この場合、 夕刻の気温は1℃、水蒸気圧は1.2~1.5hPa程度(相対湿度で概略5%)の精度でよい。

神奈川県平塚市の住宅街において42夜間について行った。そのうちの快晴微風夜 について、最低葉温は誤差(標準偏差)±0.96℃で予測できることがわかった。 また、大気放射量の実験式による推定値と実測値を比較すると、誤差は ±10W/m2であった。

快晴時の大気放射量と最低葉温の関係は式(1)で与えられる。

最低葉温は最低気温よりも3.40℃(±0.57℃)の低温である。

式(1)の係数と葉温・気温差は、作物の種類や季節(土壌水分量など)、その他の 条件によって少し異なる。例えば、ビニールトンネル内のトウモロコシの野菜畑では 葉温・気温差は約1℃となる(続報を参照)。


参考文献

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支.朝倉書店、 pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会、pp.324.



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