K46.日本における温暖化と気温の正確な観測


著者:近藤 純正
気象観測資料に含まれる様々な誤差を補正して日本における正しい 地球温暖化量(バックグラウンド温暖化量)を評価した。 二酸化炭素の増加にともなう地球温暖化とは別に、多くの大・中都市 では都市化による気温上昇(熱汚染量)があり、各都市について 熱汚染量の経年変化を求めた。2000年時点における大多数の都市の熱汚染量 は、この100年間の地球温暖化量よりも大きい。
本章ではさらに、野外における気温の正しい観測方法、特に放射の影響を 具体的に見積もった。気温センサーの大きさを数mmとし、観測精度を 0.05℃以内で求めるには、直射光は防ぎ、2重の通風筒を用い通風速度は 3m/s以上にしなければならない。 (完成:2010年3月9日)

本章は、日本伝熱学会誌「伝熱」(2010年7月号)に掲載の内容である。

本ホームページに掲載の内容は著作物であるので、 引用・利用に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを 明記のこと

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  目次
        46.1 はじめに
        46.2 長期の気温データに含まれる誤差
		(1)観測方法の変更による誤差
		(2)都市化の影響
		(3)日だまり効果
		(4)測候所の無人化にともなう誤差
        46.3 日本のバックグラウンド温暖化量
		(1)100年間当たりの気温上昇率
		(2)気温ジャンプ
		(3)太陽黒点数と気温の関係
		(4)火山噴火との関係,その他
        46.4 都市の熱汚染量
        46.5 気温を正しく観測する方法
        46.6 まとめ
	参考文献


46.1 はじめに

 地球温暖化が一般社会の大きな問題になってきた.地球規模の気温上昇量, いわゆる地球温暖化量は100年につき0.7℃程度のわずかな上昇量である ために,データの処理によっては過大に評価された"温暖化過剰論"があり, 他方では過小に評価された"温暖化否定論,懐疑論"の2つが世間を賑わせて いる.0.7℃は野外における気温観測の誤差の桁であり,これら両論がある のは当然のことだろう.筆者は,50年以上にわたり大気境界層の気象学を 研究してきた立場から,気温や熱輸送量の観測の難しさがわかる.

日本における近代的な気象観測は1872(明治5)年に函館で,1875(明治8) 年に東京で始められ,明治時代後半から昭和初期にかけて全国に測候所が 創設された(のちに主要都市の測候所は地方気象台,管区気象台に改称). この100年余の間には,気象観測の方法,統計の方法,測器も時代とともに 変更されており,観測値は均質というわけではない.世界の観測資料に ついても同様である.

さらに,ほとんどの気象観測所は創設当時には町外れにあったが, 終戦後から観測所周辺は都市化され,さらに1960年代以降の経済高度成長 とともに,都市には高層ビルが建つなど周辺環境が大きく変化し,観測値 には都市化の影響を含むようになった.したがって,例えばインターネット で公表されている観測資料をグラフに描き,気温上昇率を計算しても, それは真の地球温暖化量にはならない.

気温の観測値は次の要素を含んでいる.
(1) 地球温暖化量と自然変動
(2) 都市化の影響(都市気候)
(3) 観測・統計方法の変更による誤差(ずれ)
(4) 観測所近傍100m程度以内の環境変化の影響

筆者は(1)をバックグラウンド温暖化量と呼び,(1)~(4)を それぞれ評価した. 上記(1)は二酸化炭素など温室効果ガスの人為的増加にともなって 生じる気温上昇のほか,火山噴火や大気・海洋の変動や太陽放射量の変化, 地球の惑星としての反射(アルベド)の自然的・人為的変化によって生じる 気温変動である.(2)は(1)とまったく異なる原因,つまり緑地の減少, ビルの高層化,人工廃熱の増加などによって起きる都市独特の気温上昇 である.

第2節では,観測・統計方法の変更による気温値の違いと観測所のごく 近傍100m程度以内の環境変化による気温への影響について,第3節では 都市化を含まない日本におけるバックグラウンド温暖化量について, 第4節では都市化による気温上昇(熱汚染量)の経年変化について, 第5節では野外における気温観測のうち,特に放射の影響を防ぐ方法 について説明する.

46.2 長期間の気温データに含まれる誤差

 気象観測はいろいろな目的で行われる.そのうち,気象庁が全国に 展開する気象観測網では各地域の広域を代表する気象・気候状態を観測 することにあり,観測点周辺の100mスケール内の局所的な状態(微気象) を観測することではない.

