相談:不動産
私と婚約者は分譲方式のマンションを共同で購入する契約を締結しました。代金3200万円で、手付金600万円を支払済です。
このマンションは、オプション方式を採用しており、専有部分の範囲内で間取り、水まわりを変更することができます。私たちはいくつかの注文を出しました。
ところが、私と婚約者の関係がうまく行かず、婚約を解消することになりました。
そこで、先日、売主の不動産業者に手付金放棄による解除を申入れましたところ、売主は、「既に間仕切り工事に入っており、解除には応じられない」と言ってきました。
解除はできないのでしょうか。
相談者は、法律事務所を訪れ、弁護士の意見を聴きました。回答:手付の種類
不動産の売買 契約の際、手付けが授受されます。手付け授受により契約が成立し、その後、残金支払いで決済されます。
手付は、次の性質のものがあります。当事者が手付について、特に決めていない場合は、解約手付と解釈されます(民法557条)。宅地建物取引業者(不動産業者)が売主の場合は、必ず、解約手付となります(宅地建物取引業法39条)。もちろん、他の性質を併せ持たせることはできます。 あなたの契約書でも、手付は解約手付となっています。
証約手付
契約が成立したことを証拠となる手付です。 違約手付
当事者が債務不履行をした場合に、手付を交付した者は相手方にそれを没収され、受取った者はその倍額を返さなければならなくなります。これは損害賠償を予定したことになります。 違約金とも言えます。 解約手付
解除権を決めたことになります。手付を交付した者は相手方にそれを放棄し、受取った者はその倍額を支払って契約を解除できることになります。手付流し、手付倍返しなどと言われています。
しかし、手付による解除は、無制限に許されません。相手方が契約の履行に着手した場合や、手付解約期間を過ぎた場合は、手付解除はできません(同条1項)。
売主が間仕切り工事に着手した場合は、契約の履行に着手していると言えます。あなたのケースでは、あなたは手付解除はできない可能性が大きいです。解除した場合は、相手の損害を賠償する義務がありそうです。
履行の着手に当たるかの判断は、単に、行為の性質だけを見ず、契約の全趣旨を考慮に入れて判断します。
下記最高裁の判決がそうです。履行期の1年9か月も前におこなわれた測量、1年2か月も前におこなわれた残代金を準備しての口頭の提供をした上での履行の催告を、履行の着手と認めることは、手付けの授受により、一定期間は手付け倍返しによる解除ができるとの契約の趣旨に反するとの判決です。
履行の着手は、行為の客観的性質で決めるのではなく、契約の全ての要素を判断の前提とし、手付解除を認めるべきかとの判断をするのが、この判決の趣旨です。
そこで、この場合は、話し合いにより、解除契約をして、相手の損害を賠償したらどうでしょう。この部屋を他の買主の気に入るように間取り変更しても、600万円を越えてそれほど費用が必要とも考えられません。600万円を放棄する覚悟があれば話し合いは難しくはないでしょう。
なお、不動産業者が売主の場合、2割を超える手付けは受け取ることができません(2割はOK。宅地建物取引業法39条1項)。
履行の着手の例 履行の着手 履行の準備(着手ではない) 建築の着手 メニュー方式の工事の着工 新築マンションの青田売りの場合の木材の加工、
工事の着工所有権移転登記/分筆登記 測量 売買目的建物の賃貸借契約解除 明渡のための住居の手配、小修繕 目的物件の抵当権の抹消 目的不動産の表示登記 ローン申込み 法律
民法第557条(手付)
1 買主が売主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる。 2 第545条第3項の規定は、前項の場合には、適用しない。
宅地建物取引業法第39条(手附の額の制限等)
1 宅地建物取引業者は、みずから売主となる宅地又は建物の売買契約の締結に際して、代金の額の10分の2をこえる額の手附を受領することができない。 2 宅地建物取引業者が、みずから売主となる宅地又は建物の売買契約の締結に際して手附を受領したときは、その手附がいかなる性質のものであつても、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手附を放棄して、当該宅地建物取引業者はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる。 3 前項の規定に反する特約で、買主に不利なものは、無効とする。 判決
