K179.凍霜害予測の実用化(5)冬の住宅地


著者:近藤純正
農業生産活動への気象予測の実用化では、一般の研究と違って、可能な限り少ない 観測データを用いて利用者の負担を軽減する必要がある。これまでの研究により、 作物葉面の最低温度を予測するとき、最低限必要なパラメータは葉面温度の夕刻 の初期値と朝の最低値、および夕刻の有効放射量であることが分かった。 その確認として試験1~試験5がある。本報告では試験1として、住宅街において 有効放射量、気温、葉面温度、風向・風速を観測し、放射冷却量の予測と検証を 行なった。

快晴微風夜については、葉面温度または気温の最低値は±1℃程度(最大2℃) のバラツキの範囲内で予測できる。しかし、雲のある夜については、雲の出現 時刻によってバラツキが大きく最大3~4℃となり、今後の改善課題である。 (完成:2019年1月13日)

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更新の記録
2019年1月6日:素案の作成

    目次
        179.1 はじめに
        179.2 観測     
        179.3  気象要素の時間変化
      例1:快晴夜
      例2:晴れのち曇りの夜
        179.4  有効放射量と冷却量の関係
        179.5 最低温度の予測実用化
        まとめ
        参考文献                     


179.1 はじめに

微風晴天夜間の地表面温度の低下量「冷却量」は放射冷却の理論式にほぼ従う。 理論式は近藤(1994)「水環境の気象学」のp.145-p.147に示されている。

地上気温や作物葉面温度も地表面温度にしたがって下降する。放射冷却量を決める 要素は、(a)夕刻の有効放射量(大気全層の水蒸気量・気温)、(b)地表層の 熱的パラメータ(土壌種類、土壌水分量、季節)、(c)夜間の長さ(季節)、 (d)風速(地上風速、または地域を代表する高度1km付近の風速)である。 そのほか、(e)雲の種類・広がりによって夜間の有効放射量が大きく時間変動し、 地表面温度・地上気温に大きな影響を及ぼす。また、例えば海岸に近い所など 移流効果の大きい所では(f)風向によって夜間の冷却量は変わる。

上記の諸要素(a)~(f)を正確に予測することは困難である。実用上の経費 節減のため、特殊な地域を除けば、要素(a)~(c)のみで、近似的な冷却量 を予測することになる。予測と結果の検証・解釈に必要な観測項目として、 次の試験1~試験5があり、順次観測によって確認していく。

試験1:有効放射量、気温、葉面温度、風速の4要素を観測し、放射冷却量の 予測と検証を行う。この試験を神奈川県の平塚市中里の住宅地で行う。

試験2:有効放射量は実測せずに夕刻の気温と湿度の観測値から実験式によって 推定する。気温、葉面温度、風速を観測し、放射冷却量の予測と検証を行う。 この試験を埼玉県茶業研究所の茶畑で行う。快晴夜間の有効放射量を推定する 実験式として、各地に適応できる近藤(2000)「地表面に近い大気の科学」の 式(2.33)及びその付録式(A2.1)~(A2.7)を用いる。

試験3:距離10km以内に気温・湿度を観測している特別地域気象観測所 (気象台か旧測候所)がある場合、その気象観測所の夕刻の気温・湿度から 有効放射量を推定する。風速も気象台の観測値を利用し、凍霜害予測地では 気温と葉面温度のみを観測する。この試験をつくば市柳橋の野菜畑で行う。

試験4:葉面温度のみ観測し、気象台や予報会社の気温予報値を利用する。 葉面温度予測値は気温予報値から3℃~5℃低い値となる。

試験5:トンネル栽培の畑について、ビニールトンネル内の作物の葉面温度の 予測を行うための試験観測を行う。

これまでのシリーズ研究で示したように、晴天夜の朝の地面または葉面温度の 最低値は±1℃程度の精度で予測できることがわかった。
「K166.最低気温、凍霜害の予測(1)秦野市千村」「K168.最低気温、凍霜害予測(2)夏の住宅街」)。

本報告では、上記の試験1を行うものである。


179.2 観測

神奈川県平塚市中里の住宅地の庭で観測する。気温(高度1.5m)の観測は 近藤式精密通風気温計で、有効放射量(高度1.4m)は近藤式簡易放射計で、 風速(高度2m)は超音波風速計(Wind Sonic、PGWS-100-1 RS232C)、 葉面温度(小松菜上端の少し下)は近藤式葉面温度計で行う。各要素は10分間隔 で記録する。

夕刻の有効放射量は夜間専用の近藤式簡易放射計で観測できる。葉面温度は 近藤式葉面温度計で観測する。これら基準器の簡易放射計と葉面温度計は 「K178. 夜間用の放射計と葉面温度計、市販化」 に示してある。

観測期間は2018年11月14日から2019年1月6日までである。

今後の基準データとするため、気温計と簡易放射計の温度センサ・データレコーダ は高精度温度ロガープレシイK320(立山科学工業)を用いた。高精度測定システム による検定により、精度・分解能は0.01℃、相対的誤差は0.003℃である。

