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98.08.04

ことほどさように

 国語の授業で、「○○ということばを使って文を作りなさい」という問題が出ることがあります。ことばの使い方を覚えるにはとてもいい出題じゃないでしょうか。難しいことばがうまく使えたときは、とてもうれしいものです。
 僕には、いまだにうまく使えないことばがあります。いや、多くあるのですが、その一つが「ことほどさように」。これ全体で、ひとつの副詞です。用例を探そうと思っても、出てくるようで、なかなか出てこないことばです。
 辞書を見ると、「英 so...thatの訳語という」とあり、続けて「あることを述べて、その程度であることを強調する語。それほど。そんなに。」と説明しています。
 ちょっと、まだすっきりしません。第一、「ことほど」とは何だろうか? 「これほど」とは違うらしい。
 また、「それほど。そんなに。」という説明も不十分のような気がする。「それほど」と「ことほどさように」は、まったく一緒ではないはずだ。たとえば、

一日の練習が終わると、僕は前後不覚に眠った。それほど、練習は厳しかった。(作例)

とは言えるが、

一日の練習が終わると、僕は前後不覚に眠った。ことほどさように、練習は厳しかった。(同上)

とは言えるのかな? 「言えるよ」と言う人もいるかもしれませんが、何か違和感が残るのですね。
 僕にとって、「ことほどさように」がうまく使われた文章というのは、たとえば次のようなものです。やや長くなりますが。

 性格としては、〔自律神経失調症に〕なりやすいタイプがやはりあり、きちょうめんな人など、そうだ。が、自分があてはまるかどうかは、考え出すと、わからない。……(1)
 例えば私は、おのれの部屋のちらかりようを日々目のあたりにしているので、自分がいかにきちょうめんでないか知っている。一方で、この連載の締め切りに遅れたことはいまだなく、担当の人は、私をすごくきちょうめんだと思っているだろう。……(2)
 自己診断はことほどさように難しい。いろいろな検査法もあるようだから、まずは専門医の診断を受けるのがよさそうだ。……(3) (岸本葉子・朝日新聞夕刊 1997.01.25 p.10)

 このように、「ことほどさように」が使われるためには、まとまった伏線がなくてはならないと思う。まず(1)段落目で何かテーマを出し、(2)段落目で具体例を出し、(3)段落目で「ことほどさように」を使ってまとめる、という行き方がいいのではないかと思います。
 しかも、欲を言えば、「ことほどさように」の次には、「〜難しい」とか、「〜情けないありさまだ」といった、深刻な口調で言う語句が来てほしいですね。「ことほどさように、うれしい一日だった」というような使い方はないような気がする。
 これはあくまで僕の感じ方であって、実際にはどうか分かりません。何しろ、「朝日新聞」で「ことほどさように」が使われた記事は、1997年でわずかに3件、1996年で7件、1995年で3件しかないのです。ほとんど目にする機会のないことばだ。


追記 うじさんからメールをいただきました。「ことほどさように」でまとめるときは〈「多少なりと一般化した」結論〉になるのではないかというご意見です。
 上記の「……ことほどさように、練習は厳しかった」には違和感を感じるが、「……ことほどさように、この練習とは厳しいものなのである」と一般化すると違和感を感じないと言われます。ごもっとも。
 してみると、「ことほどさように、うれしい一日だった」がおかしいのは、「うれしい」という語の意味のせいではなく、この文が具体的な一日のことについて言っていて、一般化された結論ではないからかもしれません。
 「人からこまやかな手紙をもらうのがきらいな人はあるまい。……」という書き出しで、何か具体例を出し、最後に「ことほどさように、心のこもった手紙をもらうのはうれしいものである」とすれば、ちゃんとした作文になりそうです。
 〈命題提示→具体例→一般化〉という流れで論じる最後の段階で「ことほどさように」を使えばいいのでしょう。(2001.08.09)

追記2 「言語生活」358(1981.10)p.76に、国語学者・大石初太郎氏が「「古式ゆかしい」「ことほどさように」など」という文章を書いています。その中で、

「ことほどさように」というのも、わたしの最もきらいな言葉の一つだ。好ききらいを言ってはいけないのだろうが、だれも感心しないのに気のきいた言葉のようにきめこんでいる安易なひとりよがりの表現のような気がしてならない。真実味の感じられる言葉を、あっさりと使ってもらいたいものだ。

と、えらく怒っています。どうして「安易なひとりよがりの表現」だと思うのか、せっかくなので、筋道立てて説明してほしいところです。それがないのは残念ですが、大石氏も違和感を持っていることは分かりました。


関連文章=「又「ことほどさように」

●この文章は、大幅に加筆訂正して拙著『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波アクティブ新書 2003.06)に収録しました。そちらもどうぞご覧ください。

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