フリーマンの随想

その88. きき酒師の資格を取得しました

狂な?挑戦ではありましたが・・・*
( May 21, 2015 )


 83歳の誕生日の今日、NPO法人 「 日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会 」 公認の 「 日本酒きき酒師 」 の資格試験の合格通知が私のもとに届きました。

 きき酒師 の 「 きき 」 は、漢字では 口扁 ( クチヘン ) に 利 と書きます ( 下図参照 ) が、 当用漢字の外なので、ここに無理に書くと画面がおかしくなる恐れがあります。 利酒師と書く人もいますが、私には違和感があります。


 「 きき酒師 」 の資格試験というのは、日本国内に数ある資格試験の中では、 一番合格率の高い、易しい部類に属するようです。  不動産鑑定士や司法書士の試験などは超難関で、合格率は2〜3%と言われていますが、きき酒師の資格試験は、落とすことが目的ではないようで、 受験者の70%程度が合格するみたいです。 自動車運転免許試験と同じ程度かもしれません。  勉強する内容は運転免許試験より相当多いように思いますし、感覚を試されたり創意工夫ある提案を求められたりもします。  でも、コツコツ真面目に勉強しさえすれば、落ちる心配はあまりないように思われます。

 私は3カ月間、テキストや日本酒関連の単行本・雑誌の記事等を繰り返し読み、Google を検索しまくり、教材のDVDを視聴し、 サンプル酒を飲み較べ、退職以降ではめったにないほど真面目に集中して勉強したので、通信コースにおける計6回の筆記試験と実技試験で、 98、99、97、95、92、100点 ( 平均96.8点 ) という成績を挙げる事が出来、問題なく合格しました。

 また受験にはそれほど必要のない事でしたが、「 畳の上の水練 」 にはなりたくないと思い、受験しようと思う少し前から今日までの約半年間に、 私が購入し、自宅で毎晩欠かさずに飲み較べた日本酒は40銘柄以上 ( 4合瓶約7割、1升瓶約3割 ) に及びました。  特別高価な品ではありませんが、安酒でもありませんから、金額的にも馬鹿になりませんでした。

 「 音楽も、趣味としてやっているうちは楽しいけれど、それを職業としてやるととても辛いものだ 」 と、若い頃フルートを習っていた時、 先生が私に言っていましたが、酒も同様で、毎晩真剣に嗅ぎ、味わい、考えながらメモを取り、 酒の温度や肴の種類を変えたりしつつ数種の酒を専用のきき酒用グラスに注いでは飲み較べていると、 ちっとも旨くも楽しくもないし、酔うこともありません。 時にはストレスで胃の調子が悪くなりそうな感じさえしました。

 勉強している期間にたまたま、レベルが高いと看做されている旅館や料理店をいくつか訪れる機会がありましたが、そういう所ですら、 日本酒について間違った説明やいい加減な提供方法をしている所が結構多いことが直ぐに分かってしまうので、 なまじ勉強したためにせっかくの酒が不味く感じられてしまう事も一度ならずありました。

 話は最初に戻りますが、「 なんでお前はまた、今頃になって物好きにそんな資格試験を受けようなんて考えたんだ? 」 と不審に思われることと思います。

 このホームページの 「 あしがらみち 」 の今年 ( 2015 ) の2月の欄の後半で触れていますが、 私は15年程前から少しずつ日本酒に親しむようになり、特に最近2年余りは、日本酒に 「 凝っていた 」 のです。  毎晩、あれこれと探し求めた色々な銘柄を飲んでいるうちに、もっともっと知識を得たくなりました。 本を読みあさり、 ネットを引きまくっているうちに、この資格試験があるという事を知ったら、年甲斐もなく、 「 恐らくこれが私の一生のうちで最後の受験となる事だろうが、とにかく受けて合格してみたい 」 という気持ちが抑えられなくなってしまったのです。  シニアは受験料・教材費が半額だという点も、私の決断を後押ししました。

