K30.気温センサーの野外検定
著者:近藤純正
	30.1 はしがき
	30.2 気温観測値が表す意味(地域代表性)
	30.3 野外検定の目的
	30.4 気温観測の誤差(放射と風の影響)
	30.5 野外検定を行うときの気象条件

	30.6 検定誤差を小さくする方法(読み取り回数、時計合わせ)
	30.7 基準とする通風式水銀標準温度計
	30.8 野外検定の実習

	要約
	参考書
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地球温暖化など長期的な気候変化を監視していくには、地域の気象を代表 できる観測所において、気温は0.1℃の精度で観測を行なう必要がある。 今回、2007年2月18日(日)、つくば市にある農業環境技術研究所において 気温センサー(電気抵抗式隔測温度計)の野外検定の勉強会と実習を行う。 この章は、そのテキストである。 (2007年2月11日完成)


30.1 はしがき

二酸化炭素など温室効果気体の増加によって、地球の温暖化が深刻な事態を 招くことが懸念されており、その実態を監視していくことが重要と なってきた。しかしながら、例えば気象庁17観測所(網走、山形、水戸、飯田、 彦根、多度津、宮崎、石垣島など)のデータによれば、この100年間の気温 上昇率は1.2℃/100y となるが、その概略半分ほどは都市化や陽だまり効果 による上昇率である。

このことに注意して、都市化や陽だまり効果の影響のない観測所のデータを 解析してみると、~1987年頃までの約100年間の気温上昇率は0.3~0.5℃/100y 程度であり、その後1987~88年頃、約0.6℃の幅のジャンプ=1988年の気温 ジャンプ=があることがわかってきた(図30.1を参照)。こうした気温の長期 変動を正確に観測できる気象庁観測所(測候所やアメダス)の数は少なく、 しかも観測所周辺の環境は近年悪化する傾向にある。このままでは、気候 変動の監視はできなくなる可能性がある。気象庁観測所は目的別に短期的な 防災・予報用と、気候変動監視用に分けて整備することを提言する。

この提言が、気象台・研究機関・大学における講演・談話会を通じて 理解されつつあることは喜ばしい。

基準3点の気温と都市昇温
図30.1 日本のバックグラウンド気温上昇量と7大都市の気温上昇量、 プロットは5年移動平均。
(上)基準3地点(寿都、宮古、室戸岬)平均の気温変化、緑の線は長期変化の傾向、
(下)7大都市(札幌、東京、横浜、名古屋、京都、大阪、福岡)の都市気温の上昇量。
観測法の変更にともなう誤差は補正してある。関東大震災により横浜測候所の 周辺が焼失し、それまでの陽だまり効果(0.7℃)がなくなったことも補正 してある。プロットは「K32.基準3地点の温暖化量と 都市昇温」の図32.4と図32.6と同じ、ただし5年移動平均の各中央年に プロットしてある。


一方、農業研究センターなどでは広大な敷地をもち、恵まれた環境にあり、 気候変動を監視していく上で重要な拠点となりうる。それゆえ、現在の 観測体制を充実し、観測精度を高めていくことが重要となる。
気象庁観測所のうち、気候変動監視目的に適したものは、おもに海岸にあるが、 長期間のデータとして活用するには、露場近傍の樹木生長その他によって生じた 0.1~0.3℃程度の補正が必要である。これに対し、農業研究センターなどの 観測露場はおもに内陸、またはやや内陸の好条件の場所にある。

農業研究センターなどで用いられている気象観測器は気象庁のそれに準じた ものであるが、測器の更新に際して多くの場合、観測精度は業者任せに されており、充分な注意が払われてこなかったのではなかろうか。

幸いなことに、気候変動監視と観測精度向上の重要性を理解する人びとが 出てきた。今回、気温センサーの野外検定について実習も含む勉強会を行う ことになった。

気温センサー(電気回路含む)は室内検定によって、 合格したものが業者から納入されている。このセンサーが実際の観測露場に 設置された場合、何らかの原因によって、狂うこともありうる。この狂いが ないかどうかを現場で確かめることを野外検定 と呼ぶことにする。

天気予報など防災目的の気象観測では、必要な観測精度は0.5℃程度 であり、気象庁の検定公差は0.3℃(電気抵抗式隔測温度計)となっている。 しかし、地球温暖化など長期の気候変動の監視目的では 検定公差は0.1℃を目標とすべきだ。

