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98.10.02

「ものはてにを」を欠く歌

 「万葉集」巻十九にある大伴家持の次の歌は、日本でもっとも古いことば遊びの一つと言えるでしょう。

ほととぎす今来鳴きそむあやめ草かづらくまでに離(か)るる日あらめや
〔ほととぎすが鳴き出した。あやめ草を髪に飾る五月までずっといて鳴いてくれるだろう。〕

我が門ゆ鳴き過ぎ渡るほととぎすいやなつかしく聞けど飽き足らず
〔門の前を鳴いて渡るほととぎすの声はとても心引かれて聞き飽きない。〕 (4199・4200番歌(新番号))

 このどこがことば遊びなのかと思いますが、作者の注記によると、前者の歌は「も・の・は」の3個の助詞(辞)を使わずに、後者の歌は「も・の・は・て・に・を」6個の助詞を使わずに歌を作ってみた、というのです。あとの歌は、ふつうなら「我が門」「聞けど飽かぬかも」というところを、「を・も」を使わないというルールにしたがって、こうしたんでしょう。
 「万葉集」で使用頻度が高い助詞は上から「の・に・を・は・て・も」の順だそうです(日本古典文学大系『万葉集』大野晋)。つまり、最もよく使われる助詞を省いて作歌したところに見どころがあるわけですね。
 しかし、ここで素朴な疑問を感じます。たしかに、「も・の・は・て・に・を」はよく使われる助詞なのかもしれないけれど、たった6個の助詞ぐらい、使わずに歌を作ることは簡単なんじゃないかな。早い話、さきほどの最初の歌でも、作者が除外した「も・の・は」だけでなく、偶然に「て・を」も使われていない。だからこの歌は「も・の・は・て・を」が使われてないと言ってもいいわけです。
 それぐらいだから、本気で探してみれば、「万葉集」で「も・の・は・て・に・を」の6個の助詞(および助動詞「つ」「ぬ」の連用形のようなものも含む)を使っていない歌はいくらでもあるのではないか……。
 そう思って探してみました。今は、パソコンの威力でもって「万葉集」の本文を検索することができます。多少の工夫をして拾ってみると、少なくとも14首の歌が出てきました(歌の訓み方は、説によってやや異なる場合があるので、多少の増減はありえます)。
 「万葉集」の歌は全部で約4500首あります。そのうちの14首なら、思ったほど多くないというのが正直な感想です。
 それでは、さらに、助詞以外でも一切「も・の・は・て・に・を」を使っていない歌はどれだけあるか。14首の中からさらに絞りこんでみると、先に示した以外には、実に以下の2首しかありませんでしてた。

三島菅いまだ苗なり時待たば着ずやなりなむ三島菅笠
〔三島の菅草はまだ苗だが、ぐずぐずしていると人に盗られ、菅笠を着ることができないかもしれない〕(2847)


恋しけば来ませ我が背子垣つ柳末摘み枯らし我れ立ち待たむ
〔好きというなら会いに来て、あなた。垣の柳の芽を摘んで全部枯れてしまうまで待ちましょう〕(3474)

 2847番の歌は「いまだ苗にあり」と訓む説に従えば失格で、残りは1首だけになります。というわけで、「も・の・は・て・に・を」の音を使わないと、歌は非常に作りにくかったらしいことが分かりました。
 筒井康隆氏なら簡単に作るかもしれませんが。


p.s. 折も折、富山県高岡市で、きょうから3日間かけて「万葉集」の歌全部を歌い継ぐ催しが始まった由(NHK「ニュース7」)。万葉研究者の中西進氏が古代装束に身を包んで、第1番歌を詠じているところが放映された。他にバイオリニストの佐藤陽子さんなど。

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