弁護士(ホーム)弁護士による遺言、相続法律相談 > 遺産分割無効確認訴訟
Last updated 2015.6.15mf

遺産分割無効確認訴訟/弁護士の事件簿

訴えを提起された・相談遺産分割無効確認訴訟
2 年前に母が亡くなりました。母の遺産として不動産、預金などがありました。父が中心となって、遺産分割協議書を作り、皆で捺印しました。ただ、長男だけは父と仲良くないため、捺印に来ませんでした。長男の妻が長男の印鑑証明書と実印を持って、代わりに捺印をしに来ました。この遺産分割協議書では私たちは不動産を取得しましたが、長男の取り分は300万円だけでした。
長男の妻が癌ですぐ亡くなり、父も亡くなりました。
父は遺言を書いていましたので、父の遺産は私と姉が相続しました。
父の死後、長男が、「母の遺産分割は無効である」と主張し始め、私たちに対して遺産分割無効確認の訴を提起しました。兄は、父の遺産については遺留分を請求しています。私たちはどう対処したらよいでしょうか。
私たち兄弟姉妹は長男を含めて3人です。母の遺産も、父の遺産も、大部分は不動産ですが、母の遺産の評価は約 3000 万円、父の遺産の評価は約 9000 万円です。
相談者は、法律事務所を訪ねました。

回答
遺産分割協議は、相続人全員が参加して行う必要があります。長男の妻が捺印していますが、長男が妻に代理権を与えていないと遺産分割協議は有効になりません。事前に代理権を与えていなくとも、後から妻が代理人として捺印したことを追認した場合は、遺産分割協議は有効となります。
本件の場合、事前に代理権を与えていたか、あるいは遺産として 300万円を受け取った際に遺産分割協議を追認すれば、有効です。
長男が妻に代理権を与えたとか、後から遺産分割協議を認めたことを証明する責任(挙訟責任)は、遺産分割協議が有効であると主張する側にあります。これは、長男と妻の間のことで、外部の人にはわからないことですから、証明することはなかなか困難でしょう。
これが証明できなければ、遺産分割は無効と判決されます。遺産分割の際に、電話あるいは長男自筆の委任状などで長男が妻に代理権を与えたことを確認すべきでした。
仮に、母の遺産についての分割協議が無効なら、法定の相続分は、父が 1/2で、残り 1/2 を相談者たち子供(兄妹)で分けることになります。再度、遺産分割協議をすることになります。

裁判
相談者たちは、弁護士に依頼し、争うことにしました。 相談者側は、遺産分割協議が有効であると主張しました。しかし、重要証人である長男の妻が死亡しています。そこで、問題は、長男の妻が、相談者側に対して長男に代わって捺印した事情をどう説明していたかです。

相談者側の法廷での陳述の要旨は次の通りでした。
長男の妻は、当時、「夫は『遺産をいらない』と言っています」と相談者側に説明したようです。しかし、相談者側の父が「そう言わずに」と言って、長男の妻に対し300万円の現金を渡したのです。また、この妻は、事後「あのお金は、夫に渡しました。夫は信用金庫に預金しました」と言っていたようです。従って、長男は、このお金が母の遺産を分配したものだとわかって受領したものと考えられます。
しかし、これだけでは、妻が遺産分割協議書に捺印する代理権を持っていたか、あるいは、長男が後から追認したとの証明には不十分です。
そこで、弁護士は、長男に対する反対尋問に力を注ぎました。

長男が法廷でした陳述の要旨は次の通りでした。
「妻に代理権を与えたことはない。300万円はもらったが、何のお金かわからなかった」
しかし、母が亡くなった後なので、「母の遺産の分配ではと気がつかなかったか」の質問に対しては、長男は曖昧な答えをしました。また、「どこの銀行に預金したか」についても曖昧な答えをしました。