 そして、受けるからには、単に合格するだけでなく、自分の脳や嗅覚、味覚の老化がまだあまり進んでいないという事を確認するためにも、 満点に近い成績を取って合格したいものだと考え、勉強に励みました。 3カ月かかりましたが、 とにかく上記のように目指していたレベルの好成績で合格できました。

 もちろん、この程度の資格があるからと言って仕事が見つかるわけもありません* し、健康で元気だとは言っても、 今月83歳を迎えた老人を雇うところなど有る筈がありません。  仮にあったとしても、私の側に今更働く気など最初から毛頭ないのですから、要するに 「 気楽な老人の暇つぶしか。  いい気なもんだ 」 と言われても当然の受験でした。

*: この資格を取ろうとする人は、居酒屋の主人とか、旅館の女将とか、酒小売店の店主とか、 ちゃんとした仕事を既に現在持っていて 「 その仕事の質をより高め、営業成績を更に上げよう 」 という人たちが殆どのようです。  ただ、募集対象者の最後に 「 日本酒愛好者 」 という言葉が書いてあり、私は 「 自分はこれだ! 」 と考えて受験したわけです。

 という次第で、この資格を取ったからと言って、現在の私にはメリットなど何ひとつ有りません。 逆に、なまじ知識を得たために、上記のように、 旅館やレストランで 「 これは違う。 こんなことをしていてはせっかくの良い酒が不味くなっている。  本当はもっと美味しく飲めるのに・・・ 」 などと気になったりすることも少なくないので、デメリットの方が多いかもしれません ( もちろん、そういう際にも黙ってその店のやり方を受けいれますが・・・ )。

 でも、まあこれで良しとしましょう。 「 冥土への土産 」がひとつ出来ました。  その内に 「 旅立つ 」 時には、お気に入りの酒を1瓶ぶらさげて出かけられたらな・・・ などと考えています。 それまでは、今日以降毎晩、旨い酒を上手に、そして何よりも 「 ストレス無く気楽に味わえる 」 筈ですし・・・

 それと、これは私個人の 「 推測 」 ですが、既に始まっている「 日本酒ブーム 」 は、 欧米でも日本でも、ごく近い将来にきっと本格化してくることでしょう。  最近、欧米の多くの和・洋高級レストランでの上等な日本酒の提供、それに伴う日本酒の海外への輸出などが急増しています。   日本でも若い女性を中心に日本酒愛好家が増え始めているので、近年減少の一途だった日本酒の生産量、 消費量はきっと反転増大してくることでしょう。

 1960〜70年代頃に、質の悪い原料とごまかし?の製法で造られていた日本酒は、 「 赤ちょうちん 」 や温泉地での宴会などで、オジサンたちが 「 酔っぱらうための酒 」 でした。  しかし最近は、日本酒の中の相当な部分が、吟味された酒専用の米や改良された酵母を用い、繊細な配慮と正統的で丁寧な仕事により、 時間をかけて念入りに醸された、上品で高級な性格の 「 味わうための酒 」 にと急速に変ってきているのです。  味も香りも色も見た目 ( たとえば細かく発泡する薄濁り酒とか ) も、その種類は驚くほど増えてきています。


三井の寿の Quadrifoglio        醸し人九平次の Eau du Desir と Human     いづみ橋の赤トンボ
ご存知ない方はラベルを見て 「 え? これが日本酒? 」 とおっしゃるのでは・・・ どれも最近私が飲んだ新時代の日本酒の代表的銘柄です。

 世界のワインの評価を決める都市は? と問われれば、皆さんの中には多分、パリ・・・と思う方も多いでしょうが、意外にもそれは英国のロンドンです。  世界最大規模、最高の権威のワイン・コンペティションであるインターナショナル・ワイン・チャレンジ ( I.W.C. ) は、毎年2週間にわたりロンドンで開催され、 300人を超える世界中からの審査員によるブラインド・テイスティング ( 公正を期するために、ラベルや名称を一切隠して評価すること ) により、 その年の優秀なワインが選ばれます。

