快覚 かいかく 生没年未詳

生年は治安二年(1022)かという。中宮大進従五位下藤原保相の子。母は式部卿為平親王家女房(陽明本勘物)。
三井寺の阿闍梨。頼豪の弟子で、延久五年(1073)伝法灌頂を受けた。
勅撰集入集歌は後拾遺集の1首のみ。

題しらず

さ夜ふくるままに(みぎは)やこほるらむ遠ざかりゆく志賀の浦波(後拾遺419)

【通釈】夜が更けるにつれて、冷え込みが厳しくなり、湖面が水際から氷ってゆくのだろうか。志賀の浦に寄せる波音が、しだいに遠ざかってゆく。

【語釈】◇汀 水際。海や湖の、陸地との境目をなすあたりを言う。◇志賀 琵琶湖の西南岸。

【他出】古来風躰抄、定家八代抄、歌林良材

【主な派生歌】
遠ざかる音はせねども月清み氷と見ゆる志賀の浦浪(藤原重家[千載])
桜咲く比良の山風吹くままに花になりゆく志賀の浦浪(藤原良経 〃)
志賀の浦や遠ざかり行く波間より氷りて出づる有明の月(*藤原家隆[新古今])
かすみゆくままに汀やへだつらむまた遠ざかる志賀の浦波(飛鳥井雅経)
峰さむき比良の山おろし雪散りて汀氷れる志賀の浦波(〃)
明方は遠の汀に氷してかへりて近き志賀の浦波(後鳥羽院)
汀よりむすぶ氷やとどむらん寄せてかへらぬ志賀の浦波(源実朝)
遠ざかるみぎはも分かずにほてるや月の氷の秋のうら波(藤原為家)
埼玉の池のみぎはやこほるらむ鴨の羽音の遠ざかりゆく(加藤枝直)


最終更新日:平成17年04月18日