気象庁が行う観測を大きく分けると, (1)天気予報など短期的な防災と都市気候の観測,(2)地球温暖化など 「気候監視」の目的がある.約1300ヶ所のアメダスや都市に設置された 気象台は(1)を主な目的とし,気温の観測精度は1℃程度あれば よいのだが,(2)では0.1℃の高精度を必要とする.気象庁内では, このことが十分に認識されていないようで,気候監視の観測所の管理が 不十分となっている.本節では長期的な「気候監視」を目的とした観測に 含まれる誤差について論じる.

注: 観測誤差を説明する図は他の章と重複しており、主な図は「研究の指針」 の「K45.気温観測の補正と正しい地球温暖化量」 の45.2節に掲げた図を参照されたい。

2.1 観測方法の変更による誤差
 (1)測器・装置の変更
観測時刻,器械,1日の区切り(日界)が時代によって変更されてきた. 1970年代の半ば以前には,白塗りされた百葉箱の中に気温や湿度のセンサー が取り付けられていた.晴天微風の日中には,百葉箱の中は自然よりも 高温となった空気がよどみ,かつ百葉箱自体の温度も高温になり, その放射の影響もあって、日最高気温は1℃ほども高く観測される. この欠点を除くために,1970年代から強制的に空気を吸引する通風筒 (百葉箱の外に設置)が使用されるように変更された.

 一方,気温センサーは水銀温度計から白金抵抗温度計に変更された. しかし気温の観測精度は,白金抵抗温度計が水銀温度計よりも向上した わけではない.その理由は、水銀温度計の時代は5~10℃間隔で0.1℃の 精度で検定が行われ観測時に器差補正が行われていたが、最近の抵抗温度計 では0℃と30℃の2温度のみで検定され,0.2℃以内の狂いであれば合格 とされ,観測に使用されているからである.

参考(装置更新にともなう年平均気温のずれ):
気象庁の観測所ではなく、農業研究センターの観測に用いられた気象庁使用 とほぼ同タイプの気温観測装置において、ほぼ10年ごとに更新が行われた際に、 年平均気温が±0.2℃ほどずれたことがある(「研究の指針」の 「K18.宮古と岩手内陸の温暖化量」の図18.8を参照)。

 (2)観測時刻と観測回数の変更
現在の観測時刻は毎正時24回であり,24回平均値が日平均値とされているが, 時代によって観測時刻と観測回数は変更され,1日に3回,4回,6回,8回の 時代があり,観測所ごとに異なっている.たとえば3回観測(6時,14時, 22時)による日平均気温は24回観測に比べて0.1~0.3℃低めに観測され, 4回観測(3時,9時,15時,21時)では逆に高めに観測される.

この違いを観測の誤差とすれば,いずれも太陽の南中時刻(経度) の関数となる.なお,現存する統計データは1種類ではなく, 3回観測など直接観測した値で統計されたもの,自記記録紙から読み 取った値も入れて統計されたものがある.

 (3)日界の変更
毎日の最低・最高気温を決める日界(1日の区切りの時刻)は現在では 24時であるが,9時,10時,22時の時代もあった.9時日界と現在の 24時日界(1964年以降)の最低気温の年平均値を比べると,全国平均 で0.35℃ほど24時日界のほうが低温である.地点により0.2~0.7℃の 幅がある.

2.2 都市化の影響
 都市では緑地の減少により蒸発散量が少なくなり昇温,降雨後の排水が よくなり土壌水分は減少し蒸発散量が少なくなり昇温,人工廃熱の増加に よる直接的な昇温,ビルの高層化(天空率の減少)にともなう正味放射量 の増加による昇温,森林など植生地の黒さに比べて都市構造物で反射率が 増加することによる低温化,地表面の構造物(積雪なども含む)の熱的性質 が変化することで気温日変化の振幅の変化や,夜間の放射冷却の弱化による 年平均気温の上昇が生じている.

 気象台が設置されている多くの都市では,これら要因を総合した結果 として気温の上昇が著しい.これを都市の熱汚染と呼ぶ.大中都市では, もはや地球温暖化の正しい観測は不可能となった.しかし,都市には多くの 人々が生活しているので,生活環境(都市気候)を知る観点から気象観測は 行わなければならない.各都市の熱汚染量については第4節で説明する.