- 東京地方裁判所令和2年2月26日判決
(2)そこで本件において原告による履行の着手があったか検討するに,証拠(甲4)によれば,原告は,本件契約に先立つ平成31年3月13日,本件物件に係る抵当権抹消登記手続及び移転登記手続を行わせるため,セントラルパートナーズ法務司法書士事務所に対し,本件物件に係る抹消登記手続及び移転登記手続に必要となる書類として,登記識別情報通知,登記原因証明情報,委任状,印鑑証明書,固定資産評価証明書,抹消書類代理受領委任状を交付していたことが認められる。
(3)そして,本件契約書上,原告は,本件建物の所有権の移転時期までに本件物件に設定されている担保権等の負担を除去抹消し(7条),また,被告から売買代金全額の受領と同時に,所有権等の移転登記申請手続をするとの義務が明記されており,しかも登記手続については原告の指定する司法書士が行う旨明記されていること(8条1項,2項)も踏まえれば,原告は,売買代金全額を受領した日(売買代金の決済日)までに担保権等を抹消した上,同日には即座に移転登記申請手続をする義務を負っていたのであって,原告による前記(2)の行為は,上記原告の義務を果たすための必須の事前準備行為ということができる。そして,本件契約における売買代金支払期日(履行期)が定められた趣旨・目的は,原告が上記の準備をあらかじめ行い,決済日に所有権移転登記申請をすることができるための準備期間としての意味も有していたものということができる。
以上の事実に加え,本件契約書には原告が行うべき義務が明確に記載されているのであり,被告においても原告が売買代金決済日の前までには原告が登記申請手続等に関し所要の準備をすることを十分認識し,または認識し得たというべきことを踏まえれば,原告が行った前記(2)の行為は,原告が負っていた上記債務の履行期前であることを考慮してもなお客観的に外部から客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をしたものというべきであり,原告による履行の着手があったと評価すべきである。- 東京地方裁判所平成25年4月18日判決
本件売買契約において は,原告と被告らとの間で,本件建物に係る登記手続につき,上記慣習と同様,原告が被告ら名義で本件建物の建物表題登記を行い,その後に被告らの所有権保存登記 を行うとの合意があったと認められ,そうすると,上記のとおり,原告が,被告ら名義で本件建物についての建物表題登記を行ったことは,正に上記合意に基づき,本 件建物に係る被告ら名義の建物表題登記を行ったことが認められるのであるから,遅くとも本件建物に係る建物表題登記がなされた平成24年5月18日には,原告が 本件売買契約において定められた履行の一部ないしその前提行為を行ったものと認めることができる。- 東京地方裁判所平成21年10月16日判決(判例タイムズ1350号199頁)
原告は,本件売買契約における合意に基づき,本件物件に対する抵当権等の担保権及び賃借権等の用益権その他被告の完全な所有権の行使を阻害する一切 の負担を消除する義務を負担していたところ(前提となる事実(1)オ),売買契約の売主による「契約の履行」(民法557条1項)とは,目的物の引渡しや登記の移 転という点に限られず,契約によって負担した債務の履行をいうと解すべきであるから,本件賃貸借契約を解除して本件物件に関するDの賃借権を消滅させることも,原 告による本件売買契約の「履行」といえると解される。- 東京地方裁判所平成17年1月27日判決(出典:判例秘書)
そして,履行の着手とは,客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし,又は履行の提供をするために欠くことの できない前提行為をした場合を指すものであり,他方,単なる契約の履行の準備行為にすぎないものをしたにとどまる場合は履行の着手に 当たらないものと解すべきである。
1において認定した司法書士への登記委任,固定資産評価証明書の取得,領収証の作成は,履行行為の一部に当たらないことは,明 らかである。
また,これらの行為は,履行の提供をするために欠くことのできない前提行為ということもできない。すなわち,これらの行為は, 本件売買契約とは別の独立した法律行為ではなく,行政法上の許認可の取得等の公法上の行為でもなく,本来いかなる用途に使用すること も可能な金銭の用途を契約上の金銭債務の履行のために履行期後長期間にわたり拘束する行為でもないのである。そして,これらの行為は, 単なる本件売買契約の履行の提供のための準備行為にすぎず,「前提行為」には該当しないものというべきである。
