るびりん書林 別館

「医療人類学―世界の健康問題を解き明かす」アン マッケロイ(著)、パトリシア タウンゼント(著)、丸井 英二(監訳)(大修館書店 1995年7月)

→目次など

■民族医療やシャーマニズムを扱っていた従来の医療人類学とは異なり、生業や環境、しきたりなどが健康に及ぼす影響を扱う包括的な医療人類学。原著第二版の翻訳。■

妊娠中に妊婦が食べてはいけないもの、出産後に夫が食べてはいけないものといった、食に関するタブーを持つ民族がいます。このような食のタブーは人々の健康にどのように影響するのでしょうか。

狩猟採集生活では人々は移動をくり返し、少人数で暮らします。農耕生活では定住し、主食と呼ばれる食物を中心に食べ、家畜と暮らし、自然を作り変えた農地に囲まれています。都市生活者はさらに過密な環境で、野山の恵みをとり入れることのない暮らしを送ります。このような暮らし方の違いは健康にどのように影響するのでしょうか。

マラリアの多い地方では貧血とひきかえにマラリアに罹患しにくい鎌状赤血球を持つ人が増えました。食葬の風習のあった民族にはクールー病が蔓延しました。

このような内容が医療人類学の対象になります。本書の原著は第二版で、初版は10年前に発行されており、原著者は女性人類学者2名です。翻訳は東大医学部出身の教授、医師らによります。

本書の構成は、医療人類学の構成そのものであると信じていると記されており、高地への適応、女性の割礼、乳児虐待、人口均衡、生業と人口、得られる食べ物と健康、食物タブー、老年期の貧困、魔法による死、都市環境、隔絶された民族の近代世界への接触、移住によるストレスなどの話題が並びます。

本書は次のように締めくくられています。

私たちは地球という生態系に住み、さまざまな形でふれあっている。近代化は多くの問題をもたらしたが、文化的適応の過程でこれらの問題の処理方法も提示してくれた。近代化はこの地球の生態系がいかにもろいかに改めて気づかせてくれた。また、人間とその他の生物とのバランスを保ち再構築するための方法をも示してくれたのである。

後で述べますが、本書に示されている人類史と照らし合わせると、これは、誤った解釈であると私は考えます。 途中、次のようにも記されています。

近代的になるということは、思考の変化や環境問題の認知の変化、とくに健康問題への対処のしかたの変化を意味する。伝統的な人々は病気や死に対してしばしば宿命論的だが、近代化しつつある人々は科学がときには疾病に対抗する武器を供給することに気づいている。宗教と癒しの伝統的なつながりは、疾病の原因と予防が非宗教的な枠組みのなかで理解できるという証拠が積み上げられるにつれて弱まっていく。(372ページ)

「西洋医療という観点から人類学に踏み込んだ印象を受ける」と本書を評する人もあるように、本書では、西洋医療を肯定するために、伝統的なあり方は否定されています。なぜ、宿命論的や癒しが必要なのかは問われておらず、西洋医療の観点から評価されているのみです。これは本書の大きな欠点であると私は考えます。

一方本書から次のような人類史を読み取ることも可能です。

狩猟採集生活は、栄養の偏りもなく、適度な運動が必要とされ、しかも、生態系を維持でき、伝染病の影響も少ない生活でした。

農耕は炭水化物ばかりを摂取する栄養的に問題のある暮らしと、これとは裏腹にも思える人口の増加を生みました。出産間隔は短くなって生後三年間の母子密着という重要な時間を奪いました。子どもは労働力として早くから利用されるようになり、家畜からの病気の感染や、増えすぎる人口とどう向き合うのかという問題も生まれました。

その後に続く都市化は、住環境のさらなる悪化にもつながりました。一見解決されたように見えても、農耕の開始以来続く食の質の低下や、環境破壊、貧富の格差、人口増加への対処という課題は、少しも解決されないどころか深刻化する一方です。

多くの文化において長生きに成功することは、自動的に超自然力の十分な証拠となる。たとえ彼に悪意に満ちた行為がなくても、彼は魔法の能力があるとみなされる。(273ページ)

長寿者にあふれる現代社会は魔力を持つ個体にあふれる社会でもあるようです。

関連書籍: 『日本の長寿村・短命村』:炭水化物主体の食事の危険性を指摘
愛は化学物質だった』:生後三年の母子密着生活の大切さを指摘
食生活と身体の退化』:伝統的な暮らしに近代的な食物が入り込むことによる健康悪化

内容の紹介


エネルギー・コントロール:人口増加の制限
(前略)
  ある地域で人口が土地の資源を超えると、飢餓の可能性がでてくる。 イヌイットは上限以内に人口を保つことにより、この危険性を避ける。 つまり、ふつうは1つの集落あたりの人口は100人以下であり、状況に応じて分裂も可能である。 人口を一定に保つ要因として、略奪、飢餓、病気、事故、社会的死亡などがある。 北極圏において、北極グマはときどき人間を襲うといわれているが、人間が獲物とされることは北極ではまれである。 飢餓は重大な死亡原因とはならないが、深刻な食糧不足時に老人や小児の死亡率が上昇する。
(中略)
  人口調整の他の重要な因子として、Dunn(1968)が「社会的死亡」とよんでいる殺人や争いなどがある。 戦争は起こらなかったが、自殺は多く、老人が仲間たちについていけなくなり、重荷になりたくないと思って自殺することもあり、また、盲目などの身体障害、罪悪感、絶望感から自殺することも時にはある。 カナダのネトリシク族では、50年間に人口約300人中、自殺者35名、自殺未遂者4名であった(Balikci 1970)。
(後略) - 33、34ページ

食糧増産や流通の拡大が解決策となることは決してない中で、私たちはどのように人口増加を抑えていけばよいのか。 万人を救おうとすることは、どのような悲劇的な結末を招くのか。 この問題と直面しない限り、明日は開けてこないのではないでしょうか。


西インド諸島のセントルシア島で、寄生虫感染が労働行為や学業に与える影響を保健経済学者が研究した。 寄生虫に感染していない人は住血吸虫症の感染者に比べて、農園での生産性は高くはなかった。 1日あたりの収入でみると、寄生虫感染者は健常者より30%ほど少ないが、生産性の低さを労働日数で補い、実際には健常者より収入が多い。 同様に、住血吸虫症に感染した子どもは感染していない子どもより学校の出席状況がよい(Weisbrod et al. 1973)。
  セントルシア島民の文化はレジャーを楽しむことを強調し、食物が十分にあるので、人々は標準的な生活水準を維持するのに必要な量以上に働こうとはしない。 費用便益分析の問題は、それが西洋の経済理論に基づいて作られていることである。 経済以外の目標が大きな意味をもたなければ、健康状態がよくても必ずしも生産性を高める必要はない。 - 399ページ

寄生虫のいない野生動物などいません。ヒトも程度の差はあれ、寄生虫がいる状態こそが正常なのでしょう。そして、私たちは本質を外れたところで頑張らされていると読み取ることもできそうです。



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「ルビリン」は東山動物園にいたアムールトラの名前です。土手で出会った子猫を迎え入れ、「るびりん」と命名しました。

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