一般の気象官署における野外検定は、通常、アスマン通風乾湿計(最小0.2℃ 目盛りの水銀温度計)を用いて行われている。アスマン通風乾湿計はよい 測器ではあるが、放射の影響と、人体の発熱による影響などを含むことがある。 しかし、注意深く夜間に行う野外検定なら、気象庁検定公差0.3℃の範囲内 ならば、これで充分であろう。

気候変動監視目的の観測所における検定公差は0.1℃を目標とする。 放射と人体による影響を最小にするために、強力なファンモーターで吸引する 通風筒に水銀標準温度計(最小0.1℃目盛りの水銀温度計、精度0.03℃)を とりつけた通風式水銀標準温度計を製作した。これを 基準器として用いる。

通風式水銀標準温度計については「K26.寿都比較観測の 課題」の26.7節「通風式温度計の試作」に示した。今回はその改良型 を用いる(後掲の図30.8を参照)。

検定公差を0.3℃から0.1℃とする場合、努力は3倍でよいのではない。 3の2乗、つまり10倍以上の難しさがある。すなわち、後掲の式(30.1)で 説明するように、誤差は読みとり回数の2乗に逆比例すること、目盛を読む 際に細かい単位まで注意しなければならぬこと、基準器も高級・高価になる こと、放射の影響なども小さくしなければならぬからである。

検定公差0.3℃で観測されたデータでは、誤差の最大値は±0.3℃であり、 誤差の期待値は±0.1℃程度とみなしてよいだろう。 気候変動監視目的で検定公差を0.1℃とした場合には、誤差の期待値は ±0.03℃程度とみなされる。

30.2 気温観測値が表す意味(地域代表性)

気象庁観測所(気象台、測候所、アメダス)や農業研究センターなどで 継続的に行われているルーチン観測は、微気象学の目的ではなくて、その 観測所周辺の数km以上の範囲を代表するデータの入手を目的としている。 多くの観測所が設置された時代には、観測所は開けた場所にあり周辺には 大きな樹木など観測に邪魔する物はなかった。

ところが周辺環境は著しく変化してきた。小都市にある観測所でも 周辺には住宅が密集、風通りが悪化し、平均気温は上昇する傾向にある。 さらに、田舎にある観測所の周辺でも、近年、里山の手入が行われなくなり、 木炭生産が衰退することにより、大木の繁茂などによって平均気温が上昇 する傾向にある。

前者の例として香川県多度津測候所(現在、無人の多度津特別地域気象観測所) について「K11.温暖化は進んでいるか(2)」の 図11.12(a)、及び「K14.温暖化問題(専門向け 講演)」の気温上昇と年平均風速の関係の図(19/42)(20/42)に 掲載してある。
後者の例として伊豆半島先端の石廊崎測候所(現在、無人の石廊崎特別地域 気象観測所)について「K24.伊豆石廊崎の樹木生長と 気温上昇」の図24.1~24.3、及び「K29.伊豆地方の 地球温暖化量」に示した。

次に別の例を示そう。図30.2は滋賀県琵琶湖の西岸にある 今津と琵琶湖の東方にある木之本の年平均気温の差の経年変化である。 年平均気温の差の経年変化
図30.2 滋賀県の今津と木之本における年平均気温の差の経年変化。
赤の実線は長期的傾向を示す(4章の「4.温暖化は進んでいるか」の図4.13に 赤線を加筆しプロットを追加)。


木之本は都市化の影響を含まず基準にとるならば、今津では気温観測が 開始された時代には(1910年の前後、寺の食堂の前庭で気象観測)、昇温量 は0.4℃であるが、旧制中学校(現高島高校)に移転したのち、 1970年代には0.8~0.9℃と大きくなった。1979年に観測所が高校の 玄関前の校庭から中学校(現アメダス)に移転すると、年平均気温は一気に 約1℃も低下した。

1978年以前、今津における観測露場は風通りが悪く陽だまり効果によって 年平均気温が高く観測されていたが、1979年以後は開けた場所で観測される ようになり、陽だまり効果がほとんどなくなり気温が下がった。 その後、今津アメダスの周辺に住宅が建設されつつあり、年平均気温が 上昇する傾向にある。

