『”ものみの丘”に吹くそよ風』
第二十四話
雪が、降っていた。
久しぶりの雪。
私は窓に手を当てて、真っ白に染まる街並みを眺めていた。
いつもいつも、見慣れた風景。
緩やかに、螺旋を描きながら、突然の風に煽られ、右に左に吹き飛ばされながら、ゆっくりゆっくりと降りてくる、小さなかけらたち。
それがどんどんと降り重なって、厚い雪の絨毯を作り出す。
私は吐息で少し曇った窓から離れ、小さな鞄を持って下に降りた。
「小雪ちゃん?」
「にゅう」
小雪は、まだ着替えの途中だった。
「…みしお……」
胸元で、手をまごつかせている。
どうやら、かじかんでボタンが上手く留められないらしい。
「はい。解りました」
私は鞄を足下に置き、着替えを手伝ってあげる。
服は、昨日の内に用意してあげていた、真っ白なブラウスとスカート。
その上に、この前買ってきた服の中でも、智子の一番お勧めだった、ピンクのセーターを着せてあげる。
「………」
しかし、これでは少し寒いだろうか?
無論、この上には、いつも着ていたコートを羽織るのだけれど。
外に目を向けると、相変わらず雪が降り続いていた。
「これで寒くないでしょうか?」
小雪に訊いてみる。
「うん。寒くない」
「部屋の中では寒くないですが、外に出ても寒くないと思いますか?」
「………」
視線が、窓の方を向く。
「うん。寒くない」
外の気温が解るのだろうか? 同じ台詞を繰り返す。
「はい。では、朝ご飯を食べに行きましょう」
何気なく取って、小雪の手の冷たさに驚いた。
「小雪ちゃん。……寒く、無いのですか?」
「……? うん」
本当に冷たい。
思わず額に触れてみる。
「………」
「にゅ?」
額は、それほど冷たくも無いだろうか?
私の手が温かすぎるのか。
「取りあえず、ご飯にしましょう」
両手で小雪の手を包みながら、私は声をかけた。
「にゅ…」
焼きたてのトーストにバターを塗って、小雪の前に置いてあげる。
「はい。どうぞ」
私は着替える前に朝食を済ませており、既に出かける準備も整っている。
時計を見ると、針は丁度9時を指したところだった。
最初に小雪を起こしに行ってから、既に30分以上が経っている。その間、かじかんだ指で小雪は、服を着ようと頑張っていたのだろうか?
「すいません……」
自分の配慮の無さを思い入る。
「ふに?」
小雪は気にもしていない様だけど、だからこそ、私は気を付けて上げるべきだったのだと思う。
今度から、ちゃんと着替えも手伝って上げよう。
そう自分に言い聞かせて、昨日、藤一郎さんが『母親みたいだ』と笑っていたことを思い出す。
ふふっと、あの時笑い損ねていた分を笑う。
『まるで母娘』、それも良いかも知れない。
「に?」
気付くと、小雪が不思議そうに私の顔を覗き込んでいた。
「何でもありません。えっと……もう一枚食べますか?」
小雪は昨日の昼以来、何も口にしていない。
その前日も朝食しか取っておらず、流石にお腹が空いているだろうと思う。
「ううん。もういい」
しかし小雪は首を横に振った。
再び時計を見る、時間はまだ十分にある。
「小雪ちゃん。桃の缶詰があるのですけど、それなら食べますか?」
「……もも?」
「はい」
軽く首を傾げ、ゆっくりと考えを巡らしているらしい。
「うん。たべる」
「はい。ではしばらく待っていて下さい」
一昨日冷蔵庫に入れておいた物が、まだそのまま残っている。
熱を出したときには、桃の缶詰が一番だと、お母さんがいつも言っていた。
もちろん、それもお祖母さんの受け売りなのだろう、理由は良くは解らないらしい。
でも、私も何と無くそう思い、小雪の為に冷やしておいたのだ。
普段滅多に使わない缶切りを取り出し、キコキコと缶を切る。
それをガラスの器に盛りつけ…と言うより、そのまま移して、フォークを添えてお盆にのせる。
「はい。お待たせしました」
振り向いて三歩の距離。
お盆を使うまでも無いような気もするけれど、それはそれ、気分だと思う。
小雪の前と、その横、自分の席に器を置いて、腰をかける。
「いただきます」
「ふに」
私の言葉に、小雪も習って手を合わす。
そして、一切れ口に放り込み……。
「にゅう……」
「…どうしました?」
「つ…つめたい……」
口元を押さえて呟く。
考えてみれば、熱があるから冷やして食べるのであって、健康な人が、この寒い時期にわざわざ冷やして食べる必要も無い。
「………」
このまま、ラップでも掛けて置いておいて、帰ってきてから食べようか?
