renascence project《第3章》

〜 birthday 〜



それはある日の食卓でのこと。
高町家長女の美由希さんが聞いてきた。
「沢木さんの誕生日っていつなんですか?」
俺としては、よっぽど椅子からずり落ちそうだったが、なんとか答えることに
成功した。
「5/17です……」
「えっ、じゃあ明日じゃん!」
窓から高町家の食卓に、春早朝の白い光が射しこんでいる。

「それじゃ何かお祝いしないとー!」
「ウチらも腕の振るいがいがあるとゆーもんやな」
「ま、これはめでたい祝いの席だからな。勝負にするのは勘弁してやろう」
やっぱり…
やっぱりこうなるか。
高町家にお世話になりだしてそろそろ20日が経とうとしている。
この家の人達の行動パターンもそろそろ分かってきましたとも。
「もー! どうして言ってくれないのよ沢木くん。前々から言っておいてくれ
れば、もっとちゃんと準備できたのにー!」

……だからこそです。
大ごとにされたくなかったんですよ! ←声にならない声


こんなこと考えるのは罰当たりだってことは分かってる。実際、うれしいことは
嬉しいんだ。声をかけて貰える距離にいる家族はいなくなってしまうところだっ
たから。
でも、そんな一度に大勢にかこまれて、賑やかにされてたら。どんな顔をして、
どんな気持ちでそこに入っていたらいいのか……想像もつかないから。


同日、昼休み。
「──と、いうことがあってさ」
感謝ということで言えば、誕生日のことを一美ちゃんに話す口実ができたのは
ラッキーだったかもしれない。
「へえー、そんなことがあったんだ」
…? 一美ちゃんがノってこない。何か別に考えることがあるような時は、すぐ
表情に出てくる。
「どうしたの?」
「……」

一美ちゃんはしばらく黙ったまま迷った後、
「ごめんなさい!」
と言って顔の前で手を合わせた。
「明日、私、前々からの約束があって、一日空けられなくて、学校から来れなくて!
ご、ごめん…なさい、また埋め合わせとか考えるから」
「い、いいよ。仕方ないよ。直前まで言ってなかったんだし」
「ごめんね」
そう言って一美ちゃんは俺の目を見つめていた。
そんな表情されたら許さない奴なんかいないよとか、「ちょっとそうなったらいいな
と思っただけで、そんなに期待してたわけじゃないから」とか、色々浮かんだけど、
口には出さなかった。

「そう言えば孝ちゃんはなんで一人暮らししてるの?
ふと我に帰ると話題が変わっていた。しかし、あれを一人暮らしと呼んでよいものか。
「姉がこの春結婚したから。前住んでいたアパートを、そのまま使っててもよかった
けど、家賃高そうだったからさ。
 ……って、一美ちゃんどこまで知ってるんだっけ?」
「4年位前から二人暮らしだった、てトコまでは話に聞いてた」
「そっか」

あんまりそういう、かっこ悪いとこは見せたくないけど、改めて聞かせなくて
いいのは助かると思う。
「学費とかはどうしてるの?」
「その姉さんの旦那さん……舞島 修さんていうんだけど、その人が払ってくれてる。
いつかちゃんと返せるといいんだけど」
「そうだね」
「だけど、俺の取り柄ってやっぱり勉強くらいしかないから。それまで失っちゃう
と本当になんにも残らない気がするんで」

桐子のおかげで高町家にお世話になることができた。そろそろアルバイトも始め
ようと思うけど、私立風芽丘の学費の壁は厚くて、結局昔も今も、俺は一人じゃ
何にも出来ないんだなあと思う。

「あー、ごめん。なんか暗い話しちゃったね、俺」
せめてこの娘に嫌な思いはさせないようにしたい。
この気持ちは本当なので。
とりあえず、今日のところはそれでよいことにしておこう。


で。
誕生日当日、5/17土曜日。
一美ちゃんは公約通りに学校を休んだ。
(マニフェストだ。)


…………。
…………。
…………。
森の中、そこだけ四角い空間があいていた。
……、
ってだから一美ちゃんは今日休んでいるんだってば!
何回目だか、空っぽの机の方に目線が流れかけて、自分にツッコミを入れる。
驚いた。
今まで、そこに一美ちゃんがいるから、そっちを見てるんだと思ってたけど……
むしろ姿を期待して探していたのか。

これで俺、本当に授業の中身、頭に入ってるのかな。

 * * *


今日は土曜なので午前中で終わり。
がたがたとみんなが立ち上がる。半ドン特有の気だるい開放感がクラス中に漲る。
よかった、と思うのは、独りぼっちで昼飯食うことにならなかったこと。
帰るのは一人でもまあいいや。
でも、昼飯は、ね。
結局今、一美ちゃんを通してしか、俺クラスと繋がれていないから。
実は孤独なままなんだってことを、実感させられなくて、よかった。


「お、孝太郎。今帰りか」
「一人で帰ってるとは意外やなー」
ぽんと、たたかれて振り向くと、晶さんとレンさんが昇降口から出てきた所だった。
3年の晶さんは青のブレザー(なぜか早くも夏服)、2年のレンさんは緑のラインの
入った茶の上着付きの制服を使っている。
(ちなみに俺は紫色。なんでも恭也さんと同じ色なのだとかで、美由希さんにも
桃子さんにもさんざんからかわれた)