今津における陽だまり効果のことを知らなければ、1978年以前、琵琶湖の 西岸は東岸に比べて高温の気候だと判断してしまうことになる。

注: 図30.2は旧区内観測所時代からアメダス観測時代への変更の 時期が含まれており、気温データには多少の誤差を含む可能性があり、 急激な気温低下の正確な値の評価については今後の課題である。

次の例として示した、図30.3(上)は岩手県の藪川における年平均風速、 (下)は藪川と周辺の10アメダス平均の年平均気温の差の経年変化である。

藪川の気温と風速
図30.3 岩手県藪川における気温と風速の経年変化。
(上)年平均風速、(下)藪川の年平均気温と10アメダス平均の年平均 気温の差。10アメダスは盛岡、厨川、好摩、奥中山、江刺、川井、紫波、 松尾、雫石、大迫である(18章の「K18.宮古と岩手内陸の温暖化量」の 図18.12と同じ図)。


図30.3によれば、年平均風速は1990年ころから減少しはじめ、1996~1998年 には1.1/1.65=67%になった。1988年から1989年にかけて1.3/1.1=118%の 風速ジャンプがある。それにともなって年平均気温は約0.1℃下降した。 これは露場のごく近傍にあった桜の枝を切り落としたことによると見な される。

1999年以後、風速はまた減少しはじめ2003年と2004年の間に1.0m/sとなり、 1.0/1.3=77%に落ちた。これと前後して年平均気温は0.15℃程度下降 した。これはアメダス露場のごく近くにあった桜の大木を伐採した ことによる(詳しくは「K18.宮古と岩手内陸の温暖化量」 の18.4節「藪川アメダスにおける気温と風速の相関関係」を参照のこと。

藪川における風速と気温の変化は、微気象学としては面白いのだが、気象庁 観測所の目的からすると、よくないことである。 一部の者からの意見によれば、「観測所の近くにある樹木が生長するのは 自然であり、気象データは自然状態を観測した結果であるので樹木の生長の ままにしておくべきだ!」という。
しかし、この意見は間違っている。繰り返し強調しておきたいのだが、 気象観測所は微気象観測の目的にあるのではない。観測所の周辺、数km以上、 気候変動の観測では100km程度の範囲を代表する気象を観測すべきである。 ごく近傍(数m~100m)の環境変化に左右されないデータを採取しなければ ならない。

この目的のために、近傍の環境が変化しない場所に観測露場は設置し、 隣地に樹木が生長してくると、伐採すべきだ。樹木の持ち主に事情を説明 すれば、わかってくれる。

30.3 野外検定の目的

気象データを解析していると、原因不明の変動に気づくことがある。 例えば、「K25.北海道寿都の気温ジャンプ問題」 の図25.1に示したように、年平均気温が2003年以後に約0.2℃ジャンプして いる。この原因について、「K26.寿都比較観測の課題」 の26.4節「気温ジャンプの偶然性の検討」でも述べたように、他の地点の 気温変動と比較して、寿都における気温ジャンプは偶然の可能性もある。 こうした疑問が生じた時、現地で詳細な比較観測を行ってみる必要がある。

次の例として、図30.4は盛岡市厨川(東北農業研究センター)における年平均 気温と、周辺12アメダス平均の気温との差の経年変化である。12アメダスとは 盛岡、宮古、大船渡、好摩、奥中山、江刺、川井、紫波、藪川、松尾、雫石、 大迫である。

厨川気温ギャップ
図30.4 厨川(東北農業研究センター)における年平均気温と、 周辺12アメダス平均の気温との差(「18.宮古と岩手内陸の温暖化量」の 図18.8に同じ)。
(厨川における気温資料は桑形恒男博士と佐々木華織 さんの提供による)


「K18.宮古と岩手内陸の温暖化量」の18.3(b) 「厨川の準備解析」の項で述べたように、気象観測装置の更新ごとに年平均 気温がジャンプ・ダウンしている。このジャンプ・ダウンの幅は気象庁検定 公差0.3℃以内であるので、観測装置の納入業者には通常の責任はなかったと 考えてよいだろう。