そんな私の考えを余所に、小雪は続けてフォークをつける。
「でも、あまくておいしい……」
目を細めて、嬉しそうに微笑む。
その姿を見ていると、私もなんだか嬉しくなってしまう。
小雪がそう言うのなら、それで良いだろう。
私も自分の桃に、さくっとフォークを突き刺した。
「うわっ。みゆちゃん、なにその傘……」
私たちの姿を目にすると、朝香が大げさに驚いて見せた。
「お父さんの、ゴルフ用の傘です」
「ふぇ〜、すごい」
本当は自分の傘を差すつもりだったのだけれど、二人で傘を差して手を繋ぐのも変な感じがしたので、お父さんの大きな傘を内緒で借りてきた。
この傘なら、二人で手を繋いで歩いても、十分な広さがある。
「大きいな〜。それなら俺と高瀬でも入れるな」
「貸しましょうか?」
「いや、いいよ」
苦笑したように荒川君が笑う。
「そう言えば、智子は?」
こういう待ち合わせの時は、大抵智子が一番先に来ているはず。しかし、朝香の家の前に智子の姿は見あたらない。
「ん、用があるから、先に行ってくれってさ。駅前に直接来るそうだ」
「そうですか。では……」
「行くか」
荒川君の声に、みんなが一斉に歩き出した。
「大きいのは良いけど、重たくないか、その傘」
「……重いです」
軽く揺すって、積もりかけた雪を落とす。
小さな鞄を右手の肘に掛け、その手で傘を差している。左手はもちろん小雪と繋いだまま。
持ち出したときは「少し重いかな?」くらいにしか思わなかったのだけれど、時間が経つにつれ、普通の傘より”かなり重い”事に気が付いた。
「にゅ?」
小雪が私の顔を覗き込む。
「大丈夫ですよ」
軽く微笑んで応える。頭を撫でて上げたいところだけれど、生憎と手がふさがっている。
「ほい」
急に、その傘が持ち上げられた。
「これなら、3人でも無理じゃないな」
「荒川君……」
荒川君は自分の傘を畳んで、私の後ろから大きな傘を支えてくれていた。
「あいつらは”二人の世界”に行っちまってるから、こっちに入れてくれ」
見ると、朝香と野崎君が少し遅れて、何やら楽しそうに話をしながら歩いている。
この前に騒ぎで、何かが変わるかとも思ったのだけれど、二人はやっぱりそのままの様だった。
あの二人は、あの状態が一番心地よいのだろうと思う。
荒川君も気を利かせているのだろうか。
「入ったは良いですが、こんな所を智子に見られると、また誤解されますよ」
意地悪く言った私に、ふっと笑って、
「もう大丈夫だろ」
と応える。
「そうなのですか?」
「………多分な」
今度は自信無さ気に笑う。
「頑張って下さいね」
「おう」
「ライバルは、手強いですよ」
「………なに?」
「頑張って下さい」
もう一度同じ台詞を繰り返した私に、慌てて問いただす。
「ちょっと、待て天野。ライバルって、居たのか? 誰のことだ」
「智子は結構もてるんですよ。知りませんでしたか?」
「いや、それは知ってる、けど、ライバルって程の奴は……」
「冗談ですよ」
「………」
その言葉に、黙って私の顔を見つめる。
「誰のことだ?」
「別にライバルではありませんよ」
「誰か、俺以外に親しくしている奴が居るのか?」
「多分、今のところ、同じくらいに大事に思っています」
「誰だ?」
「荒川藤一郎さん、です」
ぴたりと、足を止める。