葉面温度計の温度センサとして2種類を用いる。その1は3線式Pt1000 (立山科学工業)、データレコーダはおんどとり「TR-55i-Pt」(T&D社) を用いる。温度分解能は0.1℃であるが、精密検定により精度は0.03℃である。 検定方法の詳細は「K145.高精度気温観測用の計器・Pt センサの検定」に示してある。

その2はサーミスタセンサ・データロガーとして、おんどとり「TR-52i」(T&D社) を用いる。市販品の誤差は±0.3℃であるが、精密検定により相対的誤差は ±0.05℃である(「K171.サーミスタ温度計の校正 (おんどとりTR-52i)」)。

筆者はその1を2セット、その2を2セット使用しており、野菜畑のビニール トンネル内の葉面温度の観測にも使用する。

この観測では、不織布とビニールシートで覆ったトンネル内の葉面温度も観測 したが、トンネル内の葉面温度・地面温度に関する結果は続報で述べる予定で ある。本論では露地栽培(温室などの施設を使用しない自然の栽培)の葉面温度 を対象とする。

記号の説明
T:高度1.5mの気温(℃)
B:葉面温度計の温度(℃)
to:夜間冷却の初期時刻=日没の30分前
To:初期時刻の気温
Bo:初期時刻の葉面温度
Tmin(略称Tm):夜間の時間帯の最低気温
Bmin(略称Bm):夜間の時間帯の最低葉面温度
L↓:大気放射量(W/m2
σT:気温Tに対する黒体放射量(W/m2
L↓-σT:有効放射量(略称、放射量)(W/m または簡易放射計の出力単位℃で表す)

冷却量の大きさを決める夕刻の放射量として、観測値が落ち着く18時~21時の 平均値を用いる。本論では出力単位の℃で表す。


179.3 気象要素の時間変化

15時から翌朝9時までの諸要素の時間変化について2つの例を示す。

例1:快晴夜
図179.1は快晴夜の例である。12月25日の日没(山や建物などがない場合の 天文学的時刻)は16.6時であり、最上段に示すように、16.0時~16.3時の時間帯 の有効放射量はゼロ前後である。太陽直射光はゼロであるが天空の散乱光が概略 100W/m2あり、長波放射の有効放射量(マイナス)とちょうど 等しくなる時間帯である。

17時過ぎから翌朝6時ころまでの有効放射量は-1.2~-1.4℃である。 そのため、上から2段目の図では、葉面温度(緑線)や気温(赤線)はほぼ 微風夜の放射冷却の理論式にしたがう形で時間とともに低下している。

この夜は0.5m/s以下の風速が長時間続き、微風夜である(上から4段目の図)。 他の夜も含め観測した夜はすべて0.7m/s以下(0時~6時の平均風速)であり、 本論では微風夜としての結果を示すことになる。

なお、不織布またはビニールシートで覆ったトンネル内の地面温度と葉面温度 (小松菜が密な畑と、疎な畑)も図中に示すが、それらについては続報で述べる こととし、本論では述べない。

12月25日
図179.1 各要素の時間変化、2018年12月25日~26日
 最上段:有効放射量、出力は温度差(単位:℃)で表してある
 2段目:気温、葉面温度、不織布トンネル内の地面温度と葉面温度
 3段目:葉面温度-気温、不織布内葉面温度ー葉面温度
 4段目:風速
 最下段:風向


例2:晴のち曇りの夜
晴のち曇りの夜間の例を示した図179.2では、23時ころまではほぼ晴れており、 夜半から雲が現れた。18時ころから有効放射量-1.2℃前後の値が23時ころまで 続いていることがわかる。ただし、17時~19時の時間帯に微妙な小変化があり、 それに連動して気温と葉面温度が微妙に変化している(上から2段目の図)。

23時ころから雲が現れ始めたと考えられ、有効放射量は-0.5℃~-1.0℃の間 で変動している。その変動にともなって葉面温度などが時間変動している (2段目の図)。

夜半から雲が出たことにより、この夜の冷却量は快晴夜ほど大きくならならず、 快晴夜に比べて2℃ほど小さい。

12月8日
図179.2 各要素の時間変化、2018年12月8日~9日
 最上段:有効放射量、出力は温度差(単位:℃)で表してある
 2段目:気温、葉面温度、不織布トンネル内の地面温度と葉面温度
 3段目:葉面温度-気温、不織布内葉面温度-葉面温度
 4段目:風速
 最下段:風向


注意:雲のある夜間の冷却量
次節で示す図179.3からわかるように、雲のある夕刻(日没30分前)から 朝の最低温度までの温度低下量(夜間冷却量)の大きさは、快晴夜に比べて 必ずしも小さくなるわけではない。