 その I.W.C.に、2007年から、日本酒だけを審査する 「 SAKE部門 」 が創設されたという事実からだけでも、20世紀末あたり以降の日本酒の急速な変貌と高品質化の実績がご理解頂けるでしょう。  このコンペティションで 「 チャンピオン・サケ 」 に選ばれた日本酒たちは、外務省や各在外公館での接待用に採用され、 世界中のレストランからも注文が殺到するそうです。

 フランスのミシュラン三つ星レストランのシェフたちを夢中にさせ、彼らの店に備えられるようになった日本酒・・・ これについてお知りになりたい方は、例えばここ ここをご覧ください・・・海外での日本酒の前途がますます明るいことをご理解頂けるでしょう。  日本酒の世界もまた 「 欧米人に愛好され褒められて、その日本の品物の良さに初めて気付く日本人 」 という図式なのでしょうか。

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 では、きき酒師の資格試験を受けるためにはどういう事を学ぶ必要があるのかという疑問をお持ちの方もいらっしゃると思うので、 それを以下に記します。

飲食提供のプロが持つべき心構え、能力、知識、技能。 すなわち、 世界各国の主要な酒、茶、コーヒー、発酵食品等についての名称、原料、製法、 分類、保存法、飲食方法等の知識、世界各国の料理と食文化、日本の旬の食材、歳時記や季節の祭事、暦、接客技術、 飲食に関する基本的な英・仏単語、飲食サービス業のマネジメント、 セールスプロモーションの基本、衛生管理、酒税法・酒類業組合法の知識など。

日本酒の商品特性、原料、製造方法、品質表示方法、古来の歴史等に関する広範で細かい知識

日本酒の提供方法とサービス ( 保存方法と変質、衛生管理、提供温度、酒器の選択、提供のマナー、各種の料理との相性の適・不適など )

日本酒のセールスの現状 ( 問題点と改善案、季節別セールスプロモーション、料理との組み合わせにおける独自のセールスプロモーションの考案など )

日本酒のテイスティング ( 日本酒の品質評価、タイプ分類、日本酒の個性認識等の知識と判別・評価能力 )

 これだけ見ると、随分大変そうに見えますが、懇切なテキストやDVDが与えられるので、真面目に勉強しさえすれば、 恐れるほどの内容ではありません。

 ただ、私の場合は経歴上、原料、醸造技術、設備、発酵の化学などは、容易に理解でき、覚えられたのですが、 「 この酒の特徴を生かしたセールスプロモーションを考案せよ 」 などと言われると、生まれてこのかた、 飲食業の経営者や従業員になったことなど一度もないので、最初は随分面食らい、 こんな試験を受けようと考えた事をちょっぴり後悔したりもしました。

 でも、今となると、この勉強を通じて自分が今まで知らなかった世界にある程度深く踏み込んだという快感、達成感もあります。

 最後になりましたが、「 きき酒師というのはどういう人でしょうか 」 ・・・ 他人に日本酒についての 「 うんちく 」 を講釈して聞かせる人でもないし、酒を嗅ぎ、 口の中で転がして種類や銘柄を言い当てる人でもありません。  他人 ( 客人 ) が日本酒を最も 「 美味しく、楽しく 」 飲める状況を 「 正しく 」 選択・設定でき、 「 快適な雰囲気のもと 」 それを提供できる人だと、私は理解しています。  それが出来るためには広範な知識も必須だし訓練された鼻や舌も必要だというだけのことです。  そういう意味では、私は昨年までの私とはだいぶ違った人間になれたような気もしています。


ご感想、ご意見、ご質問などがあれば まで。

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このコラムは、もともとはグリンウッドで働く友人たちとそのご家族向けに、私や家族の動静、 日本や特に足柄地域の出来事などをお知らせしようと、97年初めから「近況報告」 という名でEーMAILの形で毎月個人宛てに送っていたものです。 98年2月以降はホームページに切り替え、毎月下旬翌月分に更新してきました。 ところが最近、日本に住むグリンウッドをご存じない方々も多くご覧になるようになってきたので、 同年7月から焦点の当てかた、表現などをを少し変えました