一条天皇 いちじょうてんのう 天元三〜寛弘八(980-1011) 諱:懐仁(やすひと)

円融天皇の第一皇子。母は藤原兼家女、東三条院詮子。皇后定子との間に敦康親王を、中宮彰子との間に敦成(あつひら)親王(後一条天皇)・敦良(あつなが)親王(後朱雀天皇)をもうけた。
天元三年六月一日、兼家の東三条家で生誕。永観二年(984)八月、五歳で立太子。二年後の寛和二年(986)六月二十三日、花山天皇の譲位を受けて即位。藤原兼家を摂政とした。永祚二年(990)正月、元服。同年五月、兼家は出家し、道隆を関白・摂政とする。同年十月、道隆女定子を中宮とする。長徳二年(996)四月、道隆は薨じ、翌月道兼を関白としたが、道兼はその直後疫病で死去し、代わって道長に内覧の宣旨を下した。長保元年(999)、道長の娘彰子を女御とする(翌年中宮)。寛弘八年(1011)六月十三日譲位、同月二十二日崩御。三十二歳。
二十五年に及ぶ治世は平安王朝文化の最盛期で、その中心は一条天皇の後宮サロンであった。天皇自身、学問を好み、漢詩にすぐれ、『本朝麗藻』などに作品を残している。『一条院御集』があったらしいが、伝存しない。後拾遺集初出。勅撰入集八首。『新時代不同歌合』歌仙。

雨夜思花といふことを、うへのをのこどもつかうまつりけるついでに

くらき夜の雨にたぐひて散る花を春のみぞれと思ひつるかな(続古今154)

【通釈】暗い夜の雨に伴って散る花を、春の霙が降るものと思ってしまったことよ。

【補記】「雨夜思花」という題で殿上人が歌を奉った折に詠んだという歌。「くらき夜」とあるので、目には見えず、音のみを聞いての思い違いだったのであろう。朝、庭に散り敷いている桜の花びらを見て、昨夜の思いを顧みていると取ることも可であろう。

【他出】新時代不同歌合、和漢兼作集

円融院法皇うせさせ給ひて、又の年の御はてのわざなどの頃にやありけむ、内裏(うち)に侍りける御乳母(めのと)の藤三位の(つぼね)に、胡桃色の紙に老法師の手のまねをして書きてさしいれさせ給ひける

これをだに形見と思ふを都には葉がへやしつる椎柴(しゐしば)の袖(後拾遺583)

【通釈】この喪服だけは亡き帝の形見と思っていましたが、都では椎で染めた喪服を脱ぎ替えてしまったのでしょうか。

【語釈】◇円融院法皇 一条天皇の父。正暦二年(991)二月十二日崩御。◇藤三位(とうのさんみ) 典侍従三位、藤原繁子。一条天皇の乳母で、同天皇の女御尊子の母。◇葉がへ 喪服から常服への着替えを、椎柴の縁でこう言う。椎は葉替えをしない木とされた(参考歌)。◇椎柴の袖 喪服のこと。椎は喪服の染料に用いられた。

【補記】父円融院の一周忌の頃、乳母の藤三位(藤原繁子)のもとに、胡桃色の色紙に老法師の筆跡を真似て書き、その局に差し入れさせたという歌。諒闇が明けて早速喪服を脱いだのかと、哀悼の意の薄いことを責める心が籠められているが、実は心を許した乳母に対する帝のいたずらであった。枕草子の「円融院の御はての年」の章段に詳しい。

【他出】仲文集、枕草子、古来風躰抄

【参考歌】よみ人しらず「拾遺集」
はし鷹のとがへる山の椎柴の葉がへはすとも君はかへせじ

長保二年十二月に皇后宮うせさせたまひて、葬送の夜、雪の降りて侍りければつかはしける

野辺までに心ひとつはかよへども我がみゆきとは知らずやあるらむ(後拾遺543)

【通釈】葬送の野まで、心だけは往くのだけれども、私が付き添っていて、その思いが雪となって降りかかるのだと、亡き皇后は気づかずにいるだろうか。

【語釈】◇野辺までに 亡き皇后を土葬する野のほとりまで。この「野」は鳥辺野。◇心ひとつは 身体は行けないが、心だけは。◇我がみゆきとは 「みゆき」は天皇のおでまし。当夜雪が降っていた縁で「深雪」の意が掛かる。

【補記】長保二年(1000)十二月二十五日、皇后宮藤原定子が崩御(二十五歳)。鳥辺野に土葬する夜は、雪が降っていたという。その雪に寄せて自身の心も「みゆき」していると言い、亡骸に降りかかる雪を自身の魂のように感じている。

【他出】栄花物語、宝物集、無名草子、定家八代抄、新時代不同歌合
(『栄花物語』など第三句を「心ばかりは」とする本もある。)

例ならぬこと重くなりて、御ぐしおろしたまひける日、上東門院、中宮と申しける時つかはしける

秋風の露の宿りに君をおきて塵をいでぬることぞ悲しき(新古779)

【通釈】秋風に散る露の宿りのようにはかないこの現世にあなたを置いて、塵の世を出てしまうことが悲しいのだ。

【補記】寛弘八年(1011)六月、病が重くなり既に譲位していた一条院は十九日に剃髪出家した。その日、当時中宮と呼ばれていた上東門院彰子に贈ったという歌。崩御は三日後の二十二日。『栄花物語』には「露の身の仮の宿りに君を置きて家を出でぬることぞ悲しき」とある。

【他出】栄花物語、新時代不同歌合

【参考歌】「源氏物語・賢木」光源氏
浅茅生の露のやどりに君をおきて四方の嵐ぞ静心なき


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成21年02月10日