私と小雪はそのまま傘の外に歩み出て、慌てて戻った。
「冗談…だよな」
「冗談です」
「何処から何処までが、だ?」
「ライバル、と言うところがです。智子にとって、荒川君も藤一郎さんも”大切な人”ですけど、今のところ”恋人”には成りそうもありません。ですから、頑張って下さい」
「どうしたの?」
後ろから朝香が、興味深そうに訊いてくる。
「テキは、強大な戦力を備えている」
「は? なに?」
独り言ともつかない荒川君の言葉に、野崎君が聞き返す。
「テキがその気であるのなら、我が軍は絶体絶命のピンチである。と言うところだ」
荒川君は相変わらず、あさっての方を向いたまま呟くと、ゆっくり歩き出した。
「なんだ志郎、何か悪い物でも食ったのか?」
「お前達が来る前に、坂上の作ったクッキーの味見をした」
「……情報ありがとう、オレは気を付けるよ」
「うー、なによそれはーっ」
「よろこべ拓臣。お前の為に焼いてきたそうだ」
「……へぇ…」
嬉しさ半分、迷惑半分と言ったところか。
「朝香のクッキーは、結構おいしいですよ」
ねぇ、と朝香を振り返る。
「うん。今日のは自信作だよ。色んな物入れてみたんだから」
「そうか、ありがと……って、ちょっと待てぇ、色んな物って、なんだっ!?」
「色んな物。チョコレートとか紅茶とか」
「あぁ、そういう物か」
「智子に貰ったハーブの類、ラベンダーとかローズマリーとか、あとピーナッツとかあんことか抹茶とか…」
「は?」
「ほかに、果物のではバナナとリンゴと、パイナップル。あ、桃もあるよ」
ぽんっと、荒川君が野崎君の肩を叩いて言った。
「おめでとう」
「……なにが?」
「幸せそうじゃないか」
二人して、朝香に見えないように苦笑していた。
「来たね」
駅前の、この街で唯一つの映画館の前で、智子は待っていた。
「おう」
荒川君が、傘を持っていない方の手を挙げて応える。
「なに、その傘?」
「手を繋いで歩ける様にだと。で、重たいから俺が持ってやってたんだ」
「ふ〜ん」
腕を組んだまま、素っ気なく応える智子。
「おはようございます」
「おはよう」
挨拶を交わしながら、腕時計に視線を落として智子が呟く。
「あと、5分くらいか、良い時間に来たね」
そう言って、映画館の方を振り返る。
「チケットは買っておいたから、……もう逃げられないよ」
「へ?」
朝香が妙な声を上げる。
「どうして逃げるの?」
その問いに、智子は映画館の上、今日上映される映画の看板を、顎で指した。
傘を持ち上げるようにして、みんなが一斉にそれを見る。
そこには、去年話題になったホラー小説のタイトルが掲げられていた。
そう言えば、映画化されるのだという話は聞いたことがある。
「………」
朝香達は、無言でその看板を見ている。どうやら、何が上映されているのかは知らなかったらしい。
しかし、それがどの様な内容であるのかは知っているのだろう、少し顔が青ざめていた。
「……俺も、こう言うのはあまり……」
「志郎の分も買っておいたから。お金は後でね」
智子が楽しそうに言った。
「じゃ、入りましょうか」
館内は意外なことに空いていた。
入り口の案内には、今日からの上映だと書いてあったのだけれど、まだ空席が3割ほど残っている。
あまり、前人気は無かったのだろうか?