これまでの過去の責任はないが、今後(2007年から)は、観測機器納入業者 と管理者と観測責任者の社会的責務である。社会的責務を果たすことに 誇りをもとう。

前記した、観測装置の更新に伴う気温のジャンプ・ダウンに気づかな ければ、厨川では約10年の周期の気候変動を見出すことになる。 気候変動の監視目的からすると、検定公差0.3℃は大きすぎる。気象庁検定では、誤差が検定公差内にあれば 「合格」証が発行される。それと同時に、申し出れば器差表(検査成績表) を閲覧することができるので、今後は器差表を入手し 、それに基づいて観測値を補正しよう。器差表は装置内の計算機に 入れて、補正されたものが出力されるようにしておく。

それでも電気抵抗式隔測温度計は器械であり、現地の観測露場に設置した際 に、正しくない狂った気温が出力される可能性がある。それゆえ、 測器の更新時、および毎年の各季節ごと、基準となる通風式水銀標準温度計で 野外検定を行い、観測精度を高めよう。

30.4 気温観測の誤差(放射と風の影響)

測器の原理からすると、気温センサーは放射計にも風速計にもなりうる (近藤、1987:「大気境界層の科学」を参照)。図30.5は、それを示した ものである。

誤差の原理
図30.5 気温観測の誤差は、放射計や熱線風速計の測定原理と同じで あることを説明する模式図。
放射量を受けた物体の温度 T は、周辺の風速 U によって変化する。真の 気温(基準温度)との差を測って放射量、または風速を知る。


左図は放射量の測定原理を示し、センサーは無風状態(または一定の 風速条件)に置かれ、センサーの温度 T と基準温度の差が放射量に比例 (厳密には、近似的に比例)する。右図は熱線風速計の測定原理を示し、 センサーに一定の熱エネルギーが与えられているときのセンサー温度と基準 温度との差は風速の関数となる。

気温センサーで気温を測っているつもりでも、放射量や風速を測っていること になる。真の気温と気温センサーの温度との差が観測誤差である。

放射の影響について考える。入力放射量を R 、気温を TA として、 有効入力放射量(R-σTA)が 70 W/m2 のとき、つまり直達日射量のみを防いだような場合につ いての誤差と風速(通風風速)との関係は「K16. 気温の 観測法」の図16.4に掲載してある。円柱形センサーまたは球形センサー の直径が数mmの場合、気温測定の誤差(放射の影響)は+1℃程度となる。 晴天夜間なら有効入力放射量は-70 W/m2 程度であるので、 誤差は-1℃程度となる。この誤差は風速が大きくなるにしたがって小さく なる。

気温観測の精度を上げるには、気温センサーは二重構造の通風筒に入れ、 強い通風速度で吸引しなければならない。二重構造とは、 「K16. 気温の観測法」の図16.4に模式的に示して ある。この形式では第一と第二通風筒の隙間は通風することになっている。 この隙間は厚い断熱材としてもよく、外壁面の温度が内壁へ伝導するのを 防ぐ構造とした例は後で示す(今回の野外検定で基準とする装置)。

30.5 野外検定を行うときの気象条件

通風速度の大きい通風式温度計では晴天日中の日射の影響を防ぐことができる。 朝方または夕方には全天日射量、つまり水平面日射量は弱いのだが、気温 センサーを含む通風装置は立体構造を持つために、それに当たる日射量は 意外に大きい。

通風筒に当たる直射光
図30.6 日射量各成分(直達光 I、水平面日射量 S、散乱光、垂直面 直射光 J)の時間変化。
赤丸印と赤線はルーチン用通風筒の鉛直断面に当たる直射光の強さ J、ただし 快晴日の寿都、9月13日を想定してある(緯度=42.8°N、DAY=256)。 日本標準時の17時は図中に赤矢印で示し、地方時の17.4時である (「寿都比較観測の課題」の図26.2に同じ図)。


図30.6は緯度42.8°Nにおける秋分に近い9月13日を想定した場合の直達日射量、 水平面日射量、散乱光、及び鉛直面に入射する直達光(赤の実線)の日変化で ある。赤の実線は、1970年代以降に気象庁観測所ほかで用いられている、 円筒形通風筒(鉛直に取り付け)に当たる直達光に相当する。

円筒形通風筒に当たる直達光は南中時から日没の1時間前ほどまでの時間帯 には小さくならない。このことからすると、気温センサー自体の狂いを調べる には日没直前30分頃から比較観測を開始し、1~2時間程度の間に行う ことが望ましい。