2.3 日だまり効果
 気象観測所の周辺に建物が建てられる,あるいは樹木が成長すると, 観測露場における空気の鉛直混合が弱まり,熱の拡散が少なくなり露場には 「日だまり」ができて日中の気温は上昇する.夜間は逆に放射冷却で低温 になるのだが,日中の正味放射量が500 Wm-2の桁に対し,夜間のそれは マイナス50 Wm-2程度と1桁小さく,平均すると日中の気温上昇が大きく, 年平均気温は日だまり効果によって上昇する.

 周辺の観測所との比較から日だまり効果による気温上昇量を見積もる ことができた28観測所の関係を図46.1に示した.図の横軸は 年平均風速の増加率,縦軸は年平均気温の上昇量である.風速の増加率は 大部分の観測所でマイナス(つまり,風速の減少)である.

風速と日だまり効果
図46.1 風速の変化と日だまり効果による気温上昇の関係.四角印は樹木の 成長により日だまり効果が生じたと考えられる地点,丸印は日だまり効果 に都市化の影響も含む可能性のある地点を示す. (「研究の指針」の「K45.気温観測の補正と正しい地球 温暖化量」の図45.6に同じ。)

日だまり効果は気温を観測する露場面上の高度1~2m付近の風速と相関 関係が大きいと考えられるが,露場面上での風速は観測されていないので, ここでは測風塔高度(10~20m)において観測された風速との関係を示し, プロットは大きくばらついている.全プロットを平均的に見ると, 風速10%の減少につき年平均気温は約0.1℃上昇する.

2.4 測候所の無人化にともなう誤差
これは,前項の日だまり効果とも重複する.気象台や測候所など気象官署 では(測候所は2か所を除き2010年度中にすべて無人化され,特別地域 気象観測所と改称),気温や湿度などの観測は,よく手入れされた芝生の 生えた露場で行われる.露場の広さは600平方メートル(20m×30m)を 標準とし,その周りには背の高い建物や樹木がなく,日照と風通しが よいこととされている.

測候所が無人化されると,器械の管理はできていたとしても, 露場には雑草が生い茂り雨量計に被さった状態や,周辺の樹木の枝が 伸びて観測の障害となっている所も見受けられる.これでは気象庁がいう 「管理は十分できている」ことにはならない.さらに悪いことには, 測候所庁舎・宿舎の跡地は余剰地として売りに出されている.

それまで平屋建てであった跡地に2~3階建て以上の建物ができると 観測露場の風通しが悪化し,年平均気温は日だまり効果によって局所的 に上昇する.建物のほか樹木の成長によって日陰が多くなると年平均気温 は逆に低下する.この現状を国民が知るべきだとして,筆者は,各地を 巡回し,観測の重要性を訴え,住民が観測所の周辺環境に注意するよう 呼びかけている.いま観測所の環境が急速に悪化しており,このまま 放置すると,気候監視の観点から,取り返しのつかない事態になってしまう.

46.3 日本のバックグラウンド温暖化量

前節で説明した,観測法の変更や都市化の影響,さらに日だまり効果 などの補正を施すことにより,日本における正しい「バックグラウンド 温暖化量」を求めることができた.

34地点の平均のバックグラウンド温暖化量を図46.2に示した.この図では, 長期的な気温上昇が見られるほか,急激に上昇する気温ジャンプが4回ある こと,約10年の周期的な変動があることに気づく.ジャンプからジャンプまで の期間は,気温が時代とともに下降する傾向にある. ただし1913~1946年の期間の気温はほぼ一定で,約10年周期の 変動が卓越する.

日本のバックグラウンド温暖化量
図46.2 日本におけるバックグラウンド温暖化量の長期変化(補正を施した 34地点の平均).矢印は気温ジャンプ,破線は全期間127年間に最小自乗法 を当てはめたときの平均の気温上昇の傾向を示す.( 「身近な気象」の 「M44.温暖化の監視が危うい」の図44.16、または「研究の指針」の 「K45.気温観測の補正と正しい地球温暖化量」 の図45.8に同じ)。

3.1 100年間当りの気温上昇率
 図46.2に示した127年間の気温上昇傾向を直線近似すれば,100年間当たりの 気温上昇率は,

 平均の気温上昇率=0.67℃/100y・・・・・1881~2007年(127年間, 日本の平均)

これは気象庁の公表値の60%の上昇率である.気象庁は諸々の誤差の 補正方法に無頓着で,過大評価となっている.100年間当たりの気温 上昇率は,期間の選び方によって,±0.2℃程度の違いがある.現在, 世界平均の気温上昇率も公表されているが,今回のような補正は施されて おらず,今後見直す必要があろう.

