永福門院 えいふくもんいん 文永八~康永元(1271-1342) 諱:鏱子

西園寺実兼の長女。母は内大臣源道成女、顕子。左大臣公衡は同母兄。
正応元年(1288)、十八歳の時、即位して間もない伏見天皇の女御となり、次いで中宮となる。典侍藤原経子所生の胤仁親王(のちの後伏見天皇)を引き取って育てた。永仁六年(1298)、伏見天皇の譲位に伴い、院号を受ける。正和五年(1313)、出家して真如源と号す。文保元年(1317)、伏見院は崩御。以後、持明院統の家長的立場にあって、養子にあたる後伏見院・花園院らを後見した。元弘元年(1331)、愛孫光厳天皇(北朝)が即位。康永元年五月七日、北山第にて崩御、七十二歳。
京極為兼・伏見院と共に京極派和歌を代表する歌人で、乾元二年(1303)の仙洞五十番歌合を始め、京極派の歌合・歌会に主要メンバーとして参加した。自らも嘉元三年(1305)正月四日歌合を主催するなどした。正和元年(1312)に奏覧された為兼撰『玉葉和歌集』には四十九首、没後の貞和四年(1348)頃に完成された光厳院撰『風雅和歌集』には六十九首を選ばれている。家集は存しないが、『永福門院百番御自歌合』二百首がある。これは岩佐美代子氏によれば文保二年(1318)頃の院自撰という。

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以下には勅撰集に採られた永福門院の歌、および自歌合より計百首を抄した。

  13首  6首  22首  10首  30首  19首 計100首

余寒の心を

朝嵐はそともの竹にふきあれて山の霞も春さむき頃(風雅39)

春御歌の中に

なほさゆる嵐は雪を吹きまぜて夕ぐれさむき春雨の空(玉葉33)

百首歌の中に

峰の霞ふもとの草のうすみどり野山をかけて春めきにけり(玉葉84)

題しらず

なにとなく庭の梢は霞みふけて入るかたはるる山のはの月(風雅124)

花の歌よみ侍りける中に

木々の心花ちかからし昨日けふ世はうすぐもり春雨のふる(玉葉132)

曙花を

山もとの鳥の声より明けそめて花もむらむら色ぞ見えゆく(玉葉196)

自歌合 八番右

をちこちの鶯のねものどかにて花ひらけそふ宿の夕ぐれ(自歌合16)

自歌合 十番右

夕ぐれの霞につつむ山もとの花とけぶりの里のむらむら(自歌合20)

夕花を

花の上にしばしうつろふ夕づく日入るともなしに影きえにけり(風雅199)

題しらず

入相の声する山の影くれて花の()のまに月出でにけり(玉葉213)

自歌合 十三番右

ちるとなみ花おちすさぶ夕ぐれの風ゆるき日のきさらぎの空(自歌合26)

花の歌の中に

たきつ瀬や岩もとしろくよる花はながるとすれどまたかへるなり(風雅255)

自歌合 二十番右

岩がくれさけるつつじの人しれずのこれる春の色もめづらし(自歌合40)

夏御歌の中に

うすみどりまじるあふちの花みれば面影にたつ春の藤波(玉葉301)

月前時鳥といふことを

ほととぎす空に声して卯の花のかきねもしろく月ぞ出でぬる(玉葉319)

三十首御歌の中に、夏鳥といふ事を

かげしげき木の下闇のくらき夜に水のおとして水鶏なくなり(風雅376)

題しらず

草のすゑに花こそみえね雲風も野分ににたる夕ぐれの雨(風雅439)

自歌合 二十六番左

夕立の雲ものこらず空はれてすだれをのぼる宵の月かげ(自歌合51)

自歌合 二十九番左

夜の雨に竹の葉ずゑはなびきふして朝けの窓の風のすずしき(自歌合57)

題しらず

むらすずめ声する竹にうつる日のかげこそ秋の色になりぬれ(風雅459)

秋の御歌に

ま萩ちる庭の秋風身にしみて夕日のかげぞ壁に消えゆく(風雅478)

秋夕を

風にきき雲にながむる夕暮の秋のうれへぞたへずなりゆく(玉葉485)

風後草花といふことをよませ給うける

しほりつる風はまがきにしづまりて小萩がうへに雨そそくなり(玉葉509)

西園寺にて詠ませ給うける秋御歌の中に

尾花のみ庭になびきて秋風のひびきは峯の梢にぞきく(玉葉529)

秋御歌の中に

うす霧のはるる朝けの庭みれば草にあまれる秋の白露(玉葉536)

月前虫といふ事を

きりぎりす声はいづくぞ草もなきしらすの庭の秋の夜の月(風雅556)