でも、私も原作小説は読んだことがあり、じりじりと迫り来る恐怖感、その場面構成と表現力には、どきどきさせられた事を憶えている。
もちろん、原作が面白かったからと言って、映画化された物まで面白いとは限らないのだけけれど。
先導する智子が、下の方の席をさしながら、みんなを振り返って言った。
「あそこ、6人並べるんじゃない?」
「あぁ」
とんとんとんと、足取りも軽く階段を下りていく。
「ほら、早く」
「うー」
方や朝香の足取りは重かった。
「拓臣。奥行って」
「ん? あぁ」
「次ぎ、朝香ね」
そう言って、朝香の腕を掴んで席に放り込む。
成る程、ちゃんと考えがあるらしい。
「では、次は小雪で良いですか」
「ん、良いよ?」
小雪を座らせ、その隣りに私。
そして、智子の手を引く。
「智子はここです」
一番通路側に荒川君。
これで、当たり障りの無い私たちを間に挟んで、朝香と野崎君、智子と荒川君の組み合わせが出来上がる。
二人はしばらく並んで私を見つめていたが、館内が暗くなると席に着いた。
「ひぅっ」
私の左手側、小雪の向こう側で、朝香が奇妙な悲鳴を上げた。
「ふにゅっ」
一瞬遅れて、小雪も悲鳴のような物を上げる。
見ると、朝香は小雪の腕にしがみついていた。その向こう、野崎君はよく見えない。
「…っ」
朝香が更に息を呑み、小雪をぐいっと引っ張る。
「に……」
「朝香」
小声で声を掛け、その手を解く。
「あ、ごめん」
慌てて離れて、直後、映画館に響いた効果音に驚かされ、再びがしっと掴む。
「…にゅ」
しがみつくのなら、反対側の野崎君にすれば良いのに、と無責任なことを思う。
もっとも、智子もそのつもりで、この二人を並べて座らせたのだろうけど。
こちら側には私が座るべきだっただろうか?
私の右側に座った、智子と荒川君に視線を移す。
二人は膝の上に拳を固め、真剣な表情でスクリーンを見つめていた。
ビクッと震え、同時に右手を口元にあてる。
そんな何気ない動作も、奇妙なほど息が合っている。
思わず苦笑しそうになり、慌てて私もスクリーンに視線を戻した。
大まかなストーリーの流れ自体は、原作と大差ないと思う。
ただ、その大きな画面と音の効果か、迫力は凄まじく、時として息が詰まりそうになる。
いつしか、私も映画に引き込まれていた。
「はふぅ……」
「大丈夫ですか?」
映画館から出た直後、朝香が大きく息を吐き、両膝に手を置いた。
「……疲れた」
少し上目遣いで私を見る。
「そりゃぁ、あれだけ暴れたら疲れるだろ」
野崎君が呆れたように言った。
「暴れてなんか無いわよぅ」
「……へぇ」
野崎君は意味ありげに、私と手を繋いだ小雪に目を向ける。
つられて朝香も振り返る。
小雪は、随分とぐったりとしていた。
「しがみつくのなら、野崎君の方にしてほしかったです」
私は、思っていたことを口にする。
「あぅ、ごめん、気が付かなかった……」
ぽりぽりと鼻の頭を掻く。
”野崎君に”と言った事に対しては、何の反応もない。
「そう言えば、朝香と野崎君は、二人で映画を見に来たりはするのですか?」
「いや。オレはあまり映画は見ないから」
傘を拡げようとしていた野崎君が、振り向いて答える。
「それが?」
「……いえ、別に」
何か特別に意識しあっている訳ではない。
やはり、これがこの二人なのだろう。
「二人きりのデートなら、進学決まってからにするんだね」
傘を差した智子が、雪の中に進みながら笑う。
「で、お昼、何処で食べる?」
そう訊きながら、歩道橋に向かって歩きだす。
みんなそれぞれ傘を開き、その後に付いて行った。
何気なく歩き出しただけだろう、目的地は決まっていない。
