賃借人が差し入れた保証金の返還義務を競売における買受人が引き継ぐか
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Last updated 2016.2.17mf
弁護士河原崎弘
相談
当社は、2001年2月、新築ビルを借りました。同年3月、ビル所有者は、銀行のために抵当権を設定、登記しました。当社はビルを借りるに際し、ビルのオーナーに保証金1億円を預けました。賃貸借契約の中では、「保証金は10年間据え置き、10年後から10年間にわたり均等返済する」と決められています。
この度この建物は競売にかけられ、色々な人が尋ねて来るようになりました。
競売でビルの所有者が変わった後に当社がビルを使えるかどうか不安です。さらに、当社が差し入れた保証金は競売で不動産を買った人から返還してもらえると考えていましたところ、「当初のオーナーに返還義務がある」と言う人がいます。当初のオーナーは破産状態ですから、そうなると、当社は1億円を返してもらうことは不可能です。
現在とても不安です。
相談者は弁護士会で法律相談をしました。
回答
競売 でビルの所有者が変わった場合、賃借人に建物明渡し義務があるかどうかは賃貸借契約に基づきビルの引渡しを受けた時と競売の基になる抵当権設定登記の時を比べ、早い方が勝ちます(民法177条、借地借家法31条1項)。
本件では、賃借人の入居(建物引渡)の方が早いので、競売で賃借権は消滅せず、新所有者(買受人)は賃借権の負担の付いた所有権を取得することとなります。
相談者の会社とビルの新所有者は、借主、貸主の関係に入りますので、敷金等は新所有者が返還義務を引き継ぎます。建設協力金、保証金はどうかと言いますと、裁判所は、新所有者に返還義務を認めない傾向にあります。
保証金返還時期は据置期間が決められ、賃貸借契約の期間とは別であるので、保証金の契約は賃貸借契約とは別の消費貸借契約と見られてしまうのです。保証金が賃貸借契約の存続期間中預けられ、賃貸借契約終了時に返還されるなら、それは保証金との名前にかかかわらず、敷金と見られ、新所有者に引き継がれます。
本件の場合、保証金は新所有者に引き継がれない可能性が大です。当初の貸主に請求することになりますが、当初の貸主が破産状態ですから返してもらうことは無理でしょう。そこで、1億円もの高額な保証金を入れる場合は、貸主にも保証人を立ててもらう必要があったのです。
競売での買受人の立場からは、賃借権の負担はあるが、保証金返還義務の負担はない物件として本件 ビルを買受ける ことができます。しかし、実際は、賃借人と一戦交える覚悟で入札する必要があります。
判例
- 最高裁第一小法廷昭和51年3月4日判決(判例時報812-57):
建物(ビルディング)の貸室の賃貸借契約に際し、賃借人から建物所有者である賃貸人に差し入れられた保証金の返還債務が、右建物の所有権
を譲り受けた新賃貸人に承継されないとされた。
建物(ビルディング)の貸室の賃貸借契約に際し賃借人から建物所有者
である賃貸人に差し入れられた保証金が、右契約成立の時から五年間これをすえ置き、6年目から利息を加えて10年間に返還する約定のいわゆる建設協力金であり、他に敷金も差し入れられているなど判示の事実関係のもとでは、右建物の所有権を譲り受けた新賃貸人は、旧賃貸人の右保証金返還債務を承継しない。
- 東京地裁平成7年8月24日判決(判例タイムズ904-156):
保証金が建設協力金の性質を有し、建物競落人に返還債務が承継されないとされた。
本件建物が貸事務所又は店舗であること、本件建物新築時期と保証金授受の時期及びその金額、保証金及びこれと同時に別途差し入れられた敷金についての各返還約定の内容の対比、とりわけ保証金については一定の据置期間経過後に10年間で原告に返還されるべきことが合意されていたこと等を総合して考えると、保証金は、その権利義務に関する約定が前記のとおり賃貸借契約書の中に記載されてはいるけれども、前記の如き建設協力金として、右賃貸借契約とは別個に消費貸借の目的とされたものというべきであり、しかも、前記返還約定の内容からみても、賃貸借契約の存続と密接な関係に立つ敷金とはその本質を異にするものと言わなければならない。そして、原告においては、保証金につき、新所有者が当然にその返還債務を承継すべきものとする取引上の慣習等の成立については十分な主張、立証はないから、本件建物の所有権移転に伴つて、保証金返還債務が敷金のように当然に新所有者に承継されるものとは認められないと言うべきである。
- 東京地裁平成8年6月17日判決(判例タイムズ947-111):
建物の賃貸借における月額賃料の約77倍に相当する保証金関係が不動産競売手続の売却により建物の所有権を取得した者に承継されないと判断した。
本件の「保証金」は、その約定が本件賃貸借契約書の中に記載されており、また、賃借人に債務不履行があった場合に一定期間は未払賃料等と相殺処理をし得るという担保的機能が全くないわけではないが、本件賃貸借契約とは別個に消費貸借の目的とされたもので、賃借権の存続と特に密接な関係に立つ敷金とは本質を異にするものであり、本件建物の所有権が被告に移転し、本件賃貸借契約上の賃貸人たる地位が被告に承継されたからといって、特段の合意のない限り、被告(買受人)は右「保証金」の返還債務を承継しないものと言わざるを得ない。
虎ノ門 弁護士河原崎弘 03−3431−7161
登録 April 2,1999