登記手続は司法書士に委任しないとできないものではないから,履行に不可欠なものとはいい難く,固定資産評価証明書の取得や領 収証の作成は,単なる準備行為そのものにすぎないものというべきである。
もちろん,原告において登記手続の委任,固定資産評価証明書の取得及び領収証の作成につきある程度の費用を支出したことは,前 記認定事実から容易に推認することができるところであり,これが原告に発生した損害に当たることは認めなければならない。しかしなが ら,このような損害が巨額にのぼることはないことも経験則上明らかである。そして,履行期日の2日前に突然解除されたことを考慮に入 れても,このような損害が「不測」の損害に当たるとはいい難いものというべきである。また,このような損害は,解約手付を取得するこ とにより十二分にてん補されるものであることも経験則上明らかである。
したがって,本件において解約手付の放棄による解除を認めるこ とにより,履行に着手した当事者に不測の損害が生ずることを防止するという解約手付制度の立法趣旨を損なうこともないものと考えられ る。
3 以上によれば,被告のした解約手付の放棄による解除は有効であり,その無効を前提とする原告の本件損害賠償請求は理由がないか ら,これを棄却することとする。- 最高裁判所平成5年3月16日(出典:裁判所時報1095号118頁)
土地及び建物の買主が、履行期前において、土地の測量をし、残代金の準備をして口頭の提供をした上で、履行の催告をしても、売主が移転先を確保するため履行期が約1年9ヵ月先に定めれら、右測量及び催告が履行期までになお相当の期間がある時点でされたなどの事実関係の下においては、右測量及び催告は、民法557条1項にいう履行の着手に当たらない。- 東京高等裁判所平成3年7月15日判決(出典:金融・商事判例886号25頁)
土地の売買において、買主がその代金支払債務について客観的にみて当該契約上前提とされていた支払手段の具体的用意をなした場合には民法557条1項にいう履行に着手したものといえるが、転売代金をもって売買代金の支払いにあてることの了解を得ていたとか、転売及びそのための整備が売買契約の前提となっていたような事情が認められない場合に、土地の買主が転売契約を締結し、その履行のための作業を始めたとしても、これをもって売買契約の履行の前提行為をなしたものということはできない。- 最高裁判所昭和57年6月17日判決(出典:判例タイムズ481号62頁)
土地の買主が約定の履行期後売主に対してしばしば履行を求め、かつ、売主が履行すればいつでも支払えるよう約 定残代金の準備をしていたときは、現実に残代金を提供しなくても、民法557条1項にいわゆる「契約の履行に着手」したもの と認めるのが相当であることは、当裁判所の判例とするところである。- 最高裁判所昭和50年6月27日判決(出典:判例時報784号65頁)
売買契約における買主が売主に対じてする代金支払の用意ができた旨の通知及びその受領を求める旨の催告が売主の家族で通常 人の理解能力を有する者に対し口頭でされた場合には、売主本人がその内容を了知しうる状態に置かれたというべきであるから、 右通知、催告は本人に到達したものと解するのが相当であり、本件において、土地の買主である被上告人の代表者から売主である 上告人に対する右通知、催告は、上告人と同居する39歳の長女に対して口頭でされたから、上告人に到達したとした原審の認定 判断は、正当として是認することができる。
<<中略>>
債務に履行期の約定がある場合であつても、当事者が債務の履行期前には履行に着手しない旨合意している場合等格別の事情のない 限り、直ちに、右履行期前には民法557条1項にいう履行の着手は生じ得ないと解すべきものではない(最高裁昭和39年(オ)第694号同41年1月21日第二小法廷判決・民集20巻1号65頁参照)ところ、原判決は、本件土地の買主である被上告人が履行期 前であつても本件売買契約の履行に着手したのであるから、売主である上告人は、手附倍返しによる解除はできないとしているのであ り、右原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。また、原審の適法に確定した事実関係のもとにおい て被上告人による本件売買の残代金の提供が口頭の提供で足りるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論 の違法はない。論旨は、採用することができない。