3.2 気温ジャンプ
100年余の期間に,気温ジャンプは4回あり,筆者はそれらを順番に 1887年,1913年,1946年,1988年ジャンプと名づけた.最初の1887年 ジャンプはその前の観測の年数が短く,当時(明治20年)の気象観測所の 数も少なかったので,これ以外のジャンプについて気温上昇量 (ジャンプ量)と緯度の関係を求めてみた(図は省略).

ジャンプ量の緯度変化は,1946年ジャンプでは顕著ではないが, 他の1913年ジャンプと1888年ジャンプでは大きく,高緯度の北海道では 1.1~1.2℃の大きさである.

4回のジャンプのうち,1946年ジャンプを例外とするならば,ジャンプの 数年前から10年余前に世界的な大規模火山噴火が頻発している.それら噴火年は 1875年,1883年(1887年ジャンプ),1902年,1907年, 1912年(1913年 ジャンプ),1980年,1982年(1988年ジャンプ)である.

噴煙域の拡大による気温低下が生じたのち,気温の回復は緩やかにでは なくて,「ジャンプ」という不連続的な回復の物理過程が存在する のだろう.長期的な気候変動からすると,近代的な気象観測の歴史は わずか100年余であり,統計期間が短く断言できないが,地球温暖化という 緩やかな気温上昇の過程では,顕著な気温下降の「ダウン」の現象は存在 せず,「ジャンプ」だけが卓越するのかも知れない.

3.3 太陽黒点数と気温の関係
図46.3の下図は太陽の黒点相対数(ヴォルフ黒点数)の経年変化, 上図は気温の経年変化である.上図では北海道6地点平均と,西日本 12地点平均の2つのグループに分けてプロットした.その他のグループ (北日本,東北,関東越後,中部近畿)における傾向は,北海道グループ と西日本グループの中間に入る.

黒点数との関係
図46.3 太陽の相対黒点数の変動(下図)と気温変動(上図)の経年変化. 気温の縦軸の基準は1915~1940年の平均をゼロとして表し,5年移動平均値, 北海道6地点平均と西日本12地点平均の2グループを示す.上向き矢印は 黒点周期と気温がよく対応する期間,×印は逆相関の期間を表す. (「身近な気象」の 「M42.正しく知ろう地球温暖化(講演)」の図42.15に同じ, または「研究の指針」の「K45.気温観測の補正と正 しい地球温暖化量」の図45.10に同じ)

黒点数が多いときに気温上昇の傾向,つまり正の相関関係にある年代に 上向き矢印を付けた.逆に,逆相関の傾向にある年代に×印を付けた.

北海道(6地点平均)について,黒点数と気温変動がよく対応する時代 (1910~1955年)の45年間については,相関係数は0.69と高い.黒点数の 極大から極小までの気温変動幅の平均は 約0.6℃(3年または5年移動平均値) である.この変動幅は大きく,長期予報に活かすことができよう. ただし,3年または5年移動平均の気温であり,年ごとというよりは 数年程度の期間について高温期~低温期の予知に役立つであろう.

注意すべきは,約10年周期の太陽黒点数と気温が正の相関関係にある時代と, 逆相関の時代があることである.黒点数による太陽エネルギーの変化はごく 微小であり,地球大気に直接的な熱の影響を及ぼしているとは考え難い. しかし,大気現象は諸々の過程が複雑に絡み合い,微小なエネルギー変化 が引き金となって複雑な大気循環場に影響を及ぼし,それが日本における 気温変動として現われているのだろう.同じように,「北極振動」や 「北大西洋振動」と呼ばれる現象もこれと相互に関係していると思われる.

3.4 火山噴火との関係,その他
世界的な大規模火山噴火があると噴煙は成層圏に吹き上げられ約3か月 で世界中に広がり,世界の気候に影響を及ぼす.特に日本で影響が大きく 現れ,東北地方では大規模噴火の翌年または翌々年の夏の3か月平均気温が 1~3℃も低温となり,大飢饉・大凶作が95%ほどの確率で発生している. その詳細および海洋変動との関係は「身近な気象の科学」第9章;「地表面に近い 大気の科学」第9章;Kondo, 1988に掲載されている.

