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「その手を見せて」井上雪(著)(冬樹社 1985年10月)

→目次など

■職人、職人の妻、農家の嫁、薬売り、工場経営者の妻、漁村の女…として、働く北陸の女たち■

本書は、朝日新聞ほくりく版に1983年5月から1985年4月まで、月1回のペースで日曜版に掲載された「おんな巡礼」をもとにしている。北陸に生き、たくましさに満ちた手をしたおんなたちに取材して、1回あたり10ページほどの分量で22回分。著者は1931年生まれだから50歳を超えた年齢でこの記事を書いていることになる。しかし、著者の感性は若々しく、途中まで若い女性の文章かと思い込んで読んでいたほどだった。

表紙の写真は、私の祖母の手にそっくりだ。厳しい農作業を経て太くたくましい指になった祖母は、孫の私たちが細い指をしているのを見て、女のような手だと言っていた。祖母の死後、祖母を「篤農婦人」とたたえた短歌を記した短冊がとどけられ、納得したものだ。

この本には、丁度私の祖母と同時代に生きた女性たちが収録されている。各章の最初に、右ページの上半分に手の写真、左ページ一面に顔写真を配置した見開き写真のページがあり、右側の手のページには漢字が1文字添えられている。この漢字はその手でどのような作業を行ってきたのかを表している。右ページの下半分には、当人の言葉が短く添えられた上で、「能登の網工」のように地名と職が記されて、各章の内容を期待させる構成になっている。農作業に明け暮れる手と、水引作りやかまぼこ作りに使われる手とでは、まったく様子が違っている。

働くことを当然と考え、勤勉に働きながら、この手によって暮らしが成り立ってきたことに対する感謝の言葉が出る彼女たちを通じて、私は、生きることに迷いのない人の強さを分けてもらうことができた。

この本を通じて、数々の土地の名産品にも出会った。

五箇山の豆腐
大門のそうめん
志賀町のころ柿
若狭の真珠
氷見の細工かまぼこ
武生のうちわ
井波の木彫り

古くからの名産品のようでいて新しいものも多い。ころ柿作りは、昭和になってから、この本に登場する女性の夫が、家の破産を契機に始めたのだという。こうした仕事の多くは、風前の灯のようにも描かれている。ところが、調べてみると嬉しいことに今も盛んに作られているものが大半であるようだ。

祖母は娘時代に滋賀県の繊維工場で女工として働いていたが、工場が倒産し、親に送ろうと貯金していた給与をすべて失ったという。この本にも勝山の羽二重工場の話が登場し、長野や岐阜からも女工さんたちが来ていたとある。その頃の労働時間は、朝四時から夜中の12時まで。これが世界システムに組み込まれた結果であることを私は思う。それにしてもよくぞ、そのような労働条件で働けたものだ。

富山の薬売りの女性は夫を早くになくしてまだ20代のうちに夫の代わりに得意先の家々を回る仕事を引き継いだという。能登の網工は、夫を乗せた漁船が転覆して自分が働き手とならざるを得ず、幸いその頃の漁村にはいくらでも仕事があったので、何とかなったのだという。出産間近まで働き産婆の来るのを待ち切れずに一人で出産してしまった女性もいる。難産でも帝王切開でなんとかなることが多い一方で、出産後すぐに数々の医療行為が新生児に施される現在。はたしてどちらが幸せなのだろうか。生きる意思さえあれば、何とかなることが多かったのは、この女性たちの生きた時代ではなかったか?

追記:
北陸地方における金沢の位置づけや、京都、名古屋との関係などを伺い知ることができた点も私にとっては興味深いもでした。

内容の紹介


(「耕:白山麓の出づくり」より)
子供が、たくさん生まれた。十一人。でも四人しか育たない。 - 114ページ

狩猟採取社会の生き方を知って見ると、離乳食を用意できないため3〜5年周期の出産であり、農耕社会のように毎年のように子を生むことはできません。また、生物界の正常な状態は、生まれて来る子の大半が大人になる前に亡くなってしまう状態です。こうした点から、やはり本来的な状態に近いのは狩猟採集社会のように思います。


(「塗:山中の漆器」より)
荒川さんの家は山中温泉の元湯に近い山中東町二丁目で、温泉街の真ん中にあった。玄関先には商品の盆が積まれており、そのわきをすり抜けて二階へと招じられる。塗師屋は仕事場をたいてい二階に設けている。理由は、漆の観想にはほこりが禁物なのと、酸素が必要だからだ。そのために家の周囲に木を植えるほどだと言うが、とすると荒川家は格好の仕事場だということになる。 - 191ページ

この章は、『崖っぷちの木地屋』を思い出しながら読みました。


(「練:氷見の細工かまぼこ」より)
背丈を越す業務用冷蔵庫には、昆布で巻いたかまぼこがぎっしりと保存してあった。防腐剤を入れているが、昭和初期までの品物にくらべると、ぐんと腐りやすいという。鮮度の良い魚からていねいに身を採り、水伸ばしせずにつくられた戦前のものは、かなり長い日数放置しておいても、めったなことで腐敗しなかった。職人だったかまぼこづくりの専門家が、今、もっとも当然のツケとして指摘しているマイナスの部分である。 - 217ページ

昔は本物しかなかったが、今は偽物しかない。遺伝子組み換え、人工調味料、デザインだけが洗練された袋菓子…


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「ルビリン」は東山動物園にいたアムールトラの名前です。土手で出会った子猫を迎え入れ、「るびりん」と命名しました。

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