◎千葉雅也著『現代思想入門』(講談社現代新書)

 

 

刊行から2か月半でアマコメが300件近く入っていて、アマランにもひげがついていないのでかなり売れてそう。普通なら「てやんでえ。わいの訳書なんか全然売れないんだぞ!」とかムチャクチャな理由をつけて、売れていそうな本は買わないんだけど、ポストモダン思想に焦点を絞った本のようなので買った。

 

まだデリダ、ドゥルーズ、フーコーを扱った第3章までしか読んでいないんだけど、著者自身、第3章までで「いったん閉じてもらっても大丈夫です」と書いているし、フーコーに関してわが訳書、ロイ・リチャード・グリンカー著誰も正常ではない――スティグマは作られ, 作り変えられる』(みすず書房,2022年)[以下グリンカー本と記す]にも関連することが書かれているから忘れる前にここでツイしておく(もちろん最後まで読むけどね)。

 

ちなみにデリダ、ドゥルーズ、フーコーは、理解できたかどうかは別として、かつてけっこう読んでいたけど、感覚的にはフーコーが一番理解しやすかった。ただフーコーの訳書には訳に問題があると言われているものもあり、結局多くは英訳で読んだ。また私めが独学でフランス語の読解を習得しようとした理由も、フーコーを原文で読めるようになるためだった。結局、ジャンバルジャンや三銃士のような大衆小説程度なら読めるくらいにはなったけど、英語の翻訳を始めるようになってフランス語の習得はあきらめた。

 

さてデリダ、ドゥルーズに関しては置くとして、フーコーに関する記述をとりあげてみましょうね。まずこうある。「支配を受けている我々は、実はただ受け身なのではなく、むしろ「支配されることを積極的に望んでしまう」ような構造がある(85頁)」。つまり支配/被支配の構造は内面化されるってことだけど、注意しなければならないのは支配者に対する抵抗そのものが、「支配/被支配」の差別構造を再生産する道具として社会に埋め込まれているってことね。

 

権力装置とはかように巧妙なのであって、そこを理解していないと権力に逆らっているようで、実はみごとに「支配/被支配」構造の再生産に自らが加担しているなんていうことになりかねない。

 

では内面化だけが問題なのかと言えばそうではなく、「生政治」というフーコーの概念に関して次のような記述がある。「生政治は内面の問題ではなく、もっと即物的なレベルで機能するものです。たとえば病気の発生率をどう抑えるとか、出生率をどうするとか、人口密度を考えて都市をどのように設計するかとか、そういうレベルで人々に働きかける統治の仕方です(98頁)」。

 

『誰も正常ではない』でとりあげられている「医療化」の問題は、まさにこの生政治の問題だと言えるでしょう。「誰も正常ではない」というグリンカー本の主張に関連して言うと、「「正常なもの」というのは基本的には多数派、マジョリティのことであって、社会で中心的な位置を占めているものです。それに対して、厄介なもの、邪魔なものが「異常」だと取りまとめられるのです(89頁)」。

 

「誰も正常ではない」というのは、「正常/異常」という二項対立で人間の特徴をとらえるのではなく、「スペクトラム」でとらえようという主張でもある。最近のDSMもこの方針がとられているらしく、だから「自閉スペクトラム障害」などという言い方がされるようになってきたわけ。

 

そしてもう一つ大事な指摘として、「「心から脳へ」という精神医学の転換も、大きく言えば、生政治の強まりだととることができます(100頁)」をあげることができる。グリンカー本の「第13章 他のどんな病いとも変わらない病い?」の主張はまさにこの点にある。

 

たとえば第13章の終盤に次のようにある。「私が言いたいのは、「生物学的モデルは、資本主義社会における個人主義に深く根づいている」、また「生物学的モデルが有益な治療につながったとしても、スティグマは軽減されず、それどころか悪化させる可能性がある」ということだ。また生物学的モデルは、複雑な政治的、経済的、社会的生活を覆い隠す。資本主義社会の労働者が労働生産物から疎外されているのと同じように、「他のどんな病いとも変わらない病い」モデルは、情動的、社会的生活の産物(……)から私たちを疎外しているのである(グリンカー本、313頁)」。

 

ちなみに、最近読んだアンドルー・スカルの最新刊『Desperate Remedies』(Belknap, 2022)にも同様な指摘があり、それについてはわが訳書、スザンヌ・オサリバン著『眠りつづける少女たち――脳神経科医は〈謎の病〉を調査する旅に出た』(紀伊國屋書店,2023年)の訳者あとがきに少し詳しく書いた。[この段落は2023/4/26に追加]

 

実のところグリンカー本は、その基盤の一つにフーコーの見方があり『狂気の歴史』などからの引用もある。ということで千葉氏の新書本のフーコーに関する記述が気に入ったら、次はグリンカー本を是非買ってくださいませ。何しろたったの税込¥4840だしね。

 

 

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※2023年4月28日