「今日は深瀬は学校を休んでますんで…」
「おおー、そかそか」
「じゃあ、今日は俺達と帰ろうぜ。誕生日なんだし」
どの辺が「じゃあ」で、どう「誕生日だし」につながるのか、よく分からな
かったが……
(おっと)

さすがに女の子は森の中つっきってショートカットをしたりはしないのか。
商店街を通って帰るらしい。恭也さんから教えてもらった近道は、一人で
登下校する時、たまに使わせてもらっている。
「…?」

見ると前を歩いていたレンさんが、一件の喫茶店の中に入っていく。
「はーい、みなさんお待ちかねー、登校組が三人そろって着きましたー」
店内から、ベルの音と喚声が聞こえてくる。
お店には「閉店」「本日貸切」の札が掛かっているようだけど。

「喫茶店に何か用があったんですか?」
「ふふーん、まだ気付かれていないとは、俺達の演技もなかなか捨てたもん
じゃないな。まあいいから入った入った」
晶さんが、滅多に見せないような満面の笑みで俺の背中を押す。
『閉店中』の扉をくぐると。

「沢木君、誕生日おめでとうー!!」
クラッカーの音とともに、店内の明かりがついた。お店の中は赤黄白青、
きらびやかに飾りつけられており、高町家の皆さんが総出で拍手をしていた。
テーブルの上には山のような料理、そしてケーキがある。

てゆーかそんなことより、今の声。俺は素早く視線を走らせる。
大勢の「沢木君」の中でただ一人「孝ちゃん」と呼んでいた声。

「一美ちゃん、用事で学校休んでたんじゃなかったの ?!!」
俺は詰め寄っていた。
どっと店の中が笑いに沸く。
「?」
「ああーもう、ウチら立場あらへんわー」
「ちょっとー沢木君。この状況を見て最初に突っ込むのはそこなのー?」
「よくやった孝太郎。はっははー、カメ、賭けはどうやら俺の勝ちのようだな」

そんな歓声やどよめきをバックに。
俺の最愛の恋人は、
「ごめんね。みんなでこの計画を立ててたら、みんな段々こり出しちゃって、
飾り付けとか、半日朝からかけないとセットできないようなのになっちゃったから」
と、しおらしい態度をよそおいつつのたまった。
舌を出しつつ。

いや、ちょっと待て。「計画を立ててたら段々と」と今言ったな?
「孝ちゃんに昨日、話ふられた時、嘘にならないように言葉を選ぶの、大変
だったー… って、何? 孝ちゃん」
「なあ、この計画っていつごろから始まってたんだ?」
「ん? えーと、10日位前?」
と、しっぽを揺らして答える。
……すると何か。昨日の朝の美由希さんの発言からして、フェイクの伏線だったと。

「そらまー、いくら桃子ちゃんがこの店のオーナーだからと言って、昨日の今日で
店を貸し切りには、ようせんやろなー」
…………?
「え? この店桃子さんのお店なんですか?」
「そうよー、あら? 桃子さん言ってなかったっけ?」
言ってません。



こ……この人達は……
「まあそんな訳で、今日のケーキは桃子さんが心をこめて手作ってみました」
「え?! これ桃子さんが作ったんですか?!」
すげえ。
……というよりもすごい。人間の手ってこんなもの作れちゃうんだ。

「あと、特別ゲストと称してとして、小学校時代のご学友2人も駆けつけてくれる
ことになりました」
「舞島夫妻にも連絡がついた。午後にはこられるそうだ」
と、こちらは美由希さんと恭也さん。
「あと、さざなみ寮からも有志を募って襲撃に向かう、と真雪さんが言ってました」

この日、過去16年間の俺の誕生会の動員数記録は、あっさり塗り替えられた。
「あっと、そう言えば今日知ったんだけど、孝太郎って頭いいんだな」
「は?」
晶さんが急に話題を転ずる。
「いや、学長がしゃべってるのを聞いたんだけどさ。「天才槙原 以来10年ぶりの
『怪物』が我が校に入ったー」って」
「怪物って甲子園とちゃうんから」
「なんか風校-特待生制度の第一号にするって話しだったぞ」

特……待生?
「ええー!! すごいね、孝ちゃん! とうとうそんなことになっちゃったんだね」
「恭ちゃんとは大違いだねー」
「言うな」

届いた。はは、届いちゃった? 俺のやってきたこと、無駄じゃなかったんだろうか。
「あれ? どうしたの孝ちゃん」
いいよね? こんな時くらい泣いてもいいよね? 男でも、涙出ても。


会場となった翠屋に桃子の声が響く。
『それではみなさま、グラス行き渡りましたでしょうか。もはや何に祝っていいのか
分からないほど楽しい日になってしまったようですが、趣旨に立ち返りまして、
音頭をとらせて頂きます。
……沢木くん、誕生日おめでとう』

「「「かんぱい! 」」」



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↑は、架空のスクリプターのタグです(笑)
・私はノると行けるとこまで行ってしまえと、無茶なまねに出るようです。
マニフェストとか。時事ネタなのに。

・ただの「お誕生日ネタ」で、なるべく小さな話にする予定だったのに……
一番長いですね、今までで。
修行、ですね。



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