renascence project《第2章》

〜 friends and stage 〜



「それで? 付き合うことにしたの? その一美ちゃんって子と」
「まあ……一応」
俺は出されたお茶をすする。
「ふうん「あの」沢木がねえー」
「いいだろ別に」
目の前にいる女は和泉桐子。ここはこいつの家。
同じく俺の友人の有原太一と付き合っていて、三人一組で小学校からのお知り合いだ。
と言っても、こいつは中学から聖祥に行っちゃったし、太一は城西を受けて今学校は
ばらばらだ。

「悪いとは言ってない。むしろ良いことだと思っておるぞ」
桐子が俺をじっと見る。深い色の大きな瞳が俺を映している。
「私は、孝がどう考えているかが知りたい」
桐子の腰まである長い髪の毛が一筋、顔に落ちてきた。
「どう……って」
「なら、好きか嫌いか、で言うなら?」

……好き。
かわいいと思う。一緒にいたら、緊張もするし照れもするけど、楽しい。
いつもみんなの中をパタパタと走り回っていて、笑顔を振りまいていて。
そんな娘が自分に特別の好意を向けてくれている。嬉しくないわけがない。
すぐに、
目が彼女を追うようになった(というより、他にすることなかったのかも)
ただ、そうして見ていると。
時間の途切れ目や行動の継ぎ目に、ふっと彼女の表情が抜け落ちる瞬間が
あって、俺はそれが不思議だった。
「気になってるかな……何をどんな風に考えてるのか」

桐子が目を閉じて髪の毛を肩にはね上げる。
「もういい、お前帰れ」
「は?」
「これ以上ノロケに付き合いきれん」
「聞いてきたのは桐子だけど……」
「知らん。もう太一も来る。お前は帰れ」

つまみ出された。
相変わらず性格が"姫"だ。言葉きたないけど。桐子の住んでいるウインドヒルズを
後にする。まあ、なんのかんのであいつには世話になってるし。今回の下宿先を
探すのも、桐子のつてで見つかったようなものだ。

歩きながら帰り道、俺は今日の昼休みのことを思い出していた。


「沢木君、一緒にお弁当食べてもいい?」
「いや……いいけど」
俺は本を閉じた。こんな感じで深瀬さんは、なんのかんのと俺にくっついてくる。
俺は聞いてみた。
「ねえ、深瀬さん?」
「ん?」
「なんで俺だったの? 俺、登校したのなんて昨日が初日だったでしょ?」
「んー、かまって欲しそうだったから……とか」
「は?」
「あ、でも私、沢木君と中学一緒だよ。覚えてないかもしれないけど」
深瀬さんが慌ててつけたす。
「えっと、ごめん」
「ううん。あの頃は私が一方的に見てるだけだったから。あ、なんかすごく成績の
いい人がいるなーって。それが最初だったかな」
そう言って、深瀬さんは幸せそうにお弁当を口に運ぶ。

あの頃。本当に勉強の世界に閉じこもっていたころ。そんな自分のどこにこの子は
惹かれてくれたのだろうか。
その時は、そこまで突っ込んでは聞けなかった。


翌日。
彼女は学校を休んだ。
「……行動がよめん」

とはいえ、欠席の理由は単に風邪らしく、聞いたところではここ2週間、クラスでは
かわるがわる誰かが休んでいるような状態だったらしい。
感染る番が回ってきたということだろうか。
「沢木君?」
「え? はい」

うちのクラスの級長が目の前に立っていた。かっぷくがよくて、かまえたところが
なくて、深瀬さんとはまた違った形で元気な女の子。
「これ、深瀬さんに届けてくれない?」
その手にあるのは、先程配っていた連絡事項のプリント。

「何で俺が?」
「付き合ってるんでしょ?」
………。
そりゃ、あの状況から言って、クラスの人間に知られていない訳がない。
どうやら俺の「平安な」高校生活は、遥か彼方に消え去ってしまったらしい。
「深瀬さんの家ってどこ?」
「そこまで知らないわよ。先生にでも聞いたら?」

 * * *


『さざなみ女子寮』
「……いいのかよ、男が訪ねていって」
担任にもらったメモを片手にバスに揺られる。まあ、かりにもつきあっているん
だし。病気になればお見舞いくらい行くだろう。ノートとかも見せてあげられるし。
無理矢理自分を納得させる。

「ここか」
女子寮……ねえ。
いざ。
「はい?」
「えーと、深瀬さんのお見舞いと、あとプリントを届けに来た、同じクラスの
沢木というものです」
「分かりましたー、ちょっと待ってて下さいね」