長男は嘘を言っています。日本の裁判では、特に民事裁判では嘘が横行しています。裁判の当事者(原告、被告)が嘘を述べた場合、若干の制裁規定はあります。しかし、制裁が科せられた例はめったにありません。
裁判では、真実の認定は困難です。裁判官は神様ではなく、平凡な人間です、事実認定に関して特別な能力があるわけでもありません。裁判での事実認定は、限界があり、しばしば、真実と異なります。裁判の恐ろしさは、このように必ずしも真実が認定されないことです。
そこで、自分の請求の 8 割位が満たされた条件なら、訴訟を和解で解決する方が得です。
本件では、結局、裁判官は、代理権ないし追認の証明が不十分との心証を明らかにしました。証明が不十分の場合には、挙証責任を負っている側に不利な判決が出るのです。この場合では相談者側に不利な判決が出ます。
裁判官は、両当事者に対して和解を勧めました。

和解
幸い、原告側と被告側の弁護士は良好に意思の疎通をはかることができましたので、裁判所を抜きにして話し合いをしました。
裁判所を間にいれると、和解期日が月 1 回位のペ−スですので、時間がかかってしまいます。
本件では両弁護士とも、和解ができない場合にどのような判決が出るか理解していました。その場合は、原告勝訴の判決が出ますが、これは、単に遺産分割の無効を宣言するだけです。
この判決が出ても、原告は遺産を現実に取得できるのではなく、さらに、家庭裁判所に対して遺産分割の調停の申立をし、調停不成立なら、遺産分割の審判をしてもらう必要があります。
遺産に不動産がある本件の場合、通常、家庭裁判所は、遺産分割の審判では、遺産を(不動産の場合、実際に境界線を引く)現物に分割せず、「配偶者は 1/2 の持分を取得する」など割合を指定した分割をするでしょう。これでは持分を取得した相続人は、不動産を利用することも、売却することも、不可能です。
現実の分割してもらうため、さらに、地方裁判所に対して共有物分割の訴(民法 256 条 1 項)を提起する必要があるのです。現実に遺産を取得する手続きは非常に時間がかかります。

長男の取り分は、以下の通りです。

母の遺産につき法定相続分(1/3、既に 300 万円取得済)500 万円請求分  200 万円
父の遺産につき遺留分(1/6)1500 万円請求分 1500 万円

しかし、不動産を売却して代金を分けると、税金、手数料などを差し引いた長男の手取り分は、1500 万円くらいです。
訴の提起後1年半で、当事者は譲歩して、次のような内容で裁判所において和解が成立しました。

1. 長男は、母の遺産についての遺産分割協議、および、父の遺言が有効であることを認める。
2. 相談者側が長男に対し、追加分の代償金として合計 1000 万円を支払う。


弁護士費用
相続事件の弁護士費用 を参照してください。

裁判の現状
日本の裁判では、裁判官が賄賂を取ることは、まず、ありません。裁判官が真実と異なる事実認定をすることはよくあります。和解は妥協の産物ですが、往々にして判決もそうです。
さらに、裁判官は判決を書くことを嫌がり、和解で解決したがります。 判決を書く手間が省けるだけでなく、自分の判決が上級審で審査される危険がないからです。官僚組織の一員である裁判官は自分の仕事の結果である 判決が上級審で覆ることに神経質になります。組織の一員である官僚が前例を大事にするのと同じように、裁判官も上級裁判所の目を気にしています。そのため、他から批判を受けにくい無難な判決を書く傾向があり、書証が重視されます。
裁判官がときどき感情的になり、当事者のようになるケースがあります。 その場合の判決は、さらに、おかしなものとなる危険があります。
裁判で必ずしも真実が明らかになりません。訴の提起前に証拠を検討し、訴を提起すべきかどうか慎重に考える必要があります。訴の提起後は、裁判官が何を考えているかを注意します。和解の席で裁判官の心証が大体明らかになります。
裁判は用心深く進める必要があります。裁判で真実を明らかにすることはなかなか困難ですね。

港区虎ノ門3丁目18-12-301(神谷町駅1分) 河原崎法律事務所 弁護士河原崎弘 03-3431-7161