その他、野外検定を行うときの望ましい諸条件をまとめると、 次のようになる。

野外検定を行うときの気象条件
(1)気温の時間的・空間的変動が小さいとき:夜間、曇天時、天気が 安定、風がある広い場所。
(2)放射(日射、大気放射)の影響が小さいとき:日没直前~日没数時間後の 風があるとき。
(3)乾球温度が湿球にならないとき:霧や降雨降雪時は避ける。
(4)人的ストレスが少ないとき:早朝や深夜、強風時は避ける。
総合して、日没30分前~20時頃まで、弱風の曇天時 が最適である。
具体的には次節の式(30.1)を満たすような条件で検定する。

30.6 検定誤差を小さくする方法(読み取り回数、 時計合わせ)

気象庁観測所では1ヶ月に1回、あるいは数ヶ月に1回の頻度でアスマン通風 乾湿計(水銀温度計、目視)によってルーチン観測の気温(電気抵抗式 隔測温度計)をチェック(野外検定)している。 気温は時間的にも空間的にも変動している。そのため、2つの気温センサー で同時に比較観測したとしても異なる温度を記録する。この比較観測による 気温の差が検定公差0.3℃以内であれば可としている(気象官署)。

気候変動監視目的では、野外検定(比較観測)の精度を0.1℃に向上させる 必要がある。

読み取り回数
図30.7は2種類の気温センサー(ルーチン観測とアスマン通風乾湿計)に よってほぼ同時に観測した気温の差の時系列である。これは17時20 分から1分間の間隔で45分間観測したものである。4本でなく、1本の温度計 で比較する場合には、プロットのばらつきはさらに大きくなる。

この比較観測ではアスマンの読み取り精度を上げるために4本の 水銀温度計の読みの平均値をアスマンの気温としてある。4本の水銀温度計 における相互の読みの最大値と最小値の差は0.05℃であった。

ルーチン誤差時間変化
図30.7 ルーチン気温とアスマンによる気温の差(誤差)の 時間変化。
横軸の時間の基準ゼロは17時20分(2006年9月13日)である (「寿都比較観測の課題」の図26.1に同じ)。


45分間の気温差の平均(標準偏差)=0.22(±0.06℃)であるが、1回 ごとの読みによる差は0.06℃(横軸の時間=9分の値)~0.39℃(横軸の 時間=45分)の範囲にあり、1回の読み取りでは不十分なことがわかる。 つまり平均値0.22℃を真値とするならば、最大値-真値=0.39-0.22=0.17℃、 真値-最小値=0.22-0.06=0.18℃であり、目標値0.1℃よりも大きい。 ただし、前述の通り、これらの数値は4本の水銀温度計の平均との差から 見積もったものである。

気温の変動は短周期~数分間~長周期のトレンドまで含んでいるので、多数回 の読み取りを行う必要がある。何回の読み取りをすべきか?

ルーチン観測用と基準器の2つの気温センサーで 読みとった気温差が時間的にランダムであると仮定したときに導かれる、 次式を満たすように決める。

  検定誤差=σ / N1/2 < 0.03℃ ・・・・・・・・・・・・・・・(30.1)

  ここに、σ:2つのセンサーの気温差の標準偏差、N:読み取り回数

つまりσを0.03℃以下としておけば、その約3倍(=0.1℃)が誤差の最大と 見込むことができ、0.1℃が目標とする検定公差になる。

地表面近くで行った、ルーチン観測装置と1本の水銀温度計による1時間連続の 観測例では、気温差の標準偏差の目安は
日中・・・・・・σ=0.2~0.3℃
夕刻・・・・・・σ=0.1~0.15℃
程度である。最大値は標準偏差σの約3倍である。

推奨する読み取り回数 N:
N=60・・・・・・測器更新時、落雷等による部品交換時の野外検定
N=10・・・・・・各季節ごとに行う野外検定

N=60(1分毎連続1時間の比較観測)の場合、 N1/2=(60)1/2=7.75 である ので、1回の読みの場合に比べて誤差は約 1/8 に減少する。 読み取り回数が10回なら誤差は約 1/3 に減少する。

時計合わせ
気象官署で保存している1分値の気温は、時定数=36秒(95型)のセンサー で観測されたデータを平均化時間1分で処理したものである。それゆえ、 毎1分値はその時刻の大よそ1.5分前から0.5分前までの平均気温と見なされる。


