少年はそのとき真のメガドライバーに生まれ変わる・・・

愛と青春のメガ伝説

第一回


さて、これだけだと何のことやらさっぱり分けわかりませんが、要するに我らが愛しのメガドライブに関する個人的なエピソードを紹介していこうというコーナーでございます。

本当はここ、個人的なメガドライブに関するネタや出来事書いていこうと思うんですけど、ネタがないんで・・・・・(笑

そのほかのコンテンツはこちら。

・愛と青春のメガ伝説第弐回

・愛と青春のメガ伝説第参回

・愛と青春のメガ伝説第四回

・愛と青春のメガ伝説第五回

・愛と青春のメガ伝説第六回

 


私とメガドライブの出会い
〜みほのの場合(笑〜
ということで今回は、私とメガドライブとの出会いについてお話ししましょう。

・・・・たぶんここだけ見てもう「戻る」とか押してる人、多いんだろうなぁ(^^;

まあいいや、私がメガドライブに出会ったのはいつも行きつけのおもちゃやにメガドライブ紹介雑誌が入ってきたときでした。以前からマーク3を持っていた私は、もとより、セガのハードには大変興味があったので果たしてそのマシンがどんなものなのか気になって気になって仕方ありませんでした。

あ、ちなみに私とマーク3の出会いは、うちの親父がファミコンと間違えてマーク3を買ってきてしまったというなんとも狙ったギャグとしか思えないような始まりなんですけどね(笑

話がそれました、マーク3のソフトには確かに名作も多く、遊ぶだけなら十分でしたし、ラインナップの少なさを1つ1つの良質なソフトでフォローできるのもうれしかったんですが、折しもPC−エンジンが発売され、驚くほどきれいな画像のゲームマシンが出てきて、いよいよマーク3も退役かと思うのも当然でした。いや、だってマスターシステムなんて買うだけの余裕なんて更々なかったし・・・(^^;

雑誌をみて初めて見たメガドライブ(当時はまだセガマーク5だったけど)は何とも想像すらできないデザインをしていました。以前より黒いマシンにあこがれがあった私はそのスタイルに一目惚れ状態でした。

しかしながら、当時はしがない中学生、¥21000なんてお金はどこにもなく、枕元で無念の涙を流す以外手段はありませんでした。

月日は流れ、1988年10月29日。ついにセガファンすべての期待を一身に背負ったメガドライブが発売されました。しかし、私は半分ふてくされ状態でファンタシースターでマンモスと命を懸けた戦いを挑んでおりました。

ある日、部活から帰ってくると、郵便局から不在通知が届いていました。よく見ると、電波新聞社の名前が書いてあり、郵便局に取りに来てくれ、とのこと。じいちゃんのトラックで郵便局に向かい、そしてそこにあったのはたしか1ヶ月半くらい前に雑誌の懸賞で応募したメガドライブ本体大魔界村でした。

その日の感動は一生涯忘れられないでしょう

初めて電源を入れて出てきたタイトルとグラフィックの驚異的なきれいさ心に響く美しいサウンド(うちのマーク3にはFM音源ユニットなかったし)そして大きくて3つもボタンがあるパッドとなにからなにまで新鮮でした。その日は翌日の早朝練習も忘れひたすら大魔界村にいそしんでおりました。

・・・・・あれからもう8年の月日が流れました。当時ちゃらんぽらんな中学生だった私は、ちゃらんぽらんな販売員として秋葉原勤務となり、メガドライブもその役目を名目上終えてサターンに後を託しました。

当時やはりメガドライブの衝撃は本当に大きかったです。これは、メガドラからサターンになったときの衝撃の数十倍はあったと思います。特に当時はマーク3古いソフト中心に遊んでいただけに、そのあまりの変貌ぶりに鳥肌が立ちっぱなしだったことが思い出されます。

いやぁ、いろんな意味で本当にいい時代だったなぁ・・・・

高校に入って一時期メガドライブから若干離れた時期もあったけど、高校2年の秋にはまた復活して、そのころから本格的にメガドライバー道一直線になった気がします(笑

今はこれほどすばらしいハードに引き合わせてくれたセガはもちろん、マーク3を間違えて買ってきてくれた親父にも懸賞に当選してGETできたその引き合わせにも感謝してます。

みなさんのメガドライブとの出会いはどんな感じなんでしょうかねぇ?


さていかがだったでせうか?(^^;

とりあえずネタがつきるまではこの連載続けてくつもりです。

次回はもっと裏話的なことが乗せられるといいなぁ(笑

それではまた次回なのね〜


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