46.4 都市の熱汚染量

表46.1は代表的な大都市における都市化による昇温(熱汚染量)の10年毎の 値である.ただし,都市化ゼロの基準年として東京と京都は1910~1925年を, 他は1915~1940年を選び,この時代をゼロとした気温上昇量を熱汚染量 (バックグラウンド温暖化量を含まない分)とした.例えば,東京では 2000年時点における熱汚染量は1.96℃であり,これに加えて地球 温暖化量0.67℃があり,明治時代から2.9℃も昇温したことになる.

表46.1 大都市の10年ごとの熱汚染量( 「K41.都市の温暖化量、全国91都市」の表41.2の一部を抜粋)。
大都市の熱汚染

東京の熱汚染量
図46.4 東京の熱汚染量の経年変化.

図46.4は東京の熱汚染量の経年変化である.1923年の関東大震災後の復興 にしたがって,都市化が進んだ.1940年代の世界大戦前後には,ほぼ一定値の 状態が続いたのち,1950年ころから都市化のよる気温上昇が著しい. 「研究の指針」の 「K41.都市の温暖化量、全国91都市」の図41.3に 同じ.)

6大都市の気温
図46.5 6大都市(東京,横浜,名古屋,京都,大阪,福岡)の熱汚染量の 経年変化.「K41.都市の温暖化量、全国91都市」の 図41.7に同じ.)

図46.5は6大都市(東京,横浜,名古屋,京都,大阪,福岡)平均の 熱汚染量の経年変化であり,2000年時点の平均値は1.4℃に達している.

県庁所在都市の都市温暖化
図46.6 都道府県庁所在都市(34都市)平均の都市温暖化量の経年変化、 ただし、1950年頃以後の移転による気温の不連続が大きい都市と、 観測所創設が遅れた都市は除く( 「K41.都市の温暖化量、全国91都市」の図41.8に同じ).

図46.6は都道府県庁所在の34都市平均の熱汚染量の経年変化である. これらの多くの都市では,1950年以後に都市化が進み,とくに経済の 高度成長期(1960~1980年)に上昇量は急激になり,その後,緩やかな 傾斜で上昇が続いている.2000年時点における熱汚染量の34都市平均値 は1.0℃である.この1.0℃はバックグラウンド温暖化量よりも大きい. つまり,これらの都市では,バックグラウンド温暖化量の2倍以上の昇温 が生じていることになる.

中都市の都市温暖化
図46.7 地方の中小都市(31都市)平均の熱汚染量の経年変化. ( 「K41.都市の温暖化量、全国91都市」の図41.9に同じ).

図46.7は測候所があった地方の31の中小都市(小樽,石巻,白河,飯田, 高田,浜松,輪島,豊岡,多度津,境,浜田,阿久根,など)における 平均の熱汚染量の経年変化である.2000年時点で0.5℃であり,やがて 100年当たりのバックグラウンド温暖化量0.67℃を超える可能性がある.

46.5 気温を正しく観測する方法

室内での測定と違って,日中の野外では強い太陽放射があり,晴天夜間 は天空の有効温度(大気放射量に相当する温度)が地上付近の気温より20~30℃ほど 低温であるため,特別の工夫をしないと日中は真の気温より高めに, 夜間は低めに観測される.これは、半世紀前に筆者が大学院学生のとき、 定量的に検討した問題である。

図46.8は直達光のみ防いだ場合の温度上昇と温度計周辺の風速との関係 である.ただし,直射光以外の散乱光と地面からの反射光を含み, R-σT=70 W/mの場合とする.ここに, R は外部から物体の単位表面積当たりに供給されるエネルギー, σTは周辺大気の 気温 T(絶対温度)に対する黒体放射量である.70W/mは, 日中なら直達光を防いだ場合,夜間なら温度計を露出した場合に相当する (ただし,マイナスの値).

放射の誤差
図46.8 温度計に及ぼす放射の影響 ΔT と風速 U の関係,ただし日中は直射光 を防いだ場合.夜間の ΔT はマイナスの値となる.パラメータは温度計 の直径 d,破線は球状温度計,実線は円柱状温度計に対する関係. 近藤(1982),図3.4より転載.