時定数の定義は参考書(近藤、2000:「地表面に近い大気の科学」の図1.9) に説明されており、センサー受感部の大きさ、熱容量、単位体積の空気の 熱容量、風速の関数である。水中での時定数は水の熱容量の関数となる。

一方、アスマン通風乾湿計の乾球の時定数は約40秒であり、その瞬間値を読み 取ることをしている(ルーチン観測の平均化時間に相当する値はゼロ)。 この時定数と平均化時間の違いにより、アスマンはルーチン1分値打ち出し 時刻の30~60秒ほど早く読みとった値がもっともよい対応を示す (「北海道寿都の気温ジャンプ問題」の図25.3 を参照)。

今回用いる基準器(通風式水銀標準温度計)では通風速度を10m/s程度(可変) に設定して比較観測するので、追従性は早くなり時定数は20~30秒程度と 見込まれる。それゆえ、ルーチン1分値打ち出し時刻の1分前の値と比較する ことになる。

以上のことから、時計の狂いは5秒以内であることが望ましく、野外検定の 前に電波時計を利用してルーチン観測器の時計合わせ をすること。基準器の読み取りは電波時計の毎正分ごとに行う。

2つの気温センサーは近接した位置に設置すること
2点間の距離が離れると、気温は異なる変動をする。したがって、野外検定 では、気温センサーの通風筒からの排気が相互に影響しないよう、 風向と直角方向に0.5~1m程度離して取り付ける。

30.7 基準とする通風式水銀標準温度計

図30.8は今回の野外検定で用いる基準器(通風式水銀標準温度計)の通風筒と 温度計保護エンビ管(塩化ビニール管)の写真である。通風筒は長さ2mの ホースで、地面に置くファンモーター(電源はAC100ボルト)に接続する。 構造の詳細は「K26.寿都比較観測の課題」の 26.5節「通風式温度計の試作」を参照のこと。

ただし、今回は改良した型を用いる。改良点は、水銀温度計の目盛部分を保護 するエンビ管の中が真の気温と大きく異なる場合、水銀糸とガラスと 目盛板の熱膨張係数の違いにより気温の指示値に誤差が生じるのを防ぐために、 エンビ管内の空気も排気するようにしたことである。

通風式水銀標準温度計
図30.8 通風式水銀標準温度計(「K26.寿都 比較観測の課題」の写真2の右を改良した型)。


図中に『この部分は、設置場所により無くてもよい』と記した部分は 取り外しが可能である。したがって、重心が後方にずれていることで、 設置した時に水銀温度計が鉛直方向からずれない場合には取り外しても よい。

なお、この装置の塩化ビニール材は、ほとんど接着していなく、持ち運び の際には分解することができる。水銀標準温度計も保護エンビ管から取り 外して運ぶ。


追記:
日中の日射が強いときの検定にも使用できる通風式標準温度計2号機が 「K34.通風式標準温度計2号機」の章に掲載 されている。


30.8 野外検定の実習

(1) ルーチン用温度の1分値の確認
ルーチン用温度計から出力される毎1分値は、前1分間の 平均気温であることを確認しておくこと。たとえば、 10時05分の気温は10時04~05分にサンプリングされた数回の瞬間値を 平均した値であることを確認する。

(2) 基準器の取り付け位置
基準器(通風式水銀標準温度計)をルーチン用温度計の通風筒に並べて吊り 下げる。その際、風向と直角方向に0.5~1m程度 離す。 ルーチン用温度計は下から吸気する構造であるので、その吸気口から 約10cm低いレベルに通風式水銀標準温度計の 吸気口・通風筒を設置し、その吸気口が風上側に向くように取り付ける。

注意: もともと水銀温度計本体の検定は、検査せんとする目盛まで鉛直に検査槽の 液中に浸して行われ、器差表が作成される。それゆえ、野外で観測する際に 水銀球部と目盛部分の温度が概略5℃以上も異なると、水銀とガラスと目盛板の 熱膨張係数の違いによって、無視できない誤差が 生じるので、目盛部分が直射光で温まる(夜間は放射で冷却する)ことの ないよう、注意すること。この放射による影響は微風時に大きくなるので、 野外検定は風があるときに行う。