月三十首御歌の中に

空きよく月さしのぼる山のはにとまりてきゆる雲の一むら(玉葉643)

題しらず

むら雲にかくれあらはれゆく月のはれもくもりも秋ぞかなしき(風雅604)

題しらず

吹きしほる風にしかるる呉竹のふしながら見る庭の月かげ(風雅605)

自歌合 三十九番左

秋風のひびきは峰にさ夜更けて影遠くなる入りがたの月(自歌合77)

秋の御歌の中に

夕暮の庭すさまじき秋風に桐の葉おちて村雨ぞふる(玉葉725)

秋の御歌の中に

さすとなき日かげは軒にうつろひて木の葉にかかる庭のむらさめ(風雅642)

三十首御歌の中に、秋山を

山かげや夜のまの霧のしめりよりまだ落ちやまぬ木々の下露(風雅654)

自歌合 四十二番左

はるばるとわたるや雁の声とほし雲に色ある西の山のは(自歌合83)

自歌合 四十三番左

末高きまがきの花はかたぶきて露おちつづく雨の夕暮(自歌合85)

自歌合 四十四番右

露しげき草のうへより明けそめて霧の山べぞしばし夜ふかき(自歌合88)

自歌合 四十六番左

その色とささぬ夕べのかなしきは尾花が風にうす雲の空(自歌合91)

題しらず

もろくなる桐の枯葉は庭におちて嵐にまじるむらさめの音(風雅711)

自歌合 五十一番左

うき雲は軒ばの峯をこえかかりしばし時雨てまたすぎぬなり(自歌合101)

自歌合 五十二番左

さやかなる光もぬれて見ゆるかな時雨ののちの庭の月かげ(自歌合103)

題しらず

月のすがたなほ有明のむら雲に一そそきする時雨をぞみる(風雅739)

題しらず

むらむらに小松まじれる冬がれの野べすさまじき夕暮の雨(風雅746)

冬雨を

さむき雨は枯野の原にふりしめて山松風の音だにもせず(風雅797)

冬雲を

風の音のはげしくわたる梢よりむら雲さむき三日月のかげ(玉葉909)

題しらず

かはちどり月夜をさむみいねずあれや寝ざむるごとに声の聞こゆる(玉葉924)

冬御歌の中に

月かげはもりの梢にかたぶきてうす雪しろしありあけの庭(玉葉997)

自歌合 五十六番右

朝戸あけの軒ばにちかく聞こゆなり梢のからす雪ふかきこゑ(自歌合112)

百番歌合に、山雪を

鳥のこゑ松の嵐のおともせず山しづかなる雪の夕ぐれ(風雅826)

自歌合 六十一番左

ふる雪にしられぬほどにまじる雨のくれゆく軒に音をたてぬる(自歌合121)

自歌合 六十二番左

あまをとめ袖ひるがへす夜な夜なの月を雲ゐに思ひやるかな(自歌合123)

題しらず

あれぬ日の夕べの空はのどかにて柳のすゑも春ちかくみゆ(風雅894)

恋の心を

さてもわが思ふ思ひよつひにいかに何のかひなきながめのみして(風雅989)

恋歌とて

あやしくも心のうちぞみだれゆく物思ふ身とはなさじと思ふに(風雅1010)

題しらず

とにかくにはれぬ思ひにむきそめて憂きよりさきに物のかなしき(風雅1024)

恋の御歌の中に

うれしとも一かたにやはながめらるる待つ夜にむかふ夕ぐれの空(風雅1039)

恋歌とて

くれにけりあまとぶ雲の行き来にも今宵いかにと伝へてしかな(風雅1046)

不言出恋の心を

いはじただしらばさすがにと思ひなすなぐさめにこそかかるたのみを(玉葉1366)

忍待恋の心を

槙の戸を風のならすもあぢきなし人しれぬ夜のややふくるほど(風雅1059)

歴夜待恋といふ事を 

われも人もあはれつれなき夜な夜なよたのめもやまず待ちもよわらず(風雅1062)

題しらず

この暮の心もしらでいたづらによそにもあるか我が思ふ人(風雅1077)

待恋の心を

音せぬがうれしきをりもありけるよ頼みさだめて後の夕暮(玉葉1382)

題しらず

常よりもあはれなりつる名残しもつらき方さへ今日はそひぬる(玉葉1458)

題しらず

憂きも契りつらきも契りよしさらば皆あはれにや思ひなさまし(風雅1164)

恋のこころを

けふはもし人もや我を思ひいづる我も常より人の恋しき(風雅1233)