パラメータは受感部の大きさである.一般に多用されている温度計の 大きさは2mm~2cm程度あり,誤差1℃以内の精度で観測することは 難しいことがわかる.そこで、温度計センサーは通風筒の中に入れ, 大きい通風速度によって放射の影響を小さくしなければならない. 正確な測定の場合,日中,夜間とも気温の観測誤差を0.05℃以下に するには,センサーは細く,通風速度は大きくしなければならない. その代わり、センサーを細く作ると,追従時間が早くなり,平均気温 を求めるデータ処理が必要となってくる.

2重通風筒
図46.9 直射光除けを付けた二重通風筒の模式図.近藤(1982)の 図3.5より転載.

理想的な通風装置の例を図46.9に示した.直達光は防ぎ,温度計センサー は2重の通風筒内にセットする.直射光除けの温度がもっとも上昇し, これからの赤外放射が外側の第2通風筒に当たり温度上昇⊿T2 (≒2℃程度,通風速度が3m/s のとき)を生じる.そのため第2通風筒 からの赤外放射によって,内側の第1通風筒も温度上昇⊿T (≒0.4℃程度,通風速度が3m/s のとき)が生じる.真の気温より0.4℃ 程度高温の第1通風塔からの赤外放射によって,温度センサーもわずか ではあるが高めの温度となる.

表46.2 温度計の昇温量の計算例、温度受感部が円柱の場合.
ただし太陽の直射を防いで外側の第2通風筒の受ける放射量を R-σT=70 W/mとしたとき. 赤色数値の範囲では測定誤差(温度上昇)が0.01℃ 以下となるので直射除けの覆いがなくてもよいことがわかる.直射除けの覆い がなく2重通風筒のままなら、誤差は表の数値より大よそ1桁大きくなる. なお、野外の風速が無風のときの昇温量はこの表の値の約2倍になる. (「大気境界層の科学」、表3.2の一部より抜粋転載; 「研究の指針」の「K16.気温の観測方法」の 表16.1に同じ.)

	      通風速度(m/s)    1      3      10   
	      受感部の直径
		 d=1cm     0.24℃   0.046℃  0.0079℃
		 d=1mm        0.068       0.014      0.0023
		  d=100μm    0.018       0.0038     0.00069
		  d=10μm      0.004       0.0009     0.00018


表46.2には上記の2重通風筒の場合の温度計の昇温量を示した. この温度上昇の計算は,通風筒が金属で作られていて,外壁・内壁とも ほぼ同じ温度になる場合とした.放射の影響を少なくするためには, 通風筒は断熱材で加工するがよい.ただし,放射を受ける外壁部分は熱伝導 のよい薄い金属板でつくり,熱放散をよくするように円筒の全周囲に 熱を広げる効果をもたせる. 放射除けと通風筒の外壁は白色塗装して 太陽光を反射させる.内壁は乱反射しないように,黒色塗装する.

2重の通風筒を造る際の注意点を図46.10(右図)によって説明しよう. 外側通風筒の内壁で発生した内部境界層(温度境界層)は入り口からの 距離とともに厚さを増していく.日中を想定するならば,内壁は高温 (夜間は低温)になり,その空気が温度センサーにくると高め(夜間は低め) の気温が観測される.

昇温原理と境界層
図46.10 温度計の昇温の原理模式図(左図)と,通風筒内部にできる内部 境界層の模式図(右図).(「研究の指針」の 「K34.通風式標準温度計2号機」の図34.6に同じ.)

その高温空気が気温センサーにくるのを防ぐために,内側通風筒を設け, その中に気温センサーを入れる.外側通風筒と内側通風筒の間隔も適当に 開けておかないと,内側通風筒(半断熱材)も昇温しやすくなる. センサーが奥になるほど誤差が大きくなるので,両方の通風筒の間隔 を大きくしなければならない.風を吸気するブロアの馬力との兼ね合いによって, 適当な間隔が決まる.


参考:
流体力学や伝熱工学では,吸気口付近での内部境界層の厚さは薄く, 近似的に,壁の曲率の影響は無視し,内壁表面に沿うて x 軸,それに 垂直に y 軸をとり,2次元流として取り扱うことができる.内部境界層厚さ を δ,壁面先端からの距離を X,空気の分子動粘性係数を ν (=1.53×10-5-1, 20℃), 風速を U とし,空気のプラントル数 (=分子動粘性係数/分子温度拡散係数= 0.71, 20℃)が1に近いとして, 次の近似的な関係が知られている(例えば,McAdams, 1954, p.224).