(3) 基準器指示温度の読み取り
風下側から温度計読み取り窓(図30.8を参照)を通じて水銀温度計を1分ごと に読みとる(状況によっては、30秒毎に読み取り、前後の値を平均する)。 水銀温度計の水銀糸の頭と直角方向に観測者の目 がくるようにして温度の示度を読むこと。最小目盛り0.1℃の 1/10 または 1/3 (0.01℃または0.03℃)単位まで読みとる。

読み取りに必要な時間(5秒間程度)以外は、気温センサーから離れた風下で 待機する。

1時間連続観測であるので、温度の示度を読む際の姿勢が楽になるように、 適当な高さの踏み台を利用する。

読み取り値は観測野帳(適当なノートか、風で飛ばされないようバインダーで 固定した集計紙)に、水分で消えない鉛筆またはボールペンで記録する。

(4) データ整理
1時間60回分の読み取りデータを1シリーズとして、ルーチン観測値の 1分値と通風式水銀標準温度計の1分毎の読み取り値をエクセルによって 整理する。

(4-1) 1分毎の60回分(1時間分)の2つの気温(T(ルーチン)とT(基準)) を記入し、それぞれの平均値、それぞれの標準偏差を計算する。 T(ルーチン)は平均化時間1分間の平均気温であるので、T(ルーチン)の 標準偏差は T(基準)の標準偏差より、若干大きくなっているはずである。 これを確認する。

(4-2) 基準器による気温 T(基準) の60回分平均値から、図30.9によって基準器 の器差を求める。

図30.9は水銀標準温度計の示度と誤差の関係を表してある。この図の赤線から、 器差を0.01℃の単位で読み取り、器差補正は次式によって行う。

  真の気温(60回分平均値)=標準温度計の読みの60回の平均値+器差・・・・・・・(30.2)

(4-3) この器差は、1シリーズ中では一定として、毎1分ごとのT(基準)の 器差補正を行い、毎1分ごとの真の気温 T(基準補正)を算出する。

(4-4) ⊿T=T(ルーチン)-T(基準補正)を1分ごとに計算し、その60回分 の平均値と標準偏差 σ を計算する。⊿T に飛びぬけて大きい値があれば 読み取り値のミスかもしれないので、吟味する。

(4-5) 各データと計算結果を見渡す。データが正常と判断でき、さらに 式(30.1)によって検定誤差が0.03℃以下を満たしているかを確認する。

(4-6) ⊿Tの60回分の平均値がルーチン用センサーの狂いとみなす。 式(30.1)を満たさない場合でも、データは資料としてそれなりの価値が あるので廃棄してはならない。

通風式水銀標準温度計の器差
図30.9 水銀標準温度計(No.5955)の器差。丸印は購入時に添付 の検査成績表に掲載された器差(0.05℃単位)、赤線は滑らかに平滑 した器差であり、実際の補正に際して0.01℃単位で図から読みとる。


エクセルによってデータ整理する書式の例を次に示した。

クリックして次の 「野外検定のデータ整理の表」を参照し、プラウザの「戻る」を 押してもどってください。
野外検定のデータ整理の表


要約

気候変動監視目的にふさわしい気象観測所(気象庁観測所の数地点、 農業研究センターなどの観測露場)における気温センサーの誤差について 検討し、野外検定の実習の方法を述べた。

気候変動監視目的の気象観測所では、気温センサーの検定公差は0.1℃を 推奨する。

気象観測所で用いられている電気抵抗式隔測温度計は更新時やその他の 事情により0.1~0.3℃程度の誤差を生じる可能性があるので、通風式水銀 標準温度計を用いて野外検定を行うことが必要である。
その際、1分ごと連続1時間の60回の比較観測(野外検定)を行い、検定誤差が 0.03℃以内(式30.1)になるような気象条件、つまり気温変動が小さく、かつ 放射の影響の少ない時間帯を選んで行う。

観測器の安定状態が続いていると思われるときでも、各季節ごとに同様な 比較観測を行なう。この場合は、読み取りは10回程度でもよい。

農業環境技術研究所の観測露場で、具体的な野外検定の実習を行う。

なお、気候変動監視を目的とした気象観測所の気温データは 0.01℃の単位で記録・公表する。毎時、日平均データが0.1℃単位 であっても月平均値、年平均値については0.01℃まで記録・公表するように しよう。検定公差が0.1℃だとしても、0.01℃単位の気温に重要な意味がある。

参考書

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学ー理解と応用ー.東京大学出版会、 pp.324.

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