紀静子 きのしずこ 生没年未詳 通称:三条町(さんじょうのまち)

贈大納言名虎の娘。文徳天皇の更衣。惟喬親王・惟条親王・珍子内親王の母。有常・種子(一説に三国町)の姉妹。藤原敏行は甥にあたる。名虎の邸宅が三条にあったことから三条町と呼ばれたらしい。従五位上。古今集に歌一首を残す。

田村の御時に、女房のさぶらひにて、御屏風の絵御覧じけるに、滝落ちたりける所おもしろし。これを題にて歌よめと、さぶらふ人におほせられければ、よめる

思ひせく心の内の滝なれや落つとは見れど音のきこえぬ(古今930)

【通釈】[詞書]文徳天皇の御治世に、内裏の女官の詰所におかれまして、天皇が御屏風の絵を御覧になりましたところ、「滝の流れ落ちる場面が面白い。これを題にして歌を詠みなさい」と、内裏仕えの女官に仰せになりましたので、詠みました歌。
[歌]この滝は、思いをせき止めている心の中の滝なのでしょうか。流れ落ちているとは見えるけれども、音は聞えません。そのように私は、陛下への強い恋心を、声にもたてずに堪えているのです。

【語釈】◇心の内の滝 心中のはげしい思いを滝に喩えて言う。

【他出】古今和歌六帖(作者不明記)、定家八代抄

【主な派生歌】
滝つせに人の心をみることは昔に今もかはらざりけり(後朱雀院[新古今])
思ひせく心のうちのしがらみも堪えずなりゆく涙川かな(藤原親盛[千載])
思ひせく心の滝のあらはれて落つとは袖の色にみえぬる(藤原雅経[続古今])
音になほたてぬも苦し思ひせく心のうちに滝なくもがな(*弁内侍[続古今])
思ひせく袖より落つる滝つせはいつの人まの涙なるらん(今出川院近衛[続拾遺])
思ひせく心しられて滝つせの中なる淀にとぶ蛍かな(源光正[新続古今])
思ひせく滝ならなくに冬さむみ氷りて波の音もきこえず(頓阿)
山ふかみ落つとは見れど高き名や千里におほふ布引の滝(肖柏)


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成22年02月11日