δ/X=5.8(ν/UX)1/2

U=5m/sの場合,X=0.01, 0.04, 0.09, 0.16m(すなわち X=1,4,9, 16cm)の位置では,

  δ=1mm,2mm,3mm,4mm

となり,距離 X と共に発達していく.通風速度が大きいほど δ は薄くなる. δ の意味は,この厚さの外では内部境界層の影響は無視できるが,内側では 板に近づくほど板からの影響が大きくなるということである.


以上の考察から,気温センサーは通風筒の奥深い所に設置しないほうが よいことになるが,入り口に近いと外部の散乱光や高温地面(建物があれば 高温壁面)からの長波(赤外)放射を受けることになる.

気温センサーから通風筒 の先端方向を見た場合,開口角から見える遠方の立体角が十分に小さく なければならない.詳しい計算は省略するとして,感部から通風筒入り口 までの距離を X とし,通風筒の半径を r としたとき,r/X <0.1 程度にして おくのが適当である(詳細は近藤純正ホームページの「研究の指針」の 「K34.通風式標準温度計2号機」の質問 Q2 の 解答 A2 を参照).

46.6 まとめ

気温観測値に含まれる様々の誤差を補正して、日本における正しい地球温暖化 量と都市の熱汚染量(都市化による気温上昇)を別々に評価した。

さらに、正しい気温の観測方法、特に気温センサーに及ぼす放射の影響を除く 方法について説明した。

(1)気象観測資料には,時代による観測の方法や器械の変更による誤差の ほか,観測所露場における日だまり効果など,様々な誤差が含まれる. 日だまり効果による年平均気温の上昇量と風速の減少率との関係を18地点 について評価すると,平均的には風速の10%の減少が気温0.1℃の上昇に 相当する.

(2)上記の様々な誤差を補正して正しい地球温暖化量(バックグラウンド 温暖化量)を求め,100年間当たり0.67℃の上昇率(1881~2007年の127年間) を得た.地球温暖化は単調な気温上昇ではなく,約10年周期と数十年サイクル の気候変動が混ざっている.

(3)この100年余には,気温が急上昇するジャンプが4回あり, ジャンプ量は高緯度ほど大きく,北海道では1℃を超える.年平均気温 の1℃の変化は大きな気候変化である.特に1988年のジャンプは大きく, それ以後の日本の気候を大きく変えた.今後の正しい気候監視が重要である.

(4)約10年周期の太陽黒点数と気温変動はよく対応している.高緯度ほど 相関係数が大きい.しかし,正の相関関係にある時代と,逆相関の時代が ある.1915~1955年の45年間は正の相関関係にあり,北海道では相関係数 は0.69と高く,気温変動幅は0.6℃前後の大きさである.それゆえ, 正・逆相関の時代に注意すれば10年程度先の気候予測に利用できる.

(5)本文中では詳細は省略したが,世界的な大規模火山噴火があると, その数年後には,特に東北地方で夏の気温低下は著しく,凶作が高い確率 で頻発する.

(6)二酸化炭素の増加にともなう地球温暖化とは別に,多くの大・中都市 では緑地の減少や人工排熱の増加による,いわゆる都市化による気温上昇 (熱汚染量)が大きく,100年間当たりの地球温暖化量を上回っている. 地球温暖化対策(二酸化炭素排出削減)とは別の熱汚染軽減策が必要である.

(7)野外で正しく気温を観測する際,日中は日射があり,夜間は低温の 天空からの赤外(長波)放射が存在することに注意が必要である. 直射光は防ぎ,二重の通風筒内に気温センサーを入れ,風速3m/s以上の 強い通風速度で強制的に通風する必要がある.

参考文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、219pp.

近藤純正、1987:身近な気象の科学.東京大学出版会、189pp.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会、324pp.

近藤純正、2009:気温観測の補正と正しい地球温暖化量.中部大学「アリーナ」、 第7号、144-161.

近藤純正、2010:日本における温暖化と気温の正確な観測.伝熱、Vol.49, No.208(7月号), 58-67.

Kondo, J., 1988: Volcanic eruptions, cool summers, and famines in the northeastern part of Japan. J.Climate., 1, 775-788.

McAdams, W.H., 1954: Heat Transmission, McGraw-Hill Book Co, Kogakusha Co, LTD, pp.532.



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