例えば、日中の晴天で地表面温度が大きく上昇した日、夕刻前後の温度下降が 大きくなる時間帯に曇りとなれば、温度下降が弱くなり初期時刻の葉面温度Bo または気温Toが比較的高温の状態となる。その直後から晴天となれば、 葉面温度や気温は急速に下降し朝までの冷却量が大きくなる。その他、 異なる時間帯に雲の出現・消失があり、夜間冷却量はさまざまの大きさとなる。

他の例として、夕刻に雲が多く有効放射量の絶対値が小さくても、その後に 晴れると、有効放射量の絶対値が大きくなり、冷却量は大きくなる。


179.4 有効放射量と冷却量の関係

図179.3は冷却量と有効放射量の関係である。快晴夜は大きい丸印プロット、 雲ありの夜は小黒印プロットで表した。破線は座標(0、0)を通る大きい 丸印プロットを表す近似直線である。 前章で示したように(「K176.凍霜害予測の実用化(4) 狭山ー準備研究」)、各観測の夜の長さや地表層の熱的パラメータが同じで ないため、近似直線は座標(0、0)を厳密には通らないが、他所との比較を見 やすくするために(0.0)を通る直線で示すことにした。

横軸は有効放射量の観測値、縦軸は冷却量として最上段の図では葉面温度の 冷却量(Bo-Bm)、2段目では夕刻の気温と葉面温度の最低値の差(To-Bm)、 3段目は気温の冷却量(To-Tm)を選んである。最下段の図では縦軸は最低葉温 と最低気温の差である。

冷却量として3種類を示した理由は、観測項目の少ない他所における解析結果 と比較するのに必要となるからである。

冷却量
図179.3 有効放射量と冷却量の関係
 最上段:葉面温度の冷却量(Bo-Bm)
 2段目:夕刻の気温と葉面温度の最低値の差(To-Bm)
 3段目:気温の冷却量(To-Tm)
 最下段:葉面温度の最低値と気温の最低値の差


快晴夜の冷却量(大きい丸印)の直線近似からのずれは、ほとんど±1℃ (最大2℃程度)の範囲内にあることがわかる。気温など諸要素は乱流的性質 をもつため予測限界は±0.5℃~±1.0℃であるので、実用化として十分であろう。

いっぽう、雲ありの夜間(小黒印)のバラツキは±2℃(最大4℃程度)も あり正確な予測は難しい。破線で表した直線近似線の右側にプロットされている 多くは、夕刻に曇っていて後に晴れてきた夜である。それゆえ、有効放射量の 観測値が通常より小さい時は快晴夜の有効放射量を参考にして最低温度を予測 するなど工夫が必要である。

表179.1は観測・解析結果の一覧表である。前述のように、本観測では0時~6時 の平均風速は0.7m/s以下の微風であったので、図と表には「風あり」夜間の 冷却量は示していない。

表179.1 観測値と冷却量などの一覧表(その1)
一覧表その1


表179.2 観測値と冷却量などの一覧表(その2)
一覧表その2


179.5 最低温度の予測実用化

今回の1~2カ月間程度の短期間では、気象条件はほぼ似ており、快晴微風夜の 冷却量はほぼ揃っていることがわかった。それゆえ、対象地点において、 あらかじめ予備観測を行いその季節における有効放射量や冷却量の大きさなどを 求めておけば、それに基づいて翌朝の葉面温度の最低値を予測することが できそうである。

表179.3は快晴微風夜の気温、葉面温度、冷却量の一覧表である。表の下部に 快晴微風夜の平均値と標準偏差を示した。すなわち、

夕刻の有効放射量=-1.33±0.06℃
葉面温度の冷却量=9.9±1.3℃
冷却量(To-Bm)=13.7±1.5℃
気温の冷却量=9.9±1.2℃

となり、冷却量の平均値からのバラツキの程度(標準偏差)は比較的に小さく 1.2~1.5℃である。また、最下段に示した冷却量の平均値に対する標準偏差 の大きさは11~13%である。

表179.3 快晴微風夜の一覧表
快晴日の表

まとめ

作物葉面の最低温度を予測する研究である。農業生産活動への気象予測の実用化 では、一般の研究と違って、可能な限り少ない観測データを用いて利用者の 負担を軽減する必要がある。

その目的のために行うべき5つの試験があり、本論はその第一番目の試験1で ある。すなわち、有効放射量、気温、葉面温度、風速の4要素を観測し、 放射冷却量の予測と検証を神奈川県の平塚市中里の住宅地の庭で行った。 強風夜間は無く、微風晴天夜と雲のある夜間のデータが得られた。

(1)微風晴天夜については、葉面温度または気温の最低値は±1℃程度 (最大2℃)のバラツキの範囲内で予測できる。

(2)雲のある夜については、雲の出現時刻によってバラツキが大きく 最大誤差は3~4℃である。それゆえ、雲のある夜間については、工夫の必要がある。 工夫の例として、たとえば、有効放射量の観測値が通常より小さい時は快晴夜 の有効放射量を参考にして最低温度を予測することが考えられる。


参考文献

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支.朝倉書店、 pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学―理解と応用.東京大学出版会、 pp.324.



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