「何処にする?」
もう一度、智子の同じ質問。
そのままの足取りで、歩道橋を登り始める。
このまま歩いて行けば、駅ビルの中のファーストフード屋さんか、デパートの中のレストランだろう。
「”BOSバーガー”で良いんじゃないの?」
一番後ろを歩いていた荒川君が、軽く傘を持ち上げて、智子に言った。
「それで良い?」
「うん、私は良いよ」
「はい。かまいません」
野崎君も無言で応える。例によって小雪は端から気にしていない。
いつも、みんなが集まったときは、何となくこの智子と荒川君がまとめてくれる。
私たちは付いて行くだけ。
結局の所、この二人には人を引きつける何かがあるのだろう。
智子は、自分に自信が無い様な事を言っていたけれど、実際はちゃんと信頼を集めている。荒川君もそう。
この二人も、多分お似合いのカップルに成るだろうと、そんな気がする。
それは恐らく確信。
きっと二人は、いつか恋人同士になるのだろう。
そんな事を考えていると、なんだか、春が待ち遠しくなってきた。
「シェイク? んな見てるだけで寒い物を……」
「いーじゃない、お店の中は暖かいんだから」
朝香と野崎君が、隣のレジで楽しそうに注文している。
苦笑しながら横目でそれを見て、私はハンバーガーと紅茶の乗ったトレイを受け取った。
「先に2階行っとくよー?」
既にトレイを持った智子が、階段の下で叫ぶ。
「あ、私も行きます」
「天野。傘」
私の後に並んでいた、荒川君が声を掛けてくれる。
カウンターに立てかけていた傘を忘れていた。
「あ、すいません。えっと…」
手は塞がっている。傘の柄は真っ直ぐで、肘に掛けることが出来ない。
私が戸惑っていると、小雪が進み出て手を差し出した。
「すいません」
「ん。じゃあ、渡しとくよ」
「にゅ」
小雪は、その大きな傘を抱きかかえる様にして持つと、嬉しそうに笑った。
「では、先に上がっています」
「あぁ」
隣では、まだ朝香達が何やら言い合っていた。
私が歩き出したのを確認して、智子が2階へ上がる。
それに続いて、足早に階段を上った、その後ろで。
がたっ。
「んに…」
「小雪ちゃん?」
振り返ると、小雪が奇妙な体勢で固まっている。
転びかけたのか、傘を落としかけたのか、はたまたその両方か。
傘が斜めに階段の通路に引っ掛かり、それにしがみついている様にも見える。
私は急いで駆け下りようとして、手に持ったトレイを置ける所を探す。
「美汐、持つよ」
素早く戻ってきた智子が、手を差し出してくれた。
「お願いします」
「に…」
小雪は、悲しそうな目でこちらを見ていた。
「大丈夫ですか?」
その体を抱きかかえる様にして、持ち上げる。
……軽い。
不意に、小雪を持ち上げた藤一郎さんが、「軽いな」と呟いていた事を思い出す。
前に倒れたときも、女の人が一人で抱えて運んで下さった。
見た目が小柄な小雪。それにしても、体が軽すぎはしないだろうか?
それはまるで、小雪の存在その物が”薄い”ことの様にも感じられた。
「大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫そうです」
上から声を掛けてくれた智子に応え、傘を受け取り、続けて小雪の左手を取る。
「さあ、いきましょう」
「………」
私が言葉を掛けても、小雪は黙ったまま歩き出さない。
「どうしました?」
私と繋いでいない方の手、右手をただじっと見つめていた。
「……なんでもない…」
そう言って、私を見上げる。
その瞳。
それは、いつか見た、寂しそうな、不安そうな瞳に似ていた。
……つづく。
|