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2023.3.17mf
手付解除期間と履行の着手/弁護士の法律相談
相談:不動産
私は、マンションの買換えをしようと思って、手付金100万円を支払って、3200万円のマンションを買いました。
売主は、室の居住者を退去させたので、いつでも登記できますと連絡してきました。契約書によると解除期間はまだ経過していません。標記の期限(手付解除期限)は、あと1月です。
私は、事情があり、契約を解除しようと考えています。この場合、いつまでなら、手付け解除ができるのでしょうか。
契約書には下記のようになっています。
(手付解除)
売主は、買主に受領済の手付金の倍額を支払い、又買主は、売主に支払済の手付金を放棄して、それぞれこの契約を解除することができる。
前項による解除は、相手方がこの契約の履行に着手したとき、又は、標記の期限(手付解除期限)を経過したとき以降はできない。
回答
民法557条1項の手付けの規定は任意規定であり、一定期日を過ぎると手付解除ができないとする手付解除期限(手付解除期日)の特約を設けることはできます。
しかし、売主が宅地建物取引業者の場合は、その手付がいかなる性質のものであっても、解約手付とみなされ、相手方が履行の着手をするまでは、当該契約を手付解除することができます。また、これに反する特約で、買主に不利なものは無効となります(宅建業法39条2項)。
手付解除期限、または、履行の着手までは、手付解除できますが、本件のように、相手が履行に着手した場合は、どうなるでしょう。履行の着手は経過したが、手付解除期限前だから、手付解除できるのでしょうか。
この場合、次の2つの考えがあります。
- 相手が履行に着手するか、手付解除期限の経過の、どちらかが発生したら、手付解除はできなくなる。
- 相手が履行に着手し、かつ、手付解除期限の経過するまでは、手付解除はできる。
- 相手が履行に着手したにもかかわらず、手付解除期限の経過するまでは、手付解除はできる。
これは、まさに、上記手付解除の条項の解釈の問題です。文理解釈が、1番目の解釈です。
2番目の解釈は、無理な解釈です。
手付解除期限を定めた趣旨は、履行の着手にかかわらず、手付解除ができる期限を決めたと解釈できます。3番目の解釈です。
まだ、絶対的な結論ではありませんが、3番目の解釈を支持します。この解釈に従えば、相談者の場合は、手付解除できます。
判決
- 名古屋高等裁判所平成13年3月29日判決(判例時報1767号48頁)
二 控訴人による手付解除の効力について判断する。
(1) 本件手付解除条項は、民法557条1項の規定と同様に「相手方が契約の履行に着手するまで」に加えて、「又は、平成12年5月26日までは」手付解除が
できると定めている。
ところで、民法557条1項の趣旨は、当事者の一方が既に履行に着手したときは、その当事者は、履行の着手に必要な費用を支出しただけでなく、契約の履行に多く
の期待を寄せていたわけであるから、このような段階において、相手方から解除されたならば、履行に着手した当事者は不測の損害を蒙ることになるため、このように履
行に着手した当事者が不測の損害を蒙ることを防止することにあるとされている(最高裁大法廷昭和40年11月24日判決、民集19巻8号2019頁)。
他方、同条項の趣旨がこのようなものであるとしても、同条項は任意規定であり、当事者がこれと異なり、履行の着手の前後を問わず手付損倍戻しにより契約を解除で
きる旨の特約をすることは何ら妨げられていない。
(2) そこで、手付解除の可能な期間を定めたものであることの明らかな本件手付解除条項の解釈について検討するに、まず、被控訴人主張のように、「履行の着手
まで」「又は」「平成12年5月26日(以下「5月26日」と略す)まで」のいずれか早い時期までであれば手付解除は可能であるとする解釈(以下「甲解釈」という)
と、控訴人主張のように、「履行の着手まで」「又は」「5月26日まで」のいずれかの時期まで手付解除は可能であるとする解釈(以下「乙解釈」という)とが一応考
えられる。
@ そして、本件のように履行の着手後に5月26日が到来する場合、甲解釈によると履行の着手後は手付け解除ができないのに対して、乙解釈によると履行の着手後
も5月26日まで手付け解除ができることになり、一方、履行の着手前に5月26日が到来する場合、甲解釈によると5月26日経過後は手付け解除ができないのに対し
て、乙解釈によると5月26日経過後も履行の着手まで手付け解除ができることとなる。
A そうすると、甲解釈によると、履行の着手後に5月26日が到来する場合には民法557条1項と同様であり、本件手付解除条項で「5月26日」を付加したこと
に何ら特別の意義はなく、履行の着手前に5月26日が到来する場合に、履行の着手前でも手付解除ができなくなるという意味で同条項の適用を排除する特約としての意
義を有することとなる。他方、乙解釈によると、甲解釈とは逆に履行の着手後に5月26日が到来する場合に同条項の適用を排除する特約としての意義を有することとな
る。
B ところで、被控訴人は宅地建物取引業者(以下「宅建業者」という。)であり(《証拠略》)〈編注・以下証拠の表示は省略ないし割愛します〉、宅建業者自らが
売主である場合、売主の履行の着手前でも買主の手付解除を制限する、つまり民法557条1項の適用を排除するような特約は、その限度で無効である(宅地建物取引業
法39条2、3項参照)から、甲解釈によると、履行の着手前に5月26日が到来する場合に同条項の適用を排除する特約としての意義を有する本件手付解除条項は、売
主である被控訴人からの手付解除を制限する特約としては有効であるが、買主である控訴人からの手付解除を制限する特約としては無効であるということとなり、特約と
しての効力が制限される結果を招き、民法557条1項とは別にわざわざ「5月26日」を付加した意味は半減することとなる。
C 本件手付解除条項の解釈に当たっては、当事者の真意にかかわらず、解約手付に関する民法及び宅地建物取引業法の趣旨を前提に当事者の合理的意思解釈としてな
るべく有効・可能なように解釈すべきであるところ、甲解釈は、当事者が手付解除が可能な期間として「5月26日」を付加した意義を一部無にすることとなる一方、乙
解釈は、その意義を理由あらしめるとともに宅地建物取引業法39条3項の趣旨である消費者の保護に資するものである。
D また、一般に、履行の着手の意義について特別の知識を持たない通常人にとって、「履行の着手まで」「又は」「5月26日まで」手付解除ができるという本件手
付解除条項を、履行の着手の前後にかかわらず「5月26日まで」は手付解除ができると理解することは至極当然であって、看護婦をしている控訴人が、本件手付解除条
項をこのように理解して本件手付解除に及んだことも肯けるところである。
E 乙解釈によると、履行の着手後の手付解除により相手方に一定の損害を蒙らせる結果となることは否定できず、手付解除の行使の期間には自ずから制限があるもの
ではあるが、本件において手付解除が可能な期間である「5月26日」は本件売買契約締結日から20日余りの期間であり、履行の終了するまで手付解除ができるという
がごとき無制限な手付解除を認める特約ではなく、本件手付解除により被控訴人が損害を蒙ることがあったとしても、自ら前記のような手付解除の期間について「5月26日まで」と付加した以上、不測の損害とはいいがたい。
(3) 以上の検討によると、本件手付解除条項の解釈については、民法557条1項の場合に加えて履行の着手後も手付解除ができる特約としての意義を有するとす
る乙解釈をもって相当とすべきである。
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