寮のオーナーらしい女の人が、少し手前で俺を待たせて、部屋に入っていく。
用件を伝えてくれるのだろう。

…………?
激しく視線を感じる。な、何だ?
何かこの建物の中のあらゆる気配が俺を監視している。そんな感じがした。
いたたまれなくなって、部屋のドアに一歩近づく。
すると中から「ええー!」とかバサバサいう音が聞こえてきた。
なんだか可笑しくなってくる。

ドアが開いて、オーナーの人が出てくる。ちょっと鉢合わせみたいな形になった。
「どうぞって」
「あ、はい」
オーナーの人は少し笑いながら戻って行った。俺は部屋に入る。部屋の中には
まだ少しほこりが舞っていて、数秒前までの奮戦を裏づけているようだった。

「いらっしゃい…… 沢木君、が、来てくれたんだ」
「よかったのに、一美ちゃん。病気なんだから休んでなきゃ」
プリントここ置くね、といって机の上に持ってきたプリントを置く。
「今……名前、呼んでくれた?」
「…………うん」
なんとなく。熱のせいなんだか動き回ったせいなんだか、顔を真っ赤にしてる様子
とか、いつもは頭の後ろに、2つ結わいてるしっぽが今はほどいてあったりとか、
それらを隠すために首までひっぱり上げられた布団とか、そんなものを見ていたら
自然と口をついて出ていた。

……けど。
改めて意識させられると。ああ、頭に血が昇ってくるのが分かる。
一美ちゃんは布団にもぐってしまった。
「……」
「……」

────────────
「ああもう、何やってるんだ。そこで襲いかかれー!」
「いやー、でも告白から3日でこの進展具合なら十分ではないですかー、真雪さん」
沖縄出身、寮内運動能力部門の双璧、我那覇舞が真雪さんに言った。
「舞、もっとそっちによるのだ。あたしが聞こえないのだー!!」

────────────

「あ……じゃあ、あたしは何て呼ぼうか。沢木君のこと」
「別に好きでいいよ。無理に変えなくてもいいと思うし」
「それはやだ。…孝太郎君、じゃ長いよね。友達にはなんて呼ばれてるの?」
「『タカシ』とか」
「わー、ひっどい」

一美ちゃんは今はまた顔を出している。僕はベッドのすぐ横の床に腰を下ろしていた。
僕たちはぎくしゃくとしながらも、そんな会話のくり出し合いを楽しんでいた。
「じゃあ、『こうちゃん』」
「え……?!」
「孝ちゃんって呼ぶ。ダメ?」
「………いいよ別に。
 何て呼んでもいいって言ったんだし」
「へへー、「孝ちゃん」♪」

────────────
「にゃははははは!」
「ダメだ苦しい。かゆくてもだえ死ぬ!」
美緒と舞は転げ回ってよろこんでいる。
「こら静かにしろ。中の2人に気付かれるだろうがー」
そういう真雪も完全におもしろがっている。
(いやー、おもしろいもん聞かせて貰った。後でさんざんからかおう)
「あー、もう聞いてらんない。美緒、真雪さん、あいつ帰りそうだったら、引き
止めておいて。ボクみんなを呼んでくる。記者会見を開かせよう! あの2人に」
「おーけー」
「らじゃったのだー」

走り去る舞と入れ違いに階段から、寮の管理人耕介が降りてきた。
「全く、美緒も舞ちゃんも、もう大学生なのにこんなことして喜んでるんだもんな」
「なーに言ってんだ、耕介。他人の色恋沙汰を面白がるのに年齢は関係ないぞ?
 なんだったらお前も参加するか? 『記者会見』」
「いや、俺はけっこうです」
(……同情するよ、一美ちゃんも沢木君も……)


かくして。
その地獄の記者会見は『本当に』行われた。
下は中学生から上はおそらく40前後の女性まで、寮の女の子という女の子の
質問攻めにあった。
……女の子が集まるとどこでもこうなるのか? それともこの寮が特別なのか?!
(今度桐子にでも聞いてみよう……)


──P.S. という名の報告。
    ゴールデンウィーク後。俺達は何百mだかのために、朝待ち合わせて
    登校するようになりました。


─続く─


第二章です。お待たせしました。

一応このお話は、全5章構成の予定です。
まあそんな訳で、この2章で起承転結の「起」「承」位まで参りました。
よろしければこの後もお付き合いいただければ幸いです。


あ、それと下読みしてもらった友人から問い合わせを頂いたので、ここで
答えておきます……
“桐子”の読みは「きりこ」です。(とうこ、ではなくて)
すいません、ちょっと本文中でうまくサポートできませんでした。
この場を借りて補完しておきます。
それではまた第3章で。

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