寄雲恋を

今しもあれ人のながめもかからじを消ゆるもをしき雲の一むら(風雅1237)

題しらず

常よりも涙かきくらすをりしもあれ草木をみるも雨の夕暮(玉葉1472)

題しらず

思ひけるかさすがあはれにと思ふより憂きにまさりて涙ぞ落つる(玉葉1508)

寄書恋をよませ給うける

玉章にただ一筆とむかへども思ふ心をとどめかねぬる(玉葉1535)

題しらず

鳥の声さへづりつくす春日影くらしがたみに物をこそ思へ(玉葉1610)

三十首歌めされし時、恨恋を

かくばかり憂きがうへだにあはれなりあはれなりせばいかがあらまし(玉葉1704)

恋歌の中に

よわりはつる今はのきはの思ひには憂さもあはれになるにぞありける(玉葉1715)

恋歌とてよませ給ひける

大かたの世はやすけなし人は憂し我が身いづくにしばしおかまし(風雅1253)

五十番歌合に、漸変恋を

かはりたつ人の心の色やなにうらみんとすればそのふしとなき(風雅1255)

題しらず

はれずのみ心に物を思ふまに萩の花さく秋も来にけり(風雅1282)

題しらず

すべてただ人になれじとこりぬるもいつのためぞとあはれなるかな(風雅1320)

題しらず

なほしばしこの一ふしはうらみはてじなじかとおもふなさけもぞみる(風雅1325)

恋歌の中に

さまざまの我がなぐさめも事つきて今はとよわるほどぞかなしき(風雅1366)

触物催恋といふ事を

月のよは雲のゆふべもみなかなしそのよにあはぬ時しなければ(風雅1369)

恋歌に

つひにさても恨のうちに過ぎにしを思ひいづるぞおもひ出でもなき(風雅1387)

題しらず

人のすてしあはれをひとり身にとめてなげき残れる果てぞ久しき(風雅1398)

自歌合 八十二番左

契りけり待ちけりあはれその時のことの葉のこる水茎のあと(自歌合163)

絶恋のこころを

常よりもあはれなりしを限りにてこの世ながらはげにさてぞかし(風雅1405)

題しらず

物ごとにうれへにもるる色もなしすべてうき世を秋の夕ぐれ(玉葉1952)

百首御歌の中に

さ夜ふかき軒ばの嶺に月は入りてくらき檜原に嵐をぞ聞く(玉葉2123)

暁の心を

里々の鳥のはつねは聞こゆれどまだ月たかきあかつきの空(玉葉2131)

自歌合 八十四番左

月も入り鐘もこゑやむあけぐれの空しづかなる星のかげかな(自歌合167)

雑御歌の中に

かくしてぞ昨日も暮れし山のはの入日ののちに鐘のこゑごゑ(風雅1666)

自歌合 九十番右

たちみだれ風にうきゆく雨雲になかば色こき夕ぐれの山(自歌合180)

雲を

山あひにおりしづまれる白雲のしばしと見ればはやきえにけり(風雅1685)

自歌合 八十八番左

ききしほる寝ざめの窓は夜ふかくて槙の葉くらきあかつきの雨(自歌合175)

雑歌の中に

見るままに山はきえゆく雨雲のかかりもらせる槙の一もと(玉葉2152)

夜雨を

明かしかね窓くらき夜の雨のおとに寝覚の心いくしほれしつ(玉葉2171)

山中雨といへることを

山風の吹きわたるかと聞くほどに檜原に雨のかかるなりけり(玉葉2173)

自歌合 八十九番左

ぬれまさる草葉の色にしられけりそそくも見えぬ夕ぐれの雨(自歌合177)

雑御歌の中に

沈みはてぬ入日は波のうへにして潮干にきよき礒の松原(風雅1706)

雑御歌の中に

心うつるなさけいづれとわきかねぬ花ほととぎす月雪のとき(玉葉2441)

自歌合 九十八番左

昔とは遠きをのみは何かいはん近き昨日もけふはむかしを(自歌合195)

自歌合 九十九番左

人のうへのはかなきことを聞くにしも身は行末のよよのかねごと(自歌合197)

自歌合 百番左

日にそへて憂きふししげみ呉竹の世にへがたくもなりまさるかな(自歌合199)

内侍、都のほかにすみ侍りけるに、御心ち例ならざりける頃つかはされける

わすられぬ昔語りもおしこめてつひにさてやのそれぞかなしき(風雅1950)

【補記】永福門院内侍の返しは「はるけずてさてやと思ふうらみのみふかき歎きにそへてかなしき」「あはれその憂きはてきかで時の間も君にさきだつ命ともがな」)


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成24年01月12日